私が神様を探したりなんてしないっ! にっ
麗や優香、美人部のメンバーが幼児化に伴い、無断欠席状態になってから三日が経過。
自宅にいる麗や優香、美羽などが母という幼児好きの魔王に手なづけられている頃。私は今日も学校に足を運ばなければいけなかった。
元から、私はリア嬢王とまで呼ばれていたせいもあり、クラスで孤立する事はない。というか、小判鮫のように纏わりつく麗が不在だからか、男女問わず私に執拗に絡んでくる生徒が多かった。
さらに言えば、それは生徒だけに限った話ではなく、教師陣にも影響は及んでいた。
午前中の授業が終了した私のクラスに、一人の教師が近づいてきた。
「谷中さん、僕と一緒に食事をしませんか?」
私の座席前で片手を着きながら微笑む、教師の代永 牧。途轍もないほどのイケメンであり、私と唯一釣り合うであろう男子である。ちなみに言えば、彼は私にプロポーズを仕掛けてきた張本人だが、生徒と教師間の恋愛は社会的な問題がある為、断らせてもらった。
第一、好みでもないし。
朝露が日光に浴びたかのようなキラキラとしたエフェクトを纏う牧。
私は笑顔で返す。
「今日はご遠慮します」
「ふふ、そう言うと思っていたよ。だが、君は重要な勘違いをしている」
「何をどう勘違いのしようがあるんでしょうか」
「お昼だけじゃなく、夜のお誘いも兼ねているんだが」
「尚更お断りします」
笑顔で返すも、動じない牧。
実際、一昨日から牧のアプローチは続いていた。
しかも、クラスメイト達がいる前で平然とやってのけるのだ。それに対して、さすがに担任の綾子も頭を悩ませていたが、最近では手の付けようがないらしく、放置プレイされていた。
麗に話せば、一発でバシンバシンハンマーの餌食となるだろう。
「そんな堅い事言わないでさ、たまには肩の力も抜こうよ。堅い事ばっかり言ってると、凝ってる肩がさらに凝ってしまうぞ」
「軽いセクハラですね」
「おや、君を眺めていたら、僕の方まで堅く――――」
いや、生徒を相手にセクハラしないでください。
ジト目で睨もうとしたら、突然私の前に二人の女子が割って入ってきた。
「代永先生。職員室に電話がかかってきてますよ」
「電話? 沢渡さん。すまないが、僕は人生で滅多にないチャンスを今掴もうとしているんだ。客人には、僕の邪魔をするなと言っておいてくれ」
「あのー、生徒も相談があるそうですけど……」
「立花さん、君からその人に伝えておいてほしい。僕は今、どうしても外せない用事があるんだ。後にしてくれと言っておいてくれ」
私の友人、沢渡さんと立花さんを前に、教師である事すら忘れてしまっている様子の牧。そこまで私と昼食を摂りたいのだろうか。
頑張って牧を追い払おうとしている沢渡さんと立花さんに免じて、私は席を立ち上がる。
「代永先生、私。今日は沢渡さんと立花さんと食事を摂る約束をしているので、また今度にしてください」
「え、いや、僕と夜の約束は――」
「後、私は職務をサボる人は最低だと思います。代永先生は、サボるなんて事しないですよね?」
「え、う、あ、えーっと……。あ、あははは! この僕が? サボる? これから、電話を折り返して、生徒の相談を親身になって聞こうと思っていたんだよ! ぼ、僕が職務をサボるなんてあり得ないだろう!?」
「そうですね。代永先生はキチンと仕事のできる人ですからね」
「そ、そうさ! あ、あはははは、あはははは……」
「では、沢渡さん、立花さん。行きましょうか」
「え、あ、うん」
「うん!」
そんなわけで、私は牧を撃退する事に成功した。
あの手、この手を駆使すれば、別に牧を押しのけるのは余裕だ。
沢渡さんと立花さんは、私の両隣に並び歩く。
「それにしても、谷中さん凄いね!」
「何がですか?」
「牧先生だよ! 牧先生ってルックスも頭も財力も全てを持ってる人じゃん! そんな人を落とそうと思っても、中々できる人なんていないよ!」
「……故意に落そうと思ったわけじゃないんですけど……」
「狙ってないのは、更に凄いと思うよ! あたしなんてさ、この前彼氏にフラれちゃってさ……」
表情を暗くさせる沢渡さん。
短めのポニーテールを揺らす沢渡さんに彼氏がいたのは初耳だった。
しかし、夏休みというスパンがあったのだから、彼氏の一人や二人いても変ではない。ましてや、私達は華の女子高生だ。
そんな中、立花さんが沢渡さんの背中をさすった。
「良いんだよ、あんな男。逆に別れられてせいせいしたじゃない」
「た、確かにさ、遊び人だし、連絡はマメじゃないし、すぐに別れようって言ってきたりしたけど、一緒にいる時は優しかったし……」
「優しいだけじゃ、世の中ダメなのよ。それに引っ掛かるようじゃ、あんたは一生ダメンズに引っ掛かる女よ」
「そ、そんなぁ……立花はどうなの?」
「別に、私は彼氏欲しいとか思った事ないし。逆にその個人に時間を割り当てるのが嫌っていう感情の方が強い」
「立花は強いなぁ……」
二人の恋愛トークに私は呆然としてしまった。
「そういえば、谷中さんは好きな人とかいないの?」
「バカね、谷中さんと釣り合うのはハリウッドセレブくらいよ。そういう人、いないでしょ?」
「え、えーっと……」
好きな人、か。
私は考えてしまった。
今は、いないという答えが正しいのだろう。
というか、ハリウッドセレブとしか釣り合わないとか、どこかで聞いたセリフだ。
「今はいないですよ」
「ほらみなさい。アンタとは違うのよ」
「そうだよね、だって天下のリア嬢王だもんね」
「ひ、久しぶりに聞きましたよ、そのワード」
「まぁまぁ、でも、一部の男子の話だと、谷中さんは黒樹さんと付き合ってるという噂が流れてるんだけど、本当なの?」
思わず、吹きそうになってしまった。
どこ情報なのだろうか。虱潰しにしてしまってもいいだろうか。
「谷中さん?」
「え、図星?」
「ま、ままままさか! 私はちゃんと男の人が好きですよ!」
「そうだよ、立花、あんまり谷中さん虐めちゃダメだよ?」
立花さんは一度、顎に手を置いて生唾を飲み込み、至極真剣な顔をした。
「……いや、逆に異性からモテ過ぎるあまり、男性に興味がなくなって、女子に走った、とか……」
「ないです!」
「でも、良く黒樹さんとかと一緒にいるじゃない?」
「麗はただの友人です」
「噂では、登校時にお互いの家から出てくる二人を見たという人達が……」
「泊まってただけです!」
「……これは、今夜中に事件の裏側を取り調べなくては……」
「ちょ、立花さん!?」
立花さんは人差し指を突き立てて、笑顔で言った。
「そういうわけで、今日は三人でカラオケに行こう」
「良いね! 谷中さんも、あたし達とたまには遊ぼうよ!」
「え、あ。はい……」
なんという流れの速さ。
これが本当の女子高生の姿なのだろうか。
色々と残念魔人達に毒されていたから、ついて行けないのか、それとも沢渡さんと立花さんが異常なのか、私には分からなかった。
◇
「い、いらっしゃいませ! ご、ご利用時間はいかがなさいますか?」
学校帰りの駅前広場のカラオケ店。
結局、昼休みの談話は冗談ではなく、本気だった模様。
沢渡さんと立花さんに半ば拉致られた私は、待合場にて待機していた。
「ご利用時間は……?」
「女子高生の時間を売ってやるんだ、フリーにしときな」
「あ、は、はい……」
「立花さん? その言い方は……」
「あと、監視カメラつけてたら、アンタの目玉をくりぬくぞ」
「……立花さんっていつも、あんな感じでしたっけ?」
「最近、お笑いを研究してるみたいだよ」
「は、はぁ……」
何だろう、この誰かを匂わせる感じ。
あ、私の親友に似てるんだ。言い方が。いや、逆にリスペクトしてるのだろうか。知り合った当初よりも、なんだか麗のようにミステリアスかつドSな空気を醸し出している気がする。
麗のカリスマ性、恐るべし。
「お、お飲み物は……」
「だから、フリーだと言っているだろう。使えない店員だ」
「す、すいません!」
……リスペクトし過ぎも、どうなのだろうか。
カラオケの部屋は至って普通の、最大十人が収容できるくらいの個室だ。
マイク二本、デンモクという曲を転送する機械に伝票。
久しぶりにカラオケに来た気がする。というのも、麗に美人部に強制加入させられた頃から、部室で話す事が多かったから、外で遊ぶような事は滅多にしていなかった。
それに、麗に絡まれるまでは、私はクラスの女の子達とも結構遊んでた。だから、久しく感じるのだろう。
「じゃあ、谷中さんから行こうか!」
「え、わ、私ですか……?」
「そうそう! だって、久しぶりじゃん? あたし谷中さんの歌、好きなんだよね!」
「は、はぁ……」
チラっと立花さんを見ると、ニヤついている。その手元には携帯電話。
間違いない。今、確信した。立花さんは麗の信者であると共に、麗の忠実なるしもべだ。
セットされた曲は、幅広い年齢層の女性に支持されているアーティストの楽曲。
入学当初は、よく歌っていたのを覚えてくれていたのだろう。
そういう些細な気遣いが私は嬉しくなって、気持ちよく歌ってしまった。
曲が終了し、立花さんも沢渡さんも、瞳を潤わせていた。
「花粉……ですか?」
「花粉なわけないでしょ!? ……谷中さんの歌、更に上手くなってて、しかもこう、歌詞が心にズキューンッ! って感じで……、ねぇ? 立花?」
「……うん、これは、私の主も満足してくれるに違いない」
「ボイスレコーダーは没収しますからね、立花さん」
一曲が終了し、気合の入った立花さんと沢渡さんは、ドンドン曲を入れて行き、すぐに画面いっぱいとなってしまった。
元々、歌うのを恥らう私にとって、カラオケという空間は好きな部類には入らないのだ。
そんな感じで、飲み物が空になったので、ジュースを取りに行った。
フリードリンクなので、ドリンクバーにてボタン一つでジュースをコップに入れるだけの単純作業だ。
部屋に戻ると、あら不思議。二人だった筈の空間に新たに、男二人が混じっていた。
「君、歌上手いねぇ。俺とデュエットしようよ!」
「ほらほら、次歌わないと時間なくなっちゃうよ?」
金髪の男二人。
どうやら、立花さんと沢渡さんはナンパされているようだ。
「や、谷中さん……」
「逃げなさい」
沢渡さんが涙目になり、立花さんは強気な口調で言った。
しかし、私はあえて、男二人の前に立った。
男は私の事を視界に入れると、全力で立ちあがった。
「やべ! 超可愛い! 君、俺とこれから――――」
瞬間、ドゴッという鈍い音が男の頬を捉える。
「え?」
「あなた達、女子高生の時間は高いんですよ?」
「はぁ? 何言ってんだよ! つか女が男に敵うわけねぇだろ!」
「ふふ、じゃあ、お仲間さん一人の状況はどうなんでしょうか?」
白目で、口から泡を吹いている状態。
つまり、気絶。
裏拳で一人の男を仕留めた私に、食ってかかるもう一人のナンパ。
しかし、仲間の状況を見て、一瞬で青ざめるが、すぐに赤みが戻ってくる。
「こうなったりゃ、力づくだ! 大人しく服を脱がされな!」
「谷中さん!」
「逃げてって言ってるでしょ!」
襲いかかってくる男。
舌を出し、まるでゾンビのように汚く、これから女子高生を犯そうとしている者であるからか、酷く顔がだらしない。
私は身体を一回転させる。
そして。
「えいっ」
「ごふっ!?」
私の足先は、男の股間部分にクリティカルヒットした。




