説教なんてしないっ!
今回の事件で気にする余裕がなかったが、ある事について俺は発言する。
「何故、お姉さんやお兄さんが池袋にいたんですか?」
「……」
「……」
「黙秘権なんて、あると思ってるんですか?」
現在、美人部である俺達+αで病院にいる。
その病院で麗の外傷の手当てをしてもらっている間に、現場で居合わせた二人の姉兄に問いただしている所だ。
待合室で、元親友達も黙々と俺の説教を眺めている。
俺は両腰に手を当て、二人を睨む。
「いつまで、黙っているつもりですか?」
「け、結果オーライっ! って事で、そこまで怒らなくてもいいじゃない!」
「そうだそうだ! 俺達は美樹たんの心配に駆け付けたんだから、もっと評価してもらってもいいんじゃないか!」
「お黙りください」
俺は二人の文句を遮った。
二人の顔が俯く。
「結果オーライ。その事に関しては感謝いたしますが、それ以前に何故あの場所にいたんですか?」
「……」
「……」
「答えてください」
俺の笑顔が引き攣る。ここが病院でなければ激怒している筈だ。二人とも、俺の質問には答えずに、視線を逸らしている。
小さい溜息を吐いて、俺は寂しそうな顔を作って、二人を上目使いで見る。そして、少し瞳を潤わせる。
「お姉さんもお兄さんも……私に秘密事なんて……。ずっと信じていましたのに……」
「わ、わわわ! ごめん! あたしが悪かったよ美樹たん!」
「な、泣かないでくれよ! 美樹たんには泣き顔は似合わないよ!」
「お姉さん……お兄さん……」
内心で俺は、乙女を泣かせるとは最低だ。と呟いておく。だが、相変わらずと言っていいのか、二人とも中身が幹だって分かってるのにベタ惚れだ。いい加減に妹離れしてほしい。
というか、兄に関してはハンカチとか出してる始末。お兄ちゃんが俺にフラグ建築すんな。
「で、では、話してくれますか?」
「……もう、しょうがないね」
「うん、美樹たんがそう言ってる事だし……」
二人は目を合わせ、何故池袋にいたのかを諦めて話す事にしたようだ。
初めからそうしてくれれば助かったんだけど。
「あのね、美樹たん。怒らないで聞いてほしいんだけど」
「はい」
「あたしたちね、美樹たんが男と遊びに行くって言うから、不安でずっと後を追いかけてたの」
「……」
「俺もそうさ。美樹たんが、男と遊びに行くなんて言うから不安で不安で」
「それで二人ともついてきたんですか」
『はいっ!』
二人は軍人の返事のように、シュバッと敬礼のポージングを取った。それはそれは、立派な敬礼であった。もう軍人に就職してしまえよ。
なんとなく、二人が俺の後をついてきた理由は分かっていた。心配性過ぎる。
「それで、すぐに助けに来なかったのは何故ですか?」
「本当にごめんなさい! あたしたちは美樹たんを一回見失っちゃったの!」
「俺らがしっかりしていれば……」
歯ぎしりを起こし、二人は両手を合わせて俺に頭を下げる。その光景は本当に悔しそうだった。そこまで俺の事を大切に思っているのが伝わってきて、胸に熱いものがこみ上げてくる。
なんだかんだ言っても、二人とも俺を大切に思ってくれてるってことか。尾行はやり過ぎだと思うけれど。
「……私を大切に思ってくれるのは嬉しいですよ」
「美樹たん……」
「で、何で廃墟にいるって分かったんですか?」
「……」
また黙秘権か!
どんだけ黙るのが好きなんだよ。
二人は、椅子に正座する。これは、もう俺が怒るような事をしたってことでいいんだよな?
「……怒らない?」
「内容によっては」
兄貴が俺に上目使いをしながら聞いてくる。
俺は溜息を吐いて、兄貴を見る。姉は顔すら上げない。
まぁ大体予想はついているが、俺が廃墟にいるのが分かった原因によっては、二人を怒るつもりだ。
そして、兄貴は虫の息のような小さい声で呟いた。
「……発信器……」
「……」
今度は俺が黙ってしまった。
やっぱり、そういうことだったか。俺の居場所を特定できるものと言えば、後は発信器くらいしかないからな。兄貴は俺のストーカーか何かなの? お姉ちゃんは変態兄貴から俺を守る為に、撃退用スタンガンを渡したの?
シャレにならない。
「お兄さんの趣味のゲーム。一つ売ります」
「ま、待て! 美樹たんそれだけは!!」
「なら、お兄さんとは口を聞きません」
「それも、それも嫌だぁあああ!!」
「どっちがいいですか?」
「くっ……交渉が上手いな……」
「じゃあどっちもですね。分かりました。今から話しかけないでください」
「み、美樹たああああああん!!!」
兄貴は椅子から崩れ落ち、床に這いつくばって倒れた。これで、俺のストーカー一人を撃退したということで、めでたしだな。
さて、聞きたい事も終わったし、これで――
「み、美樹たん! 髪の毛に何かついてるよ! あたしが取ってあげるよ!」
「大丈夫ですって……これが、発信器ですか」
「そ、そうだよ! だ、だからさ、あたしが貰っとくよ!」
姉はなんだか、罰の悪そうな笑みを浮かべる。顔を良く見ると、変な汗をかいている。姉は発信器なんてつけてないんじゃないのか?
俺は姉を睨んでみた。
「ご、誤解だよ!」
「そうですか。では、何で発信器が二つあるんですか?」
俺の手には発信器が握られている。先ほど、鞄の中から発見したものだ。その時点で、姉と兄が尾行していたのでは? という考えに辿り着いたのだ。
姉は顔を青白くさせ、椅子の上で土下座した。
「ご、ごめんなさい!」
「はぁ……しょうがないですね……口を聞かないって言いたいところですが、お姉さんには日頃からお世話になってるので、不問にしておきましょう」
「み、美樹たん……」
姉は俺の女子力を磨いてくれた。ならば、多少なりとも優遇されても、兄貴は文句を言うまい。だが、まさか姉と兄の両方が俺に発信器をつけているとは思わなかった。それにしても、俺の髪の毛にいつ、つけたんだか。
そこで、ついにある男が口を開いた。
「あの……美樹さん」
「はい、なんでしょう正男さん」
「何で……幹のお姉さんやお兄さんに説教しているんですか?」
正男の問いに、病院が静まり返る。病院のどこかにある冷蔵庫の音がする。あるいは、電話の音が聞こえる。
俺は生唾を飲み込む。完全な不注意だった。元親友達は、中学時代に家に来た事がなかったから、完全に気を抜いていた。
頭の中で、どうしようという言葉が無限に回転する。
ここは諦めて、幹だと告げた方が言いのだろうか。
いや……、さっき正男にキス(頬にだが)をしてしまった手前、本当は幹でした! なんて言いにくい。万が一、男に戻れるような事があったとき、ホモ疑惑が間違いなくかけられる。
空気を壊したのは、死んでいた兄だった。
「美樹たんは、中谷家の親戚なんだ」
「親戚?」
「そうそう。美樹たんはあたしらの、はとこぐらいの遠い親戚なんだ! 今回、都内の高校に通いたいって言ってたから、幹もいないからってんで、家に住ましてるの」
「そ、そうなんですか……」
思わぬフォローに俺は姉の方へと視線を向ける。姉はウィンクをしてくれた。前から考えてた設定なのだろうか。姉には感謝しかないな。
俺が幹だという情報の漏洩は、絶対に許されない。親友になら打ち明けても、いいんじゃないかと、正直最初は思った。だが、これだけ美少女である。皆が皆俺に恋するなか、親友達だけ俺の正体が幹だと知ってしまえば、一目惚れは辛い物に終わってしまう。それは可哀相なので、俺は打ち明けるという考えを即刻やめたのだ。
「……で、幹は今何してるんですか」
思わぬ質問がかかった。
俺の事なんて決して話題には出さなかった親友達が、真剣な瞳で姉を射抜く。姉も真剣な表情で返した。
「海外留学って言えばいいかな。幹は今、頭が悪すぎだから海外留学させて英語の勉強を自力でさせてるの。連絡がこないってことは、あっちでホームレスでもやってるんじゃないかな?」
「そんな……」
「お姉さんは幹が心配じゃないんですか!?」
「ん? 幹はどうでもいいや。あたしには美樹たんがいればいいの! 幹なんて一生帰って来なくてもいい」
目の前に張本人がいるのに酷くないか? それって男には戻るなって言ってるよな!? まぁ、戻れるか分からないけどさ。そのときがもし来たら、俺は男に戻るのかな。それともこのまま人生ベリーイージーモードを楽しむのかな。
「俺は一緒にいたかったんです!!」
拓夫が大声を上げた。
姉の眉根がピクっと動く。
夜勤務のナースが拓夫を睨む。そんな視線なんか、おかまいなしに拓夫は言葉を続けた。
「俺にとっては今でも親友なんです! あいつが同じ高校受かって、それでまた俺ら六人で楽しい高校生活が送れるって思ってたのに……。なんで海外になんて行かしたんですか! 幹は俺達にお別れも言わなかったんですよ!」
「知ってるよ。でも、たかが友人に幹の決意を言うと思う?」
「知る権利はあると思います」
姉と拓夫は睨みあっている。それこそ、今にも取っ組み合いが始まりそうで怖い。拓夫の言葉に俺は瞳を潤わせていた。そんな風に言われれば、誰だって泣いてしまうだろう。
だが、姉の瞳はこの上なく冷たかった。正直、何が姉の瞳を絶対零度の如く、冷たくさせているのは分からなかった。
「幹は、帰ってこないんですか?」
「うん」
鷹詩が俯く。
そう言えば、高校生になったらお金貯めて良いご飯食べに行きたいって言ってたもんな。
「僕らに幹は何か言ってましたか?」
「何も言ってない」
直弘は姉の冷めた瞳にも臆せずに、俺の事を聞いた。
直弘とは高校の文化祭で漫才のステージをやろうって言ってたもんな。
「幹から連絡は!」
「ないとさっきも言ったでしょ?」
久光が必死な顔をしている。心配したときに現れる表情だ。
お前とは金溜めて、コミケに行こうって言ってたもんな。
「……幹はどんな顔をして、飛行機に乗りましたか?」
「さぁ? 覚えてないよ」
正男は姉を見て、深くうなだれた。
体育祭でどっちが良いタイムだせるか対決しようって言ってたな。
最後に拓夫が、両拳を作り姉を再度睨んだ。
「何で、幹は合格発表の後の祝勝会も、卒業式もいなかったんですか!」
拓夫の瞳には涙が浮かんでいた。
掠れた声で姉を見つめる。さすがの絶対零度を保っていた姉も、表情を引き攣らせた。そして、姉の口はついに閉ざされた。
拓夫の瞳から、水滴がこぼれ落ちる。
俺は口を開いた。
「高校生活楽しんでって言ってましたよ」