部員達が大人になったりなんてしないっ! にっ
夕食時。
我が中谷家には、父や母。そして、姉や兄も集結し、リビングにて六人がけのダイニングテーブルに、作戦会議のような重苦しい空気が漂っていた。まるで、誰かが死地に赴く感じの重さであり、新聞をいつも読んでいる父でさえ、今日は新聞ではなく、真面目に話を聞いている。
兄は、お昼に子供化した麗達を見て、あまり問題を深刻な顔をして受け止めている様子は完全になさそうである。いや、正直に言ったら、兄の顔は蜂の大群に刺されまくったかのような腫れのせいで、真面目に考えてるようには見えないだけなのかもしれない。それも全て、私のお気に入りであったパンツを兄が隠し持っていたから、仕方のない事だけど。
帰ってきて早々、疲れた顔を一瞬でも見せない姉。しかし、彼女の表情は一言で表すのなら、不機嫌。なんせ、父と母よりも先に帰ってきていたのは、私と兄の二人。麗達がいくら寝ているとはいえ、二人っきりなのが途轍もなく面白くない様子。先ほどから、頬杖をつきながら兄の事を、笑顔で見つめている。兄も、姉が怒っているのが分かっているのであろう、顔からは尋常じゃないほどの汗が垂れ流れ始めていた。
さて、問題の母は、私が学校を自己欠席し、家にいる事については、全くと言っていいほど怒っていなかった。麗達の事を全て話し終えた今、母は私の事よりも、子供化した皆の事が心配な様子。どうやら、私と同じで母性本能が強いようで、『皆はどこにいるのかしら?』とか『ちゃんとお昼ご飯食べたのかしら?』などなど、母は無意識ではあるが、子供好きを全面に押し出していた。
仕事から帰ってきて、わけのわからない様子に晒されてしまった娘の友人の話を聞かされた父が、この重苦しい空気に一言呟いた。
「美樹。お前が頼んだんじゃないのか?」
「そんな事しません」
「だが、お前は前から子供が大好きだったよな?」
「ええ。それは認めます」
「幼稚園の頃から、お前はいろんな子の尻を追いかけてたもんな」
「別の意味にも聞こえるんですが」
父は牟子を輝かせて、私の事を瞬きせずに半目で見つめた。その眼光からは、『お前が願ったんなら、お前が世話をしろ』と言っているようで、責任逃れをしようとしている父の脛を蹴りたくなった。
だが、そこで異論を唱える者がいた。
「異議あり!」
「なんだ美鈴」
「美樹たんは、ずっと誰かの尻を追いかけていると言いたいのかな? 父さん」
「……そうだ」
「ふざけるなクソ親父。あんまり、美樹たんを虐めると、残った髪の毛燃やすぞ?」
「…………」
向日葵のような笑顔であるにも関わらず、声に出して言っている事は途轍もない暴言。やはり、私の姉は不機嫌のようだ。
真剣であった父の顔も、実の娘――――忘れがちだけど、とっても美人な長女から、本気で罵倒されれば、心も折られるであろう。現に今だって、心が傷ついたのか、新聞で誰からも顔が見えなくなるように目元を覆っている。悲しいかな? これ、父親なのよね。
姉の罵倒により、一人が精神状態ロスト(会議という名の中谷家宣戦から離脱)した。
今回、私が皆に話をしたのは他でもない。皆を泊める為の承諾を得ようとしていただけなのだ。ところが、許可を貰う云々の話ではなく、なぜこうなったのか、という空気だけがひたすら滞っている。
「お母さん」
「何? 美樹」
「ダメ……でしょうか?」
許可を取る取らないに限らず、私としては無断で家にあげてしまった方が問題なのかもしれない。と感じていた。それに、学校もサボってしまっているし、母はお怒りになるのでは? っとも感じている。
しかし、母は重い腰を持ち上げ、台所に向かう。その途中で、足をピタリと止め、まるで背中で語る父のように、呟いた。
「……子供達は何人いるのかしら」
「え……まさか!?」
「ふっ、この私もどうやら、久々に血が沸いてくるわ。別名、保育神未麗。子供の世話好き人生=年。彼女達は過ちを犯してしまっただけ」
「で、ですが、お母さん!」
「良いのよ。疲れて帰ってきて、子供に美味しい物を御馳走する。それが幸せでなくて、主婦業をやっていられますか?」
「しゅ……主婦業……」
「美樹。あなたもいずれ分かるわ。ただ新聞だけを帰ってきて眺めて、ビールを中年の腹に流し込む怠惰な夫の為に、ご飯を作る事よりも、子供が一人――――いや、数人いる、彼らに腕を振るまう事の方が、どんなに幸せか」
「で、でも、人数は八人ですよっ!? いくらお母さんでも――――ッ!」
「おだまり。これだけは教えといてあげるわ。美樹」
母は戦闘を終了させ、ファンファーレが鳴ったかのようにフライパンを振りまわす。その様は○ァイナルファンタジーⅦのクラ○ドのようであった。不覚にも私はカッコいいと感じてしまった。
「夫の為なんかじゃなく、子供の為に(料理を)振舞える。ただ、それだけで人は強くなれるものよ」
「か、母さん……」
背中で熱く語った母は、そのまま台所に入り、調理に移った。途轍もなくカッコいい事言ってたけど、冷めてしまえば、父の為だけには絶対に料理なんてしたくないという、意見にも聞こえた。そこら辺にツッコミを入れたら、また父が泣いちゃうから、何も言わないでおいた。
「で、寝たら元に戻ったのか?」
「戻る筈ないですよね」
「それを、ツンデレ風に」
「バッカじゃないの! お兄さんが言った通りに寝かせても、元に戻るわけないじゃないッ!」
「デレを強調して!」
「……で、でも、お兄ちゃんが私の為に、頑張って方法探してきてくれたんだよね? ありがとっ」
「ふふっ――――」
あえて、私は兄の無茶ぶりに乗った。それを聞いてか、兄は顎に手を当てながら、まるで人間界を滅ぼそうとする魔王の如く、気色悪い笑みを浮かべた。
「美樹たんっ! 愛してるよっ!」
私に抱きつこうとして、席から飛びあがる兄。その姿はトビウオと比較しても何ら変わりはない。この中谷家という大陸に、一匹のトビウオ誕生の瞬間であった。
だが、彼の願い――――もとい願望は、彼の姉――――超人的な女子力を放つ美鈴姉様によって遮られる。痩せているとはいえ、兄の身体を片手で支えるのは不可能な筈なのに、姉は兄の顔面を片手で掴み、宙に浮かせている。
兄の顔をまるで、テニスボールのように、しっかりと強く握った姉の手は、ただひたすら、ビキビキと音をたてて血管が浮き出ている。
「満っ!」
「ゴガぁっ!? い、痛く――――ないっ!」
「満っ! 誰が美樹たんで遊んで良いなんて言ったのかな~?」
「お、俺は何者にも屈しない……ッ! 絶対的なお兄ちゃんになるんだ!」
「誰が美樹たんに抱きついて良いなんて言ったのかなぁ~?」
「ぎゃああああああああああああああああ!」
徐々に、しっかりと姉の指が、兄の顔面に減り込む。これ以上強く掴めば、顔が変形してもおかしくない。姉は笑顔ではあるが、双眸は笑っていない。どころか、邪悪な何かに包まれているような気もする。
しかし、兄は諦めない。
「くっ! お、俺だってなぁ……、立派なお兄ちゃん魔王になるんだ!」
「お兄ちゃん魔王? 何を言ってるのかしら、この愚弟はっ!」
「ぎゃあああああああああああ!」
頭部に強い衝撃を与え続けた姉。この行為や、怒りは、完全に家族に対して向けるべきものではない。兄の様子が若干、いや、いつもよりもハイテンションなのが気に食わなかったのだろうか。姉は容赦なく、兄のテンションと寿命を縮める。
やがて、兄の息が途絶え、姉によって宙に浮いていた兄の身体からは生気が感じられなくなった。
事を終えた姉は、手を離し兄の動かなくなった身体を床に叩きつけた。
「……これだから、最近の若いもんは、なっとらん」
「お姉さんも若いですよね?」
限りなく不機嫌な姉は、そのまま、私に視線を向けた。
「美樹たん。覚えておきなさい。あたしを怒らせたら、どうなるか」
「既に今日は、結構怒っていますよね? 何でですか?」
「かっ!?」
姉は目元を手で覆い隠し、そのまま背中を逸らせた。まるで九回裏で満塁逆転サヨナラホームランを打たれた監督のようだ。
千鳥足となった姉は、そのまま私の元へと歩み寄り、華奢な私の肩をしっかりと握った。
「え?」
「美樹たん、分からないのかい!?」
「は、はい……」
「あたしが、何で不機嫌かを!」
「え、ええ」
「そんなの決まってるでしょ! 麗ちゃん達の事に決まってるでしょ! 何で、あたしと美樹たんの子供っていう事にして話を進めなかったのよ! そうすれば、海外で結婚して、子供もいて、何もかも完璧な家族になるじゃない! あ~、もうこのチャンスを逃したのは、だいぶ痛いわ……」
「……何もかも完璧って言いますけど、女同士である事が既に変ですよね」
「変じゃない」
「はぁ……」
そんなわけで、中谷家は今日も異常だったが、平常であった。
◇
翌日。
晴れ渡る空の元、授業が全て終了して、私はとある場所に向かっていた。といっても美人部の部室ではない。
向かう先は清楚会である。保育支援同好会として、未だに活動している彼女達。彼女達には正男達が子供となってしまった事でボディーガードは難しいと伝えなければならなかった。だが、他にも目的はある。
本当に白海が、麗達を子供にしたのなら、私はそれを元に戻す方法を探す権利がある。残された大人として、私は自らの役目を真っ当しなければならない。
放課後の清楚会の部室に足を運び、ノックを数回すると、清楚会のメンバーの一人が扉をスライドさせた。
「こんにちわ。白海さんは今日はいますか?」
「いえ、今日はいませんよ。あ、あと、ボディーガードの正男君達は……」
「その用があって、私は今日来たんですよ」
彼女達に、正男達が子供化したからボディーガード出来なくなった、とは説明せずに、彼らは単に風邪で休んでいるという事にしておいた。話をしていた女子一人の後で、他の二名の部員も心配そうにしていた。
正男達は、狙ってなのか、それとも狙わずなのか、恐らく後者なのであろうが、彼女達の心をしっかりとキャッチしていた。
白海というラスボス級に性格が悪いビッチもいない事により、元保育支援同好会のメンバー三人は、羽を伸ばしていた。
白海がいないのであれば、用事は済んだ。早く帰って麗達と遊んであげようと思い、そのまま昇降口に向かう。
しかし、そこには瑠花と雅紀の姿があった。彼らは、私以外に子供化していない唯一の美人部の部員である。私は影に隠れて話を聞く事にした。当初は二人のラブコメ的な会話を予想していたのだが、その予想は大きく裏切られる。
「……雅紀、今日も行くの?」
「ああ、じゃなきゃ怒られそうだからな」
「……わかった。雅樹が行くのなら、あたしも行く。じゃなきゃ、あたしも白海さんに怒られそうだしね」
頭をまるで殴られたかのような、そんな衝撃が走る。
――――白海に怒られる? 二人とも何を隠しているの?
二人は隣同士で並びながら、校舎を出て行く。まるでカップルにも見えるが、二人は違う。
私は二人から眼を離せなくなり、静かに後を追った。




