友達と百合物ゲームなんてしないっ!
俺は固まった。
相手も固まってると思う。
俺と彼女の間の時間だけ止まってしまったかのようだ。
「……」
「……」
二人して手に触れているのは百合物のゲーム。
題名。『乙女同士だからって関係ないもん!ぽ~たぶる』
時間が経つにつれて、徐々に黒樹 麗の手が震え始める。
顔を見ると、のぼせたのかと思うほど真っ赤だ。
そして、彼女はソフトを手放し俺の前から立ち去ろうとする。
「待って!」
俺の高い美声が店内に響き渡る。周りのオタクが俺を見てくる。
いや、君たちの事じゃないのよ?
黒樹 麗は立ち止まった。
肩が上がっているのが分かる。
「……何だ。リア充の嬢王様」
黒樹 麗は俺を嫌味ったらしく呼び、振り返った。
涙目で俺を睨んでるようだが、なんでだろうか。
「黒樹さんでしょ? 何で逃げようとするの?」
「……それは、私が百合物趣味だと思われるのが嫌で……」
身体をモジモジさせながら答える彼女。
多分、俺に百合物趣味だと知られれば、クラスの笑い物にでもされると思ったのだろうか。
なんせ、リア充界の頂点――嬢王美樹様だからな。
「私は変な趣味だと思わないわよ。黒樹さんが趣味で何をしようが私には関係がないでしょ?」
「む……それはそうだが……クラスの人達に言わないのか……?」
細く小さい声で、懇願してくる。上目使いなのは素なのだろうか。
というか、黒樹 麗は俺に怯えてるようにも見える。
「もちろんよ! だって私だって手に取ろうとしたんだから、黒樹さんの事を軽蔑する権利がないもの」
俺はニッコリ笑って、黒樹を安心させる事にした。
黒樹も俺の表情を見て、安堵の溜息を吐いた。
「……人は見た目で判断するなというけど、本当なんだな。私はずっと谷中さんの事をただのビッチだと思っていたけど、訂正するよ」
ビキっと俺の額から音がする。
ビッチとは聞き捨てならないなぁ……。
だが、俺は喧嘩は売らない。なぜなら昔のように男ではないし、今は美少女だからだ。
「ビッチ……? それはどういう意味ですか?」
ごめんなさい。無理でした。
我慢の限界がちょろっと顔を出したみたいだ。
だが、まだ理性は保っていたおかげで、あざとい感じで聞く事が出来た。
「う……ごめんなさい。私が間違っていた。今まで谷中さんをビッチだと思っていた私がバカだった!」
「そんなに自分を責めてはいけませんよ」
初めて黒樹 麗と話たが、このタイプは自己解決するんだな。
若干痛い子だ。きっと自分がこの世界の主人公だとでも思ってるんじゃないか?
さて、そろそろ姉が呼びにくるかもしれないな。
「じゃあ、私はこれで失礼しますね」
綺麗なお辞儀をして、俺はこの場を離れる事にした。
でなければ、俺のクラスカーストも危うい。
今日はお誘いを断ったからな。
「あ、あの!」
俺は立ち止まった。
振り返ってみると、声の主は黒樹 麗だった。
「どうしたんですか?」
女子にも好意がありますよー笑顔をかかさない。
ここで、「まだ」とか「何か」とか言ってしまっては相手に不快感を少しでも与えてしまうかもしれないので、心配するように聞き返すと合格だ。
「わ、私と……」
黒樹 麗は声を震わせている。
ついでに言えば両手も。
膝は笑っているな。
黒樹 麗の言葉の続きはこの日、聞けなかった。
「み・き・た~ん!!」
現れたのはご機嫌の姉だ。
俺の背後から飛びつきながらハグされる。
黒樹 麗の顔はキョトンとしている。
「な、何ですかお姉さん!?」
「すぐ戻ってくるように言ったのに~美樹たんはもう~」
姉は頬を膨らませている。
腕にビニール袋が下げられている所を見るに、ゲームは買い終わったようだ。
「お友達とお話中でしたので、離れてくれませんか?」
俺は姉に素の瞳で睨みつける。
一瞬姉はぎょっとした顔をして、離れてくれた。
「それでは、続きをどうぞ。黒樹さん」
「あ、え、ええーっと、そのー……」
まったく肝心なところで姉が入ってきたせいで、続きが聞けなかった。
姉の空気読まなさっぷりは半端ないな。
これが自分の友達とかだと変わってくるみたいだけど。
「ん~? 美樹たんのお友達?」
「そうですよお姉さん」
俺は姉に女子力笑顔を向けて答えた。
姉は俺の笑顔を見て、だらしなく頬を垂らしている。
姉直伝の技なのに、効果があるってどういう事?
「仲が良いんだな。谷中さん」
「そうだよ~美樹たんとあたしは、超絶ラブラブな姉妹なんだよ~!」
「お姉さん……」
少し黙ってろよと思いたい。が、今後の俺のスクールライフに関わってくるので、何も言わないでおく。
なので、俺は若干微笑みながら姉を見る事にした。
「じゃあ、私はもう行くよ」
「話の続きはいいんですか?」
「いつでも、美樹とは話せるし、今は姉妹水入らずで楽しむといい」
「そ、そうですか。ではまた明日」
まったく何が言いたかったのか気になったが、今はいいか。
とりあえず、明日にでも続きを聞けばいいか。
こうして、俺と姉は最後にプリクラを撮って帰ってきた。
翌日。
「おはよう美樹」
「おはようございます」
毎朝同じように挨拶して俺は自分の席に着いた。
席に着くまでにも、皆が寄ってきて結構時間がかかるのだが、席に着いてからも女子達が寄ってくる。
だが、今日は違った。
「おはよう。美樹」
「ん? あ、おはよう黒樹さん」
クラス全員が驚いてる。
そう――黒樹 麗はクラスで孤立していた、ボッチ系美少女なのだ。
それが何故か急にリア嬢王である俺に挨拶をすれば驚くであろう。
男子共は「百合だ……」とか言って鼻の下を伸ばしている。
女子達は「ついに美樹は、ぼっちを気にかけてるなんて優しくて素敵!」と褒め称えている。
でも、話しかけてきたのは黒樹 麗の方なんだけどな。
「で、早速なんだがちょっといいかな?」
「はい。いいですよ」
「じゃあ、ちょっとこっちに来てくれないかな?」
「わかりましたわ」
俺と黒樹 麗は席を立ち、屋上へと向かった。
友人たちは、俺がいなくなる事に寂しさを感じていたようだった。
屋上へ出ると、暖かさから暑さへと変わる空気が感じられた。
空は快晴。本日は絶好の昼寝日和である。
こんな日は、サボってしまいたい。
ま、美少女だから、そんな事できないんだけどね。
「どうかしましたか?」
俺は黒樹 麗に尋ねた。
彼女はなんだか恥ずかしそうに口を開いた。
「じ、実は昨日コレをやっぱり買ってな……。なんとなく私一人でやるのは気が引けたので、い、一緒にやってみないか?」
彼女の手には昨日手に取ろうとした百合物のゲームソフト『乙女同士だからって関係ないもん! ぽ~たぶる』が握られていた。
顔を赤くして、俺にそんな物見せるなって。
お前が百合だって勘違いしてしまうぞ。普通。
だが、幹は普通でも、美樹は美少女なのだ。この世の男の理想を詰め込み、女の高感度も上げる程の女子力。
そんな俺が、断るなんて選択肢選べるわけないだろう。
俺は誰からの挑戦も受けるし、誰からの相談も乗る。
なんたって美少女だからな。
「やりましょう! 私もどんな物か知りたいですしね」
「ほ、本当か! 良かった……」
溜息を吐きながら微笑む黒樹 麗。
「友達の誘いはできるだけ答えるのが、私のポリシーですから」
俺は笑顔で首を傾げた。
彼女はぼーっと俺を見つめる。
「と、友達……」
「黒樹さんは、私の友達でしょう?」
一秒たっぷり間を置いてから、麗は縦に頷いた。
「うん。私達は友達だ!」
「では、授業も始まるので教室に戻りましょ?」
こうして何人目か分からない友達が出来た。
今日の授業は眠気との戦いが熾烈を極めた。
なんたって、昨日帰ってから兄貴と姉とで、ずっと通信プレイをしていたのだ。ソロで狩る時間なんてなかった。
それが原因で朝方まで起きていたのだ。
ちなみに美容対策はバッチリである。
化粧もちゃんとして、クマは上手く隠した。
それと実は勉学の方も成績は急上昇中なのだ。
女子力の中に学力向上もあったせいで、俺は勉強もしっかりとしなければいけない。ちなみに中間試験ではトップ10以内を目指さなければいけないので、寝ている時間などはない。
そして、昼休み。
俺は眠さが限界突破している為、屋上のベンチで寝ようと思った。
「私今日は体調がすぐれないので席を外しますね」
「大丈夫美樹?」
「谷中さん大丈夫? 何なら俺がお姫様抱っこで保健室まで!」
「荒井君大丈夫ですよ。それよりも、ちゃんとお昼ご飯は食べてくださいね? 荒井君も体調には気をつけてください」
「は、はい!」
「美樹って誰にでも優しいよね!」
女子と男子に心配されながらも、屋上へと向かう。
ああ……気持ち良い。皆に心配されるってこんなに気分が良いのか……。
とりあえず、屋上に足を運ぶ。
ベンチも全席空席みたいで、貸し切り状態だった。
これは正直ラッキーだと思った。
空は快晴だし、お昼休みだから時間もたっぷりある。
ここで睡眠をしっかりとっておけば、午後の授業も乗り切れる気がしてきた。
とりあえず、パンツが見えないようにしてベンチに仰向けになって寝転がった。
暖かい空気が、俺の身体を包み込む。
この気持ちよさは癖になりそうだ……。
俺は無防備に寝てしまった。
学校のチャイムが鳴る。
これは予鈴だろう。
もう少し寝ていたい気持ちを押し殺し、瞳を開けた。
「……」
「……」
目の前には俺がよく知っている人物の顔があった。
何でこんな近くにいるの?
「おはよう! 谷中さん!」
「あ、あのー……おはようございます……」
困ったな。俺の顔の数センチ先にいるのは、元親友五人衆イケメンの内の一人。荒田 直弘だ。
というか、この距離……。
まさか、キスされた!?
「もしかして、私に何かしましたか?」
「うーん? キスとか?」
「はい」
直弘は可愛く、顎に人差し指を当てている。
猫っぽくて、女子の先輩からも人気だったな。
「したって言ったらどうする?」
「どうするも、ありませんよ」
表情には全然平気と出してはいるが、内心されていたらコイツ殺してやろうかなどと考えていた。
さぁどっちなんだ?
「つまんないな~もっと面白い反応を期待してたんだけどな~。もちろん、キスなんてしてないよ! 僕は授業をサボろうとして、丁度今来たとこだもん」
「そうなんですか。サボってはいけませんよ。いくらあなたが自分に自身を持っていようとも、驕ってはいけません」
俺は優しく微笑んで直弘を見つめる。
そして、頭を撫でる。
「さ、私を起こしてくれたお礼です。今からちゃんと授業に向かいましょ?」
「な、何で僕の頭撫でるの!?」
それはお前がよく女の子に撫でられるのが好きとか言ってたからだ。
美少女に撫でられるのは嫌なのか?
「はい! 私は授業行きますよ!」
「ま、待ってよ! 僕もやっぱり、ちゃんと授業出るよ!」
そう言いながら直弘は、俺の華奢な手を掴んだ。
俺は教室に向かおうとする足を止め、振り向いた。
「そ、その前に、ぼ、僕と付き合ってくれませんか?」
顔を林檎のように赤くさせた、猫系男子の直弘は俺に告白した。