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母親を怒らせたりなんてしないっ!

 「さて。美鈴! こんな時間まで美樹を何処に連れてってたの!!」

 「……料亭です」

 「聞こえないんだけど」

 「料亭です!」

 「誰が美樹を連れて、門限破っていいって言ったの!」

 「あたしの勝手な見解です!」

 「ふざけんじゃなぁあああああああああいい!!」


 今、リビングでは、赤鬼と化した母と、正座している姉が中央で騒いでる。俺の家では、母が家族構成で一番の権力を持っている。その次に姉なのだが、俺が美樹になってからはそうでもないみたいだ。

 親父は、自分に飛び火しないように、ビールをちびちびと飲んでいる。いつもはもっと豪快に飲むのだが、母が怖いあまり飲む量が減っているのだろう。そして、決してテレビから視線を移そうとはしなかった。

 兄にいたっては、興味がないようで、ずっと怪物狩人4をソロプレイしていた。

 

 現在時刻。午後二十一時。

 別に姉は警察に補導されるわけでもない。かといって俺も二十一時では何も言われない筈なんだけど。

 

 「いい? 美樹は、私が老後に楽をして過ごすための鍵なのよ!」

 「そんな事させないっ! 美樹たんは、あたしの嫁にするんだ!」

 「ふざけた事言わないで!」

 「お母さんこそふざけ過ぎでしょ!」


 二人の怒声がリビングに飛び交う。

 親父は母親が大声を上げるたびに、背筋を伸ばしている。そうとう怖いと思ってるのが伺える。

 姉も正座から立ち上がり、母親と面に向かって怒りを露わにする。

 

 「美樹は、年収五十億以上! ハリウッドセレブ並みの顔! これ、最低限のレベルよ!」

 「美樹たんはあたしの嫁だって言ってんでしょ! あたしなら年収五十億本気で狙えばいけるもん!」

 「その前に美鈴は女でしょうが!」

 「妹だけど、愛さえあれば関係ないもんっ!」

 「関係オオアリだ、このバカ娘ーー!!」

 「東大の娘に言うって、お母さん頭可笑しいんじゃない!?」

 「何よ! 私がどこの大学出ていようが勝手でしょ!」

 「じゃあ言ってみなさいよ!」

 「……」

 「まぁ、高卒だしね!」

 「誰が学費払ってると思ってるの!」

 「あたし」

 「……」


 今日は珍しい事に、姉が母親を押している。これは、奇妙だ。姉は俺に関しては、譲りたくないようだ。

 姉が母親に逆らったのは、過去あまり見ていない。高校生の頃に姉が門限破りをしても、普通に怒られていた。それについても、抵抗しなかったのに、今回は激しい。

 愛が感じられますね!


 俺はずっと、姉の後で立っていた。

 もうそろそろ、止めさせた方がいいかもしれないと思い、二人の間に入る。


 「もう、やめようぜ!」

 『黙れ幹!!』


 うわーお。俺(幹)の威厳皆無。これだけ男の俺が否定されるのも虚しい。これはもう家でも男から女へとジョブチェンジしたほうがいいんじゃない?

 二人は俺をキッと睨みつけると、またも喧嘩を始めた。そろそろ取っ組み合いになりそうだ。

 親父は情けなく震えてるし、兄はゲームをやりながら「マジコイツ弱すぎだろ」と一人で呟いてる。我が家の男は頼りなさすぎる。

 俺は意を決して、腰に両手を当てた。


 「もう止めてください!」

 

 発動美樹モード。

 最近では、どっちが素なのか分からなくなってきた。まぁ今はどうでもいいか。

 俺が声を上げると、親父が振り返る。

 兄はゲームから顔を上げる。

 そして、母と姉の両者も俺に振りかえる。

 

 「み、美樹?」

 「美樹たん……」

 

 二人が俺の事を凝視している。

 さっきと言葉使いが違うだけで、この変わりようって酷くない?

 兄のゲームでは操作キャラが死んだようだ。でも兄はその事に気づいてない。

 親父も静かに俺を見守る。

 リビングには、ゲームの音とテレビの音以外何も聞こえなかった。

 

 「お母さん」

 「はい」

 

 母親は何故か、背筋を伸ばして軍人のように背筋を伸ばし始めた。天然の母親ってどうなんだろうか。

 俺は母親にゆっくりと近づき、頭を綺麗に九十度直角に下げた。いわゆる最敬礼って奴だ。そして、頭を上げて申し訳なさそうな顔を作って、口を開く。


 「ごめんなさい。実は、私がお姉さんに料亭の事を調べさせてほしいと言ったら、わざわざ料亭に連れて行ってくれて、それで話しこんでしまったら、時間が過ぎてしまいまして……だから、お姉さんは悪くないんです。怒るのなら、私を怒ってください」

 「……」

 

 俺は凄く真っ当な謝り方をしたと思う。ただ、素の俺を知っている家族に、美樹モードを使うのはそうとう恥ずかしい。それこそ、生殺しとかのレベル。

 母は呆然として、俺を見ている。まるで魂だけが抜かれたような顔をしている。今ならば、落書きしても気付きそうにない。

 そして、母は俺に近づきだし、暖かい抱擁をする。

 いきなりの行動に俺は驚いた。だが、ここで素に戻ってしまえば、罵詈雑言を吐かれる気がするので、美樹を維持した。やはり、母の抱擁は暖かい。とっても気持ちが楽になる。……マザコン? 勝手に言ってろ。


 「ごめんなさいね、美樹」

 「大丈夫ですよお母さん。私に謝る前に、お姉さんに謝ってください」

 「……うん」


 母は抱擁を解くと、姉に頭を下げた。

 それを見る姉の顔もまた、気を抜かれたような顔をしていた。口は大きく開けていて、効果音をつけるとしたらポカーンってとこだろう。

 

 「ごめんなさい、美鈴。私の勘違いで、あなたを怒ってしまって……」

 「いや、別にいいよ。あたしも怒り過ぎちゃったし……」


 二人は仲直りしたようで、お互いにペコペコと頭を下げ出した。これでは、挨拶するときのサラリーマンのようだ。だが、平和的に解決して良かった。

 兄もゲームに視線を戻した。きっとキャラが死んでいる事に気付かなかったんだろう。一回死んでた事に驚いてる。

 父も、ビールを豪快に飲み出した。父も飛び火の警戒態勢を解いた。

 

 さて、俺が怒られるのか……。


 「じゃあ美樹」

 「はい」

 

 いつの間にイントネーションが幹から美樹に変わっても、俺は気にしない。

 

 「今度から、美樹にお願いがあるの」

 「……はい」


 母は怒る様子もない。口は笑っているのだが目が完璧に笑ってない。それが逆に怖さを引き立てている。そして、ゆっくりと近づいてきて、母は俺の両肩に手を置いた。その手は力強く、何を俺に訴えるのか分かったもんじゃない。

 心臓の鼓動が早くなる。

 額からも冷や汗が俺の頬を伝う。

 そして、ゆっくりと口を開いた。


 「交際及び結婚相手は、年収百億以上は欲しいな!」

 「……はいっ?」

 「美樹の相手の男の子よ~! 最低でも年収百億は欲しいの」

 「一応聞きますけど、何で倍に増えたんですか?」

 「だって~美樹くらい良い子を嫁に出すのよ? それくらいは出さなきゃ嫁がせられないわ!」

 「……」

 「あ、美樹は一生処女でいてね!」

 「……なんとも言えませんね」

 「絶対ダメ! 子作りなんて認めません!」

 

 そもそも、俺に出産機能があるかどうか微妙なんだけど。あ、でも月経は辛かった。もう、痛みが極限過ぎて、世界など滅びてしまえと最初は思った。これが女の苦しみか。そして月一とか本当に信じられない。


 「……お母さん」


 ゾンビのように、足と腕をフラフラさせながら近づく姉。その瞳は怪しく光っていて、様子が明らかに可笑しい。拳銃でヘッドショットを決めたくなるレベル。

 その姉は両手を揺らしながら、近づく。そして、その手は母の両肩を掴んだ。


 「美樹たんは、あたしの嫁だって言ってるでしょうがあああああああ!!」

 「あんたは女の子でじょうがああああああああああああああああああ!!」

 

 再び始まった。

 そして、何故か兄と父も立ちあがった。

 二人とも、母と姉に近づいた。これは、二人とも喧嘩を止めてくれるのだろうか。ここぞというときは助けてくれるんだな。もっと早くそうしてほしかったよ!

 

 すると、まず父が声を上げる。


 「美樹はどこにもやらんっ!!」

 

 父の宣言に、母と姉と兄の三人の視線が弓矢の如く、父に突き刺さる。

 

 「何言ってんの? あなたバカ!? 娘はやらんとか昭和生まれ過ぎでしょ。もう時代は平成ですよ? わかってまちゅかー? 万年平社員のあなたには美樹がどれだけの可能性を秘めてるか分からないものね! というか、さっさとその臭い加齢臭なんとかしなさいよ! あなたのせいで、私の寝室まで臭くなってるんですけど。もう嫌、近寄らないで。半径五キロ……いや、十キロは離れて私の生活に干渉しないで」

 

 母が北極の吹雪の如く凍った罵り方をする。罵詈雑言を受けた父は氷像の如く固まってしまった。アイスピックで突いても壊れないかしらん。

 今度は姉が凍っている父を見下す。


 「クズハゲ加齢臭オッサン。いい加減仕事止めたら? もう、あたしのお金だけで楽しく生きればいいじゃない。娘の金で生活する六十代の元サラリーマン(笑)(かっこわらい)で、人々から蔑まされて生きればいいでしょ? それに何。娘はやらん? ふざけないで。美樹たんは親父とは何の血縁関係もないでしょ? なれなれしくするな!」

 

 姉も酷い。というか「かっこ笑い」とか言ってたけど、(笑)って意味なのね。この人も本当に親父には厳しいよな。

 ハウスカースト最下位の親父は現在、亀裂が入っている。

 最後に兄が、親父の方を叩いた。


 「大丈夫さ。親父も頑張ってるんだもんな。低給料で、万年平社員。バーコードハゲ。モルボ○並みに臭い加齢臭でも、社会に貢献したいんだよな!」

 

 最後、トドメを刺した兄。

 綺麗に親父は倒れて……床一面を水たまりにしていた。惨めだ! 惨め過ぎる!! もはや、この家族は麗に匹敵――いや、もしかしたらそれ以上かもしれない!!

 

 父を完膚無きまでに打ち倒した兄は、微笑みながら、俺を見つめる。

 

 「やっぱり美樹たんは俺の嫁だよな!」

 「お兄さんだけは嫌です」

 「満はうざいから引っ込んでてよ。あたしの邪魔しないで。そもそも、あそこのオッサンと同じDNAの男とか本当に酷笑ものだわ。苦い苦い苦い」

 「お父さんに似てきたわね満。さっさと美樹から離れて」

 

 兄も、親父と同じように床一面に水たまりを作っていた。

 二人綺麗に並列して、水たまりを作っている。やっぱり、この二人って結構似てるよな。俺もこんなんだったのだろうか。


 「さて、美樹は年収百億以上の男と交際してもらうわよ!!」

 「何言ってるのよ! 美樹たんはあたしの嫁って、ずっと言ってるでしょうがあああああああ!!」

 

 ついに取っ組み合いになる二人。

 俺はもう相手するのがメンドクサクなったので、ご飯を温めて食べた。

 それからお風呂に入って、髪の毛乾かして、リビングに戻ってもまだ喧嘩していたので、その日は寝た。


 朝起きても、姉と母は喧嘩して、父と兄は涙を流し続けてた場面を見たときは、さすがに焦った。

 よくも、一晩中喧嘩できるし、一晩中泣けるよな……。

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