美人部が個人情報を扱う仕事なんてしないっ!
高校で聞きなれたチャイムが響く。このチャイムという鐘の音は、校舎に良く響く。俺の教室一年B組でも、鐘の鳴る音は届く。
この時間の音は、帰りのHRの時間だ。それぞれ生徒達は帰宅の準備、部活の準備を各々で済ませる。
俺、谷中 美樹もその一人だ。
教室の扉が開く。
入ってくるのが誰だか見なくても分かる。我が担任の教師の杉本 綾子。朝のHRには来なかった。というのも後で知った事なのだが、俺達が綾子を弄ったせいで鬱になっていたようだ。
そして、今もで顔色が悪い。その事に関して触れる生徒は、あまりいない。
「……では、はじめます……」
声音が生物の授業を受け持つ、定年間近の男性教諭みたいだ。綾子のいつもの声を聞く生徒達も、いつもなら綾子を見ずに座席に着く者が多い。だが、今日は一段とテンションが低いのを皆、気にかけている。もちろん、原因が俺達だとは知らずに。
麗は綾子の顔色などお構いなしに、帰りのHRではいつも通り携帯電話を確認してる。
そんな中、俺の友人でもある女子生徒がついに痺れを切らして、綾子に質問を投げた。
「あの……杉本先生具合でも悪いんですか? ……もし、朝もそのせいで来れなかったのなら、わざわざ来なくても大丈夫ですよ?」
女子生徒は俺と麗以外は、心配しているようだ。基本的に俺のクラスの女子は優しいからな。
綾子は質問を受け取ると、俺と麗を睨みつけた。
「いや……はは。どうやらね、私が結婚できないのはさ。このクラスにもいるんだけど、異様に毒舌な女とリア充の頂点にいる人間が原因なんだなーって。マジでリア充とか死ねばいいのにな」
「先生の発言として、それはダメな気がするんですが」
俺達を睨んでいた綾子の瞳は、虚ろな物に変わっている。これはそうとう根に持ってるんだろうな。だから、結婚なんてできないんだよ。
麗は腕を組んで、舌打ちをした。
心配していた女子生徒は、俺と麗を交互に見て、今度は綾子を険しい表情で睨んだ。
「先生はそうやってすぐに人のせいにするから、誰にも貰われないんじゃないですか?」
「はぁ? 何言ってるんだね。コイツらは君達の恋人をも奪うのかもしれんのだぞ? 私からは既にモテ期を奪っているしな」
質問した生徒に、ガンを飛ばして睨む綾子。その顔の迫力に押し負けてしまったようで、女子生徒は震えながら席に座りなおした。
それを見た綾子は溜息を吐いた。クラスメイトの男子達は背筋をシャキッと伸ばし、飛び火しないように気をつけていた。
「そんなんだから、枯れてるなどと影口を叩かれるんだ」
「文句あんのか黒樹」
腕組と足組みを両方して、偉そうな麗が綾子に喧嘩を吹っかける。綾子も麗の発言には気にかかる所もあってか、麗を今度は標的にした。ロックオンの精度はスナイパーを凌いでる。
「私個人からの文句はあえて言わないでおきましょう。今回クレームがあったのは三件。私が受けた相談内容を聞かせてあげましょうか」
「ふふふ。良いだろう。黒樹、お前の冗談に付き合ってやる」
麗の机の前まで来た綾子は、片手で麗の机を叩き、体重を乗せている。そして、瞳は麗に一直線。
その麗も、負け時と――いや、自信満々な様子で綾子を睨みつけた。
二人の間には、挑発と怒りという火花が散って花火が出来上がりそうだ。
「では、私が入学した当初の話です。ある一人の新人教諭をこの学校は雇ったそうだが」
「そうだな。覚えている。すぐに辞めてしまった奴だろ? 根性がない奴だった。まったく、これだからゆとりは……」
「就任二週間、休みの日も含め毎日酒飲みに付き合わされたらしい。そこで毎回毎回、友人も誘っていいんだぞ? とか、今晩は私の家に泊まって行かないか? などと強引に関係を迫ったようだな」
「……待て。その情報をどこで!!」
「これはこれは。根性がない奴とは言いますが。強引に関係を迫ったかと思えば、友人まで食おうとしたわけですか」
「ち、違う! これにはわけが――!」
「しかも、先生は彼が婚約をしている相手がいることを知っていたそうでは、ありませんか。それなのに無理矢理……」
「ち、違う! 無理矢理しようと――じゃなくて、何もない!」
「何も出来なかったの間違いですね。はい」
「……黒樹。何が欲しい」
「そうですね。私達の部室にテレビが欲しいんですね。ついでにプロステ3も」
「分かったから、これ以上は……」
「おおっと。これは別の先生のでしたね。すいません」
綾子の顔には冷や汗が浮かんでいた。
女子生徒は全員引いてるし、男子生徒ですら身の危険を感じて鞄を抱きかかえる。トラウマになってしまいそうだな。
「と、とりあえず! 今日は何もなかった!! だから、これで以上! 解散!! さようなら!」
それだけ告げ、逃げるように綾子は逃げて行った。
「それにしても、よくそんな情報掴みましたね」
「これは美人部の今後の在り方についての研究の末の結果だ」
俺と麗は部室にて、いつもの席に座っていた。
今では正男、鷹詩、直弘の席まである。優香の席は現在用意していない。
なんでも、もうじきソファが運ばれてくるそうで、俺と麗の席はそこになるらしい。優香は俺か麗のお古ってわけだ。
そんな中、部室の扉が開く。
「すいません黒樹さん! お待たせしました~!」
「いえいえ。私も急な事を言ってすまなかった」
「大丈夫ですよ~! それよりもこの間は、ありがとう!」
「当然の事をしたまでです」
入ってきたのは保健室の教諭で、茶髪にウェーブがかかった美人さんだ。噂では、付き合ってる彼氏が酷く亭主関白気味な男で悩んでいるらしい。
その先生は白衣姿で、大きめの荷物を横側に置いていた。
とても華奢な先生がここまで運んできたとは思いにくい。
「どうもっす」
「ああ、お前があの」
ここまで荷物を運んできたらしき人物(男)を麗は睨んだ。その瞳を見て男は、後退してしまった。保健の先生は口元に手を当て、微笑んでいる。
「ほら、これがそうですよ」
「ふむ。先生の言う事を聞かないと、どうなるか……わかっているな?」
「ひぃいいいいい!!」
保健の先生の後ろへと男は隠れてしまった。
これはこれで、可哀相だ。麗に怯える犬みたい。
「では、黒樹さん。また何かありましたら」
「うむ。そのときは現物支給ではあるが頼むぞ」
「はい!」
保健の先生は、良い返事をした後、男を連れて部室を出た。
一体何をしたんだ?
「麗? 何かしたんですか?」
「ああ、まぁ相談受付みたいな事をやったんだ」
「いつの間に……」
「これが結構盛況でな」
麗は荷物の包装を取りながら、片手間に俺と会話する。
大きめの荷物は、全面皮張りの五人掛けソファだ。無茶苦茶高そうだ。
「盛況で、誰かから相談とか来たんですか?」
「まぁな。それで今は退職しているが、新任の男性教諭がパワセクハラに遭わされたとか色々聞いたんだ」
「それで、妙に情報通だったわけですね!」
「そういうことだ。保健の先生には亭主関白気味の彼氏を捨て駒のような扱いにしたいと相談され、私が実行したまでだ。報酬として欲しいものをお願いしたらくれたのだ。もはや仕事に近いな」
「限りなく黒に近いグレーな仕事ですね」
麗はソファの設置を終え、気持ち良さそうに腰かけた。
とてつもなく幸せそうな顔をしている。これはこれで良かったのだろうか。
俺もソファに腰掛けてみた。
フカフカで肌触りも良く、明らかに高級品だというのが分かる。
そして、麗は朝のようにまた俺の身体に転がりながら抱きついた。
「くんかくんか」
「麗? 朝怒りましたよね?」
「美樹の匂い~すはーすはー」
「……もうしょうがないですね……」
俺は諦めて麗を自由にすることにした。
それから数分経った頃に、部室にはいつものメンバーが入ってくる。
「あ、それ部長が楽しみにしてたソファですね」
「麗様気持ち良さそう」
「僕も僕も!」
「あ、あたしも混ざってやらない事もないわよ!」
四人が俺と麗の座っているソファに群がる。
俺の膝で寝る麗は、もはや飼い猫。
いい加減にしてほしい。
「もう美樹さんの匂いで香水作りませんか?」
「俺も欲しい! ついでに鞭も!」
「僕、商品化したらサンプルいっぱい欲しい!」
「あたしも美樹ちゃんの香水欲しいな!」
「誰も、作るなんて言ってませんが」
俺は四人を呆れて見つめる。
その四人は今の麗の状況を羨ましがっている。とんだ甘えん坊だ。
そこに、シャッター音が鳴り響く。
俺らは全員、教室の入り口に目を配る。
「黒樹のふぬけた面の写真GETだぜ!!」
片手を掲げ、勝利の余韻に浸っているのは担任の杉本 綾子だった。
俺らが固まって綾子を見つめる中、麗は俺の膝から立ち上がり、綾子の目の前に歩いて行く。
「なんだ貴様。私に用か?」
「とんだ副産物だわ! まさか黒樹がこんなふぬけた姿を谷中にねぇ……。これ、クラスの皆に知られたらどうなるか」
「フン。そんなもの怖くもない」
麗はそう呟き、綾子のカメラに向かってバシンバシンハンマーでたたき落とした。
カメラは床に激しい音を立てながら壊れる。
綾子の顔から生気が抜けて行くのが、目に見えて分かる。
「壊せば良いだけの事」
「……高かったんだぞ!! だがな! 黒樹のノートも燃やしてしまえばこっちの――」
「何を言っている。我が部活の仕事内容を記してある物だ。ちゃんと自宅のPCに保存してあるに決まっているだろう」
「な、なんだと!?」
綾子は麗に歯軋りをしながら睨む。
どっちが教師で生徒だか分からない。部室の四人は引いてる様子はなかった。
「先生そのノートが欲しいんですか?」
優香が首を傾がせながら、綾子に問う。
綾子は首を縦に頷かせ、麗を再び睨んだ。
正直、他人の個人情報が入ってるノートを渡すわけにはいかないんだが。それを優香は綾子に渡す気か?
それはダメだ。
「優香、それはダメです。麗は既に沢山の個人情報を持っているみたいですから」
「それって用は、コイツは沢山の人の情報を盗んでるってこと?」
「何を言っている。ときには人を救うノートだ。ちなみに先ほど美樹も目撃している」
「そうなの?」
「まぁ……救われた方もいましたが、何かを失った人もでてましたね」
「それって根本的に解決してないよね?」
「……」
冷静なツッコミを入れる優香を、麗は睨んだ。
それっきり黙った優香は二人を見つめた。
「なら、こうしようじゃないか黒樹」
「何だ」
「この部活を廃部にまで追い込めば、ノートなど必要なくなる! そうすれば、こちらにノートを引き渡してもらおうか!」
「廃部に持ち込むだと? いい度胸だな」
二人は睨みあって火花を散らす。
麗は本当に人を怒らせるのが得意だなと思った。




