美人部が文化祭に参加したりなんてしないっ! よんっ
「却下」
一瞬静まる美人部部室の四階多目的室。土下座をして文化祭のお題をお願いする綾子に対して麗は、在庫処分を見つめるかのような冷ややかな視線を綾子に突き刺す。男子達も、それはなぁ、という雰囲気を醸し出していて溜息を吐く者までいた。
だが、綾子は土下座の姿勢のまま、まるで死の危険に直面しているかのように叫ぶ。
「私も三十路……。そんなでは家でも学校同様の扱いを受けるハメになるんだァッ! 最近じゃ、実家からの催促メールが後を絶たなくて……」
綾子は悲しげに呟く。確かに、実家から結婚催促メールとか来たら、見たくもないし返したくもない。それどころか、私はメールを開封せずに削除するだろう。
深い溜息を吐いた麗は、腕組をしながら綾子を見下す。
「一体、私達が貴様のせいでどれだけの損失を受けていると思っているのだ。貴様に協力して私達に何か得があったか? お見合いの時もそうだし、合宿の時もそうだ。貴様が余計な事をしなければ、私達は健全かつ高校生として正しい活動ができたのだぞ。主に美樹の水着を拝んだり、美樹の浴衣姿を拝んだり、温泉でおっぱいとか触ってキャキャキャウフフな展開があったり……ぐへっぐへへへへっ」
「麗、鼻血出てますよ」
説教中に鼻血を出してエロい妄想をしていたのか、麗はティッシュで自分の鼻血を拭いた。
そんな麗に反論すべく、綾子は土下座をやめて立ち上がる。
「だがな、黒樹。私がいなければお前達は合宿をする事も不可能だったんだぞ? そういう事を考慮すれば、私がいなかったら海にも行けなかったんだ。根本的な事を考えようか」
「フン。何を言おうが、貴様がいたから全てが悪い方向に言ってしまうのだ。言っただろう、貴様がいるから全てが台無しになるのだと。貴様が最初からいなければだな――――」
麗が次々と文句をネチネチと言う中、綾子がボソッと呟いた。
「……貧乳のくせに」
空気が凍るってこういう事を言うんですよね。秋で少し寒い空間が、まるで北極のような極寒の地に早変わりした。
麗は腕組をしたまま、まるで「嘘みたいだろ? こいつ、固まってるんだぜ」と言いたくなるほど、石像のようにピクリとも動かない。
空気が凍る中、空気を読まず――――いや敢えて読まない優香が笑い叫んだ。
「ぷぷぷっ――――! 貧乳だって! あんたの仇名はそれで決定よね! だって貧乳なんだから、やっぱり貧乳って言われてもしょうがないよね! いや、そもそも貧乳なのに今まで貧乳だって誰も仇名をつけなかったのか不思議なくらいだし! あはははは! マジド貧乳乙!」
「…………」
空気はさらに凍る。寒過ぎて凍えそうだ。
麗は腕組したまま、優香と綾子に視線を移していく。
すると、今までに見た事がないくらい、ニッコリとした笑顔を見せた。
「いっぺん、死んでみるか?」
その笑顔の一言が放たれ、優香と綾子は私達以上の寒気を感じたのだろう、ぶるぶると身を震わせ、麗を見つめる。
「ちょ、冗談だってば! あたしは悪気があったわけじゃ――――」
「大丈夫だ。優香、今すぐお前をハンバーガーの肉にしてやる」
「おい! 貧乳黒樹――――間違えた、黒樹! やめろ! 喧嘩は良くない!」
「貴様も死にたいのか、婚活乗り遅れたババァ風情が」
「戦争じゃボケ!」
麗VS優香&綾子のボクシング戦のようなものが開催した。
両者は白熱した試合をし、結果、二対一という不利を制した麗が、やはり優勝だったのだ。
一先ず、悪い因子を叩き潰した麗は、ふぅ、と一息吐いた。
「……麗、ずっと疑問だったんですけど、気にしてるんですか?」
「美樹まで言うか」
「いえ、自分の胸が小さいと気になりますか?」
「う……」
一度貧乳貧乳と暴言を吐き続けられた麗に、その疑問を問う。
すると、麗は顔を赤くして、自分の胸を隠すように手を当てた。
「……そ、そりゃあ、皆胸はあった方がいいだろう……。だ、だって美樹も大きいし……」
「それはそうですけど、大きさにこだわるような人だったら、こっちから願い下げじゃないですか?」
「いや、そりゃあ美樹には、触って欲しいけども」
「何で私が触らなきゃいけないんですか」
「それに、その……ほら、おっぱいがあった方がさ」
「はい」
麗は凄くモジモジしながら、私を見つめてくる。何だろうか、男に対してやっとそういう感情が芽生えたのだろうか。
「一人で……エッチな事できるだろ? 美樹の事考えておっぱい弄ったり……揉んだり……。美樹もするだろ? その私の事考えて」
「いや、全くしません」
斜め上過ぎてついていけない。
というか、勝手に妄想の題材に使われてるっていうのが、麗の残念具合がハッキリと分かる。
そんな中、麗は男達の方へと視線を投げた。
「ゴリラ、お前はジョイスティックを握りながら、毎晩何を考えている!」
「はいっ! 美樹さんの事です!」
「気が付けば……手が上下に運動しているか?」
「それはもう……」
「正直でよろしい。だが、私の美樹をオカズに使う事すら私は許さん」
何故か、正男がバシンバシンハンマーで叩かれる。
正直に答えたのに、可哀相でだ。
だけど、ジョイスティックを上下に運動? 私にはよく分からなかった。
「美羽は、そういう事しないのか?」
「へ!? あたし?」
「そうそう、美羽。君だって淑女だ。そういう嗜みはあるだろう?」
「え、えっと……」
美羽は何故か、私をチラチラと見ながら恥ずかしそうに口元に手を当てる。
「も、もちろん……美樹ちゃんとメイド服ごっこして……」
「メイド服ごっこか。なるほど、やはり文化祭のお題はメイド喫茶(美樹限定)でやるか」
「二人とも何の話をしてるのかサッパリわかりませんが」
話題が逸れそうだったので、話を戻す。
「それより、結局美人部は何をするんでしょうか。私的には無難にお化け屋敷とかでもいいと思うんですけど」
「何を言っている。美樹、ここは満場一致で美樹による私達の為の猫耳メイド喫茶でレッツゴーだろう!」
「却下に決まってるじゃないですか」
冗談じゃない、私だけがメイド服を着るだなんてやっても意味がないだろう。
そんな中、綾子が起き上がり、仲間――――じゃなくて話をしたそうにこちらを見ていた。
「だーかーらー、合コン喫茶で!」
「無論却下だ。そんなことをやって生徒会が許すわけがない」
「何を言っているんだ、三十路教師杉本 綾子。全力で生徒会を説得してみせますっ!」
「その前に私が通さないぞ」
麗と綾子による言葉が行き交う。
どちらも一歩譲らぬ展開になってきている。
だが、攻防は綾子の一言によって、進む。
「黒樹、勘違いしていないか?」
「何?」
「私は合コン喫茶だと言ったのだ。つまりだな、その合コン喫茶には彼女・彼氏がいない者達をリア充に導く為の道として、私は提供したいわけなんだ」
「何が言いたい」
「つまりだな、私は皆の恋愛も同時に叶えてやりたい。そう思っているんだよ。片想いのあの子への告白。少しもの会話で仲良くなって、文化祭デート。素敵な目的じゃないか? 私は自分の為だけではなく、皆の為にもこうして提案しているのだぞ」
「フン、つまらない嘘を……」
鬱陶しいことこの上ない、と顔で語るように溜息を吐く麗。
そんな麗に、綾子は最終手段と言わんばかりに、私を見つめた。
「せ、先生?」
「美樹、少し協力してもらうぞ」
「ちょ、先生!?」
その時、私は綾子に顎に手を添えられる。
「貴様! 遂に女に走ったか! 女同士は法律上で禁止されているんだぞ!」
「黒樹、お前がまともな事言うと寒気がするな……」
「早く美樹を離すんだ!」
「おっと、近寄るなよド貧乳黒樹」
綾子は妖艶に微笑み、麗と一定の距離を保つ。
人質は私だからか、麗は悔しそうに歯を食いしばり綾子を睨みつける。
「クッ……美樹が人質じゃなければ、今すぐにゴールドスマッシュを決めてやるのにッ!」
「そう攻撃的になるな、黒樹。私はただ条件を提示したいだけだ」
「何を要求するんだ! 金か!? 金なのか!? 三十路に入ったババァは結局金が欲しいのか!?」
「イケメンで良いっつの! ……っと、よ―――――――ッく聞け! 美人部共!」
綾子が大声を出すと、今まで我関せずだった拓夫達も綾子の方へと視線を向ける。
「合コン喫茶をやればだな、美樹とお茶会ができるのだぞ! どうだ! ここでは黒樹に邪魔されるが、皆一対一で美樹と会話する事が可能なんだぞ! 夢のようじゃないか!」
その叫びに、男全員が反応しクスリと笑う。
麗は綾子の叫びにも似た説得に、美樹と一対一でお茶会ができるという夢のようなシュチュエーションに妄想を働かせていた。その証拠に本日二度目の鼻血がダラダラと流れている。本当にイヤラシイ妄想をしてるんだろうな。
「……たまには良い事を言うじゃないか。クソ教師、いや神教師よ!」
「麗がついに誰かを神呼ばわりする日が来たんですね!」
「黒樹、これは先生からのお願いなんだ。一人でも多くのリア充を完成させようじゃないか!」
「はい! 先生!」
綾子と麗の間で変な結託が生まれた。
どうやら、その変な雰囲気に呑まれたのか、全員涙を流している。
「では、満場一致で美人部の出し物は合コン喫茶だ! 良いな!」
『はい!』
「ちょっと待ってください!」
私は一人だけ異議を申す。
「私って、店員側ですよね?」
「む、当然、お客さんだが」
「それじゃあ、私は一体何をすれば……」
「口説かれる準備くらいか。もちろん、私にな」
「勝手に決めないでください」
何だろう、また私は麗の口車に乗せられそうになっている気がした。
そんな中、牧が現れる。
「あれ? 何の会議中なんですか」
「牧先生! 聞いてください! 美人部は合コン喫茶とか得体のしれない事をやろうとしてるんですよ!? 何か言ってください!」
すると、牧は顎に手を置いて考えるようにして、笑う。
「いいんじゃないかな。どうせ、一度きりなんだしさ」
「一度きり?」
「こっちの事さ」
牧が私に二コリと笑顔を向けてきた。どうしてか、最近牧の笑顔にとことん弱くなっている気がしてならなかった。
その光景を見ていた正男達は、視線を鋭くして牧を貫いていたのだが、私達は知らないフリをする。
こうして、美人部は合コン喫茶を行う事にした。