美人部が閉鎖したりなんてしないっ! さんっ
――――私はこの日を境に、自宅謹慎となった。
夕暮れの校舎。窓から差し込む光が、美人部の部室である四階多目的室に照らされる。光は優しく、まるで部室にいる三人を励ましているかのように照らす。
忙しなく、美人部に置いてある備品を持っていく生徒会の人間達。皆、荷物を運びつつも、誰もそこにいる私や瑠花、雅紀の事を見ようとしない。その原因は恐らく、気の毒に思っているからなのだろう。
瑠花は俯き、呆然と床を眺めている。その隣にいる雅紀もただぼーっと備品が運ばれるのを見ている。
私ですらも、何も言えずにただ運び出される備品を目にする事しかできない。
これは、何かの罰ゲームなのか。いや、そうとしか考えられなかった。なにせ、美人部は廃部と宣言され、宣言された日に美人部の備品は没収されているのだ。
麗に何て言えばいいのだろうか。私は何も言えずに、生徒会の人達を見ていた。
きっと麗なら、廃部になる前に色々と善処したに違いない。最も、それが褒められる事ではなかったとしても、きっと部員を悲しませるような事はしなかったと思う。
何もできなかったならまだしも、私はむしろ麗の真似事をしようとして、こんな結末になってしまった。無力かつ無謀な自分が恨めしくて仕方がなかった。
「……ごめん」
自分を呪っていると、突然私の耳を虫の息のようなか細い声が通った。そちらに視線を向けると、今まで無言を貫いてきた瑠花がポツリと呟いてた。その瞳は今にも大粒の涙が零れそうになるくらい潤っていた。
もちろん、悪気がなかったとは言えないかもしれない。瑠花と雅紀が何を言われたのかは知らないが、美人部を廃部に追い込むような事を想像はしていなかった筈だ。
しかし、結果的にはこうなってしまった。謝罪は間違っていないのかもしれないが、私だって廃部に加担してしまった一人なのだ。
瑠花と雅紀を責めるのは場違いだと感じた。
「……いえ、瑠花さんだけが悪いわけじゃないと思います」
「でもッ!」
まるで自分を責めるかのように、私は呟いた。だって、瑠花だけを責めても仕方がない。そんなの当然だし、何より、私が調子に乗って白海や牧を追跡なんてしなければ、写真は撮られなかったし、怖い目に遭うこともなかった。それに多分だけれど、廃部になるだなんて事もなかったと思う。
いくら瑠花や雅紀が、白海と協力していたとしても、廃部になるのを避けられたかと言えば、そうではない。私としては、自分の行動そのものが美人部を廃部にしてしまったのだと考えていた。
こうして考えていると、私も涙が流れそうになる。
瑠花は私の腕を両手で掴む。だけど、力はない。
「あたしが、あの人に協力なんてしてなかったら……」
「……それはそうかもしれませんが、結果的に言えば、私だって余計な事をしています。どんな事を言われたのか分かりませんが、誰に瑠花さんや雅紀さん達を責める事ができるのでしょうか」
腕にすがりつくような格好になった瑠花の瞳からは、遂に大粒の涙が流れ星の如く垂れた。綺麗な宝石のような涙を目に入れると、自然と私の胸がズキっとまるで釘を打たれたかのように痛む。
きっと、瑠花は申し訳ない、と思っている筈だ。瑠花自身、そんなに強い人間じゃないし、誰かにすがっていないと生きていけないほどの弱さなのだ。彼女の心は今、使い込まれた雑巾のようにボロボロだろう。
一度流すと、次々と流れる涙。そんな彼女を支えるのが雅紀の本来の役目なのだが、今ばかりは視線を瑠花に向けていない。
好きな女の子が泣いているというのに、雅紀は視線を窓の外から移さない。
「……谷中が悪いわけじゃない。俺らが悪魔の囁きに少しでも耳を傾けたのが、この状況を招いたんだ」
「雅紀さん……」
「だから、谷中。お前は自分を責めるんじゃない」
「……私――――」
「お前も泣いてるぞ」
心が痛むのか、雅紀は苦笑いしながら私に視線を移した。
雅紀に言われ、私は自分の頬に触れると涙が流れていた事に気付いた。
瑠花と同じように、沢山の涙が溢れていた。
何で今まで、気がつかなかったんだろうか。私も泣いている事に。
人に涙を流している姿を見せるのが嫌なわけじゃない。けど、こうして泣いていたという事実が判明すると、次々と涙が溢れてくるのが手に取るように分かる。
私は無力だ。
なのに、でしゃばって、白海に歯向かおうとした。
何でこうなってしまったの?
ううん、気付いてる。
調子に乗った私が、余計な事をしてしまったからだ。
胸中で自らに問いかけると、その罪の重さがのしかかってくる。この世界では言い表せないくらいの重い何かが次々と私の身体の自由を奪う。
気が付けば、私は瑠花と一緒に屈んで、溢れかえる涙をぬぐっていた。
麗に申し訳ない。
その想いは何度も何度も、まるで誰かが呟いているかのように私の胸に響く。
「う……」
私は屈んで泣いていた。
だけど、それを慰める人はいない。
生徒会で忙しなく働く人達は誰も私に視線を送らない。
美人だって有名な私。だけど今だけは、普通の女の子なのかもしれない。
無力で、調子に乗って、余計な事をして、親友が立ちあげた部活を廃部に追い込んでしまった、何もできない見た目だけが取り柄の女の子。
笑えるのなら、笑いたい。私はバカだって。
だけど、全然笑えなくて、むしろただ泣いている事しかできなかった。
運び出される机と椅子。
優香や他の皆に何て謝ればいいんだろう。
ソファが運び出される。
麗と二人で座ったのが、今は懐かしい。
麗の私物は次々と段ボールに詰められる。
あれで、皆笑っていたよね。
今、ここには美人部の部員は三人しかいない。
そして、最も古いのは私であって、一番愚かな私なのだ。
思い出が次々と脳裏を過る。
「うわあああああああああぁぁぁぁっ!」
私は号泣した。
◆
「――――と、いうわけだ」
放課後、中谷家の壁に背を預けた教師、綾子はライダースーツを着用し、バイクのメットを片手で持ちながら、目前の御姉様に告げた。
「……なるほどね」
「おねえさま……」
私は子供の姿だからか、よく御姉様の表情が分からなかった。
けど、話の雰囲気で状況がよろしくないのは分かっていた。
ここに綾子が来たのは、報告の為だ。
その報告というのも、麗や優香が子供になってしまってからの学校の様子を定期的に見てきてもらっているのだ。
当然、私自身、美人部がどういう状況にあるのかを察していたし、子供になってしまってからの美人部が辿る末路としては二番目に最悪なシナリオを歩いていると判断した。
優香や美羽も黙って、綾子の話に耳を傾けていた。多分、子供化しているとはいえ、中身がそのまんまだから、内容はしっかりと理解できるのだろう。それは私も同じだから分かる。
「それより美樹たんは?」
「谷中なら、校長に廃部を突きつけられたせいで、美人部の私物を没収しているところを見ているんじゃないかな」
「そっか……」
声だけで、御姉様がどんな暗い顔をしたのかが手に取るように分かる。きっと心配してるのだろう。美樹は誰よりも強くて、誰よりも弱いんだ。この半年過ごしてきて、色々と分かった。強い部分は、決意したら何が何でも突き進む。弱い部分は、自分の悪いところがあれば、とことん自分を責めてしまう癖である。
ま、そんなところも可愛いので、私的には何ら問題はないし、むしろ、弱い美樹に付け込んで、あんな事やこんな事をしてしまう、なんてヤラシイ考えがないわけでもない。
帰ってきたら、多分、二度目のキスができるかもしれない。いかんせん、身体が幼児なのが問題だが。
それ以前に、私もそろそろ動かなくてはならない。
「おねえさま、みきは、いつかえってきます?」
「分からないよ、麗ちゃんも心配なの?」
「もちろんです。わたしが、なぐさめるんです」
「そっか、でも、そういうのは家族の特権だから、麗ちゃんは大人しくしててね!」
「いや……」
何故か、明るく笑う御姉様。きっと、いじけている美樹にあんな事や、こんな事をしでかすに決まっている。だが、相手は御姉様なので、余計な事をしてしまえば、美樹に近づく事すらできなくなりそうな怖さすらある。
私の中で、一番怖い人物、美樹の御姉様はランキングをぶっちぎりで一位である。
「ま、それは冗談として、美樹たんに内緒で何かするの? 例えば、元気出して! とか言いながら鍋パーティーとか、美樹たんを食いものにしよう! とか」
「それが、じょうだんじゃないなら、おねえさまは、そうとうわるいでるね」
「冗談冗談! やだなぁ!」
「……それはそれとして、しょうしょう、ぱそこんをかりてもいいでしょうか」
パソコンを借りて、私はそろそろ動こうと決意していた。
何せ、相手が相手である。過去の私の詰めが甘かったせいで、初恋(多分)の相手を傷つけられたのだ。これはもう万死に値する。当然、私に御姉様のような権力はないので、元に戻った際のシナリオを決めるところから始めるのだ。
理系最強が御姉様だとしたら、文系最強は、この私。黒樹 麗だ。
御姉様は微笑み、私の小さな肩に手を置いた。
「どうやら、今回は色々な権力によってあたしも妨害されてるの。麗ちゃんの力を信じてもいいかな」
御姉様は優しく微笑むが、少し違う。これは私を信用している証だ。
私は力強く頷き、御姉様の瞳を真剣に見詰めた。
「はい! おねえさま!」
約束した私と御姉様。その姿を見ていた、綾子、美羽、優香も立ち上がる。
「なら、先生にも協力させてくれ、黒樹」
「とうぜんだ! げぼくには、はたらいてもわなくてはならいしな!」
「おねえちゃんだけを、むりさせるわけにはいかないよね!」
「そうだ! みきは、みんなのたからだ!」
「とうぜん! みきちゃんを、いじめたやつには、てんばつをあたえましょ!」
「うちおんな、おまえも、たまには、いいことをいうんだな」
私達は、小さな手三つと大人の手二つを重ねた。
そして、御姉様は力強く叫んだ。
「美樹たんをいじめた奴を――――――」
幼女の声と女性の声が一斉に響いた。
『ぶっ飛ばす!』
中谷家では、遂に麗が動き出した。




