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一時休戦で日常に戻ったりなんてしないっ!

 『一年B組担任、杉本 綾子先生。まだ校舎内にいましたら至急職員室へお越しください』

 

 美人部の部室で、綾子の呼び出しコールが響く。

 綾子はスピーカーに視線を一瞬移し、また麗を睨む。歯軋りを立てながら、目を吊り上げる。これはそうとうお怒りのようだ。

 麗は短く息を吐いて、勝ち誇ったような微笑みを漏らす。

 

 「黒樹……お前っ!!」

 「先生の事を呼んでるみたいだな。早く行ったらどうだ?」


 このタイミングで呼び出し……。麗は変な情報でも流したのか? 今の俺らにはそれしか考えられない。やる事がえげつないし、先の先まで読んでる気がする。侮り難し、黒樹 麗。


 綾子は舌打ちして多目的室もとい、美人部部室を出て、豪快に扉を閉めた。廊下からは、地団駄でもしてるかのような音が聞こえてきた。

 麗は笑いを堪えていた。


 「ぷ……くすくす……」


 口元を抑え、涙目になっている。これは酷い。

 俺は半目になって麗の肩に手を置く。振りかえる麗の顔が、今にも涙を流しそうだ。これを見た優香は、長めの溜めた息を吐いた。


 「麗? さすがにやり過ぎだと思いますよ? あれだけしたら、先生だって――」

 「違うんだ」


 麗は口元を抑えていた手を下げ、真顔で俺を見つめる。

 今の今まで笑いを堪えていた筈なのに、急に真顔になられると困るんだが。

 そして、麗は話を続けた。


 「先生達には何も言ってない。それなのに、あの万年処女ときたら――ぷっ」


 どうやら、麗は教員達に何も言ってないらしい。あのタイミングで呼ばれれば普通は勘違いするだろう。

 つまり、綾子の勘違いを勝手に一人で笑っていたのだ。性格悪過ぎる。

 

 「じゃあ、あんたは何も言ってないのね?」

 「そうだ。勘違いする方が悪い」


 優香の問いかけに、麗はきりっと真顔で返す。麗の表情がコロコロと変わるのは何だろう。瞬間表情変換器でも顔に装着してるんだろうか。

 満足した麗は、黒板に向かって歩き始める。

 今まで黙っていた男性陣は、いつの間にか部室に放置されている女性ファッション誌を眺めていた。

 

 「さて、では部活を始めるぞ」

 「それはいいんですけど、廃部にするとか言ってませんでした?」

 「そうだったな。対策なら既に練ってあるから問題はない。今は普通に部活を始める」


 麗は白色のチョークを握り、文字を書き始める。部室には、チョークが黒板に触れる音、擦れる音が響く。そのリズムは教師ではないのでバラバラだ。手の届かない場所は相変わらず、椅子を使っている。

 そして、書き終えると麗は掌に付着したチョークの粉を払い落し、黒板を思いっきり叩いた。ぶっちゃけ、それチョークの粉落とした意味ないよね。


 「では本日の議題はコレだ!」

 『はぁ』


 黒板には大きな字で『美人には沢山の友人がいる!』と書かれている。相変わらず麗の言いたい事は、よく分からない。ただ、この議題というのも久しぶりな気がする。最近では、皆がファッション雑誌を読み漁って終わりだった。

 男三人は顔を合わせて、同時に首を縦に振った。


 「あの」

 「何だゴリ男」

 「ゴリ男て……。それについてなんですけど、別に美人じゃなくても友達はいると思うんですけど」

 「シャラップッ! ゴリ語は理解できない。却下」

 「部長っ!」

 

 正男がしょげた。麗にとって正男はゴリ男か。なんとなく分かる気がするが、それは、もっとゴリマッチョに付けるべきあだ名ではないのだろうか。正男も一応イケメンなんだけど。

 ついでにゴリ語って何。


 「じゃあ、必然的にあたしは美人じゃないわけ? よく街でナンパとかされるんだけど」


 今度は優香が異論を唱えた。優香は腕を組みながら、足を休ませている。その表情は私は美人じゃないわけ? と明らかに言っている。

 だが、麗はそんな優香の不機嫌さなどお構いなしに睨み、人差し指をビシッと向けた。


 「うるさいぞ! 牛女っ! 貴様が美人じゃない? そうだその通りだ! 貴様に(たか)る虫けらは全員お前の乳目当てに決まってるだろうが! ブスっ!」

 「なんですって!! そっちこそまな板だからって僻んでんじゃないわよ! ないよりはある方が良いに決まってるでしょ!? それに何? もしかして、あんたって街でナンパされないからってあたしに妬いてるんでしょう? うわ~そっちのがブスじゃん」

 「……んだと? この脂肪の塊め!!」

 「うるさいわよ! この水平線まな板胸角度0度の超絶最強ド貧乳女!!」

 

 麗と優香が取っ組み合いの喧嘩を始めそうだ。

 ちなみに麗の胸は小さいけど、まな板ではありませんのであしからず。

 優香が牛女は分かる。だけど、俺も優香に負けず劣らずなので微妙な線だ。というか、議題からかなりズレてますけど。

 麗と優香が喧嘩になりそうな所に、扉が再び開いた。


 「どうも、久しぶり」

 「よっ!」


 拓夫と久光が軽く挨拶をしながら、部室に入ってきた。

 そして、麗と優香の瞳は一瞬でイケメン男子へ注がれる。


 『黙れ! ただいま取り込み中だ!!』


 二人は声をハモらせて、二人の入室者に怒鳴りつけた。

 拓夫と久光は(まばた)きを数回してから、部室を出た。

 俺は溜息を吐いて、とりあえず近くにあったハリセンで二人の頭を叩いた。

 そして、二人は痛かったのか、頭を抑えながら俺に涙目で訴えてきた。


 「み、美樹? 何をするのだ……今からこの牛女を撃退してやろうと思ったのに」

 「美樹ちゃん、あたしたちの事を牛女って言ったのよ? 許せなくない?」

 「別に私は牛女って言われてないですよ、優香」


 俺は二人を宥める。すると、二人はムスッとした表情で自分の所定の位置に着いた。麗はソファに、優香は俺の使っていた椅子に座った。

 二人が着席するのを確認してから、俺は扉を開けに部室の入り口へと足を進める。

 扉に手をかけ、開けると拓夫と久光の二人が苦笑いしながら立っていた。


 「どうぞ。遊びに来たんですか? それとも何かご相談が?」

 「まぁ、遊びに……かな?」


 照れ笑いしながら拓夫が呟いた。久光も首を縦に頷かせた。

 俺は二人に部室の方へと掌を向けると、軽く会釈してから部室に入った。二人は歩みを進めると、黒板を凝視した。

 

 「また、面白そうな事やってるね」

 「そうだな」


 久光が呟いてから、拓夫も眼鏡を掛け直して同意する。

 正男、鷹詩、直弘が二人の顔を見つめ、やがて直弘が二人に向かって歩き出した。

 

 「何しに来たんだ! 僕の恋の邪魔でもしにきたか!!」

 「お前の恋など絶対に実らせないぞ」

 「あんたの恋なんて、あたしが潰してやるわ」

 

 直弘の文句に、麗と優香が機嫌悪そうにコメントした。直弘の恋の邪魔って、二人は直弘の事好きなの?

 すると、直弘は引き攣った笑顔を麗と優香の二人に送った。

 そのとき、久光が口を開いた。


 「いや、そういうつもりはないけど。ただ、丁度今回の議題に関して提供したい物がある」

 「ふむ。見せてみろ」


 久光に麗は近づき、掌を差し出す。

 すると、久光は鞄を漁り始める。そこから出てきたのは一本のゲームソフトだった。


 「美人には沢山の友人がいる! って書かれてるから、これで勉強でもしてみたらどう?」

 「ふぅ~む」

 

 麗はソフトを受け取り、じーっと眺める。俺と優香もソフトを見ると、パッケージには男しか映っていなかった。

 こういうのって需要あるの? ただイケメンばっかりで、どっちかというとホモゲーっぽい。

 そんな中、他の男子四人もソフトのパッケージを見て歓喜の声を漏らす。


 「これってあれか。懐かしいな~」

 「ああ、ストーリー・エンディング共に感動した」

 「僕もやったよ~」

 「まぁつまらなくはなかったな」

 

 正男、鷹詩、直弘、拓夫がそれぞれ感想を述べる。

 これは期待してもいいんじゃないだろうか。というか、何で俺以外知ってんの。可笑しくね? 俺だけまさかのハブちゃん? 酷いな。

 皆が見つめる中、パッケージを裏から表に変える麗。

 題名は『友人の作り方!』とまんまだ。疑問は何故男だけっ事だ。


 「これは何故、男だけなのだ。どうせなら女物が良かったのだが」

 「こういうので女物って必ず、エロゲー要素がないと売れないからね。それは安全な物だから大丈夫」

 

 麗は久光の能弁な意見を耳に入れ、下唇を人差し指と親指で摘みながら考え込む。じーっと見つめる麗の瞳は真剣そのものだ。

 正男達がやったのなら正直俺がやりたい。

 

 「わかった。なら早速やってみるとしよう」


 麗のその一言で、今日から実況プレイを開始することになった。

 麗は鞄からプロステぽ~たぶるを取り出して、ソフトを挿入する。今現在の皆の立ち位置は、俺と麗と優香がソファに座り、男性陣が全員ソファの後に立ってディスプレイを眺めている。

 麗がプロステを起動させる。

 すると、壁紙には……。


 「え、美樹さん!?」

 「美樹様が!!」

 「僕の嫁!?」

 「ぐふっ、何だただの天使か」

 「ヤバス! テラヤバス!!」

 「美樹ちゃんが何で!!」

 「何で、私が……」


 正男、鷹詩、直弘、拓夫、久光、優香がそれぞれ叫ぶ。俺も呆れてしまった。

 それもそうで、麗のプロステぽ~たぶるの壁紙は、俺の寝顔だった。それも少し涎を垂らして寝てる写真。きっと麗の家に泊まったときに撮られた物だろう。

 やられたな。というか、俺の顔を壁紙にするってどういう神経してるの? 俺って友人としてそこまで大切にされてるのか。友情って言うより愛だね。

 

 「ふふふ。いいだろう。あげないぞ? 私の宝だ」

 「麗、恥ずかしいですけど、私を宝物だと思ってくれて、ありがとうございます」

 「……照れるじゃないか」

 

 麗は照れ隠しに、髪の毛を弄っていた。

 その姿はとても可愛いものだった。

 皆が羨ましそうにしていた。今度は油断しないぞ?

 そして、麗は操作を進めて行き、オープニングが流れ始める。

 

 「これがオープニングか……」

 「最初見たときはテールズ・オフ系かと思ったよな」

 『ああ』


 麗の呟きに久光が有名ゲームで例える。それに皆納得する。確かに、俺らは全員テールズ・オフ系のゲーム好きだったもんな。

 アニメ映像で動くキャラクター達。正直RPGかと思ってしまいそうだ。

 そして、ゲーム開始画面になり、麗は『はじめから』を選択する。


 主人公の名前を決める所に画面は変わった。

 皆が黙って見守る中、麗はボタンを打ち込んでいく。

  

 「……これじゃあダメだろうか?」

 「ダメですね。どうせなら麗の名前でちゃんとはじめてください」

 「私の名前だと友達が出来そうになんてないから……」

 

 麗が入力した名前は、谷中 美樹だ。途中から分かった。俺の名前でストーリーを進めるなっての。

 結局名前は、黒樹 麗男にした。ネーミングセンスなさすぎる。

 この名前に、皆笑いを堪えていたが、麗にバレてハリセンで叩かれていた。こういうときの友人補正ってありがたい。俺だけ叩かれずに済む。そもそも、俺は笑ってないし。


 そして、物語は進む。

 背景に映るのは桜の木に高校。ありふれたゲームプロローグだ。

 

 『俺の名前は黒樹 麗男! 今日から友情高校に通う一年生だ! 中学生の頃は女とばっかり遊んでたから、高校では友達をいっぱい作りたいな~!』


 「ふん。ただのチャラ男だな。何が中学生の頃は沢山遊んだ、だよ。どうせまだ童貞だろうが」

 『……』


 麗の発言は皆スルーなんですね。わかりました。

 麗はゲームをすると、独り言を呟いてしまうタイプらしい。

 麗は、実況プレイで動画投稿できるタイプだ。

 ここで、場面転換が起きた。


 『ドサっ!(俺は誰かにぶつかってしまったらしい。ぶつかてしまったのは髪の毛を金色に染め、ゆるいウェーブをかけている男だ)ご、ごごごごめんなさいいい!』

 『おお? 別にいいぜ。それよりお前、新入生か?』

 『(怒ってない? もしかして、優しい人?)』

 

 ここでゲーム画面には、金髪のチャラそうな男が現れた。

 そして、選択肢が三つ出てくる。

 

 ①はい、そうです!

 ②ああ、そうだ。

 ③夜露死苦~!


 俺だったら①を選ぶかな。麗の性格を考えたら②だろうか。

 皆が見つめる中、麗は③を躊躇わずに押した。


 『俺は黒樹 麗男だ。夜露死苦~』

 『あ、ああ。その……よろしく……』

 

 「……何で③にしたんですか?」

 「何でって、最初から高校デビュー風情のガキに舐められたら、麗男の人生は三年間暗い物になってしまうだろう?」

 「なりませんけど」

 

 こうして、麗による麗男の高校三年間は始まった。

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