入学式にボッチなんてしないっ!
ようやく着いた教室内では、入学で浮かれている生徒が過半数。
皆友達作りで忙しいようだ。
俺の周りには……。
「ねぇねぇ、これから同じクラスなんだしメアド教えてよ」
「それよりも、俺バスケ部に入る予定なんだけど、一緒にやらない? あ、マネージャーとしても大歓迎だよ!」
「ぼ、僕と一緒に文芸部に入らない? さっきから本読んでるよね。僕も本が好きなんだ」
男に囲まれている、俺。
性別が男のままだったら、嬉しい限りなのだが。
現在、残念ながらと言うべきが。俺は女だ。
男の勲章もないし、筋肉も低下。その筋肉は脂肪となって俺の胸に集められている。そして、顔は自分で言うのも何だが、超美人。
俺が男でも、こんな美人は目で追ってしまうね。
「すいません。私、今日携帯電話忘れちゃって……。部活はしたいんですけど、塾があるので、できないんです。ごめんなさい」
綺麗な美声。そして、まるで相手に好意があるような笑顔。
姉直伝・女子力全開笑顔だ。
この必殺技。春休み中に街で実践したところ、百発百中で男共は頬を緩くした。
「そ、そっか……それじゃあ仕方ないよね……」
「ご、ごめんね! 忙しいんだったらしょうがないよね!」
「ぼ、僕もいきなり話しかけてごめんね」
三人の頬は、熟した桃のような色をして席に着いた。
席に着いた男共は、窓の外の桜を眺めている。
きっと脳内で煩悩全開なのだろう。俺を題材にしないでくれよ。今ならば分かる。妄想で好きな女子を思い浮かべるのは犯罪行為と言っても過言ではない。
再び文庫本に眼を戻した俺だったが、妙な視線を感じた。
男共の熱視線ならば訓練されたせいか、見なくても分かる。
だがこの視線は違う、女子の物だ。
俺は気になって本から顔を上げた。
視線の先にいたのは、綺麗な腰までの黒髪。健康的な白い肌。そして深海のような綺麗なダークブルーの瞳。
結構美人な女子生徒だ。
まだ、自己紹介なる物をしてないから名前は知らない。でも、さっきから視線を送っているのは絶対にこの娘だ。
羨ましいか? この俺が。女子力高いだろう?
だが、俺がその娘に視線を送ったと同時にそっぽを向いてしまう。
そして、また本に眼を移すと見てくる。
新手のストーカー?
とりあえず、あっちから接触されるまでは我関せずの態度で行こうと心に決めた。
教室の扉が開く。
男子も女子も扉に視線を送る。
入ってきたのは俺のよく知る人物だった。
田村 正男と野村 鷹詩だ。
一応先ほど五人のクラスを調べたが、誰もこのクラスの奴はいなかった。
ということは誰か知り合いがこのクラスにいるのかな?
二人は周囲に視線を泳がす。
女子生徒達はイケメン二人に視線が釘付けだ。まぁ無理もないだろう。
だが、俺は一度姿を確認した後、本に再び視線を戻す。
どうやら、さっきのストーカー(断定)の女も興味がないらしい。
この教室で二人に釘付けになってないのは俺とストーカー(断定)の女だけだ。
後で、出席を取ったときに知ったのだが、彼女の名前は黒樹 麗というらしい。
二人は俺をターゲットにして歩み寄ってくる。
まさか、バレたか!? さっきは大丈夫だったんだけどな……。
ま、さすがに中学時代親友だったんだ。事情を話せばちゃんと受け入れてくれる筈だ。
俺はいつのまにか本にしおりを挟み、二人を見つめていた。
「確かにそうだな」
鷹詩が呟く。
隣の正男も縦に頷く。
「これは間違いない」
俺に気づいてくれたのか!
ここでバレるのは、ちょっと嫌だけど親友にバレるのなら俺は――。
「俺と付き合ってください!!」
「いや俺と!!」
「……」
二人は俺に手を差し出してきた。
俺の喉から「俺は幹だよ!」と言いかけた。
……やっぱり、女体化した俺を幹だなんて誰も思ってないか。
ショックだ。親友ならばすぐに気付いてくれてもいいだろうが!!
俺の心はショックにより、燃え上がる炎のように怒りのゲージが溜まった。
「入学初日からナンパしてくるような人達とは付き合いたくないです」
俺は微笑みながら、優しく言ってやった。
正男と鷹詩は顔を上げる。
その顔は過去に見た事がないほど絶望していた。それもそうだ。この二人に限った話ではない。友人五人衆が告白すれば、そこら辺の女はついていくようなスペックの友人達だった。今までにフラれた事なんて逆になかったんじゃないか?
「そ、そんな! お、俺はあなたに一目惚れしたんです! 決して軽い気持ちで言ったわけでは、ありません!」
正男が顔に似合わない事を喋り出す。
俺を誰だと思ってるんだ。お前らの友人だった幹だぞ? 女ったらしのお前と誰が付き合うか。
「ごめんなさい。私、付き合う事に関して興味はないんです」
俺の言葉にがっくりと肩を落とす正男。
しょうがないさ。誰だってお前が女ったらしだと思えば、告白されても誰もオーケーしないと思うぞ。
というか、男と付き合うつもりは今のところないし。
「だ、だったら俺はどうですか!」
鷹詩もしつこいな。というか、鷹詩は女子に対して上がり症だった気がするんだが。あ、額から汗が伝ってる。そうとう上がってるな。
そんなに俺の美貌に騙されてるのか。中身が俺とは知らずに。珍しく頑張った鷹詩には悪いが、断らせてもらうか。
「ごめんなさい。私忙しいので、構ってる時間がないんです」
「そ、それでも君といたいんだああああ!!!」
もはや鷹詩は暴走してると言っても過言ではない。
リミッターが外れたか。鷹詩の奴、俺に本気とは。
中々面白い告白だな。最高だよ。普通の女子ならばそれでコロっと落ちると思うぞ。周りの女子だって何か感動してる奴いるし。
ていうか、今さらだけど入学式に何やってんのコイツら!
「私は一緒にいたくないです」
鷹詩も撃沈。
今回は中々骨の折れるミッションであった。随分と粘った方だと思うぞ。
だけど、これじゃあ可哀相だ。今でも幹は友達なのだから、美樹だって友達になっても可笑しくはない。
俺は口を開いた。
「でも、友達としてならいいですよ。お二人とも面白そうな方ですしね」
必殺・落として少し上げる。
効果:通常の女子がやっても印象を悪くするだけだが、俺の見た目のように超絶美少女ならば、威力は激大だ。
姉曰く、これを使えば今後も楽な友人関係を築いていけるそうだ。
二人は顔を上げ、俺を女神の如く見つめる。
女神じゃない。寧ろ悪魔という表現のほうが正しいと思うのだが。
「じゃ、じゃあ早速アドレスを……!」
「ごめんなさい。私、今日携帯電話置いてきてしまって……ごめんなさい」
「じゃ、じゃあ書く! 俺のアドレス書くから、今日中に送って!」
「ふふ。わかりました。では私から送りますので必ず返してくださいね?」
二人の顔も、撃退したナンパ共のように頬が崩れる。
眼にも止まらぬ速さで、二人は紙にアドレスを書いた。
正直見なくても分かる。どれだけコイツらとメールしたか……。
二人が教室を出た所で歓声が沸いた。
男女共に、俺の机へと集まってくる。
「凄いです! あんなイケメンをフルなんて! あたしには出来ない!」
「あ、あたしも見習いたいです!!」
「名前は何て言うんですか、師匠!!」
「あんなイケメン誰もいけ好かないですよね!」
俺は入学式から人気者に君臨してしまった。
それからというのも、俺の生活は楽に進んだ。
朝、学校に行けば、男女問わずクラスメイトから話しかけて来てくれる。
ここ数日前からは他のクラスの子達も来ている。
正直名前を覚えてられないが、全員からアドレスを貰ってるので、ちゃんと覚えるように努力している。
昼休みは俺の取り合い。弁当のおかずの分けあいっこ。
ちなみに俺は、昔っから料理が好きだった為、弁当は自作である。
皆俺のおかずを食べると「美味しい!」と言って喜んでくれる。
それも幸せだ。
放課後になれば、携帯のバイブレーションが鳴り止む事はない。
ずっと、鳴りっぱなしだが、俺は即返事をする。
俺は――リア充の嬢王といつしか呼ばれるようになった。
そんなある日。
俺は、いつも通り帰りの支度をしていた時だった。
「ねぇねぇ美樹さん。これからマックに行くんだけど一緒に行かない?」
「本当に申し訳ないのだけれど、私今日は用事があって……」
そう、今日は楽しみにしていたゲームの発売日なのだ。
名前は全国的に有名な【怪物狩人4】。小型ゲーム端末で協力プレイも出来る最高の名作だ。
それを姉と予約分を一緒に買いに行く事になっていたので、急いで帰らなければいけない。
「いいよいいよ! 美樹さんは忙しいんだもんね!」
「ありがとう。沢渡さん」
それだけ告げて、俺は帰路についた。
帰ったら、姉が準備万端のご様子であった。
昨日聞いていたが、姉の授業は午前中だけだったらしく早く帰ってきていたのだ。
「さて、行こうか美樹たん!」
「俺は幹だっての」
「つれないな~我が妹は!」
俺は相変わらず、家族内では素だ。
じゃなければ、学校で理性が保てない。何気なく生活していると、自分が男だった事を忘れてしまう気がして怖いのだ。
だから、申し訳ないが家の中だけでは男に戻らせてもらっている。
俺らは電車を乗り継ぎ、秋葉原へと向かう。
近所からだいぶ離れた大型の都市。
この地でゲームを予約した利点は二つある。
まず一つ。俺が実は習い事と称して、家に帰ってゲームをしているのがバレるのを防ぐ事。
もう一つは、単なる特典付きだからである。
「美樹ちゃん! 早く早く!」
「お姉さん待ってください!」
姉は早くゲームをしたくてウズウズしているのだろう。
女子力の塊のわりにはゲームが好きな姉。
まぁ、ゲームをしてる姿を他人に見せない辺りが女子力を維持するポイントなのだろう。
早速、予約していた書類を見せる。
予約分を探しに行く為、店員は一度確認しに裏に下がった。
「私、他の物も見てきますねお姉さん」
「うぃうぃ! 美樹たん、すぐ戻るんだよ~」
姉は手を振りながらカウンターに留まった。
俺はなんとなくゲームを見ていた。
ぞろぞろっと色んなゲームがある。
最近はいろんなものがあるなーと思っていた。
そして、俺は眼を見開いた。
いわゆる百合物だ。
百合物とは……女同士で愛し合う物のジャンルを指す。
今の俺には良いジャンルかもしれない。なんたって心は男。外見は完璧美少女だもの。
それにこれからの人生の為にも、俺は男性と女性どちらを愛するかを決めるべきだ。
そう思って手に取ったのだが……。
「……」
「……」
俺ともう一人の美少女の手が重なっていた。
その手はストーカー(断定)こと、黒樹 麗の手だった。