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お見合いをサポートしたりなんてしないっ!

 モニターの中では、拓夫の従兄一家と綾子が騒然状態。

 隣で眺めている優香も溜息を吐いている。それはないとでも思っているのだろうか。

 モニターの中で、丁度いいタイミングで料亭の従業員さんが布巾を持っていてくれた。それで、綾子は慌てる様子もなく、何故かゆっくりと溢した箇所を拭いている。少しは焦りなどがあってもいいのではないだろうか。彼女は常識でも欠けてるのか?

 拓夫は席を立ちあがって綾子を手伝おうとしてるのだが、自分が手伝っていいのか、ダメなのか分からずオロオロしている。こんな表情は珍しい。写メでも撮って、後で正男達に見せてやりたい。

 拓路一家の両親二人は、口を開けて茫然としていた。それも無理はないと思う。なんせ初っ端からお茶を相手に吹っかける女など普通はいない。

 拓路は綾子に布巾で拭かれていた。


「あのー……」

「はい」

「何でそこばっかり拭くんですか?」

「ここが一番濡れてるので」

「そこ僕の股間なんですが」


 かなり恥ずかしそうに顔を真っ赤に染める拓路。さすがにそれはやっちゃいけないだろう。一体どこで何をどうしたら、股間を拭くのだろうか。そもそも、お茶を吹っかける時わざとっぽかったんだが。

 ようやくお茶を拭き終えた綾子は、再び座布団に正座し、頭を深く下げた。

 

「大変申し訳ありませんでした。私、このような場は初めてでして、かなり緊張しているのです。ご無礼をお許しください」

 

 丁寧に謝る綾子。拓路一家は気にしてないのか「大丈夫ですよ」と口を揃えて、返事をしていた。この一家はお人好しなのだろうか。拓夫は半目で綾子を見ている。

 とりあえず、この一連の動作を見た俺と優香は顔を合わせた。


「美樹ちゃん。これは一回……」

「はい。私もそう思います」


 俺は右耳を支え、インカムで指示を出す。

 今回の綾子説教に最適な人物は、確実にあの人以外いない。基本的に電話役は、説教役であるため、誰に電話するかはこっちの自由だ。つまり、辛めの説教・普通めの説教・甘めの説教と自分の中で分けている。そして、辛口な説教をする人物はもちろん。麗だ。


「麗、聞こえていますね?」

『ああ。美樹がこっちにいなくて寂しいよぉ……』

「早速仕事です。無事にお見合いが終わったら、皆で食事しに行くので許してください」

『み、美樹と二人きりがいいなぁ……』

「わがまま言わないでください」

『……』


 麗は可愛い声で、喋っていた。本当に可愛いのだから、そういうのを全面的に押していけばいいのに。そうすれば友達なんてあっという間に出来る筈だ。

 

『で、そろそろ出番なのか?』

「はい。いつも通りに説教してください」

『内容は?』

「練習したのに、勝手な行動はしないでくださいと伝えてください。後は任せます」

『なるほど。あのタイプはどうせ、普通じゃつまらないだろうから、あえてお茶をこぼして、男性の身体に触れて、スキンシップだとか言い出すだろうからな』

「……恐らくそのまんまだと思います」


 綾子の事を嫌いなくせに良く分かっている。それが途轍もなく恐ろしい。それだけ分かっているのなら、普段から仲良くしろよ。

 麗の声がインカムから聞こえなくなると、モニター越しの綾子にアクションが発生する。綾子は携帯電話を取り出している。表示された名前を見たのだろう。一瞬だけ嫌そうな顔をした。

 

「少しお仕事のお電話ですので、失礼してもよろしいでしょうか?」

「あ、はい。構いませんよ」


 そう言って、綾子は部屋を出た。

 それからお見合いの部屋では、拓郎が口を開く。


「中々良い御嬢さんじゃないか。最初お茶をこぼしたけど」

「まぁそうですね」


 拓郎に言葉を返す拓路。両者共に、綾子に対して好印象のようだ。普通はお茶を溢したら破談とかになりそうだけど、そうならなくて良かった。

 そして、希衣子が若干の怒りを含めながら口を開いた。


「お茶を溢すなんてどうかしてるわ。拓夫君、あの人は学校でどういう人なの? なんだかまともには思えないんだけど」

「……すいません。俺の担任の教師は杉本先生じゃないので、本来どういう性格なのかを、あまり把握していなくて」

「そう? あんまりふざけるようなら、私は帰りますからね」

「……」


 希衣子は御怒りのようだ。若干などという優しい物ではなかった。このお見合いの鍵はどうやら、希衣子にある。綾子が超美人のリア充だという事を、希衣子達に思いこませるのは難しい。いうなれば、希衣子は鬼姑のタイプだ。ま、俺なら希衣子くらいイチコロだがな。

 拓夫は額を抑えている。希衣子の機嫌が悪いのを察したのだろう。この様子から伺うに、一番お見合いに乗り気でなかったのは希衣子みたいだな。

 そんな所で、綾子が戻ってきた。

 がっつりと肩を落とし、僅か数分だけ麗と話していただけで、頬が痩せこけているように見える。

 

「ただいま戻りました。大変お待たせしました……」

「綾子さん?」

「は、はい!」

「大丈夫ですか? 何か嫌な事でも?」

「だ、大丈夫でひゅ! あ……」

「……」


 拓路が固まる。綾子も噛んでしまった事により、動きを止めた。

 別に噛んでしまうのは良いのだ。それは人間だからしょうがない。だけど、ちょっとミスしただけで、これだけ怯えるのはどうなのだ? 麗って一体何したの? 綾子が携帯電話のバイブレーションみたいに震えてて、使い物にならなそうだけど。

 すると、拓郎がニッコリと笑って口を開いた。


「もうちょっとリラックスしてください。私達はただ、あなたと拓路の行く末を少し傍観しに来ただけなのですから」

「……お父様」

「うんうん。ドジっ子最高だよね!」

「拓郎さんっ!?」


 拓郎は寛大なようだ。だが、それだけではなくドジっ子が大好きみたいだ。ドジっ子最高って若いな。

 綾子は瞳を一瞬潤わせたが、すぐに元の表情に戻り、会話を再開させた。ここから、先の会話はごく自然に進んだ。


「麗? 何を言ったんですか?」

『普通にボロ雑巾のようにしてやっただけだ。仕事はしたぞ?』

「……なんというか、やり過ぎだったような……麗って正男さん達には、いつもオブラートに包んでる方なんですか?」

『……そうなのかな?』

「私が聞いてるんですが……」


 普段、正男達を罵ってるときは普通なのだろうか。麗の言う事は良く分からないな。それにしたって綾子の落ち込み具合は尋常じゃない。これでは相手に疑問を抱かせる可能性すらある。次の電話係には別の人員を使うか。


「では、御趣味などはなんですか?」

「趣味は、少年ジャンプを読破する事です」

「……」

「じゃあ、休日やってる事は?」

「私は休日は基本的に怪物狩人4というのをやっています。お母様にもオススメですよ! 是非やってみてください!」

「……」


 希衣子の質問に、綾子が次々と答える。だが、どの解答も子供っぽくて、今の綾子には当てはまらない物ばかりだ。拓路一家も呆れて物を言えない。

 拓郎は首を縦に頷かせて、うんうんと唸っている。綾子は彼にだけ、気に入られたみたいだった。だが、他の拓夫や希衣子は口端を吊り上げて、苦笑いをするばかりだ。拓路の表情は分からない。

 

「美樹ちゃん……」


 不安そうに優香が俺の顔を伺う。俺だって不安どころの話ではない。最早、お見合いは破談に近い状態だ。拓夫も、ようやく綾子をこの場に立たせた事に失敗だったと感じたようだ。

 もう、ここまでかなと俺は思い、インカムで全員に指示する。


「皆さん、お疲れ様でした」

『美樹さん?』

「もうかなり破談に近いので、諦めた方がいいと思います」

『……』


 全員の声は止む。綾子の方でも会話は沈黙を保っていた。

 今日のお見合いは、失敗だったと両者が思うのであろう。

 優香も溜息を吐き、席を立ち上がる俺を見る。

 

「しょうがないわよね……」

「はい……」


 俺と優香がモニターに背を向けた瞬間。

 新たに、戸を開ける音がした。


「失礼します。遅れて申し訳ございません。私は杉本 綾子の母。杉本 綾奈(あやな)です」


 俺と優香は二人でモニターの人間を凝視した。優香もかなり驚いている。何しろ、その人物は朝会った人物だからだ。俺も生唾を飲み込み、新たなるお見合いに出席する人物を見入る。

 インカム越しに、麗や正男達の次の指示を欲する声がする。


「皆さん、少し待ってください」

『え? どういうことだ美樹?』

 

 麗達の指示を止め、モニターの中を見守る。

 新たに現れた第三者に、拓路達は、まるで石像のように固まった。俺と優香ですら驚いてるので当然だ。

 

「で、でも……あなたはここの女将さんじゃ……」

「はい。私は亡き夫の残した、この料亭を守らせて頂いております。その為、少しの御時間しか取る事ができませんが、何卒よろしくお願いします」

「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします……」


 綾奈の声に希衣子だけが反応した。

 それからのお見合いは、着々と進んでいった。

 麗達も、俺らの部屋に呼び、皆で見守っていた。時々、綾子が危ない発言をするが、そのたびに綾奈に止められていた。

 俺はふと思った。綾奈の部屋にあった綾子の写真は、もしかしたら、何かしらの事件が遭って、破談になってしまったのかもしれない。それで、姉も綾奈も何も言わなかったのだと感じた。

 

「さて、これで上手く行けばいいがな」

「どっちにしろ、当初目的とはだいぶズレてますけどね」

「まぁいんじゃないかしら」


 麗と優香も安心して、お見合いを眺めていた。

 俺らが全員がモニターを眺めていると、ようやく拓路と綾子は二人きりになる時間が来たようだ。

 綾奈達の姿が見なくなった。

 

「じゃあ、後は二人に任せますか」

「そうだな。私は早く美樹成分を摂取しなければ死んでしまうしな」

「あたしだって美樹ちゃんの匂いを嗅がなきゃ死んじゃう!」

「美樹さん、俺も!」

「美樹様!」

「僕も!」

「お、俺も!」

「私はすぐに帰りますッ!」


 俺の必死の叫びにも答えず、美人部メンバーが近寄ってくる。まったく、勘弁してもらいたい。

 こうして、お見合いは無事に終了し、後に報告を聞く。という形にはならなかった。


「これはどういう事かね?」

「説明してくれると嬉しいんだけど」


 俺らが騒いでいたので覗きに来たのだろう。来たのは拓夫を欠いた拓郎と希衣子だった。

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