部員達が大人になったりなんてしないっ! さんっ
岸本 雅紀と大船 瑠花。かつて、岸本 雅紀は私の恋を熱心に応援してくれていた一人の先輩。ルックス面に関しては、私と唯一釣り合えるか、ギリギリ釣り合わないかくらいのレベルのイケメン。だが、彼女は未だかつていない。その理由は恋愛に対してはかなりの奥手であり、尚且つ、十何年間もずっと片想いをしている相手がいる。
大船 瑠花は、私と夏に元彼氏を巡って争った人間。同じく、先輩ではあるが、年齢は私の一つ上、つまり雅紀の一個下である。特に際立って可愛いとかないが、幼馴染としては途轍もなく可愛い部類に入るのだろう。
その二人は、夏に私と元彼氏とのデートを邪魔したり、妨害を加えたりと中々の障害っぷりを発揮させた。といっても、雅紀は前述通り、助けてくれた事の方が多い。
さて、その二人が現在歩いているのは、神社が周辺に数多くある地帯。都内から一時間かけて、この壮大な緑の地にやってきた。風が吹くたびに、揺れる枯れ葉達は、残暑を取り除くように私達から体温を奪って行く。
もうすぐ、セーターを着用した方がいいかもしれない、と考えながら、夕暮れに染まった神社が集まるこの大地を眺めていた。もちろん、最低限雅紀と瑠花を見失わないように、だが。
やがて、二人の足取りは重くなっていき、徐々に歩行速度は落ちて行く。何が、そこまで二人の気持ちを落としていくのか、明確ではない。さらに言うのならば、私が彼女達を追っているのは、美人部の大半が子供になってしまったというのに、彼女達だけが子供化していないという事実が謎であった。
尾行中に、もしかしたら麗達も戻っているかもしれないと感じて、自宅に電話しても相変わらず、麗達は子供のままだという。関係ない話だけど、子供の麗の声は異常なほど可愛い。
二人の歩行速度はやがて、完全に止まった。
「……どうした瑠花?」
雅紀が踵を返して、瑠花の顔色を伺う。その様子はまるで、喧嘩した恋人のようであったが、二人が付き合っているとかは絶対にない、と思う。
夏に私は知ったのだが、今は亡くなっているが、雅史と瑠花と雅紀を取り巻く三角関係は少々こじれている。雅史は私の事が大好きで、瑠花は雅史の事がずっと大好きで、雅紀は瑠花の事がずっと大好きで。
そんな中に私が現れ、関係を崩壊させるように、雅史と付き合った。交際した私達には、当然災難が降りかかる。それは、雅史の病気が余命何週間というレベルだった事。更に、残りの命を一緒に過ごしたいと思う瑠花。もちろん、私もそうであった。
雅史ともっと一緒にいたかった。今でも、それはやっぱり変わらない。どんなに可愛いとか美しいとか好きとか愛してるとか言われても、私の心には響かない。雅史がくれた笑顔一つだけで、私は世界中が薔薇色に見えた。
だが、もう彼はいない。それは仕方のない事であって、最期は私に手紙をくれた。本当に大好きだったと伝わる手紙だった。
いつの間にか、思い出していたら、涙が垂れてしまった。
――――ああ、やっぱり完治はしてない、か。
私は涙を袖で拭いて、感傷に浸るのは止めよう、と考えた。
数秒間黙りこんでいた瑠花が、雅紀に向かって口を開いた。
「……あたしさ、性格悪いよね……」
「……」
その言葉は突然呟かれた。まるで私の脳内を覗いているんじゃないかと言いたくなるほどに。瑠花は身体をクネクネと曲げながら、雅紀に上目使いをする。
確かに、性格は悪くないとは言えない。けれども、夏に実行した事ならば、乙女として許されるのではないだろうか。私がもし逆の立場であったとしても、恐らく同じような事をしていたと思う。
乙女を怒らしてはいけない。
雅紀は、瑠花の言葉に微笑んだ。
「そんな事ないよ。瑠花が性格悪かったら、俺なんてもっと悪いと思うし」
「で、でも雅紀はいっつも、あたしの言う事聞いてくれるじゃん! ……申し訳ないよ……」
「……大丈夫だよ、瑠花。俺にとっては瑠花の言う事を聞くのが、今までもこれからも使命みたいなものだから」
色っぽく笑う雅紀。その瞳は優しさに包まれていながらも、その奥の切なさは私は知っている。この先輩達も中々すれ違いな恋をしているなと感じさせる。瑠花はきっと雅紀からの想いに気付いていない。気付かないフリをしている素振りは見えないし、きっと本当に分からないのだろう。それだけ、雅史に執着していた、という事実でもある。
それよりも、切ないのは雅紀である。今の言葉なら、私が瑠花だったのなら、完全に勘違いする。というか、もう好きって言ってるようなものだ。
だが、瑠花は小さく微笑んで言った。
「……ありがとっ。雅紀は本当に優しいね」
「――――俺はっ!」
いつもと同じではない二人の間。だが、雅紀が何かを言おうとしたところで、風が吹き、何も聞こえなくなってしまう。
二人はそのまま歩きだし、何事もなかったかのように進んだ。
どれくらい後をつけたのだろうか。空は完全な闇に染まり、瑠花と雅紀の間にもあれ以来会話はない。二人とも何かを思いつめた表情で、ただ無言を貫いて歩いているだけである。
街灯の明かりが心もとない範囲で照らされていた。時間的にも遅いのだが、今二人を見逃してしまえば、恐らく後悔する事になるだろう。
少々入り組んだ路地に当たり、瑠花達は細々とした道を抜けて行く。もしかして、私が二人の後を追ってるのがバレたのかと思ったが、そうでもない。二人は依然として先を行く。
だが、何者かの手が私の肩に触れた。
その存在に驚き、振り返ると、そこには金髪でチャラそうな男が二人いた。両方とも同じ髪色をしているが、一人は坊主だった。さらに肌の色は共通して焦げていた。田舎者丸出しであった。
その二人はニコニコと笑いながら、私に言った。
「もしかしてさ、迷っちゃった?」
「……」
「大丈夫だよ、俺達が送ってって、あ・げ・る!」
「……」
すぐに私は腕を振り払い、男達を無視して瑠花と雅紀の後を追う。二人の姿は小さくなっていったが、私の視力の範疇には未だ留まっている。この距離ならば、逃しはしないと安心した。
だが、無視された男達はすぐに私と尾行対象の二人との距離を阻み、まるで私の行く道を遮るように現れた。
鬱陶しさ極まりないこの二人に、私は再エンカウントしてしまった。
「無視とかマジ辛いっしょ! ダメだよ!」
「……邪魔なので、退いてもらいたいんですが」
「えー、つれない事言わないでよー。俺らと楽しく遊ぼうぜ? 最近、こっちだって色々あって疲れてるんだからさ!」
「色々と言われても、私には関係ないのでどうでもいいんですけど」
ナンパしてきた田舎者二人は、ゲッソリとした顔をしている。心身共に疲れているというのは、恐らく本当だろう。だが、私としては、二人共ただ疲れている様子ではなさそう。つまり、誰かに使われ、さらに言えば、罵倒などのような汚い言葉も浴びせられているのだろう。
ホント、同情はするけれど、ナンパされるつもりはない。ましてや、私の邪魔をするような連中となんて、一緒にいる時間すら惜しい。
「こんな辺境にいても、暇でしょ! だから、俺らと楽しく遊ぼうぜ!」
「つまんなかったら帰っていいからさ!」
ニコヤカに私の肩を組む男共。私の心の中にある怒りゲージがすぐに上昇を始め、頭から煙が出るかの如く、熱くなる。
金髪坊主の腕を私は掴んだ。
「あれ? 楽しむ気になった!?」
ナンパ成功したとでも思ったのだろう。だが、私はそこまで安くないし、なんならナンパに引っ掛かるような弱者でもない。そもそも、私は信頼している人とじゃないと遊ぶつもりもない。
今まで培ってきた女子力的な攻撃力を見せるときが来たのだ。坊主の筋肉質の腕を握り締めると、血管が圧縮され浮き出る。痛さよりも、美少女に腕を握られている事に驚いたのだろう、坊主は眼を見開いている。
「――――ッ!」
「あなた達のような人に私は引っ掛かりませんよ?」
「い、痛い痛い痛いタイタイタイタイタイタイッ!」
「ちょッ! やめッ!」
金色の坊主の腕を離すと、今度はもう一人の方が私の身体を拘束しようとする。
私の腕を掴もうとした金髪男。その腕をすぐに捕え、坊主と正面衝突させた。
そうすることによって、ナンパ男二人は尻もちを着いて、私の事を見上げる。
「……まだやりますか?」
「「い、いえ……」」
さすがに驚いただろう。私ほど可愛い者が強いのだから。
表情はまるで冷凍庫に半日閉じ込められていたかのように震えている。よほど、私が怖かったと見える。だが、私は容赦はしない主義だ。それが例え、友人であったのなら、まだ考慮はするが、ナンパしてくるような軽薄な人間は嫌いなのだ。
携帯のように震えた二人は、まるで幽霊を見たかのように私から逃げ出し、その姿をすぐに私の視界から消した。
そして、私の視界からも瑠花と雅紀の姿は消えた。
◇
「遅かったわね」
夜21時。帰宅にはだいぶ時間がかかった。
あれから、瑠花と雅紀の姿は完全に見失い、諦めるしかなかった。あのナンパ男達がいなければ、絶対に二人を見逃すハメにはならなかった筈である。
そうして帰って来たのだが、自宅のリビングに兄と正男達の姿がない。これは一体どういう事なのだろうか。
「あのーお姉さん」
「ん? 美樹たんどうかした?」
「正男さん達は……」
「ああ、満が自宅には寝泊まりさせるのは危険だと判断して、サークルのビルに連れて行ったよ」
「え」
まさかの兄による正男達が拉致られる。
何が危険なのかは全然分からないけど、兄がそう判断したのなら、そういう事にしておこう。何しろ、私も疲れたのだ。
制服から私服に着替えて、はやいとこ、食事も済ましてしまおうと考えて、自室の扉を開けた。
「……何してるんですか?」
「み、みきちゃん……あ、あたちはなにも……」
「み、みき!?」
二人の幼女が私のベットに入って、仲良く下着で遊んでいる。
私は足音を殺すようにして近づいた。
「ひ、ひぃっ!?」
「ち、ちがうんだ! こ、これはうちおんなが!?」
まるで、巨人を見るかのような二人。
しかし、私の疲れは極限にまで達している。
そして、私は二人の身体を抱きしめた。
「可愛ッ!」
結局、この日。二人は私の下着を調べていたのだと言うが、疲れきっていた私にとっては、子供の悪戯程度にしか思えなかった。だが、姉は気に入らなかったようで、昨日に引き続き、今日も機嫌が悪かった。
おかげで、父の目尻には涙が浮かんでいた。