家族会議なんてしないっ!
とある放課後。
最近では見慣れた面子で、各々ファッション雑誌を眺めているときの事。
全員机に座っている中、一人だけ席をいきなり立った者がいた。
そして、席から立ち上がった者は言った。
「今度の土曜日に買い物をしに行こう!」
部長である麗が宣言をするかのように、俺を誘ってきた。麗も先ほどまで雑誌を見ていた一人。まぁ、雑誌を見て服を欲しくなる気持ちも分かるが、少々唐突ではないか?
他の男子三人も、麗の方を見ている。彼らも雑誌を見ていたから、その意見には賛同なのだろう。全員、首を縦に振る。
もちろん、俺も男子三人に同意だ。
「そうですね。野外活動みたいで楽しそうですし、いいかもしれませんね!」
「ああ! 美樹にアレコレとアドバイスをしてもらおうと思う!」
麗は機嫌良さそうに鼻歌を歌っている。余程楽しみなのか。再び椅子に座り、雑誌の至る所を赤ペンでチェックしている。
ただ、気になるのはペンをつけるところが多い。一瞬麗を見ただけでも、赤ペンが動いた回数は十回以上。どんだけ服を買うんだ?
「じゃあ、美樹。折角明日は土曜日で学校はないから、いいかな?」
「また急ですね」
「よく言うだろ? 思い立ったが吉日ってね!」
「そうですね。明日は大丈夫ですよ」
「ありがとう美樹!」
麗の機嫌が更に良くなった。先ほどまでの麗は鼻歌だけだったのが、今は鼻歌+身体でリズムを刻んでいる。余程嬉しいとみた。それに、俺も洋服は一ヶ月に一回は買えと姉に言われてるし、丁度いいタイミングではある。
そんな中、黙っていた男子達の口が動き出す。
「で、明日は何時集合ですか! 部長!」
「……は?」
「麗様達と合流する時間ですよ!」
「…………は?」
「僕らも行くんでしょ?」
「………………は?」
男子三人と麗は向き合っている。
麗の顔から読みとるに、完全に男子は御呼びではないご様子。これは麗の罵詈雑言が始まるぞ……。
麗は足を組み、腕も組ながら、三人を睨んだ。
「何で私と美樹のデートに貴様らが来るのだ」
「外部活動的な感じかと!」
「はぁ? 何で私が休日も貴様らの顔を見なければいけない」
「お、俺は一日でも踏まれないと気が済まないのです!」
「そもそも、一緒に歩きたくないんだが」
「僕らは一緒に行きたいんだよ! 主に美樹さんと!」
なるほど、正男と直弘は俺目当てか。随分と直球勝負に出たな。俺は別にコイツらがいようがいまいが、気にしないけど。麗は滅茶苦茶気にするんだろうな。その証拠に機嫌が悪くなった。
まぁ、俺には飛び火しないから、いいんだけどさ。
「黙れ! 腐れチャラ男共! 私は美樹と二人だけで買い物――もといデートがしたいのだ! 邪魔だ! 帰れ!」
「そうは言っても部長……」
「俺らは男子なわけで……」
「僕らから見た女子の格好も選べるんだよ?」
「必要ない」
正男と鷹詩と直弘の抗議に耳を貸さない麗。
麗は明日の買い物を断固として、俺と二人だけをご希望のようだ。まぁ、男と一緒に服を買いに行くとかちょっと気が引けるもんなぁ……。
「では、私は帰る」
「麗、皆さん行きたがってますよ?」
「いいんだ! これはプライベートだ。男が私の私情に口を挟むな!」
「はぁ……ごめんなさいね、皆さん」
「いいんです!」
「美樹様が言うのなら!」
「僕らは平気だよ!」
俺は麗の代わりに三人に頭を下げて謝った。
三人とも苦笑いをしながら首を横に振っている。部活発足から一週間。この三人には良い事がまるでない。報われなさすぎる。特に鷹詩。
ずっと麗のパシリとかどうなんだろう。
ちなみに、現在の鷹詩はカツラを常時着用である。
教室を出ようとする麗は、足を止め振りかえった。
「美樹は帰らないのか?」
「今帰りますよ。で、明日は何時に何処にしますか?」
俺は席を立ち、鞄を持ちながら教室の出口へと向かった。
麗は顎に手を当てながら、脳内スケジュールを開いてるご様子。
「じゃあ、明日は池袋に十一時集合でいいかな?」
「わかりました。では麗、帰りましょう」
「うむ!」
ご機嫌の麗は一足先に教室から退出した。
そして、俺は教室内にいる三人の男子に向け、ウィンクを放った。意味は通じたと思う。今のウィンクはお前らも来てもいいぞと解釈してもらえればいい。
麗は俺が三人に来てもいいとジェスチャーしたのも知らずに、機嫌良くスキップしながら校舎の廊下を進む。
「では、皆さん。お先に失礼します」
『美樹さんお疲れ様です!』
全員がハモった。
俺の意志が伝わればいいなと思った。
そして、俺は帰宅。
そう言えば説明していなかった。俺の名字が谷中に変更になった事についてだ。名字が中谷のままでは、バレる危険性があるため変えるに至った。
まぁそれだけの事なんだけど。
俺はいつも通りに家の玄関に入る。
「ただいま」
「あ、おかえり! 美樹たん!」
素の俺の声に反応する姉。
相も変わらず、姉はテンションが高めだ。正直その元気をオラに分けて欲しいものだ。
鞄をリビングのソファに置いて、軽く座る。
そう言えば、男とのデート時に注意すべき点を姉から教えてもらっていなかった。
現在、姉は夕飯の食器の配列を担当している。
この時間に、親父がいないという事は帰りに飲みに行ってくるのだろう。
「なぁ姉ちゃん。明日さ、男と買い物行くんだけど、どういう格好が良いんだ?」
「……」
「……」
料理中の母と姉が固まった。姉は氷漬けにでもされたかのようだ。
母は土偶みたいだ。
そして、五分くらい経ったところで動き始めた。
「何言ってんの? 美樹たんがデート!?」
「まぁそうと言えばそうだし、違うと言えば違う」
「お母さん認めないわ! どこの馬の骨がか知らないけど、そんな奴お母さんが殺してきてあげる!」
「そうだよ! 美樹たんの貞操はあたしの物!」
「何で姉ちゃんに奪われんだよ……」
斜め上のコメントを貰った俺は、ツッコミすら疲れて出来ない。
ここ最近は特にハードだった。部活後に女子に誘われてカラオケに行けば、男子も乱入したりして……。遊び疲れたというのが正解かもしれない。
よくも、この世界の女は遊び疲れないなと思った一週間だった。
「で、服はどんなのがいい」
「お姉ちゃんの話を聞きなさい!」
「お母さんは美樹の為を持って言ってるのよ!」
「別に変な事するわけじゃないって……」
「お母さん、美樹の彼氏となる人は年収十億以上ないと認めませんから」
「逆に年収十億の人間ってこの世界にどれくらいいるんだよ!」
血相を変えて猛抗議してくる二人。
そんな中、兄が上から降りてきた。学校から帰ってきたばかりなのか、私服姿だ。兄がイケメンなのも若干――いや、そうとうムカつくものだ。
「お、美樹たんお帰り」
「兄貴も姉ちゃんと同じ呼び方すんのやめてくんない?」
「何を言っているんだいマイシスター! 美樹たんはお兄ちゃんの事大好きだろう?」
「どちらかと言えば、嫌いだな」
「お母さ~ん!」
兄はそのまま台所へと向かった。
家族の態度がやかましいこと、この上ない。俺が女体化してしまってから家族の仲の良さは以前に比べて数倍は高い。
なぜなら妹も美少女だからだろう。姉も美少女ときた。
兄貴は嬉しいだろうな。本人曰く、姉萌え属性はないらしいけど。
夕飯ができあがる。
本日はカレーとサラダとコンソメスープのようだ。俺は制服から部屋着に着替え、食事をするためにリビングに来て座った。
俺以外の母、姉、兄は既に座っている。
「わりぃ、待たせたな」
「いいよ美樹たん! あたしは美樹たんと一緒に食べたいんだもん!」
「俺もだ! 美樹たん!」
「お母さんも美樹ちゃんと食べたいわ!」
「俺を弄ってるのか? それとも本心なのか?」
「頼む! 家でも美樹たんモードに……」
「わかりました、お兄様って言うわけねーだろうが!」
「俺の純情を返せ!」
「知るか! クソ兄貴め!」
俺らは、合掌してから食事を始める。
今回のカレーは辛くはない。というのも、俺が甘口派だからだ。食べ物の配慮をしてくれるようになった辺り、女体化になれて良かったと思っている。幹の頃は悲惨に思えてくるよ……。
今は美樹たん優遇という形になっている。
俺様美少女最高!
「……で、話は変わるけど、美樹。明日デートって本当なのか?」
兄貴の瞳が光り始める。これはメンドクサイ。
というか、誰だよ教えたの。兄貴は、俺が妹となってから、外出時はうるさくなった。親父も例外ではなく、それはもう大変だ。
ちなみに、母親と姉と出かける際は何も言わない。さすがに、絶対の権力を何故か持っている母親の前では二人とも頭が上がらない。
「そうだな……って言っても部活でだけどな」
「部活!? 美樹たんマネージャー!? お姉ちゃんハァハァしちゃうよ!」
「黙れ! カレーに涎垂らすな!」
姉の息は荒く、カレーに涎を垂らしていた。
最近の姉の様子がおかし過ぎる。むやみに俺の部屋に入ったり、朝起きたらベットで寝ていたりと、行動が奇怪過ぎる。
妹萌えに目覚めた! とか言って何もしない兄貴の方がまだ安心に思えてくる。
「じゃあ美樹はどんな部活に入ったの?」
「うーん、説明が難しいな」
「まぁそうよね。四大財閥のご子息達との部活なんて、どう説明していか、分からない物よね」
「俺は花より団子の主人公か! どんだけ俺を金持ちと結婚させたいんだ!」
「だって、ハゲお父さんの年金じゃ老後心配だわ」
「……親父、今頃くしゃみしてるぞ」
どうやら、俺の母親は俺を金持ちと結婚させたいらしい。冗談じゃない。俺にだって選ぶ権利はある筈だ。大栗 旬だとか、溝山 順平とか、NXILEのTakahiroとか。
考えるのが男なあたり、脳内が美樹に染められているな。これは困った困った。
「まぁ、俺はそんなわけで明日昼飯いらないから」
「……しょうがないな」
兄がぼそっと呟いた。
そして、兄が姉と母の顔に視線を移す。
両者とも首を縦に頷かせ、何かを了解したようだ。
俺には関係がなさそうだ。
「じゃあ、ごちそうさま」
「食器は置いておいていいわよ!」
「あーありがと」
俺はそれから、明日着て行く洋服を入念にチェックするのだった。




