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私がシンデレラの練習なんてしないっ! いちっ


 合コン喫茶が決まった次の日。私は一般人が近づく筈のない生徒会室にいた。


「あ、谷中さんどうぞ」


 生徒会役員に通され、生徒会長の蕣と対面する。彼女はニヤリと笑って、椅子に座りながら私を見つめた。その瞳が不気味というか、何か怪しげなことを考えているというのは私でもすぐにわかる。

 私が生徒会長専用の机前まで行くと、蕣は咳払いして立ち上がった。


「来たな」

「はぁ……本当にやるんですか?」

「当然だ」


 溜息を吐いた私に、微笑みかける蕣。


 連絡があったのは数時間前――――昼休み時に私の携帯電話が鳴ったのだ。最初は非通知でかかってきたものの、電話に出ると蕣の声でオレオレ詐欺をしようと仕掛けてきた。しかし、隣にいた麗に言葉責めに遭い、蕣は泣きながら自分だと名乗り出すハメになったのだ。

 まぁ、簡単に言うと、今日から生徒会プレゼンツのミスター、ミス松総会のシンデレラストーリーの練習が開始するという用件だけだった。

 一応、全校生徒には当日まで内緒でシンデレラの練習を始める事になったのだ。ここだけの話、ミス松総会コンテストは私のぶっちぎり一位という予想がついているらしく、他の出演者もいるようだが私に勝てる筈がないという理由でシンデレラの話はしていないらしい。


 そういうわけで、私は練習をしに来たのだ。

 本来ならば、他の女子生徒も練習する権利がある筈なのだが、生徒会長権限で私と他のミスター松総会優勝候補を練習させるらしい。


「では、早速多目的室へ行こう」

「ちょっと待ってください。今日は誰と練習するんでしょうか?」

「言ってなかったか? 今日は代永教諭だ。先に多目的室で待っているぞ」

「あ、はい」


 牧か。どうも牧は苦手だ。なんだか白海の一件があってから、目を合わせるのが恥ずかしいし、近くに来られるとドキドキする。ピンクゴールドのような綺麗な髪の毛に整った顔立ち、白く背も高い。なのに腕っ節は強くて……。

 って違う違う。牧に恋なんてしないっ!

 私は気が付かないうちの顔を横にフルフルと振っていた。

 すると、蕣は目を扇形にして私を見つめる。


「おやおや? え? まさか? え? 谷中さん? え? 代永教諭の事? え?」

「べ、別に違うんですからねっ!」

「生ツンか。死ねばいいのに」

「何か言いましたか」

「べ、別に美女なんて全員死ねなんて思って何かいるんだからねっ!」

「生徒会長が一般生徒に言っていい事と悪い事があると思うんですけど」

「まぁ、そう堅くなるなよ。リア充は死ね」

「全世界のリア充を敵に回してますけど」

「いいんだ。恋愛にはしゃぐリア充は皆桜のように散ればいいんだ」

「はぁ……。生徒会にしろ、美人部にしろ、麗のようなキャラは必要なんですかね……」


 なんだかんだ言ってる間に、私と蕣は生徒会しか入る事のできない、防音、ホワイトハウスと同じセキュリティに、完全マジックミラー。さらには生徒会の役員達が護衛をし、さらに手前では体育教師達が警備員に回されている。もちろん、彼らは事情を知らない。

 生徒会の本気って凄いと思った。まさか教師まで一大イベントで使えるとは普通思わないだろう。

 早速、多目的室に入ろうと、私はドアに手をかけようとした。だが、その手を蕣は振り払う。何なのだろうと怪訝な顔をして蕣を見ると、違う部屋を指差した。


「こっちの部屋に入ってくれないか?」

「は、はぁ……」

「安心しろ。ただの衣装合わせだ。ミスター松総会候補の男性諸君には練習の対価として、君のシンデレラ姿を見せる事になっている。だから、さっさと着替えてきてくれないか?」

「初めて聞いたんですけど」

「こればっかりは譲れないな」

「初めて聞いたって言ってるんですけど!?」

「まぁまぁ。早く着替えてきてくれよ。これも代永教諭の為だと思ってさ!」

「え、は、恥ずかしいですよぉ……」


 ニコッと笑ったまま蕣が口を開く。


「早く着替えてくれないかな。リア充。私だって代永教諭みたいなイケメンとシンデレラストーリーを演じて、ハプニングでキスしたり、キノコ触ったりしたいんだよ。これだからリア充は……。もしハプニングを起こしたら許さないけどね」

「心の声が駄々漏れですね。大丈夫ですよ、私は生徒会長ほど下品ではないので」

「………………」


 蕣は黙りこむが、ピシッという岩に亀裂が走ったかのような音が響いた。彼女の額には血管が浮き出ている。どうやら怒ったみたいだ。

 私は口元に手を当てて、蕣を蔑むように見つめながら着替え室に入る。


「うふふ、失礼しました。殿方ならば誰でも良い、下品な生徒会長さん」

「谷中――――美樹ッ! 許さないぞ!」

「まぁまぁ、冗談はこれくらいにして急ぎましょう?」

「マジで許さないからな!」


 怒りながらも、蕣は私と共に着替え室に入った。


 結婚式の主役である花嫁が着そうな真っ白なドレス。やぼったいワンピース。その二つを手渡され、今日はどちらを着るのかと問われた。だが、優勝した人と出会うのは綺麗なドレス姿なので、やぼったい方は練習では使わない事にしようと蕣や生徒会役員と話し、私はドレス姿で鏡の前へと立つ。

 長くウェーブのかかった桜色の髪は、宝飾の施されたヘッドドレスを着用して化粧もいつもより濃くしてある。

 胸元はこれでもかというほど大胆に開かれ、私のバストを強調しているかのようだ。しかし、腰周りや腕回りは細さを見せつけるかの如く細い造りになっている。さらにスカートは長いのだが、やぼったさは感じずむしろ可愛いデザインだ。

 美少女×ドレス=無敵な可愛さ。この方程式が成り立つのは一部の人間だけである。

 私は嬉しくなって、一回転するとドレスのスカートが、まるで花が開くように回った。本番はこんな衣装を着てやるのかと思うと今から楽しみになってくる。


「じゃ、そろそろ行くか」

「はい」


 その姿のまま、多目的室へと入った。

 中には既に準備をしていたのか、牧が椅子に座っている。しかし、私を見た瞬間に立ちあがり、まるで珍しい動物でも見たかのように固まった。

 私は自分のどこが変なのだろうと思って、恥ずかしくて視線を逸らす。


「ど、どこか変でしょうか……?」


 牧は生唾を飲み込んで、笑顔を滲ませた。


「パーフェクト。一瞬、僕の花嫁が迎えに来たのかと思ったよ」

「い、言い過ぎです……」

「世界で一番美しいよ、美樹さん。いや美樹、と言うべきかな」

「牧さんたら……」


 こういう事を恥ずかしがらずに言える牧はとても凄いと思う。もちろん、それに見合った容姿や性格でなければ、当然気持ち悪がられる。見た目も性格も頭も知恵も名誉もある牧に言われれば、そりゃ私だって嬉しい。だって女だし。

 そんな空気をぶち壊すかのように蕣は口を開いた。


「あーはいはい。リア充は本当に爆発して泥沼にでも頭からかぶればいいのに。と、いうわけで、代永教諭」

「ん?」

「台本は完璧ですか?」

「ああ、当然だよ。アドリブはありかい?」

「んーストーリーに問題がなければいいですよ」

「了解した」


 牧と蕣の調整が終わると、蕣は私に視線を寄越す。


「谷中さんは――――女だから大丈夫だろ」

「何言ってるんですか。台本はないんですか?」

「まぁ、殆どがナレーションで進むし、その時にあった演じ方をすればいいだろう」

「……私の場合は百パーセントアドリブですか」

「当然だ」


 蕣は鼻で笑うと、隅に寄せてある椅子に腰をかける。すると、蕣は部屋に響くように「初めッ!」と言って練習が開始した。




 ◇




 正直、圧巻の一言。

 牧演じる王子様は、恵まれない環境で育ったシンデレラに一目惚れし、一夜限りのダンスで忘れられない存在になる。その日、シンデレラはガラスの靴を落とし、夜十二時と共に魔法が解けてしまう。

 後日、王子様はシンデレラを忘れる事ができなくなり、ガラスの靴の会う女性を探す。そして、見つけたのはシンデレラでハッピーエンドを迎えるのだ。

 大まかなストーリーでは、そう、王子様はいかにシンデレラに惚れているのかを観客にわからせないといけない。それだけの必死さがなければ、観客――――生徒達は皆飽きてしまうだろうからだ。

 その点、牧は途轍もなく上手であった。私に対するアプローチもダンスも靴をはかせる行為ですらも、完璧。これならば、最初から牧と二人でシンデレラをやってもいいんじゃないかと思えてくるほどだ。

 休憩時間を貰い、私は水を買いに行こうと多目的室を出る。外は真っ暗で、時間的にも遅かった。

 そろそろ連絡を入れようかなと思って、携帯でメールをしていると背後から声をかけられる。


「お疲れ様。可愛いよ、美樹さん」

「あ、牧先生。牧先生こそ、完璧じゃないですか」

「そんな事ないよ、僕なんてまだまだ。本当に伝えたい事を伝えられていないよ」


 牧は苦笑いして、私の隣を歩く。王子様の格好をした王子様のような牧と、ドレスを着た美少女と言われている私。外から見たら誰もがカップルだと思うだろう。それかドラマの撮影か。

 ゆっくりと歩いていると、牧は真っ直ぐ私を見つめていた。


「ど、どうしたんですか?」

「いや、美樹さんにはしっかりと伝わってると思ってたんだけど、どう?」

「どう、と言われましても……。私には、一生懸命になっているようにしか――――」


 そこで、私はいきなり華奢な両肩を掴まれる。あまりにも突然の出来事に、目を見開いてしまった。だが、私の眼先には牧の真剣な顔がある。それは、怒っているのか、泣きそうなのか、それとも悲しいのか、楽しいのか、辛いのか。まるで、自分がどんな事を考えているのかすらも分かっていなさそうな表情をした。

 驚いていた私は首を傾げる。


「どう、したんですか?」

「……少しだけ、時間を貰ってもいいかな。大事な話をしたいんだ」


 言葉を放つと、わけのわからない表情は消えて至極真面目な顔つきになった。その眼光は鋭いが、決して攻撃的ではない。

 怖いわけではないが、私は首を頷けてしまった。


「は、はい……」

「じゃあ、行こうか」


 私と牧は練習を抜けだして、夜の学校校舎裏へと歩み始める。

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