勉強を真面目にしたりなんてしないっ!
俺の弁当は俺二割。岸本三割。麗五割消費して無くなった。毎回麗は半分以上食べるので、まぁいつも通りだ。最近昼飯が少なくなってきた事にも慣れてきたので文句も出ない。麗はごちそうさまでしたっと手を合わせている。本当に麗にはいつか、専用のお弁当を作ってこようか迷う。
美味しく召し上がった岸本も満足のようで、お腹をさすっている。
「本当においしかったよ。谷中さんは本当に何でも完璧だね!」
「ああ、そうなのだ! 美樹は何でも完璧なのだ! それなのに勉強ができないとか冗談でしかないだろう?」
「本当に勉強は苦手なんですって……」
そう言えば、麗って入試テストを首位で切り抜けた人間だった。俺はそれを思いだして、麗に問いかける。
「あの、麗って首位だったんですよね?」
「ん? まぁ、嫌みかもしれないが、そうだ。私は入試テストを満点で乗り越えたぞ」
「満点!? 黒樹さんって満点だったの?」
「む? そうだが? あの程度の問題ならば簡単だろう」
「麗。完全にそれ嫌みですよ?」
麗は入試などなんとも思っていなかったのだろう。それが本当に悔しく感じる。そんな事なら、俺に勉強の一つでも教えてくれてもいいと思うんだけど。
「だけど、谷中さんのノートも充分凄かったなぁ……」
「私のなんて、ただ書き込んであるだけです」
「そうなのか? 美樹のノートは一回も見てないからなぁ……」
麗は顎に手を当てて考え込む。そして、タイミングよく昼休み終了の予鈴が鳴る。俺達は誰からともなく席を立ち上がる。
「なぁ、美樹。私にノートを見せてくれ」
「え……でも、私本当に書き込んであるだけですよ?」
「私が見るのだ。本当に勉強が苦手なのかを確かめる。昨日だって、結局は美樹が勉強をできないのを冗談だと思って流してしまったしな」
「はぁ……」
俺は溜息を吐いた。それから、三人は教室に戻る。すると、やはり教室は騒がしかった。俺らの噂じゃなさそうなので、スルーして、俺は自分の机からノートを取り出す。そして、それを麗と岸本の三人に提示する。
二人は数学や世界史などの全ての授業のノートを眺め、そして、机の上に戻す。
「むちゃくちゃ頭良いじゃないか! この計算式とか普通は思いつかないぞ!」
「え、そうなんですか? 特に応用とかはしてる感じはないんですけど……」
「この覚え方も凄い分かりやすい! 谷中さんこれで勉強ができないとか、それ自体も嫌みに聞こえますけど」
なんだか、自分が自分じゃないようだ。中学時代は遊び呆けてて、ろくに勉強に手をつけてなかったから、高校ではしっかりしようと思ったのだ。そして、タイミング良く、姉にも女子力には勉強は必須であると教え込まれた為、総復習をしっかりと入学前にやったのだ。それでも、やはり勉強は苦手だと感じたのだ。
だが、ここまで褒められると勉強ができるのではないかと自分でも思えてきた。が、テストではどう転ぶか分からない為、俺は自分を過信するのはやめた。
「そんな事ないです。私なんてまだまだです。麗に遠く及びません」
「そこまで言われると、照れるな……」
「これでも谷中さんは満足できないんですね……」
口を濁す岸本。そこに次の授業の先生が入室してきた。いよいよ五時間目が始まるようだ。俺達は席に着いた。
◇
放課後。麗による部室への拉致を避けて、今日も図書室にやってきた。まだテストは先だからだろうか、今日も図書室には数人しか見当たらない。今日は現国の勉強をするつもりだ。昨日は帰ってからも数学のノートを広げ、夜の一時過ぎまで勉強していた。かつての俺をしる姉や兄などは、物凄く驚いていた。
奴らは元が良いため勉強しなくても、高得点を得られる人間なのだ。そして過去にもよく勉強の邪魔(主にゲームの誘い)をしてきては、テスト勉強などできなかった。姉にいたっては日本人なら誰でも知っている有名大学をノー勉強で首位合格を果たした人間だ。もはや超人的だ。
俺はテストまであと二日三日になったら、奴らを頼ろうと思っている。それが最後の仕上げのつもりだ。
そんなわけで今日も集中して、勉強を行う。図書室に、まだ岸本の姿は見えない。もしかしたら、幼馴染と仲直りしてるのかもしれない。もしそうならば、俺の助けなど不要だ。
それから数時間が経ち、俺は背伸びをする。
今日やり終えたのは、まだ試験範囲の三分の二だ。これではまだ満足できない。再び意気ごみ、シャーペンを走らせようした瞬間。何者かの手が俺とノートとの間を遮った。若干苛立ちを感じたものの、俺のキャラ維持の為、微笑みながらその者へと視線を移した。
「何か御用ですか? 今は勉強中なので、呼んでくれれば良かったのですが」
振り向けば、そこには超イケメンが立っていた。モデルのような容姿。スタイル共に全て完璧だ。しかし、気になる箇所がある。それは男性である筈なのに、彼はこの高校の三年生のブレザーを着ている。去年まで女子高であった筈のここに、三年生の男子など存在しないのだ。俺は不思議に思いながらも、彼の言葉を待った。
「君が谷中さんだよね? 初めまして。今日ここに転校してきた者です」
いきなり自己紹介して、なんなんだと思った。超イケメンだからって調子にのるなよコラッ! って以前の俺なら言っていたと思う。素の声が出せないから美少女って辛い。とりあえず、当たり障りのないように笑顔で返す。
「そうです。私は谷中 美樹です。初めまして……ですよね?」
ちょっと疑問に思ったのだ。以前にも述べたが、俺は知り合いが多すぎて、面識があるかどうか覚えていないのだ。だが、彼はそれとは違って、どこかで見た事のある顔だった。
俺が悩んでいると、彼は優しく口を開いた。
「初めましてですよ。谷中さん。多分あなたは俺の事を知ってると思いますが」
「はぁ……そうですか。で、私に何の用でしょうか?」
コイツの顔。もはや俺を知らない奴はいないと言ってるみたいでイラついてくる。こういうイケメンは殺したい。ん? 正男達? あれはバカだからまだ許せるレベルなの。拓夫にいたっては俺を好き過ぎて辛いんじゃないか?
超イケメンは一息吸い、俺にいきなり直角に頭を下げた。
「俺と付き合ってくださ「ここは図書室なので、大声は控えてください!」
誰かの声に邪魔された超イケメン。
今日、図書室にいるのは昨日はいなかった女の子だ。だが、彼女はこの超イケメンに目をハートにさせていたので、多分彼女の声じゃない。
なら誰だ?
すると、図書室の入り口から、岸本が現れた。
「図書室での他の生徒への迷惑行為は禁止です。大声を出したいのなら、是非屋上へ行ってください」
息を切らしながら、彼に詰め寄る岸本。走ってきたのだろうか。随分と汗だくである。そして、その表情は超イケメンを拒絶してるかのようだ。
イケメンは溜息を吐いた。
「すいませんでした。何しろ、今日転校してきた者ですから」
「そうですか。では以後気を付けてください」
「そうします。では、迷惑をかけてしまったので、今日はここらで退散します。それでは、また会いましょう。美樹さん」
キザったらしく出て行く超イケメン。もはや死ねと言いたくなる。顔に皺が寄らないようにするのが大変だった。そこに、疲れ果てた様子の岸本が俺の隣にやってきた。汗をかいている草食系の岸本。彼は痩せているので、汗をかいてもそこまで臭くない。むしろ、俺好みの匂いだ。……最近女子脳になってきたな。
立っているのも辛いだろうから、俺は隣の椅子を引いて、そこに座るように促した。
「い、いいんですか?」
「もちろんです。岸本さんは友人ですから」
俺の笑顔を見て、疲れが吹き飛んだようであった。岸本はそのまま席に座り、背もたれに寄りかかった。その姿は正男と似ていた。やはり、男はスポーツマンに限る。
岸本は「だあああああああ」と溜息を盛大に吐いた。何か大変な事でもあったのだろうか。だが、今度は岸本が「うるさいので静かにしてください」と注意されていた。その光景が面白くて俺は不覚にも笑ってしまった。
「うふふふ。今度は岸本さんが怒られてしまいましたね」
「そ、そうだね……藤田さんは手厳しいからね……」
どうやら、図書室にいる女性は藤田という名字らしい。彼女は眼鏡を装備していて、黒い髪をハーフアップさせている。制服から察するに恐らく二年生だろう。俺は大して気にも留めず、岸本に再び視線を移した。
「で、何かあったんですか?」
「そ、それは……」
口を濁す岸本。まぁ言いずらい事も沢山あるだろうと思い、俺はそれ以上の言及はしなかった。俺は笑顔で首を横に振った。
「言いにくいのなら言う必要はありません。人にはいくつも秘密という物があるのですから。私にだってありますしね」
「そ、そう言ってくれるとありがたいよ……」
苦笑いをする岸本。それならば、一度話題を切り替えた方が良さそうだと俺は思った。そもそも岸本が何故図書室にいるのかを俺は知らなかったので、それを聞こうと思う。
「あの、岸本さんは、何故図書室にいるんですか?」
「え、えーっと。僕が入学式当日に一緒に文芸部に入ろうって誘ったのは覚えてる?」
ああ、あれか。俺が文庫本を読んでたら、推理小説とかと間違えて誘ってきたあれか。あの時は鬱陶しいなと思ったのが正直な意見だ。だが、あの時ちゃんと接して入れば、もしかすると、もっと早く岸本とも友達になっていたかもしれない。
俺は笑顔で首を縦に振った。
「はい。覚えていますよ。もしかして、その文芸部の仕事とかですか?」
「いや、まぁ違うんだよね。結局あの後、僕は図書委員にさせられたのは……覚えてないか」
「……申し訳ないんですが、覚えてないですね」
委員会決めの時は、クラスの女子と絶賛リア充をしていた為、話をあまり聞いていなかった記憶がある。あのときの綾子の顔と言ったら、怖かったな。
そのときに岸本は図書委員にでもなったのだろうか。
「それで、僕はそのとき図書委員に決められちゃって……」
「で、今も仕事をしているんですね」
「まぁ、そんな感じです」
なるほど。人の良い性格がここにも表れたようだな。
岸本は性格が良いから、流されやすいのだろう。そんな所にも最初は苛々したが、今ではかつての自分を見てるかのようで懐かしく感じていた。
――――そう。この時、俺は気付いていなかったのだ。自分が既に、学園ハーレム的属性を持つ岸本 雅史という男に好意を抱いている事を。