私が神様を探したりなんてしないっ! いちっ
夏の残暑も抜け、少々の肌寒さが襲う九月下旬。
寒さを含んだ風が木陰を揺らし、季節の変わり目を私は感じた。
目の前にいるのは、かつて私が使用していた肉体。いや、性別というべきか。
数ヶ月前まで見ていた自分の姿を見据えながら、私は足を休ませた。
「……で、俺が何かしたんじゃないかって疑いに来たってわけか?」
今までの顛末を洗いざらい話した私は、明らかに疑ってますよーっていう意味を込めた視線を放っていた。
昨日瑠花と雅紀が神社の集まる土地にいたのを、怪訝に思っていたのだ。彼女達が神様を信じるかどうかは、分からない。それは本人にしか分からないだろう。
ただ、最後の言葉が妙に気になったのだ。
最後のチャンスかもしれない。
大船 瑠花という人物は、何かに執着するような性格ではない。夢も曖昧であれば、彼女自身の中にある曲げたくないような意志もない。ただ一つを除いて。
たった一つ。好きな人を想うという点以外では。
幹は胡坐をかき、頬杖をつきながら私の事を半目で睨むように呆れていた。
「別に私はあなたが何かしたんじゃないかと思って、わざわざ来たわけじゃないです」
「当たり前だ。俺はお前に干渉したりしない、できるだけな。……ただ、監視めいた事はするが」
「聞捨てなりませんね。こんな美少女の監視なんて褒められた行為じゃないですよ?」
「おいおい、冗談は存在だけにしてくれよ。まぁ、美少女なのは認めるけどな」
からかうように笑った私に対し、男とは思えない返し方をする幹。それも当然で、彼が私にとっての本当の姉妹みたいなものなのだから。
「まぁ、話はここまでにしておいて。本当は白海 麗香について聞きに来たんだろう?」
「分かってるなら、なんとかしてくださいよ」
「実際、さっきも言ったように、俺はお前を監視しなければならない。その最中でお前の友人の姿がああなった事を知った」
「なら、話は早いじゃないですか」
「うーん……」
頬杖をつくのをやめた幹は、腕組をしながら瞼を閉じて、考えこむ。
私達人間にも社会があるように、神様にも社会があるのだろうか。色々な疑問があるけれど、やはり全てを解決するのには彼の力が必要である。
相手が神様である以上、私達人間だと到底敵わない。それどころか、返り打ちにあって最悪死ぬ可能性すらもある。
ようやく考える事を止めた幹は、眼光を真っ直ぐ私に飛ばす。
「……これは断定できる事じゃないんだが……」
「何ですか、勿体ぶって」
「……十中八九、神の仕業だな!」
「断定しきってるようなものですけど大丈夫ですか?」
「いや、本当に子供に戻るなんて神の所業としか思えない。逆に、子供に戻るなんて現象が自然に起きたとしたら、それはそれであの黒髪とか、薄氷色のチビとか可哀相としか言いようがない。胸とか胸とか胸とか」
「……」
確かに、麗と美羽が自然的に子供になったとしたら、一生ナイスバディーになる夢は叶わないだろう。それどころか、巨乳を憎み、いつしか私を怨むような事になるのもあり得る。
美羽は分からないが、麗に関して言えば友情を越えて危ない一線を越えそうだから、憎まれる心配はないだろう。
「神の仕業って言うと、色々思い浮かぶ事もありますけど、基本的にはそんな事できる神様っているんですか?」
「ああ、いるぞ。だって、女を男にしたり、男を女にしたりできる奴もいるんだからな」
偉そうに胸を張る幹。きっと、自分が凄い神様だと私に威張り散らしたいのだろう。
確かに、考えてもみれば、そういう人の力では到底不可能な事をしてみせる神もいるのだ。子供にするなんて、性別を変える事に比べたら、まさに赤子の手を捻る行為と言えよう。
幹は重い腰を持ち上げて、私の隣にやってきた。
「まぁ、近日中に神の会議がある。今回の件に関しては、そこで報告させてもらうよ」
「報告だけじゃ動かないんじゃないんですか?」
「良く知ってるな。神も人間もそこら辺は一緒か」
税金泥棒の警察のように、神様の間柄でも、そういった事は人間社会と変わらないようだ。元々人間の生活のモデルが神の私生活とでも言えるのかもしれない。
「もし、できることなら、麗達を子供にした神を探してください」
「おいおい、探すって一体どうやって探すっていうんだよ」
「そこは、私の御姉様の力で」
「俺は男だっつの」
「今は、ですよね」
「はぁ……とっつきにくい妹だ」
文句を言う幹に軽く笑って見せると、幹は頭を抱えて悩む。
そういう姿を見ていると、神にもできない事があるんだな、と思う。
「……それより、お前」
「はい?」
幹はさっきのような、ふざけた雰囲気はなく、真面目な表情をしている。
「何でしょうか?」
「決めたのか?」
「だから、何をですか?」
「この先、男として生きていくのか、女として生きていくのか」
「……」
男として生きていく?
女として生きていく?
恐らく、これから恋愛をして、結婚をして、生涯をどうやって過ごすのかを、幹は私に問いただしているのだろう。
しかし、私の答えは決まっている。
「私は私。ありのままで生きて行きます」
「……そうか。強いな、お前は」
「そうですかね?」
ニヤっと笑ってみせると、真面目な表情は溶け、幹も軽く笑う。
私がどの性別で生きて行こうと、私は私だ。
谷中 美樹だ。
◇
幹と話した帰り、瑠花と雅紀が足を運んでいた神社にやってきた。
閑散とした神社から、目が惹かれるような神社。多くの神が住んでいるのだろう、私としては、目に見える神が近くにいるから、昨今では神が本当にありがたい存在なのか、疑問であった。
しかし、やはり人間だからか。こういう土地に来てしまえば、不思議とお祈りをして帰りたくなるのだ。
夕闇に照らされた多くの古き建物。
その中で、私は自分の目が惹かれた場所に足を進めた。
名前は正剛神社。
相性はどちらかというと、正男の方が合いそうである。
しかし、こういう場所では自分の勘を頼りにお参りする場所を探した方がいいのだ。まぁ持論だけど。
社を潜り、石畳の上を歩く。
僧職の人間がいないのか、はたまた仕事をさぼっているのか、正剛神社は枯れ葉まみれの古臭い神社だった。本堂には蔓が侵入し、屋根は蔓に囲まれ、ジャングルのようであった。
だが、不思議と完璧美少女の私は嫌じゃなかった。
また持論ではあるが、新しい神社というのは比較的私は信用しない。けれども古い神社は、長く存在している為、それだけ歴史があるという事なのだ。
もちろん、幹の神社も古い。
この古さが私の肌には合うのだ。
お賽銭を入れて、鈴を鳴らし、一礼二拍手一礼。
願う事は何がいいだろうか。
考えながら、瞳を閉じる。
『美樹さん』
その声に私はすぐ背後を振り向く。
しかし、声の主はいない。
周囲に視線を巡らせても、人の気配はなかった。
私の耳に、微かに誰かの声が響いたのだ。
それは懐かしくて、暖かくて、今はもういない人の声――――。
その日の晩。
私は珍しく、兄のサークル事務所に足を運んだ。
秋葉原に降りると、何故かいつもより目線を貰った気がしたけど、気のせいかもしれない。
兄の事務所への扉を開けようとすると、不吉な声が聞こえた。
「ぼ、ぼくのやおいあなは……たくおの、たくおのためにあるの!」
「ふん、そういっているなおひろのからだは、こんなにもしょうじきだぞ?」
「ち、ちがうの! ぼ、ぼくのからだは……」
「いまはやりの、つんでれってやつかい? かわいいな、おれが、やさしくたべてやるよ」
「ら、らめえええぇぇぇ!」
私は扉を壊す勢いで叩き開けた。
「あれ? 美樹たん、珍しいね」
「あ、妹さんだ!」
集まってくる輩共に私は、目を細くしてキッと睨みつける。
その威圧に驚いたのか、兄の友人・サークル関係の人間が、肩をピクっと上げてる。中には腰を抜かす者までいた。
兄は、震える口調で言った。
「め、メデューサ……」
「……この際、メデューサでも何でも構いません。……ですが、それは何ですか?」
兄の背後には、五歳児の拓夫、正男、直弘が台本らしき冊子を握って、マイクに息を吹き込んでいる。そう、まるで何かの収録のようだ。
私は許せなかった。兄が正男達を実家にいたら邪魔だというので、信用して預けてみれば、裏ではBLドラマCDの声をやらせていたのだ。
それはもう、私の怒りは沸点を軽く超越した。
「お兄さん……」
「ち、違うんだ! ち、違うんです!」
「何が、どう、違うん、ですかッ!」
「こ、こここ、ここで、あ、ああ、暴れるなぁ!」
「問答無用ッ!」
「ひぃ!?」
その日。
サークル長の兄は、妹に頭が上がらないという弱点が公表された。
結果的に言うと、正男や直弘、拓夫が兄の仕事を見て、興味を持ったらしく、何か手伝える事はないか、と聞いた所、ドラマCDをやらされていたのだ。
だが、いくら正男達とはいえ、五歳児にやらせる内容ではない。
それに、やおいあなって何だろうか。
結局、実家に帰っても兄は、ボコボコにした。
久しぶりに運動したせいもあってか、兄をサンドバックにするのは良いものだと気付いた。




