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俺が苦手な事なんてしないっ!

 「はぁ……」


 俺は溜息を吐く。この季節が人生で一番鬱だからである。

 身体の水分を吸血鬼の如く吸い取る太陽。熱帯雨林かと思いたくなるような湿気。そして、何よりも鬱陶しいのは幾千もの蝉の鳴き声。大合唱はフルオーケストラで間に合っている。

 アスファルトから陽炎が漂う。これが俗にいうヒートアイランド現象なるものらしい。毎年、今年は絶対死ぬと思う。

 そして、現在。

 運悪く、一年B組のエアコンは丁度故障した。クラスメイト達は騒然としている。実を言うと俺だって騒ぎたい。そこら辺の女子のように、足を広げて「あち~」と言いながら、うちわで扇ぎたい。俺は元から夏という季節が嫌いなのに、更に嫌いになりそうだ。去年まではまだいい。だが、今年は美少女なのだ。その為、大胆な行動は慎まなければならない。こういう事になれてく自分って一体何なのだろうか。

 幸い、今は帰りのHRで綾子待ちだ。

 間違いなくクラス中の人間は、綾子を待ちわびている。

 そんな中、遂に教室の扉が開かれる。

 

「ようせいっ夏が胸を刺激する~生足魅惑のマ~メイド~!」


 綾子が陽気に歌いながら、教室に入る。皆の瞳は半開き状態。綾子のせいで怒りのホットリミットが天井知らずになりそうだ。担任だからか、綾子だからなのかは知らないが、誰も何も言わなかった。

 各自席に着くクラスメイト達。俺は初めから姿勢を正して座っている為、問題はない。

 皆が座った所で男子生徒の中田君が、肘を伸ばして綺麗に手を上げていた。


「なんだ中田!」

「何で先生はそんなに機嫌が良いんですか!」

「よくぞ聞いた! 実はな、夏休みに男の人達と海に行く事になってな! それで、ほんの少しはしゃいでるだけだ!」

「ほんの少しじゃなくて、超楽しみなんですね!」

「そ、そんな事ないし? べ、別に人数足りないから行ってあげるだけなんだからね!」

「ツンデレ最高っす!」


 高いテンションで交わされる会話に、鬱陶しさを感じる女子が大多数。綾子の水着姿を想像して、鼻の下を伸ばす輩。大多数。

 鬱陶しさを感じている女子の中で、一人猛烈に機嫌が悪い人物が一名存在する。彼女は腕組をしながら、邪悪な雰囲気を醸し出している。そして、そんな彼女はついに口を開く。


「早くHRを始めないか? ここにいる連中はクーラーが壊れて皆、機嫌が悪い事に気付かないのか?」

「ん? ああ、非リア充の黒樹か。悪い悪い。お前って男運ないもんなー」


 綾子の目は麗を見下している。その態度に苛立ちを極限まで迎えた麗は、席を立ちあがる。そして、その勢いのまま、綾子に人差し指を向ける。


「男運がない? ふざけるな! 私は男自体が嫌いなんだ!」

「ただの言い訳か。さ、HR始めるぞー」

「ちょ、私の話を――」

「今日の当番は……谷中だな。日直頼むわー」

「……」


 麗の話を強引に終了させる綾子。麗の様子を見てみると、そうとう悔しいのか、歯を食いしばりながら、椅子に座った。若干瞳を潤わせている。リア充化した綾子は、麗すらも凌ぐらしい。今度、姉に報告せねば。

 俺は席を立ち、教壇に向かって歩き、綾子の隣に立つ。


「それでは、帰りのHRを始めますが、連絡事項のある委員会等ありますか?」

「はいっ!」


 ありきたりで、いつも通りの進行を進めるが、その中に一名手を上げる人物がいた。彼は確か、初日に部活に誘ってきた男子だ。

 

「はい。岸本君。どうぞ」

「あ、あのー。実は、クラス全体に連絡する事じゃないんですけど……」

「私個人に用ですか?」

「……はい」


 岸本という男は、どっちかというと、ラノベの女顔の主人公を連想させるタイプの子だ。簡単に言うとラブコメの主人公だ。まだ、一回も俺は胸を触られた事なんてないが、他の女子は結構あるらしい。

 本当に死ねばいいと思う。

 クラス中の全員から、忌々しい視線を送られる岸本。

 震えながら、岸本は深呼吸をして口を開いた。


「あ、あのッ! 僕とお付き合「さ、連絡事項もないみたいだし、谷中。帰るぞー」

「……」


 綾子が岸本による俺への愛の告白を強制シャットダウンさせた。それにより、極度の緊張を保っていた岸本の口から魂が抜けたように、茫然とする。

 クラス中の人間も、少し驚いている。ちなみに麗の方を見やると、彼女も絶望したような顔をしていた。


「じゃ、皆。来週からテストだぞー。勉強しろよー」


 綾子はそれだけを残して、教室を出て行った。

 俺は、綾子の最後の言葉に絶望し、顔を歪ませてしまった。冷や汗が頬を伝い、熱を失っていくのが分かる。

 そんなとき、女子のクラスメイトである遠藤が声をかけてきた。


「美樹ちゃん!? 大丈夫? 顔色だいぶ悪いけど」

「だ、大丈夫です……」


 俺の事を心配してくれたのか、席を立って近づいてくる。だが、そんな遠藤を何者かが押し飛ばし、形相を変えて迫りくる。

 そして、俺の肩をガッシリと掴み、まるで病人を心配してるかのような顔つきで目の前に立つ。


「美樹ッ!! 大丈夫か!? これは……額が熱いッ!? 熱でもあるんじゃないか!? そうだ! そうなのだろう! 今すぐ保健室に行こう!」

「へ? れ、麗? ちょ、鞄がまだ――」

「今すぐ行くぞ!」


 麗は俺の手をかなり強めに掴み、振りほどこうとしても、まるでコンクリートに手をいれてしまったかのように、ほどけない。鞄などがまだ置きっぱなしなので、戻りたいけど、今の麗には通用しそうになかった。

 そして、辿り着いたのは保健室ではなく、四階多目的室の美人部部室。

 息を切らしながら、俺は隣にいる麗を見つめる。


「あの……麗?」

「何だ?」

「保健室に行くって言ってませんでしたっけ?」

「あれは嘘だ」

「何でそんな嘘を……」


 麗は通常のすまし顔で、俺の手をまだ離そうとはしなかった。手を繋いだまま、部室の扉を開ける。中は部活をしたときのままで、机やソファなどの品が散らばっている。普段はうるさいこの部屋も、今だけは静寂に包まれている。

 部室に入って、ようやく麗は手を離し、ソファに腰掛けた。


「麗の行動が良く分からないんですが」

「ふむ。だって、美樹がもしあの男と付き合うことになったら嫌だったから、引き離したのだ」

「引き離すって……私は告白に対して付き合ってもいいという返事を出すつもりはありませんでしたよ?」

「いやな、私も美樹はそうすると思っていたのだが、あの教師の毒気に当てられていたら……と考えると立ち止まっていられなくてな」

「……」


 俺が綾子の毒気にあてられて、付き合う事になると思ったのか? そんなに流されやすくはない筈だ。それに、岸本は昔の俺を見てるようで、嫌なのだ。それに、男性と女性のどちらに恋をするかなんて、まだ決められていないのだ。

 安易な行動は、慎むべきだ。


「と、いうわけで、私と付き合おう美樹!」

「無理です」

「……私は本気だぞ?」

「その前に、私達は女同士ですけどね」

「大丈夫だ! 同性でも結婚できる国に行けばいいのだ!」


 麗が本気で、俺を落とそうとしてる中、ある人物が部室の扉を開けた。


「俺が認めんぞッ! 美樹殿は俺の彼女になるんだからなッ!」

「……なんだと?」


 現れたのは、拓夫だ。彼がこの時間に来るのは珍しい。いつも多忙な拓夫は遅めに来る事が多いのだ。それに何かと一番早く部室にいるのは、意外にも久光や鷹詩だったりする。

 拓夫は鞄を片手で持ちながら、開いてる方の手で眼鏡をかけなおしている。


「黒樹。貴様は、同性同士の恋愛など許されると思ってるのか?」

「フン。これだから穴の青いガキは困る」

「麗、私達同い年ですけど」

「年の話は置いておいて、今は同性の恋愛について――」

『おはようー!』


 また麗の言葉を切って誰かが入ってきた。今回は直弘と久光。それに正男が後にいた。毎回思うのだが、美人部のメンバーは出席率が暇人かと思いたくなるほど高い。先月新たに入部した拓夫も久光も、綾子のお見合い以降、毎回出席している。拓夫は委員会の仕事などもあるのに、必ず来る。

 

「おはようございます。直弘さん、久光さん、正男さん」

「美樹さん、僕と付き合う覚悟はできた!?」

「ミッキーは今日も可愛いよ!」

「美樹さん、おはようございます」


 挨拶する男共。高校に入って、正男が一番変わったと思う。中学時代はただ暑苦しくて、むさいだけの男だった筈なのに、今では一番まともだ。拓夫もまともな感じがするのだが、奴は以前に廃部に追い込んだ前科があるから、まともとは言い難い。

 まぁ、一応皆変わった。それは全員が俺を昔の友人だとは知らずに、一人の美少女(俺)を好きになった事だ。残念極まりない。


「で、黒樹。貴様は俺の恋人を勝手に奪うつもりなのか?」

「奪う? 何を言っている。美樹は私の彼女だ」

「何故そうなる。貴様は女だと言っているだろうが!」

「だから、同性でも結婚できる国に行くと言っているんだろうが! しつこいぞクソ眼鏡!」

「眼鏡は関係ないだろう!」

「ある。眼鏡をかけてる奴は全員昔からロリコンだと、相場は決まってるのだ!」

「俺がロリコンなら、美樹殿を好きになったりしないぞ!」

「どうかな! 今そこに幼女が現れたら、本性が確かめられるのにな」

「どこまでもバカにしやがって! なら、俺がロリコンでないと証明できればいいんだな!」

「そうなるな」

「なら、今から美樹殿にキスをすれば証明できるな」


 拓夫は俺の唇を見て、ニヤつく。え、ちょっと待って? 俺とキス? 接吻!? ちょっと待てやああああああああ!

 麗は口を金魚のようにパクパクさせている。


「な、何でそうなるんだ!」

「そうです。私は関係なくないですか?」

「いや、大いに関係ある。ということで美樹殿の唇を奪わせてもらうぞ」

『待てやああああああああああ!』


 直弘、久光、正男も抗議の声を上げる。

 そして、拓夫は俺の右腕を引っ張る。


「え……た、拓夫さ……ん? 冗談ですよね?」

「……俺は本気です」


 真剣な拓夫の瞳。息がかかるくらいの距離。そして、俺と拓夫を裂こうとする麗達。

 そして、拓夫の唇と美樹の唇は……。


「麗様お待たせしましたー! ご褒美に踏んでくださーーいっ!」


 俺と麗の鞄を振りまわしながら、扉を開け思いっきり走ってくる鷹詩。全員の視線が新たに現れた鷹詩に集まる。そして、俺と拓夫の近い距離を見て、鷹詩が首を傾げる。


「……拓夫? 何してるの?」

「……」


 黙る拓夫。俺も拓夫から腕を振りほどき、そっぽへと視線を逸らす。


「何してんだぁああああああああああ! 俺の美樹様に何しようとしてくれとんじゃあああああ!」

「ちょっと待て鷹詩!」

「行くぞ鷹詩! 拓夫を止めるぞ!」

「僕も今のは拓夫は一度殴らなきゃ怒りが収まらないぞおおおおおおおお!」

「ミッキーの唇を奪おうとした罰だああああああ!」


 男共が拓夫に殴りかかる。その中に麗もいた。

 今日も今日で、我が美人部は平和そのものである。

 だが、俺にとっての平穏は続かなかった。


「まったく、もうすぐテストなのに、皆は本当にいつも通りね。美樹ちゃん」


 丁度部室に入ってきた優香の言葉に、すぐに現実に連れ戻された。

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