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俺と麗が喧嘩したりなんてしないっ!

 「美樹? おーい、どうしたのだ?」

 「美樹さん上の空っすね」

 「俺を踏めば何か思いだすかも?」

 「僕も見えてないのかな?」


 美人部部室。そこには今日も、俺ら五人が集まっている。

 俺は今日の一時間目に遭った事を、何度も思い返していた。

 今は上がっているが、大雨が親の仇と言わんばかりに降り注がれていたときに、麗と久光がキスをしていたのだ。理由はよく分からないのだが、久光が麗にキスしていたのを見た俺は、急に胸の奥が痛くなったのだ。

 そして、授業が全て終わった放課後である今も、胸の奥に針を刺しては抜かれるようなチクリとした痛みも継続中である。

 俺は何をするでもなく、ただ呆然とした状態で雨の上がった空を見つめる。まだ濁ったような灰色をする雲は、上空に漂っている。


 「……美樹?」

 

 麗の顔が俺のすぐそこにあった。

 悪い物でも食べたのかと表情が言っているのが読みとれる。

 俺は、自分の胸の中にあるモヤモヤした気持ちを悟らせまいと、いつもの笑顔を作った。


 「はい、なんでしょうか?」

 「む……」

 

 俺が返事をすると、麗は唇の先端を尖らせて、眉間にしわを寄せた。

 

 「……具合でも悪いのか?」

 「いいえ、そんな事はありませんよ。一日中ゲームをしてたわけでは、ありませんから」

 

 俺の言葉は鋭さを帯びている。その事に俺は気付いてなかった。

 そんな所で、遅れてきた部員が部室に入ってきた。 

 

 「どうもどーも!」


 お笑いタレントのような挨拶で、部室にやってきた優香。

 優香が部室に入るのを、麗は確認して、俺の座っているソファの隣に腰掛けた。

 優香は所定の席に着くと、黒板をチラっと確認する。今日はまだ書かれてないのを確かめ、自分の持ってきたファッション雑誌を手にする。

 

 何分間か、静寂が訪れて部室には沈黙が漂う。

 正男も鷹詩も直弘も、ずっと黙ったままである。


 「……美樹、怒ってないか?」

 「そんな事ないですよ」


 麗がソファに座りながら、俺に近づいてくる。

 距離が短くなっていくにつれて、俺は麗と久光がキスした光景がフラッシュバックされる。

 そして、麗は俺の肩にゆっくりと手を置こうとする。その手が俺に触れた時、俺は反抗してしまった。


 「やめてください」

 「…………え?」


 麗が俺の肩に置いた手を一瞬で、引っ込める。麗の顔に驚愕の色が浮かぶ。

 そして、俺は口を抑えて、自分が何を言ってしまったのか理解した。


 「いや、すいません。何でもないです」

 「美樹……?」


 俺は首を横に振って、麗に謝る。だが、麗の瞳は今にも涙を垂らしそうであった。他の部員達も、俺を見つめる。

 俺は席を立ちあがり、鞄を手に取った。


 「今日は、具合が悪いので帰りますね」

 「美樹さんがそう言うのなら……」

 「元気がないのなら、俺を踏んでみますか?」

 「僕が送ろうか?」


 元親友三人が俺に詰め寄る。誰もが心配そうな顔をしている。

 そんな中、優香が顔をフッと上げて、口を開いた。


 「美樹ちゃんどこかおかしいの? なんか様子が変だけど、何かあったの?」

 「いいえ、何もないですよ。ちょっと調子が悪いだけです」

 「……本当に? あたしには美樹ちゃんが何か見たくない物を見てしまって、気まずさを感じてるように見えるけど」

 「……」


 俺は優香の言葉に図星だった。麗と一緒にいるのが気まずいと感じているのは間違いない。だけど、俺の心の中に居座る感情は、それだけじゃない。自分でもよく分からない物が心にはある。

 黙りこんだままでは、悪いので俺は返事を脳内で固めながら、口から言葉を吐いた。

 

 「ごめんなさい。そういうわけではないんですけど、体調がすぐれなくて」

 「本当にそうなら問題はないけど、今日の美樹ちゃんはいつもと違う気がするわ」

 「どうして、そうだと思うんですか?」

 「そんなの、顔を見れば分かるわよ。美樹ちゃんは何かから背けようとしてる」

 「……そうですか。本当に体調が悪いだけなので帰ります」

  

 優香の言葉が、鋭い針となって俺の心に襲いかかる。口を開くたびに俺の心臓部がチクチクと痛みが発生させる。きっと、図星の連続なのだろう。

 俺は逃げるように、部室から出ようとした。


 「あ……」


 麗が何か言おうとしていたのだろうか、言葉を中断させた。

 俺が扉を開こうとしたら、勝手に開かれた。その先にいたのは、拓夫と久光だった。俺は拓夫を見ずに久光を見つめた。一分間くらい固まった。


 「な、なんですか?」

 

 久光が頬を赤く染めながら、髪の毛を弄っている。

 だが、俺はそんな様子など気にする事もせずに、久光を睨んだ。


 「早く入ったらどうです?」

 「美樹さん……?」


 拓夫と久光の二人は、俺の言葉と視線を受け取ると再び、石像の如く固まってしまった。それは後方にいる麗達も一緒のようだ。

 そして、俺の右手首が後から来た何かに掴まれた。

 後を振り向くと、俺の右手首を握ったのが誰だか分かった。

 それは麗だったのだが、顔には怒りと心配が両方存在していた。

 俺は溜息を吐きながら、麗に身体ごと振りかえる。


 「どうしたんですか?」

 「今日の美樹は変だ!」

 「至って体調以外は普通ですけど」

 「違うだろ! 何かあったのか?」

 

 麗が俺に詰め寄る。その瞳は、潤んでいて俺を心配しているというのが分かる。だけど、自分の中にある感情に気付いてない俺は、そんな麗をただ鬱陶しく感じるだけだった。

 

 「何もないって言ってるじゃないですか」

 「そんな事ないっ! いつもの美樹なら、もっと堂々としている!」

 「じゃあ、麗が私の何を分かるって言うんですか? 堂々とって言いますけど、少し体調が悪くなる事も許されないんですか?」

 「そういう事を言ってるんじゃない! 美樹は何か隠し事でもしてるんじゃないかと言っているんだ!!」


 俺は麗の言葉に、喉を詰まらせた。

 隠し事。それは美樹の内面が男であるという事実。だけど、それには親友達ですら気づいてない。

 俺は瞳の色を変えて、麗を睨む。

 拓夫と久光は、俺の表情が見れないから分からないのだろうが、正男達は俺の睨んだ姿を見て、少し驚いていた。

 

 「……誰にだって隠し事はあるでしょう? それは誰にも言いたくない事なんです」

 「……私でもダメなのか?」

 「……」


 俺はじっくりと間を置いてから、いつもの笑顔を作って首を縦に頷かせた。


 「はい」


 そう言うと、麗は顔を俯かせ、ソファに戻った。それから、身体を横にしていた。正男達も俺から視線を逸らし、雑誌に目を戻した。

 拓夫は部室に入るのを躊躇っていた。

 俺は一人の手首を掴んだ。

 

 「え? 俺ですか?」

 「はい。少し話をしませんか?」

 「よ、よろこんで!」


 俺は美人部部室を後にして、屋上へと向かった。

 振りかえらなくても、美人部の部室には黒々しい雰囲気が漂っているのが分かった。


 



 ◇




 屋上は水溜まりが出来て、鏡のように空を映し出している。

 灰色の雲は北に流れている。その流れる模様を見てるだけで、心が落ち着く。

 俺と久光は、屋上に二人きりである。

 

 「で、話ってなんですか?」

 

 久光の声が後から聞こえる。俺はゆっくりと振り返り、微笑む。

 それを見た久光は、少し嬉しそうな顔をしたが、すぐに消沈した。

 

 「麗の事です」

 

 麗とのキスを見て、俺は久光が麗と付き合う事になったのか聞くつもりで、ここまで来た。麗の事を思えば、初めての彼氏になるのであろうから、俺はしっかりと大事にしてやれと言いに来たのだ。

 久光は、何の事か分からないという感じで首を傾げた。

 

 「黒樹さん?」

 「はい」

 「俺と黒樹さんの事で話があるんだよね?」

 

 久光の頭には疑問符がついていた。

 恐らく、麗との事を誰にも知られたくないのだろうか。それとも、まだ付き合ってはいないのだろうか。どちらにしろ、俺は麗を捨てたら、久光を殺すつもりだ。

 

 「麗は、とても起伏の激しい人です。それに毒舌で、結構扱いに困るかもしれません」

 「そうだね。俺もそれは思ったよ」

 「でも、中身はちゃんとしてる人なんです」

 「うん、それも分かるよ」

 

 久光は麗と会話した事を思いだしてるのだろうか。俺の言葉に首を縦に頷かせるばかりだ。


 「いろんな辛い事を、隠し続ける人です」

 「わかるよ」

 「だから、麗の事を頼みましたよ」

 「……それは俺じゃなきゃダメなんですか? 俺はまだ美人部に所属してないんですよ?」

 「それでも構いません」

 「それだと、部活に支障がでるんじゃ……」

 「でも、麗にはちゃんとした支える人が必要なんです」

 「それは美樹さんの仕事なんじゃないの?」

 「いいえ、私にはできない事です」

 「……だから、あんな顔をしていたの?」

 「……そう……なのかもしれません」

 「わかったよ。ちゃんと俺がしっかりと支えるよ!」


 俺は安堵した。

 久光はちゃんと麗の事を恋人として、支えてくれるのだと。それを感じた俺は、もう麗とは過ごせる時間が減るかもしれないという、モヤモヤした気持ちが渦を巻いていた。

 だけど、高校生活は三年間もあるのだ。俺と遊ぶ機会などいつでもあるだろう。

 

 「で、美樹さんは部活を辞めるんですか?」

 「……それは考え中です。麗と近藤さんの邪魔をしては悪いので」

 「……邪魔? 別に邪魔じゃないですよ」

 「二人の仲を裂いたりしたら、それこそ邪魔になるので……って事で考えてるんです」

 「二人の仲? たかが、部長と部員に?」

 「…………はい?」

 

 俺と久光は首を傾げた。

 話が噛み合わない。これってどういう事?

 

 「えっと、俺は美樹さんの代わりに、副部長をやるって事ですよね?」

 「違います。麗と近藤さんが付き合うんじゃ……」

 「……それはないですよ」

 「……」


 俺は戦慄した。麗と久光は付き合ったのではないかと勘違いしていたのだ。でも、一時間目の終わりにキスしてたのは、どうなのだろうか?

 

 「でも、近藤さん、一時間目の終わりに麗の頬にキスしてませんでした?」

 「そんな事してないよっ!」

 「で、でも、私見たんですよ!」

 「うーー……ん。あ! もしかしたら、肩にゴミがついてたのを取ったときに、美樹さんは見たんじゃない!?」

 

 俺は必至に光景を思い出す。

 確か俺の視界には、麗の横顔が見えて、それを遮るように久光の後頭部が見えた。って事はあれはキスしてるんじゃなくて、「ゴミついてるから取るよ!」って肩についてる何かを取ってあげてたのか!

 それが分かると、空と同じ色をしたモヤモヤが俺の心から去って行った。

 

 「じゃ、じゃあ、麗とは何も?」

 「うん、一時間目の終わりのときには文句攻めにあったけど、それ以外は何もないよ!」

 「よ、良かったー!」


 俺は知らぬ間に良かったと言っていた。久光はその言葉に首を傾げていた。

 だけど、俺は自分が良かったと言ったのは、完全なる無意識だった。

 

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