美人部が文化祭に参加したりなんてしないっ! にっ
「さて、と」
掃除当番である私は教室の掃除を終了させて、道具をロッカーの中にしまった。同じ掃除当番のクラスメイト達も掃除用具を収納して、ゴミ捨てに行ってもらっている。
放課後、私は美人部で文化祭のお題を決めなきゃいけないんだけど、今日は一段と憂鬱だった。何せ、男の前でメイド服姿を披露しなければならないのだ。羞恥プレイ極まりない。
溜息を吐いて、美人部に行こうと決意した。
「待ってくれないか」
女性にしては低めな声。それに応じるかのように振り返ると、そこには朝霞 蕣生徒会長が立っていた。黒い長髪は、麗の髪が長かったらこんな感じなんだろうな。と思わざるを得ないぐらい可愛い生徒会長だ。ちなみに、胸の方は麗が完全敗北である。
腕組をして立っている蕣に、私は近づく。
「麗なら多分部室にいると思いますけど、何か用ですか?」
「うむ! 今回は黒樹に用事があったわけではない! 君に用があるのだ!」
「私……ですか?」
「うむ!」
なんだろう、凄く嫌な予感しかしない。こういう場合って確か美人部の皆は逃げる事を優先していそうだ。もちろん、私も美人部の仲間であり副部長である。ここは美人部の法則に則って逃げるという選択肢を選んでもいいだろう。
ニコッと効果音が出そうな笑顔を蕣に向けて、私は走りだろうとした。だが、いつの間にか、私の肩に蕣の力強い手が置かれている。
「逃がさないぞ。谷中 美樹。これは生徒会からの命令だ。一緒に来い」
「わ、私……ちょっと用事が……」
「これは生徒会長直々の命令だ。悪いが強制連行させてもらうっ!」
「ちょ、待ってください!」
私はそのまま蕣に引っ張られる形になって、生徒会室へと強制連行させられた。全く、この学校には碌な人間がいないなと思った瞬間だっだよ……。
◇
「ここでやるんですか?」
「うむ! 当然! これは私用ではなく、学校全体の為なのだ。だから、生徒会室で会議を行う。いいな!」
「は、はぁ……」
そんなわけで、私は生徒会室にやってきた。ただ、中には入っていない。外から見ても、生徒会室は歴史ある由緒正しき場所である。私が入っていいのかすら微妙なんだけど。っていうか入っちゃダメとか言ってくれないか期待していたりする。
だって、生徒会と絡んでも良い事なさそうだし。それに、蕣から色々聞かれたら困る事も多々ある。大体の問題は麗の存在だけど。
溜息を吐いた私を無視して、蕣は生徒会室の扉をスライドさせた。
「帰って来たぞ!」
「おかえり、蕣君」
ん、どこかで聞いた事のある声だ。私は生徒会室の内部を見ると、そこには牧が椅子に腰をかけていた。あれ、別に変じゃないのかな。牧って麗に生徒会室という名の豚箱にぶちこまれてたんだっけ。
「お疲れ! 美樹さん」
「お疲れなのだよ」
「あれ? 正男さんと拓夫さん?」
美人部の男子二人。いや、それだけじゃない。中には鷹詩、直弘、久光まで椅子に座っていた。という事は美人部にいるのは麗と優香と美羽だけである。もしかしたら、喧嘩してるかもしれない。
私はそんな美人部男子に吸い込まれるかのように、生徒会室に足を進める。
「じゃあ、谷中 美樹。適当な椅子に腰をかけてくれ」
「あ、はい」
生徒会室には普段いるはずの生徒会メンバーがいなくて、代わりに美人部の男子メンバー全員がいた。正直、美人部以外で男子全員が集まるのは稀である。
皆が瞳をキラキラさせて、俺の隣に来い、と訴えているのが分かった。なので、私は牧の隣に座る。
「美樹さん。僕の隣でいいんですか?」
「ええ……。牧先生なら、どんな危ない事からも守ってくれそうですし……」
「可愛いね」
「…………べ、別にそんなこと、ありません」
あれ。何でだろう。顔が赤くなってるかもしれない。
というか、なんだか心臓がドキドキ言ってる気がする。気のせいかな。
牧の顔がとってもカッコよく見えるし、頭を撫でられても不思議と嫌な気分にならない。
あ、気のせいかも?
思考をとりあえず終えて周りを見ると、男子部員達が牧の事を親の仇でも睨むかのように見ていた。怖い怖い。
そんな中、蕣が咳払いをする。
「コホンッ! と、とりあえず、今回君達に集まってもらったのは他でもない! 実は文化祭の件についてなんだが」
「はい!」
そこで、空かさず鷹詩が手を上げた。
「ドS女決定戦を文化祭三日間オールナイトでやるべきです!」
「鷹詩……帰ってきてくれ……」
まだ諦めてなかったのか。私はそう思った。ここで誰かが鷹詩を罵倒しないあたり、皆優しいのか。それともただ自分の手が汚れるのが嫌なのかだろう。
というか、鷹詩の事を罵倒するのは麗や優香の仕事だし。
久光が鷹詩の様子に溜息を深く吐いた。
「ま、まぁ……野村君。その意見はボツで」
「……つまらないクソビッチだな」
「……ふぐっ」
「え」
鷹詩は自分を罵倒してくれなかった蕣に対し、酷い事を言った。その言葉を聞いた蕣の顔を見ると、泣いてたのである。
あれ、もしかして、蕣って泣き虫!? 麗に似てるのに!?
そう思った私は、とりあえず鷹詩を睨みつけた。
「鷹詩さん、謝ってください」
「お、俺は別に……」
「謝ってください」
「俺は何もやってないッ!」
「謝ってください。豚野郎」
「ぶひッ!」
私の罵倒に満足したのか、蕣に豚語で謝る。
見ているこっちは、ぶひぶひ言ってて本当に謝っているのか微妙に見えた。
とりあえず、蕣は泣き止んで書類を取り出す。
「と、とりあえず! 今日集まってもらったのは、文化祭で頼みたい事があるからなんだ!」
「頼みたい事? それって奉仕活動みたいなものですか?」
正男が蕣に問う。ここで奉仕活動云々が出てくるあたり、正男も色々とこの前の事は反省してるのだろう。と言っても、悪を逮捕したのだから別に反省する必要もない気がする。やり方には問題があったけど。
そんな正男に目線をグイッと寄越した蕣は口を開いた。
「ええ! 頼みたい事! なんだと思います?」
「ち、近いんですけど……」
「実はですね……私、田村君の彼女に……キャーーーーっ!」
「うるっさいですね」
蕣が正男の前でうるさいので、つい私は言葉を溢す。それが意外だったのか、皆が私を珍しそうに見ていた。
「え、えーっと。谷中 美樹がお怒りのようなので、話を進めます」
「はい」
私は不機嫌風に返事をする。
「今回、学校側と生徒会側から一件の仕事――――って言うんですかね。お願いをしたいんですよ」
「お願い、ですか」
今まで黙っていた直弘が口を挟む。
「はい、毎年松総会では、ミスコンを実施するんですが、その上で今回はとびっきりのスター達が入学した事により、色々変えようと思っているんです」
「色々?」
「はい」
色々と尋ねたのは拓夫だ。
ミスコン。それは松丘総合高等学校の文化祭にて行われる、一番カッコいい人、一番可愛い人を決めるコンテストだ。確かに、今年入学した中では、私は一番可愛いと思うし、正男達も男子の中では飛びぬけている筈だ。もちろん、牧先生だって誰にも負けないくらいカッコいい。
つまり、男子はこのメンバーで争うのだろうか。確か前は同じ中学出身の五人らしいけど、そういう争いをさせたら戦えるのかな? 喧嘩とかにならないのかな? そこだけが心配だ。
「今回、そのミスコン男子部門では、田村君、野村君、荒田君、井草君、近藤君、代永先生で、来場したお客さんや文化祭を楽しんでいるクソリア充――――じゃなくて生徒に投票してもらい、一位を決めます」
「ふむ。つまり、この中で誰が一番か決めるという事なのだな」
拓夫は眼鏡をクイっと上げて微笑む。
その様子を見て、美人部男子達は戦闘モードに入った。
だが、一人だけ手を上げる。
「あれ? 代永先生何か?」
「僕は降りるよ。だって、教師が参加したらダメじゃない? それに、僕は美樹さんとデートがあるし」
「約束してませんよね」
「大丈夫です。僕と必ず文化祭デートをする事になりますから」
「…………」
牧は私に笑顔を向けた。何だか、鬱陶しいんだけど、知らんぷりする事もできない。牧は私にとって扱いにくい男性になってきたみたいだ。だって……カッコいいし、内面も……って違う違う! 私はべ、別に恋なんてしないもんっ!
チラッと蕣を見ると、何やら笑っているようだった。
「それでいいのですか? 代永 牧教諭。今回集まってもらったのは、ただミスコンの仕方を説明するだけじゃありませんよ」
「何か景品があるとでも言うのかい」
「ええ、ありますとも! それはね――――谷中 美樹さんとミスコン優勝者は、文化祭最終日にシンデレラストーリーを演じられるのです!」
蕣が嬉しそうにそう言うと、全員の目が固まる。
それはそうだ。そんなの無茶苦茶だし、たかが演劇の主役をやれるからって盛り上がるような年でもない――――。
「やります。美樹さんにとっての王子様は僕、代永 牧以外にいません!」
「ちょ、牧先生!?」
「先生、これは生徒の為の生徒による文化祭ミスコン男子部門ですよ? 先生は押さえてもらわないと困りますよ。ここはこの俺、田村 正男が!」
「正男さんまで!?」
「正男、ガラスの靴で踏んでもらうのは、この俺だ!」
「鷹詩さん、例え優勝したとしてもガラスの靴では踏みませんよ!」
「鷹詩、君の持ってるガラスのピンヒールじゃ、美樹ちゃんを喜ばせてあげられないよ。僕の持っているガラスの靴ならサイズもピッタリ合うと思うよ」
「直弘さん、役になりきってる!?」
「なるほど。これで我々のモチベーションを上げようというのか。分かりやすいな。今度こそ、俺の嫁になってもらいますよ。美樹殿!」
「拓夫さんが変になった!?」
「ミッキー。これは宣戦布告だね。ミッキー。本気で勝ちに行くからね」
「久光さんまで……」
男子全員が闘志をむき出しにして、燃え始める。まるで、サッカーのワールドカップのような盛り上がりだ。
「待ってください! まだ、ミスコンの女子部門が――――」
「谷中 美樹。君以上に可愛い人間なんて存在しない」
「それは言い過ぎかと……。それに、誰も私がやるだなんて言ってません!」
そう言うと、蕣が私に耳打ちをしてくる。
(あんまり嫌々してると、黒樹のしてる事、全部校長にバラして退学にさせた挙句、杉本教諭のした事とか色々バラしちゃうよ?)
「んぐっ……」
「シンデレラ、今やらなくて、いつやるの?」
蕣は私を脅迫した後に、ノリに乗せようとしてきた。この女、計算で生きている人間だ。麗とは違って、とてもあざとい。
だが、こうまでして脅されてしまえば私も拒否できないのだ。
奥歯を噛み締めて、私は涙目になって笑顔で叫ぶように言った。
「今でしょ!」




