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麗が発狂したりなんてしないっ!

 空を見上げれば、分厚い雲に覆われている。

 生憎のというか、ここ最近ずっと雨なのだ。それもそのはずで、なんせ季節は六月の梅雨に突入してるのだから、当たり前っちゃあ当たり前だ。


 昨日とは違って、美人部の部員にエンカウントすることなく、無事に教室にまで辿り着いた。今日も、優等生で美人な俺は友人に囲まれる。

 女子四人くらいが、俺にくだらない日常会話をするために集まっている。俺は美人であるがために、皆と仲良くしなければならないのだ。

 もうすぐ、一時間目の予鈴が鳴る時刻。

 いつもなら、早めに登校してくる麗の姿が見当たらない。どんなときでも、遅刻をしない――と言っても、まだ数ヶ月しか一緒にいないから分からない事も多いが、麗は基本的に生活リズムを崩さない人間だ。その麗がいないのは珍しい。

 

 そんな事を思っていると、教室の扉が開く。

 やってきたのは、猫背で疲れ果てた麗の姿だ。

 麗は席に着くなり、前のめりになって机に突っ伏した。この状態、もしや……。


 俺は友人達の話を途中で切り上げ、麗の元へと向かう。

 俺が麗に近づくと、麗は顔だけを動かして俺を見てきた。

 その目元は黒い。

 

 「おはようございます。麗」

 「ああ……美樹……おはよう……」


 掠れた声で俺に挨拶の返事を返す麗。

 これ完璧に徹夜してゲームしてたんじゃないだろうか? 一体何時間プレイしたのやら。


 「麗、顔色悪いですよ?」

 「……ぐぅ」


 麗は挨拶だけして寝てしまった。これでは学生の本分である勉強に支障を来す可能性が高い。起こすのが友人としての優しさなのではないだろうか?

 俺は麗の身体を揺さぶってみる。

 

 ……返事がない。ただのしかばね……違う違う。ただの安眠してる麗だ。

 ここまでやっても起きないとは……。

 そこで予鈴のチャイムが鳴る。

 音が教室内に響いても、麗が動く気配は感じられない。寝る子は育つって言うけどさ、麗の胸って……何でもないです。

 

 再び、教室の扉が開かれる。

 現れたのは担任である綾子。なのだが、様子がおかしい。

 いつものように婚活に疲れた状態ではなく、明るく未来に希望を宿しているような雰囲気だった。

 これは何かあったのだろうか。


 「先生、おはようございます」


 俺は、昨夜入学させてくれたのが綾子だったことを知り、美樹内株価上場中だ。

 すると、綾子は今までに見せた事のない満面の笑みで俺を見てきた。

 うわっ! 眩しい!

 

 「おはよう谷中さん! 今日も素敵な一日になるといいですね!」

 「……先生?」


 綾子の様子がおかしい。空は曇っているが、綾子が外を歩けば雨も上がりそうな気がする。それほど、眩しい。よく、君の笑顔は太陽のようだとか言うけど、まさにそんな感じ。

 気持ち悪い事この上ない。

 

 「谷中さん! 世の中、捨てたもんじゃないわね!」

 「は、はぁ……」

 「谷中さんは悩みとかないかな? とくに異性(●●)関係の! 私なら相談に乗ってあげられるわよ!」

 「別にないですよ」

 「そう? 他に聞きたい事はあるかしら?」

 「では……」


 異様に絡んでくる綾子は、かなりうざかった。正直、何があったのか分からない以上、むやみに関わらない方が良さそうだ。

 だが、昨日廃部にするとか言ってたあれはどうなるんだろうか?

 

 「美人部を廃部にするというのは本気だったんですか?」

 「いいえ! 女性が美に磨きをかけるのは当然の事じゃない! 黒樹さんだって、昨日は照れてただけよね?」 

 「……そうですね」


 この人、本当に担任の綾子? と思いたくなるほど、良い先生になっている。おっかしいな……綾子は処女で、色々と麗に対しては攻撃的だったと思うんだけどな。


 「それじゃあ、朝のHR始めますよ! 谷中さんも自分の席に着きなさい」

 「はい」


 俺は自分の席へと戻り、朝の起立、気をつけ、礼をする。

 ちなみに、麗は死んだように眠っていた。

 今日はそのまま綾子の担当している授業を、俺らは受けることになっている。

 学校の業務報告みたいな知らせを伝え終えると、綾子はそのまま授業へと移行させる。

 そして、彼女の目に死んだように眠る麗の姿が入った。

 始めようとした授業を中断し、麗の元へと歩み寄る。

 

 「黒樹さん? 授業始めますよ?」

 

 綾子が優しげに囁くと、麗は携帯のバイブレーションのように震えながら起きた。

 そして、綾子の顔を見ると、麗の顔色はどんどん青ざめていった。

 

 「な、何だ貴様! 気持ち悪い」

 「それはツンデレって奴ですか? 黒樹さんは流行に乗ってますね!」

 

 クラス全員が首を傾げる。

 ここでようやく、皆も綾子の異常に気付いたようだ。男子女子問わず、会話に華を咲かせる。麗は真冬のような寒気を感じたのか、いつまでも震えている。

 そして、とあるクラスメイトがついに質問を投げた。

 

 「先生、何かあったんですか?」

 「………………ふぅ」


 わりかし普通の見た目の男子が、綾子に手を上げて質問をした。

 綾子は教壇に戻り、椅子に座って溜息を吐いた。

 二秒間くらい教室を静寂が包んだ。

 

 「ま、私も入籍が近いのかもってことですよ」

 「……」

 「まだまだ、遊んでいたかったんですけどね~」

 「……」


 何が遊んでいたかっただ。笑わせるなよ、この処女め! お前が実はドM女だって事を俺は知ってるんだからな!

 というか、その余裕に満ちた表情かなりイラつく。

 今すぐどん底にぶち込んでやりたい。


 「おめでとうございます!」

 「先生が結婚! なんだか嬉しいな!」

 「雛鳥が空に羽ばたくのを見てるような気分です!」

 

 クラスメイト達は先生を祝福する。

 どんちゃん騒ぎの中、一人の女が口を開いた。

 騒ぎは一気に冷めた。

 

 「どうせ、出会い系サイトで変な奴に声をかけたのだろう? キモオタオッサン共なら給料は安定してるし、困る事もない。大方、見つけた男の年収が良くて、連絡を取ったら今日の夜会えるという事になったのだろう。ふん、展開が読め過ぎてつまらない」

 

 麗が長々と語る。

 皆が麗に視線を送る中、俺は綾子を見つめた。

 綾子の拳は震えている。麗の変な予測に振りまわされた綾子がキレてるぞ?

 彼女の震えていた両拳は教壇に振り落とされる。

 クラスメイト達は麗から綾子へと視線変更する。


 「……何故分かった!? 黒樹!! 寸分違わずあってるとはエスパーか!?」

 「ふん。貴様如き、変態特殊性癖ビッチ臭のする女のすることなど、手に取るように考えが読める」

 

 麗の毒舌を浴びて、綾子はいつもの綾子に戻った。

 綾子は舌唇を噛みしめながら、教科書を手に取った。

 

 「……さて、プライベートの話はここら辺にしておいて、授業に入るか。……黒樹。寝たら私のダーツの腕を見せてやる」

 「ほぅ? 面白い。貴様のようなドM女は当てる側ではなく、当てられる側であろう?」

 

 麗と綾子の視線が火花を散らす。

 これ昨日も見た光景。いい加減やめてくれない? というか、なんで麗が綾子がドMだってことを知ってるの?

 目を光らせる綾子を余所に、麗は寝ずにノートを取ったり、ゲームをしていたりした。

 その際、綾子は麗をマーキングするが、麗の視線誘導が上手いのか、それとも咄嗟の反応が良いのかは分からないが、ゲームをやってる様子はバレなかった。

 そう、このときまでは。


 一時間目が終わる約十分前。

 黒板もだいぶ白チョークによって埋められて来た頃。

 麗はプロステぽ~たぶるで、昨日久光に借りたゲームを熱心にプレイしていた。

 麗の表情が、辛そうになっていたり、笑っていたり、真面目になったりとコロコロ変わる。

 俺は、ゲームが終盤を迎えているのだと直感した。

 麗の指の動きが早くなる。

 そして、綾子がいるにも関わらず、麗は無線イヤホンを取り出し、声優の声を聞きだした。

 

 これはもうエンディングか。

 やがて、麗の指は丸ボタンしか押さなくなる。

 昨日初めて、もうエンディングとか早すぎる。

 麗ってゲームマニアだったのか? 意外だった。

 

 綾子はもう麗の事を気にせずに授業をしていた。

 麗もエンディングを見て、表情を和らいでいる。

 そんなときだ。

 

 麗は、ゲームを終了した事で今までの疲れがあったのだろうか。背伸びを始めた。

 麗は間違えて自分の無線イヤホンを外してしまい、耳からイヤホンが落ちる。

 慌ててイヤホンを拾おうとした麗は、プロステを床に落としてしまった。

 その時点で、クラス全員の視線が麗に集まる。

 

 床にプロステを落とした衝撃で、イヤホンジャックの無線が外れ、ゲーム音が教室内に響き渡る。


 『俺の友人達の尻は最高だぜっ!』

 「……」


 主人公の声で、変なセリフが流れる。

 瞬間静寂。

 綾子も口を開け、白チョークを床に落としている事に気づいていない。

 麗は慌てて、ゲームを消そうとするが、反応しない。

 画面は暗い。きっと衝撃で画面フリーズだけ起こしたのだろう。

 

 『ウルトラエンディング! 俺の友達は変わっている!』


 主人公の声で、題名が流される。

 そして、次の瞬間。音は切り替わる。

 

 『ハァ……ハァ……黒樹っ! お前の所にぶちこんでもいいか!?』

 『ま、まだ……だめぇええええ!!』

 『もう我慢の限界なんだ!!』

 『だ、だめだって! ここにイクのには色々な工程が……ッ!?』

 『お、俺にはできないっ! お前を前にして我慢なんかっ!』

 『だ、ダメだよ! 僕たちは友達で男同士(●●●)なんだよ!?』

 『だからこそ行くのだ! 俺はお前を信じているからな!』

 『ぼ、僕の言う事も――』

 『俺はお前を信じてるっ! だから、行かせてくれ!!』

 『そ、そんなイキナリ!? ダメええええええええええ!!』


 麗はクラス中の視線を集め、顔が林檎のように熟した赤色になっている。

 そして、プロステを強く握りしめている。

 歯軋りをして、麗は立ち上がる。

 何も言わずに教室を出た。

 扉が締められる。

 

 「うひゃぁああああああああああああああああああああああ!!」


 という声が廊下に響いた。


 


 ◇




 一時間目が終わり、クラスメイト達はいつも通り、過ごしていた。

 麗の事は、誰もが忘れようとしていた。

 いや、そこら辺は優しいと思うけどさ。

 しかし、麗は帰ってこない。

 心配になり、メールを打った。しかし、返事は返ってこない。

 俺は保健室にいるかなと思い、階段を下ろうとした。そのとき。

 屋上の方から、何やらとんでもない音が響いてきた。

 俺は屋上へと足を運ばせた。


 屋上の扉を開けると、大雨が降っていた。

 そして、大雨の中に麗ともう一人の人物を見つけた。

 久光だった。

 麗は雨に濡れながら、久光の胸倉をつかんでいる。

 久光も雨に濡れながら、困った表情を浮かべている。

 

 「貴様ぁあああああああああ!! 私がBL好きだと思われたじゃないかああああああああ!」

 「そ、そんな!! あのゲームにBL要素なんてないよ!?」

 「うるさぁああああああああああい!! 私は私は……っ!!」


 麗の掠れた泣き声が、俺のいる所にまで届く。

 俺はそっと扉を閉じて、麗と久光の様子を伺っていた。

 そして、麗は涙を浮かべながら、久光の胸を殴っていた。

 何回目かも分からない拳を久光は受け止めた。

  

 「もう泣かないで……理由は分かったからさ」

 「……ヒック」

 

 泣きじゃくる麗の涙を拭く久光。

 この光景って、麗が泣いてる理由を知らなかったら最高に良い光景なのにな。

 恐らく麗はエンディングでBLが出てくるなんて話に聞いてないっと文句を言いに来たのだろう。

 そして、ショックのあまり泣いたと。

 俺、探偵になれる。

 

 そして、一瞬何かが光った。

 俺は眩しくて、瞳を伏せた。

 瞼を上げると、麗の頬にキスをしている久光の姿が目に入った。

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