逆襲なんてしないっ!
俺が議題を掲げた数時間後。
ファーストフード店――ダクドナルドは暗黙の空気に包まれていた。
全員が暗い表情をしている。
「この計画ってさ……無理ゲーじゃない?」
「良い案だとは思うんですが……」
久光の声に俺は呟いた。
色々と案は出たのだが、実行するのにはどれもビッチ共が必要な物ばかり。
そもそも、まだビッチ共が池袋にいるのかが分からない状態だ。
仕返しをしようにも本人達がいないのであれば、何も出来ない。どうやって彼女達を探そうかを今は真剣に悩んでいた。
優香の携帯にアドレスが入ってると思いきや、既にアドレスを変えられてしまっている様子。これでは手の打ちようがない。
「作戦内容はともかく、まずは本人達を探す所から始めませんか?」
「それもそうだな」
麗が頷く。
男達も首を縦に頷かせた。これ以上考えても、とうの本人達を探し出さなければ意味はないしな。
作戦内容としてあげられたのは、ビッチをクラスで孤立させる。
ネットで晒す。
など、中傷的な物が多く却下した。
これでは相手とやっている事は変わらない。
だが、良い案も中々出てこない。
やはり、優香自身がハッキリというのが効果的ではないのだろうか。それも、あまり期待はできないか……。
俺らが席を立とうとしたところに、ビッチ共はやってきた。
五人一緒である。
何だ。仕返しに来たのか? 全員そう思ったのか、顔を強張らせた。
「何の用ですか?」
「谷中さん。さっきは、ごめんなさい!」
いきなり、リーダー格と思われるビッチAが頭を下げた。
俺の目の前で下げられる頭。角度は深い。これは本当に謝ってるのだろうか。お辞儀の角度を間違えると、わざとっぽく見えるぞ。
他のビッチ共も、俺に頭を下げた。
「頭を下げるべき相手を間違えてます」
「わかってます。優香――ごめん」
一度顔を上げたビッチAは優香に視線を移し、再び頭を下げた。
誠心誠意を込めた謝罪だった。
優香は、困っていたがやがて微笑む。
「も、もういいわよ。そこまで悩んでなかったし」
「え、本当!?」
顔を上げたビッチA。
優香の両手を掴んで、瞳を煌めかせていた。
まぁ、結果オーライか。ちゃんと謝ってくれるのなら、問題はないか。
「……今までゴメンネ……私達が間違ってたよ。優香」
「わ、わかればいいのよ!」
「じゃあさ、今から仲直りの証に遊びに行こう!」
笑顔のビッチ共が優香の両手を引っ張って行った。
いつの日も、持つべきものは友情なのかな。仲直りも青春の一ページである。まぁ誠心誠意謝ったのだし、優香にも頭を下げた。これならば、問題は解決しただろう。
俺達はまだ若いのだから、謝れば済む事も沢山あるのだ。
「良かったな」
「そうだね」
拓夫と久光は笑顔で、優香達を見送った。
他の男三人も同じだ。
やがて、店を出るビッチ達。
さて、俺の緊急議題の提示も虚しく不発に終わったわけだ。
それはそれで、喜ぶべきことなのだろう。
「あ、谷中さん!」
再び優香は店に戻ってきた。
俺は笑顔で首を傾げた。
ビッチ共が外にいるのが分かった。
「最後にメアド、交換して!」
「早く消えろ」
麗が話しかけられてないのに、優香を罵る。
優香も麗をキツく睨んだ。
「いいですよ。麗は少し黙っててくださいね?」
「ふん……」
麗は視線を逸らした。
その先にいたのはビッチ共だ。
もう解決したんだから、そんなに睨まなくてもいいだろう。
「はい、では連絡待ってますよ?」
「はい! ありがとう谷中さん!! じゃあね!!」
元気よく手を振って外にいるビッチ共と合流する優香。
その集団を麗は、黙って見ていた。
元親友たちも笑顔で見送っていた。
だが、俺は一つ気になる行動を目にした。
あれは……ビッチDかな? が携帯で文字を素早く打っている様子だった。顔は他の連中とは違う邪悪な笑み。
何か企んでるのか?
さっきは謝ったのに?
俺の中で疑問は渦を巻いていた。
「さて、では私と美樹は失礼するよ」
「あ、麗?」
俺の手を引っ張って店を出ようとする麗。
正男達はついてきそうだったが、麗の一睨みによって席から立ち上がる事を拒ませた。
何という目力! もはや、魔眼レベル。
そのまま、俺と麗は手を繋ぎながら、店を出た。
麗の表情は険しい。
「あのー……麗、手」
「ん? あ、ああ! ご、ごめん」
麗は顔を真っ赤にして謝った。
何で俺の手を握った事くらいで謝るんだ? 女同士だから関係ないと思うけど……。
それから、麗は再び周囲に視界を走らせた。
「麗? どうかしたんですか?」
「ん、まぁな。美樹は純粋だろうから気付かなかったと思うけど、あいつらまだ何か企んでるぞ?」
そういう麗の瞳は鋭かった。
俺に対して向けられてはいないが、それでも畏怖せずにはいられなかった。
麗はときどき、物凄く怖い顔をする。
企んでいる……か。麗の読心力は半端じゃないからな。
純粋とか言われてしまったけど、俺の心は読めないようだ。それはそれで助かる。
ビッチ共が企んでる事に関しては、実は俺も同感だ。
ビッチDがヘマをしなければ、俺は気付かなかったのにな。
「企んでるのは分かりました。それで、どうするんですか? 見失っちゃいましたよ?」
「ああ、分かってる。だから、美樹の携帯を貸してくれ」
「へ? 私の携帯で何するんですか?」
「う、浮気調査とかじゃないぞ! 決して違う!!」
麗は焦りながら、誤解を解こうとする。
まぁ、見られたって困る事はないから別にいいか。
俺はそのまま携帯を麗に差し出した。
「ありがと美樹」
「で、何するんですか?」
「ちょっとアイツのアドレスを調べたくてな」
麗は俺の携帯でアドレス帳を開き、優香のアドレスを自分の携帯に打ち込む。
一体何がしたいのか分からない。
アドレスを見終わった後、俺の携帯は返却され、麗は携帯で色々と探している。
「……なるほどな。私の勘は外れてなかったようだ」
「へ? どういうことですか?」
麗は携帯を真剣な目で見ている。
その表情は名探偵っぽい。見た目は清純、中身はドS! 高校生・黒樹 麗! って感じ。
しばらく、携帯を眺めてから麗は顔を上げた。
そして、俺の華奢な手を掴んで、走り出した。
「ど、どうしたんですか麗!」
「マズイ事になる前に、救出に行くんだ!!」
麗は次々と池袋の裏道を通っていき、やがて人気のない所まで俺は連れて行かれる。こんな人気のない所まで俺を連れてくなんて大胆だな。
と軽く思っていたのだが、麗の表情は確信に迫る何かがあった。
走る事十分弱。
俺と麗の目の前には、廃墟が立ちつくしている。
最近会社が撤退したばかりの土地のようで、古い個所は見当たらない。
そして、麗は俺に携帯のディスプレイを見せてきた。
「ここに、あの女達はいる」
「な、何でそんな事分かるんですか!」
「美樹の携帯から、あの女のアドレスだけを抜き取って、緊急所在地検索をしたのだ。したら、ここに着いたってわけ」
緊急所在地検索とは、アドレスを入力する事によってその携帯が、今どこにあるのかを検索するシステムである。
大災害時に一般人も使えるらしいのだが、麗は常時使えるらしい。一体何者なの?
「じゃ、じゃあ、警察に連絡しましょうよ!」
「何言ってるんだ! 警察は何かあってからじゃないと使えない連中なんだ! 私は警察が嫌いだ! 美樹はここで待っていてくれ」
「れ、麗にもしもの事があったら!」
「気にするな。美樹の為なら軽いものだ」
そう言って、麗は廃墟に消えた。
俺も後を追うとしたが、俺と麗の間に車が走り追いつけなくなってしまった。
こんなときに車なんて通るなよ!!
そんなときだった。
俺の携帯が鳴りだす。
番号は非通知だった。
「はい、谷中です」
「もしもーし。谷中さん? 今からさ……楽しい事しない?」
「私の知り合いではないみたいなので切りますね」
「坂本さんがどうなってもいいのかな?」
使い古された脅し文句。
俺の背筋がゾクゾクっと凍った。
アイツら、本当に何かを企んでやがった……。
もっと最初の段階で、ビッチDを不審に思うべきだった。
「何をしてるですか」
「何って、大勢の前でアタシ達を辱めてくれたお礼だよ」
「――――ッ!」
俺は携帯の通話ボタンを思いっきり切った。
まだ虐め足りてないとは、これは万死に値する!!
俺は廃墟の中を猛ダッシュで駆け抜けた。
辺りは昼なのに暗く、人の出入りを拒んでるようにも思えた。
俺は猛ダッシュで階段を駆け上がる。
どこにいるのかは定かではないが、大体こういうのってテンプレ的に最上階にいる筈なのだ。
しかし、この建物は以外に広く、すぐに最上階に着かない。
今は三階ぐらいだろうか。外から見た感じでは五、六階はありそうだった。
そんなときだった。
いくつかの声が耳に入った。
二人の女性の悲鳴。
複数の女性の笑い声。
複数の男性の笑い声。
これはドラマとかである典型的なクズが、人質に攫ったとかそんな感じじゃないだろうか。俺の内心に怒りという名の火が着き、階段を一斉に駆けあがった。
視界に入ったのは、殴られてボロ雑巾みたいな麗。
縄で縛られて何もできない優香。
そして、それを見て笑っているビッチ共と、朝優香に話しかけていた男三人。
「これはこれは、谷中さんじゃない? 清楚系硬派美少女がこんな所に何しにきたんでしょう?」
ビッチAが喋り出すと周りの女子達が笑いだす。
俺は拳を握りしめる。
今すぐ殴りかかりたい衝動にかられるが、女の力では男共の筋力には敵わない。
しかし、俺には対策と呼べる技がある。
「今すぐ坂本さんと麗を解放しなさい!!」
「は? 何言ってんの? この状況見て、はい、いいですよって言うわけねーだろうが!!」
「黙って身柄を渡しなさい!!」
俺はビッチAを睨んで叫ぶ。
ビッチAは三人の男に向かって顎で、俺を指した。
「いいんだよな?」
「好きにしていいよ」
「まじか! まさか谷中さんをヤレるとは……!」
「こりゃあ今日はツイてんな!」
男三人は俺に、ゆっくりと近づいてきた。
そして、三人は同時に俺の身体を取り押さえようと襲いかかる。
「谷中さん!! 逃げて!!」
「み……き……?」
優香と麗の二人の声が耳に届いた。
俺はこちらに向かってくる男Aの腕を引っ張り、衝動を利用して男Bに正面衝突させる。男Cは俺の身体を抱きしめようと腕を広げて襲ってくる。
男Cの抱きしめ攻撃を避け、俺は少し足を出すと、男Cは俺の足に躓いて転んだ。
「な、何だと?」
「あんたってまさか武道にも精通してるっていうの!?」
ビッチ共が俺を見て驚きの声を上げる。
別に精通してるわけじゃない。
美少女過ぎるからと心配した姉に、護身術を叩きこまれただけだ。
そして、俺は鞄からストーカー撃退用のスタンガンを、転がっている三人の男に当てた。
『ぐああああああああああ!!』
男達は順に悲鳴を上げ、意識を失った。
俺はビッチ共に視線を移し、微笑んだ。
「さて、友達を返してもらいますよ?」
首を傾げスタンガンのスイッチを切ったり入れたりした。
ビッチ共は青ざめた表情で、後去り始める。
だが、一人だけ違う行動を取った者がいた。
「来るな!! それ以上来てみろ!! どうなるか分からねーぞ!!」
ここまでテンプレ的だとは……。
ビッチAは優香の首筋にナイフを突き立てる。
人質って奴か。最低だな。
俺はその場に立ちつくした。