神様におねだりなんてしないっ!
夕刻の神社。烏達が何処へ行くのかも分からずに、飛び立つ。
人気もなく、さらに言うのであれば、不気味な事極まりない神社だった。しかし、そんな薄気味悪い場所にて、一人の女子高生が存在していた。
彼女はボロボロになった賽銭箱に、百円玉を放り投げ、錆びついた鐘をジャラジャラと鳴らした。
一礼二拍手一礼。少女は何かの祈願をするかのように、神様に頭を下げた。
「全く、お前は相変わらず、俺の力に頼るんだな」
「仕方ないでしょ? 今回は本気なんだから」
「ははっ、それ何回目だよ」
女子高生に神は見える。誰にでもというわけではないが、神が視界に映る人間は、本気で神様を信じているようなロマンがある者のみ。大多数の人間は神様が本気でいるとは上辺では信じているものの、心の奥底では信じていないケースが多い。その為、見えない人の方が多いのだ。
この神社の神様は若い。元々縁の神様と言われていたのだが、彼が願いを叶えた件数は少ない。十年以上前はそれこそ、多くの女性客が参拝しに来訪したのだが、大抵の人間が祈願しただけで満足し、自らは努力などなしにイケメンの彼氏を手に入れようとしていたのだ。
確かに、人の心を神は少しだけではあるが動かせる。けれど、本当に変えるのは不可能である。その為、醜くなる程、脂肪を肥やした豚のような人間の願いはあえて、スルーしていた。逆に、努力した者の願いは積極的に叶うように仕向けている。
そのうちの一人として、現在目の前にいる女子高生がいる。
彼女は幼少期、とても御嬢様であり、誰からも好かれるような良い子であった。しかし、実家が豪邸である彼女の食事は、大変豪華であった。その為、食事をすれば太るのは自然的。つまり、彼女の幼少期は太っていたのだ。
そんな彼女は小学校に入り、恋をする。彼は人気者で誰にでも優しいような男の子だった。多くの女子が彼に思いを伝える中、どうしても彼女は思いを伝える事ができなくなっていた。
そこで神に祈祷を捧げに、この場所へと訪問してきたのだ。彼女は当初から、神の姿が見えていて、神も彼女には『俺にできるのは願いを叶える事じゃない。願いを叶える手伝いをする事だけだ』と教える。
当然、神は努力を嫌う者の願いは叶えないと教え、彼女は樹木のように膨れた四肢や体躯を木枝の如く細くしようと頑張った。
迎えた小学校卒業式。
彼女は意中の相手であった男子に告白をする。
だが、答えはノー。
男子はこう答えた。
『豚が努力しても、痩せた豚にしかならない』
その日を境に、彼女は世界を見る目が変わった。
街中のカップルは、全て破局すればいいし。恋する乙女は、結局は汚い女なのだと。
神も彼女の願いを叶えてあげる事ができなかったのを、とても悔やんだ。
神社にて泣き喚いていた、彼女の肩を叩き神は誓ったのだ。
――――この子の願いは全て叶えてあげよう、と。
大神様以外は、基本的に皆同じ力を持つ神たち。
黒く染まっていようが、彼女は彼女。そして、そうしてしまったのは神自身でもあるのだ。
神は長い回想を終え、目前に迫る彼女の顔にギョッとした。
「話聞いてた?」
「いや、悪い聞いてなかった」
「何度も言わせないでよね。……で、次はアイツらを陥れる為に、全員子供にしてやろうと思って!」
「子供か……それは良い案だな。そうすれば、元に戻れないだろうし、アイツらの困惑した顔が見れるだろうな」
「でしょでしょ? それで――――美人部も廃部にすれば、代永先生も清楚会の顧問になってもらえるでしょ!?」
「だな」
神は自らの髪の毛を弄りながら答えた。
敵対している美人部とかいう連中を全員、子供化させて廃部、か。
いつもの命令にしては、少々手が込んでいる気もする。だが、それも当たり前か。今、彼女――――白海 麗香は本気で恋をしているのだ。
過去、多くの男を落とし続けてきた白海は、自分の私的な理由は存在しなかった。ただ、遊ぶだけの男。金があるから遊ぶ、移動手段としての足、そして、親の顔立て……などなど複数存在する。
若者の言葉では、白海の事をビッチと言うらしいのだが、神は白海がまだ処女だというのを知っている。
本来、純粋な彼女は、本当にその行為に至った時に、恋をしてからしたいと考えている。そんなものは神でなくても容易に想像できる。
処女を守っているのは、彼女の中にまだ残っている純粋からか。最早、神は白海の親とも言えるほど付き合いが長い。そんな彼からしたら、本当の意味で現在意中の相手と結ばれて欲しいと考えていた。
その時までは、まだ眠れない。
「じゃ、頼んだよ、神様!」
「はいはい、分かりましたよ」
「賽銭、もっと増やしても良いんだよ?」
「別にいいさ、来るようなモノ好きはお前だけだし、それに……」
「それに?」
「いや、何でもない」
「そ? 変な神様」
そう言って白海は帰って行った。
神の睡眠。単純にそれは天界へと帰る事。それは同時に神社が壊される事を意味する。
神が犯してしまった過ちを、神自身で償うつもりだ。
黒々とした白海を、純粋な白海に戻す。
神は今回、代永 牧という男と白海を付き合わせる事によって、純粋な白海が戻ると確信している。何せ、彼女は今までは人の悪口しか言わなかったのが、最近では牧との授業中の事などを話すのだ。
とても喜ばしい事ではある。ただ、難問があるとすれば代永 牧は教師であり白海は生徒。結ばれるのは、その問題があるだけで――――いや、年齢的にも無理がある。
最期の仕事としては、中々骨が折れそうな仕事ではある。
今回ばかりは協力者が必要だと考えているのだ。
丁度、その者達が現れる。
「お前たちも、御苦労な事だな」
「いえ、ですが、本当に美人部を潰そうとしてるんですか?」
「……さぁな。それが彼女の望みならば、俺は神としての仕事を真っ当するだけだ」
「……」
「言わなくても分かる。どちらかというと、今回はとても難しいからな」
「……じゃなきゃ、俺達にお願いなんてしないですよね」
「ああ、分かっているのなら頼む。白海の為にも、お前達の協力が必要なんだ。そして、美人部を廃部に持ち込めるとしたら、二人の仕事にかかっている」
「「……」」
二人は、男と女の白海と同じ学校に通う生徒。
神社の裏にて待機してもらっていた。
一人は途轍もなくイケメンであり、性格も良い人間である。しかし、先月弟を亡くしたばかりの傷心中である。
さらにもう一人はポニーテールの少女。白海の一つ学年が上の人間である。彼女は、先の男の幼馴染であり、好きであった彼の弟が死んでしまって悲しみに暮れていた。
彼と彼女。二人の夢の中へ入って神は頼んだ。
『お前達の願いを叶える。そして、その為に俺に協力してほしい』っと。
二人の願いは共通している。
最期にもう一度だけ、少しでも良いから、ある男に合わせて欲しい。
そこに漬け込むのは神としても情けないのだが、二人が協力者となってくれれば力強かった。
「では、明日。お前達は美人部を廃部に追い込め。原因は、大量退部。美人部に所属していた生徒は、突然姿を消し、行方不明。どうかな?」
「……いいかもしれませんね」
「だろう? そっちのポニテはどう思う?」
「あ、あたしは……」
「もう一度会いたいんだろ? だったら、大人しく協力してくれ」
「……」
やはり、ポニテの少女は迷っているようだ。
イケメンの方は迷いがなく、願いの為に積極的に協力してくれてる。
「まぁいい。お前達には、美人部の後始末を頼んだ。あと、厄介なのは――――」
「谷中 美樹、ですか?」
「……どうしてそう思うんだ?」
「勘、ですかね……」
「そうか、確かに、そうだなぁ……」
神が考えた。
谷中 美樹は本来、神としてこの地に生まれる筈だった命。しかし、どこで何を間違えたのか、男として拾われ、現在は元の性別である女へと戻っている。例え、一時女性であったとしても、神の力を持ってない谷中 美樹が性別を変更させる方法など一つしかない。
他の神の力か。
だが、人間に谷中 美樹の本当の事を言うのは禁止されている。もし、人間にバレてしまえば、大神様の怒りに触れ、神達は蒸発してしまう。そして、真相を知ってしまった人間も跡かたもなく消え去る。
天界の掟。特別優遇と言われても可笑しくない人間が谷中 美樹であり、さらにその義姉の中谷 美鈴である。
相手に不足はない。……だが、今回は相手がそうとう悪いと感じていた。けれども、白海の清純を取り戻すのには、これしかないと考えている。
「恐らく、谷中 美樹は子供化させる事は不可能だ。だから、君達二人には、彼女への対処をお願いする」
「……わかりました」
「はい」
二人は頷き、白海と同じように神社の階段を下っていく。
強い風が吹く。
谷中 美樹には神の加護があるから、認められた神でなければ干渉は愚か、触れる事すらも許されないだろう。
神の名前は、豊愛。性別は男。
髪の毛は黒く、顔立ちは普通。
平凡極まる彼の姿は、岸本 雅史によく似ていた。




