美人部が惚けたりなんてしないっ!
翌日の放課後。
今日も今日で、いつものメンバーだ。
本日は各々昨日探してきた資料を、皆に提示する予定である。
ソファの前には新たにガラスのテーブルが置いてある。また麗が先生のスクールカウンセラーでもしたのだろうか。そこに資料はぶちまけられてる。
「さて、これで一通り集まったか。美樹は資料を持ってきてないのか?」
「私は、直接料亭に伺って話を聞いてきたので、それを皆さんにお伝えするつもりです」
「ふむ。ならば始めるぞ!」
まず麗は自分の資料を手に取り、音読した。
ソファには俺、麗、優香が座っていて、教室と同じ机と椅子には、正男、鷹詩、直弘、拓夫、久光が座っている。
「今回私が調べてきたのは、お見合の前提条件だ」
『おお~』
皆が声を上げる。
続けて麗が口を走らせる。
「お見合いというのは、まず、相手の写真とプロフィールを見たところから始まる。そこで、今回は名前は出せないが、ある人物の写真を使わせてもらう」
そう言って、ガラステーブルの上に置かれた写真は、以前写真屋さんで撮ってもらった俺の写真だった。綺麗に撮れていて、なんせ美少女である俺だからか、写真屋さんのほうから、飾らせてほしいと頼まれたのだ。それを持ってくるとは麗は、どんだけ俺が好きなの? この写真を机に置いてる麗のドヤ顔がマジで半端ない。
男共は食いつくし、優香ですらも欲しそうだ。俺の写真集作れば売れるんじゃね?
「何で、私の写真なんか貰って来たんですか」
「私が欲しいか――コホンっ! 今回の資料の為だ!」
麗は一回咳払いして、話を続けた。俺に目を合わせようとしないあたり、どうなのだろう。というか、麗は他の部員たちの羨ましそうな視線を浴びて、優越感に浸っている。もうやめて。
それから、優香が口を開いた。
「でも、何で美樹ちゃんを題材にしたの?」
「それは美樹の写真が一番映えるからだ!」
「他に良い写真は?」
「私は美樹以外の人類に興味がない」
「……」
優香を黙らせるとはさすが麗だ。麗の事を変な目で見ていた優香だったが、あたしも欲しいという視線を俺に向けてくる。優香も麗と、あんまり変わらないぞ。
すると、鷹詩が涎を垂らしながら、写真を見ていた。
「美樹様……グへへへっ!」
そんな事を呟いた鷹詩に、ハリセンが飛んできた。言うまでもなく麗の私物であるが、叩いたのは麗ではなく拓夫だった。明らかに不機嫌な表情の拓夫が舌打ちした。
麗は、自分のハリセンが使われた事によって、拓夫を睨んでいる。麗って典型的なジャイアニズムで、「私の物は私の物。お前の物も私の物」っていう感じだ。当たり前だが、俺には適応されない。
麗がジャイアニズムな事くらい、周知だろう。
「拓夫!? 何で男に叩かれなきゃいけないんだよ! 痛いじゃねーか!」
「少しは真面目に考えろ!」
「俺だって真面目に考えてる! 美樹様の写真を大量にコピーして、部屋中に貼り付けて、自分で自分を虐めるんだ! そうすれば、あたかも美樹様から体罰を受けているという錯覚を――」
「黙れ変態。一度奈落の底に落としてやろうか」
「麗様でも構いません!」
「本当に下種ね」
「ああ……優香様……そんなに睨まれると感じちゃいます……」
「……どこが真面目なんでしょうか」
鷹詩には敵わないな。一体どんだけM属性値が高いんだよ。気持ち悪過ぎて吐きそう。
話が進まない状況に憤りを感じ始めた麗と拓夫。二人は腕組をして、眉間にしわを寄せている。これ以上の雑談はまずそうだ。
一応正常である正男が、俺の写真を手に取り眺める。その写真は俺が浴衣を着用している写真で、大和撫子みたいな雰囲気を出している。
それを見て、正男は惚けるわけではなく、キリッと真面目な顔で麗に話しかける。
「これが、いわゆる女性版って事でいいんですよね?」
「まぁそうだ。つまり、あの性悪女には美樹と同じ格好をさせれば、男もお見合いには積極的になるのではないだろうか」
「それは一理ありますね……さすが部長!」
「ふん、ゴリ男にしては珍しく、気が効くな」
麗の機嫌が正男によって少し良くなった。
つまるところ、綾子には俺と同じ格好をさせて写真を撮り直すって事になるのだが。もう写真は撮り終えて、それを相手方に提示したから、一応お見合いはする事になったのだろう?
「あのー……」
「なんだ美樹」
「もう写真は相手に渡ってるんじゃないですか?」
『……』
拓夫以外の全員が黙る。もしかして……いや、全員その事に気づいてなかったか。綾子はもう相手と会う予定まで出来ているんだ。後はそれが成功するか失敗するかのどちらかなんだが。
皆そんな事に時間かけてないよね?
俺は恐る恐る、皆の資料を見る。
拓夫以外の全員が、漫画の原稿を持ち込みしたときみたいに震えている。俺って編集者にでもなったの? そんな怯えられると意見しにくくなる。
俺は全員のを読み終えて、ガラステーブルの上にい置いた。溜息を吐いて、拓夫以外を見つめる。
「……今週の土曜日にお見合いですよ?」
「ごめん美樹!」
「寝てたから知らなくて! ごめんなさい美樹ちゃん!」
「すいません美樹さん……」
「お詫びに踏んでも構いませんよ!」
「僕もごめん……」
「やっぱり動作から入るのか……写真は失敗だったな」
麗、優香、正男、鷹詩、直弘、久光が謝ってきた。本当にコイツらは昨日何していたんだ。あんなに颯爽と帰って資料がクソとは……。
拓夫も呆れて溜息を盛大に吐いた。
「やはり、ここは俺がやるしかないようだな」
「あ? 何を言ってる貴様。邪魔だ。帰れ、クソ眼鏡」
「仮にも女性なんだから、丁寧な言葉を使ったらどうだ? 谷中さんのように」
「黙れ」
拓夫と麗が火花を散らす。二人の目線は激しく交差している。
麗は殆ど初見の相手には、喧嘩を売る習性がある。拓夫とは知り合ってからだいぶ経っているのに、まだ慣れた様子は見られない。良い子にしてほしいな。
俺がとりあえず、間に入ると、両者は納得いかない様子で、とりあえず席に着いた。
「はぁ……とりあえず、井草さんの意見を聞いてもいいですか?」
「部長はおしとやかにした方が絶対にいい!」
「そうではなくて、お見合いについてです」
「あ、ああ……」
拓夫は気を取り直したのか、眼鏡をかけ直してぶっちょう面のまま、鞄からそれぞれ紙を取り出した。机にある物とは違って、女性らしい動作について書かれている。何でも初歩的な事まで記載されている。
俺も何枚か手に取り確認する。
「ふぅ……む」
「なるほどね……」
麗と優香も紙を眺めて、妙に納得している。やはり二人とも一応は女子であるから、興味はあるのだろう。ちなみに、紙に書いてある事を俺に質問しても、全て叩きこまれてるので、余裕で回答できる。
「これを先生に実行してもらうわけですね」
「ま、そうゆうことだ。ついでに、そっちの二人もどうだ?」
拓夫は麗と優香を見る目を輝かせている。拓夫って回りくどい性格なんだよな。素直に綺麗にしてやるとか可愛くしてやるとか言えばいいのに。ついでに言えばムッツリスケベなんだよな。
――そう考えると、拓夫に化粧とかはやらせたくないな。
麗と優香は拓夫の瞳を十秒間凝視し続けた。さすがにずっと見られるのがキツかったのだろうか。拓夫は瞳を伏せてしまった。
俺はソファから立ち上がり、麗と優香に屈んで微笑む。
「お二人共、井草さん曰く、女の子らしくなってみないか? っと言ってるみたいですよ?」
「ふん。御免だ。何で私がクソ眼鏡に指導されねばならんのだ。美樹ならば構わないが、コイツにだけは絶対に嫌だ」
「あたしも同じ。美樹ちゃん程ではないけど、男にこれ以上モテても仕方ないし、ましてやアイツに言われてやるとか嫌だし」
二人とも拓夫を嫌悪しているようだ。
拓夫は俯きながら、暗く笑っている。プライドが高いタイプだから、傷つけられるとキツイのだろうか。まったく、精神面が弱いのは変わってないな。
これ以上拓夫の心を抉るのも可哀相なので、次は俺の出番か。
俺は昨日麗が書いた文字を消して、新たに俺の文字を書き込む。黒板には、俺の綺麗な文字で『お見合いを成功させるには、相手と自分の息が合ってると相手に誤認させる事が重要!』と記した。
「相手に誤認させる事?」
直弘が首を傾げながら、怪訝な表情をしている。他の皆も同じようなものだ。念のため常備している指棒と伊達眼鏡を鞄から取り出す。伊達眼鏡はそのまま装着して、指棒は適度な長さに伸ばす。そして、制服のリボンを外してワイシャツの第一ボタンを閉める。
今の俺の格好は、家庭教師のようだ。
「さて、これからは勉強が続きますので、皆さん。居眠りしたら……し・り・ま・せ・ん・よ?」
俺はエロティックな笑みを浮かべ、胸を強調させて全員の視線を集める。俯いていた拓夫も顔を急に上げて、俺にピンク色の視線を送っている。
やはりむっつりスケベだな。
「み、美樹……エロっ」
「美樹ちゃん……んふぁ……」
「美樹さん最高っす!」
「ふ、踏んでくれえええええええ!」
「ぼ、僕の指棒も伸びるかも……」
「妖艶過ぎるッ!」
「ここはエロゲーの世界なのかッ!?」
麗、優香、正男、鷹詩、直弘、拓夫、久光が俺の行動に釘つけ。
おい待て待て。説明が本命だぞ? ちょっと教師気取ったらすぐこれだ。煩悩ばかりの高校生は、これだから困る。え、俺? 性的な興味って皆無だよね。もはや仙人レベル。
「まず、皆さんはお見合いの仕組みについては知ってると思います」
『……』
「知ってますよね?」
『は、はいッ!』
全員が俺に呆けたままだった。話についてこないのは正直、いやだいぶ困る。この部活を存続させるために、俺が身体を張っているのに、コイツらダメ過ぎる。
俺は指棒を握ってる方とは逆の手で、指棒の先端を弄る。
「もう聞いてるんですか?」
『……』
「いい加減にしないと、お仕置きしちゃいますよぉ?」
「喜んで!」
鷹詩が手をシュビッと勢いよく上げる。
良かろう。ならば、俺の新技を食らわしてやる。
「じゃあ鷹詩さん。お仕置きですね」
「は、はい」
惚けた顔で、俺が近づくのをじーっと見ている。
俺はそのまま、鷹詩の前に立つ。皆の視線を集めてる。お前らが惚けるのも、ここまでだ。今、話を聞かなかった者がどうなるのか見せてやる。
俺は鷹詩の胸倉を掴んで椅子から、立ちあがらせる。
その瞬間、全員の顔が固まった。
俺はそのまま、片腕を掴んで背負い投げを実行する。古武術の応用で、女でもツボを掴めば簡単に大男でも投げる事が出来る。
そして、俺は思いっきり鷹詩を引っ張り上げる。
やがて、鷹詩の足が宙に浮き、鷹詩の身体は四階多目的室の床に激しい音を上げながら、叩きつけられる。
「ぐはっ!?」
全員の顔が青ざめてる。
俺は床に叩きつけられた鷹詩を見て、微笑む。
「どうですか?」
「さ、最……高……でッす……」
鷹詩はアへ顔のまま、意識を失った。
そして、全員の方へと視線を向ける。
「では、皆さん。今から大事な話をするので、聞いていなかったら、どうなるか。わかりますよね?」
俺の微笑みに、全員が背筋を凍らして、顔が青ざめていた。