俺と麗と岸本でお昼ご飯を食べたりなんてしないっ!
俺と岸本は教室に弁当を取りに戻ると、騒然としていた。まさかとは思うが、俺と岸本ができちゃったとかいう噂だったら、本当にゴメンだ。俺は岸本に向き直り、互いに視線を合わせる。
「何故かクラス全体が騒がしいですね」
「まさか、僕と谷中さんが付き合ってるとか言う噂が回っちゃったとか……」
若干嬉しそうに話す岸本。やはり、俺と同じように考えていたか。それはそれで困るな。なんて言い訳をしようか。そもそも、麗はどういう状況なのだろうか。そう思い、麗の方へと視線を移すと、彼女は何も書かれていない黒板を目の前に、弁当の食事を口に運ぶという作業をずっと繰り返していた。もはや弁当の中のご飯は残り少なく、心ここにあらずと言った様子である。
俺は溜息を吐いて、教室へと足を進める事にした。
「谷中さん!?」
「ここにいては何も始まりません。それに噂の根源が何なのかを調べないと」
「それもそうだけど……」
口を濁す岸本を置いて、俺は教室へと凛として足を運んだ。すると、クラスメイト達の視線は半々と言った所だった。とどのつまり、俺と岸本が噂の渦中もいるわけではなさそうだった。
足を進め、麗の近くにある俺の席へとゆっくりと近づく。そして、自分の鞄から弁当を抜きとる事に成功した。今の俺の席は麗の後なので、正直なにか起こるのではないかと心配したが、麗の心はどこかへ行ってしまっているので、良かったと安堵する。しかし、物事そう上手く行くわけがなかった。
「美樹」
と突然幽霊にでも話しかけられたかのような声が耳に入る。そして、次の瞬間。俺の弁当を持つ手とは逆の手を思いっきり掴まれる。瞬間的に恐怖を感じた俺が振り返ると、そこには壊れたロボットのように首を動かす麗。もはやギギギっという効果音が出そうである。
そして、死にそうな顔の麗は口を開いた。
「私の事を嫌いになった?」
完全に重い彼女である。俺達付き合ってるわけじゃないんだけど。普通に微笑もうとしても、麗の顔があまりにもホラー過ぎて、苦笑いになってしまう。
「いえ、麗の事は好きですよ?」
「本当? じゃあなんでいつもお昼ご飯は私と一緒に食べるのに、今日は…………」
「えーっと……たまには別の人と食べるのもいいと思いますよ?」
「私は美樹と以外食事を摂りたくない」
「それはそれで、麗の身体に負担をかけちゃいますよ? まだ体育だって残ってますし」
すると、段々と正気が戻ってきた麗は、目を潤ませて、駄々をこねるように足をブラつかせた。
「やだやだやだやだ~~! 美樹と一緒がいい~~! 美樹が誰かとご飯食べるなんて嫌だ~~!」
珍しく子供っぽい麗。いつもは、クール&ビューティな彼女だけに、頬を引き攣ってしまう。駄々をこねる麗は今まで見た事がないかもしれない。子供過ぎる……。
俺は溜息を吐いて、教室の外で待機している岸本に視線を送る。すると、彼は案外簡単に首を縦に頷かせた。
麗はそれを見ていたらしく、軽く舌打ちをした。
「麗? 岸本さんと一緒に食べませ「断る。美樹と二人きりがいい」
岸本の善意を即座に斬る麗。いつも二人きりで食べているのに、どうしてこう我儘なのだろうか。よくもまぁ、俺とだけ飯を食べて飽きないなと思う。
いつまでも、こんなやりとりをしていても埒が明かないので、半ば強引に麗の腕を掴んだ。
「み、美樹!?」
「もう、いい加減にしてください。麗はもっと社交性を身につけるべきです」
「で、でも、私は美樹とだけ一緒にいられれば――」
「今はそれは聞いていません。ほら、行きますよ!」
「ま、待ってくれ美樹!」
何とか連れ出す事に成功した。
俺は自分の分の弁当を持って教室を出ると、おまけで麗がついてきた。それに岸本は苦笑いを浮かべた。
「黒樹さんもああいう所あるんだね」
「うるさいもやし」
「麗? そんな事いっちゃダメですよ?」
「むーーーー。美樹はいっつもお母さんだな。私はお母さんじゃなくて恋人になってほしいのだ」
「それは同性ですから、できませんよ」
「海外ならできる!」
「日本人としての倫理をちゃんと持ってください」
頬をむくれさせる麗。今日は子供ッぽ過ぎる。そして、岸本は手に弁当を持っていなかった。そう言えば、彼は昼になると決まって教室にいない事が多い事に気づく。
「岸本さんはお弁当持ってきてないんですか? それとも、購買で何か買ってるんですか?」
「ううん。僕はお弁当を買ってないよ。いつも、瑠花が持ってきてくれてるから」
ああなるほど。そこまで二人の絆は深いんですね。だとすると、余計喧嘩するとマズイというか、お腹事情的にやばかったんじゃないか?
そんな心配をしていると本日二回目の腹鳴りが起こった。
「ま、まぁ……今回は購買で何か買うよ……」
申し訳なさそうに言うもんだから、俺と麗は苦笑いしかできなかった。
それから、一階にある購買へと足を運ぶ。購買は昇降口の近くなので、昼下校である三年生などの姿が見受けられる。いつもは颯爽と帰って行く彼らも、今日は何故か昇降口で待機していた。何かイベントでもあるのだろうか。
すると、よーっく目を凝らすと、三年生以外の生徒たちがいることにも気付いた。そして、その全てが女子だった。
「何かあるんでしょうか?」
「私は全てにおいて、美樹以外に興味がない」
「あははは……それにしても凄いですね」
俺らは三人で購買に並びながら、昇降口を見ていた。すると、そこに現れたのは、正男と直弘だった。もしかして、コイツら待ってたのか!?
彼らは俺の視線に気づくことなく、通り過ぎてゆく。その瞬間に、昇降口で待機していた女子生徒達が黄色い声を上げる。そこで再認識する。やはり奴らはイケメンなのだと。隣にいた麗が腕組をしながら、忌々しげに彼らを見ていた。
「ッチ。リア充め。死ね」
「麗、一応部活仲間なんですけど」
「って、荒田君と田村君と知り合いなんですか!?」
驚いた様子で話しかけてくる岸本。そんなに珍しいのだろうか。
それを耳に入れた麗は、機嫌が悪くなったようで、腕組をしながら口を開いた。
「知ってるなんてもんじゃない。あいつらは私の宿敵だ。頼んでもいないのに勝手に入部してくるし、美樹との時間を邪魔するし、あいつらのせいで私と美樹の二人きりの時間は限りなく減ったのだぞ!」
「そういう言い方はよくないですよ? 麗だって沢山友達が出来て嬉しいんじゃないですか?」
「嬉しくない。というか、奴らは死んでほしい」
「まったくもう……」
相変わらずの麗に俺は溜息を吐く。それこそ、最初は全力で正男達の事を嫌っていた麗だったが、今ではそこまで嫌いではないだろう。その証拠に、俺が部室にいなくても、なんやかんやで最後まで部室にいるし。麗も最近は彼らがイケメンだという事に気付き始めたのだろう。
それは置いておこう。
岸本は更に驚いた顔で、口を開いた。
「え、同じ部活なんですか!? 皆あの人たちの部活を知らないで、追っかけやってるんですよ!」
「追っかけ? あの男達の? 冗談は貴様の存在だけにしろ」
「麗。今は岸本さんの話を聞きましょう」
「むーーーーー」
「それで、追っかけさん達は正男さん達の所属してる部活を探してるんですか?」
「はい。かなり皆必死に探してるそうなんですけど、まさか谷中さん達の部活にいるなんて、知りませんでした」
「ふぅ~~~~~ん。これは奴らに隠れ場所を提供している分の料金をもらわねばな」
「麗……」
まさかこの松丘総合高等学校で、奴らはそれほどの人気があるとは思っていなかった。良くて、クラスの人気者だと予想していたのだ。
だが、実際は追っかけまで存在している。という事はアイドルレベルなんだろうか。幹じゃなくて良かった。幹だったら、今頃優劣をつけられて東京湾で沈んでいたかもしれない。
ようやく、購買にて、俺達の順番になり、岸本はサンドイッチを一つ購入するだけだった。それもトマトレタスサンドという、草食らしいメニューだ。
「貴様……本当に男なのか!? チ○コついてるのか!?」
「麗ッ! ここで言わないでください! 心の中だけにしてください!」
「いや、しかしだな……」
麗は口を濁して、驚いていた。俺も同じである。昨日はあれだけ食べたのに、今日はまさかのサンドイッチ一つだ。金欠というわけでもあるまい。これが草食系なのだと思い知らされた。それこそ、もしかしたら、俺の弁当の方が多いかもしれない。
これで、谷中さんは食べるな~なんて言われたら、岸本に即効でアッパーをお見舞いしてやる。
ようやく購買での購入も終え、俺達は屋上へと足を進めるべく階段を上ろうとした。そして、昇降口で待っていた女子達の騒ぎが強まる。それはまるで、コンサートでアーティストが出てきた並みである。
麗と岸本は興味がないようで、先に階段を上って行く。が、俺は少し興味があるので立ち止まった。
「ん? 美樹どうしたのだ?」
「谷中さん?」
二人して、俺を呼びかける。
しかし、昇降口が気になって目が離せない。丁度よく、その男が現れる。が女子で埋め尽くされている為、ここからでは何も見えなかった。
催促する麗と岸本に返事をし、俺は昇降口の人物を見るのを諦めて、階段を上った。
本日二回目の屋上。お昼休みも残り僅かである。
一つのベンチに俺と麗が座り、もう片方に岸本が座る。
麗は俺に寄りそっている。まぁ、これがいつものスタンスなのだ。麗はもはや犬。
弁当箱を開けると、匂いを早速嗅いでくる麗。今日は朝に余裕がなかった為、結構簡単な物しか作れなかった。昨日のうちに、ホウレン草のおひたしや、きんぴらごぼうを作っておいて正解だった。
「谷中さんのお弁当って凄い……」
「そんな事ないですよ」
「だって、お母さん毎朝そういうの作ってるんでしょ?」
「そういうの……?」
「キャラ弁みたいな感じだよね?」
「…………」
弁当に目をよーく凝らすと、確かにキャラ弁になっていた。それもポケモ○のフシギダ○みたいな弁当だ。以前、姉にキャラ弁がいいと頼まれ、それ以来ずっと皆の弁当をキャラ弁にしていた。最近では完全に無意識だった。
すると、麗が腕組をして、偉そうに首を縦に頷かせている。
「貴様も話が分かる奴じゃないか! そうだ! 美樹の弁当はいつもキャラ弁で、今日は何が入ってるか楽しみなのだ!」
「黒樹さんはいつも見てるんだね。いいな~」
「しかも、美樹の弁当は格別に上手いのだぞ!」
「や、谷中さんが作ってるの!?」
「少し食べてみますか?」
「は、はい!」
「私にもお慈悲を!」
俺は二人に弁当のおかずを分けてあげた。もちろん、岸本には掌に置く。それを頬張る岸本。凄く嬉しそうな顔をしていた。
「う、上手いッ! 谷中さんの料理ってこんなに美味しいんだ……」
感激してる岸本を見る暇もなく、俺は麗にいつもの如く、あーんをして食べさせる。餌付けのようで、最近ではこの時間も好きだ。
そして、俺の箸からおかずを食べる麗。いつものように幸せそうな顔だった。




