代永 牧先生は残念だったりなんてしないっ!
歓迎会のお楽しみムードも消え去り、私達の元には白海 麗香が現れ、消え去った。更に何故か顧問の綾子ではなく牧が現れた事によって空気は修羅場を極めていた。
「……で、何でここに来たのよ。空気読めない顔だけ教師」
「顔だけだなんて、そんな……。坂本さんに言われるとは恐縮です」
「顔だけマシって意味よ。履き違えないで」
「それでも、僕は美樹さん一筋なんでお誘いはまた今度にしてもらえますかね?」
「アンタ、マジで一回殺すわよ」
代永 牧。美人部副顧問。年齢不詳。性格温厚(?)。だが、結構謎な部分がある人間である。私一筋だというのは、基本的に惚れた男性は全員そうなので不思議なところはないのだが、色々と大人の色香(?)とか謎を匂わせるような良く分からない、人間の一人であるのは確かだったりする。
そんな牧だが、この部室に入ってくるなり、妙に私の事をチラチラと見つめてくる。今、牧の前にいるのは優香と麗なんだけど、二人との会話をないがしろにしたら、他の部員にも飛び火するので、可哀相である。
そんな中、麗はぶっちょう面で腕組をしながら、椅子にドカッと古い漫画のガキ大将のように堂々と座り、牧を睨みつける。
「貴様が残念なのは知っていたが、まさか、ここまで使えないクソ教師とは……。もうちょっと学習しないのか?」
「いや、これでも僕結構頑張ってると思うんですけど……。夏休みには車出しましたし、最近じゃ、結構君たちの顧問である杉本先生の命令をちゃんと従順に聞くんですよ? コレ、結構きついんですからね? まず毎晩のように飲みに連れて行かされますし、帰りは家まで送れとか言われて、家の中まで送ったら襲われそうになるしで……。あ、でも、ちゃんと逃げきれてますよ? メタルスライム並みには」
「…………」
珍しく麗が言葉に詰まって、固まっていた。言い返すのが基本的な麗のスタンスなんだけど、今は多分、綾子の行動そのものに幻滅しているのだろう。私だって、若干引いてしまった。女から襲うのは……いや、なんでもないです。
そんな麗は反応に困ったのか、すぐ隣にいる優香に助け舟を出しているのだが、さすがの優香も困っている。
二人とも一応牧に同情をしているのであろう。ちなみに、私も牧には同情する。
「でも、それって杉本先生? が、あなたの事好きなんじゃないんですか?」
反応に困っていた沈黙を貫いたのは美羽だった。まだ外見が幼いからか、発言まで幼稚だと捕えられるのだが、美羽は私の従妹だから勘弁してほしい。逆に中谷家の血筋なのに、どうして、まだ真っ当な人間なのか、私にとっては不思議である。どっちかというと、麗なんかは中谷家の血筋の人間っぽかったりする。
そんな美羽の発言に、牧はキチンとし応えようとした時に、もう一人言葉を放った人物がいた。
「杉本先生ってそういう事するんですね。なんか、あたしと気が合いそうです」
まさかの瑠花が綾子に同情してしまった。これには雅紀もびっくりして目を見開いている。ちなみに直弘まで口を開けてしまっている。確かによくよく考えれば、瑠花は恋愛に対しては、かなりのフォワードだ。ディフェンスには向かないタイプだった。という事は攻撃的な恋愛をする綾子の気持ちが分かるのだろう。
いつまでも奥手で手を出せずにいる雅紀なんかは、瑠花のカミングアウトに絶句している。いや言葉を出そうとしていたわけじゃないけれど。
二人の言葉に首を縦に頷かせた牧は、最初に瑠花を見た。
「君は、杉本先生の気持ちが分かるのかい?」
「ええ、まぁ肉食系ですからね」
「……そうかい」
牧ですらドン引き状態の瑠花。一応気を使って直弘とのデートプランを建ててみた私達だったけど、今後は瑠花の肉食的な恋愛に要注目である。さらに言うのなら、そこに加わるのは、いつまでも言い出せない雅紀でもある。雅紀に関しては、コチラ側が何とか支援するしかなさそうである。
その後、牧は美羽を見つめ、近づき始めた。その足取りは徐々に早くなっていき、いきなり美羽に何をするんだろうかと私は胸がドキドキしていた。嫉妬心ではない。むしろ、これは牧の標的が美羽に変わったという嬉しさかもしれない。
ワクワクドキドキする私の胸を余所に、牧は美羽の事を持ちあげた。
「何で子供がここにいる――――」
「離せよ」
……勘違いしてたようです。
美羽の頬は膨れ上がって、それはもう不機嫌です。まるで食事を邪魔された猫のような顔であった。あれって邪魔するとそうとう怒って、猫によっては攻撃してくる子もいるみたいです。
と、思ったら、美羽もどうやらフォワードのようで、牧の頬を十往復ビンタしていた。それを見ていた麗と優香は共に『おおぉ~』っと感心の声を上げていた。
ようやく解放された美羽は機嫌が悪く、牧の事を親の仇のように睨みつけていた。
「ははっ! あんまり小さいから子供だと思ったよ!」
「誰が小さいって? 死ぬのか貴様」
タイミング悪く、牧の近くにいたのは麗だ。
麗的な解釈では、牧の言った小さいとは麗の胸の事だと勘違いしているのだ。その言葉に腹を立てた麗は、牧の尻に回転蹴りを放った。
「ぐあっ!?」
「あんまり、人の事を小さいと言っていたら、美樹に嫌われるぞ」
「そ、それだけは勘弁してください!」
「どうかな。既に美樹は貴様の事など嫌いだと思うぞ」
ニヤついた麗は牧の事を見下し、倒れた牧の身体を足で踏んでいた。凄まじい勢いで連続で教師の背中を踏む生徒。この光景を教育委員会に見せたら何と言うだろうか。もちろん、鷹詩は人差し指を咥えながら、羨ましそうに牧を眺めている。
そんな牧は床に這いつくばりながら、私の元へとやってくる。このままだとスカートの中身もといパンツという名の男達のロマンへの階段が開いてしまう為、私はスカートを抑えながら、牧に視線を降ろした。
「み、美樹さん!」
「はい、何ですか? 先生」
「そ、その、き、嫌いになってませんよね!?」
もはや泣きそうになっている牧。このまま絶望の淵に立たせたら、今日死ぬんじゃないかと思えてきてしまう。それはさすがに可哀相だし、何か他の手を考えていると、麗が私に『厳しく正直に評価すべきだ』と顔で訴えてくる。それもいかがなものかと考えている間に、牧のヒットポイントは徐々に減っている気がした。
私は人差し指を立てながら、笑顔を作って見せた。
「えーっと、牧先生は、確か凄い頭が良い大学を卒業されてて、スポーツでも評価されてて、見た目も申し分ないくらいカッコいいですよね~?」
「み、美樹さぁん!」
「直接授業を受けた事はないですけど、確か結構覚えやすくて指導も的確って評判が良いんですよね。私も先生の授業受けてみたいんですよ」
「美樹さぁぁぁん!」
「しかも苦手教科が、丁度先生が教えているところなので、私もちょっと二人で教えてもらいたい……かな~なんて」
「美樹さん」
そこで起き上がった牧は、いきなり私の右手を持ち上げて、その手の甲に軽くキスされた。いくら好意がない相手とはいえ、こんな紳士的に扱われたら、ドキッとしちゃうよね?
キスした後、牧は顔を上げて、私の双眸をまっすぐ見つめる。
「マドモアゼル・美樹。どうか、僕と結婚を前提にお付き合いしてください」
何でだろう。牧の格好が白いタキシードを着用しているように見えた。ここは確か……部室の筈なのに教会に見えるし、麗達が皆拍手をしている。
……何、この不思議な世界。
どうやら、牧の演技とも言えるし本気とも言える行動に、皆呑まれてしまったようだ。
私は溜息を吐いてから、牧に笑顔を見せた。
「でも、私、年上にはそこまで興味ないので、ごめんなさい」
そこで不思議な光景は消えた。
この世界の事を今度から『マキ・ワールド』と勝手ながら名付けさせてもらった。
そんな中、牧は四つん這いになり、意気を消沈させた。かなり悔しかったのだろう。今のはイケるとでも思っていたのだろう。だが、生憎だが私は自称ではない正真正銘の美少女だ。だから、まだ牧程度では満足しないのだ。
呆然としていた麗がハッと我に返って、牧の背中を叩いた。
「……良いフラれ方だったぞ。私達は初めて貴様を良い副顧問だと感じた。それに悔しかったが良い夢を見させてもらった」
「あ、アタシも……牧先生が凄いと思ったわ。恋愛的には完全にアウトオブ眼中だけど」
「ふ、二人共……僕の恋愛を慰めてくれるのかい?」
嬉しそうに泣く牧。
そんな中、部室の扉が開き、綾子が現れる。
「あーどこに行ったと思ったら、こんなとこにいたのか。代永先生」
「……す、杉本先生……」
「今日の予定忘れたの? あたしとカラオケに行って、あたしの彼氏のフリしてオールナイトの予定だっただろうが!」
「いや、明日も学校がある筈じゃ……」
「あ? 黒樹に言われたよな? 罪はちゃんと償わなきゃいけないもんだってさ!」
私達一同は全員麗を見つめる。確かに、牧が色々と先生として表舞台に出てこなかったのには色々理由があって、麗が一枚噛んでいたのは知っていたが、まさか、綾子の直属の部下にさせるとは、麗も鬼である。
美羽と瑠花の二人は、牧を可哀相な眼で見守るが、麗は「ふん」と軽く笑うだけだった。
「ま、待ってくれ! 黒樹さん! ぼ、僕はいつまで罪を償えば……」
「色々考慮して、そうだな。まぁ、後十年は杉本と一緒に過ごすと良い」
「そ、そんなぁ……」
牧は泣きながら、綾子に「さ、今日も飲むぞ!」と言われて連れて行かれた。
いろんな事もあり、私達も歓迎会を終える。
清楚会の人達はただの見学だったので、正男と直弘、拓夫はボディーガードとしての仕事もある為、先に帰らせた。
後片付けをする中で、雅紀は溜息を深く吐いていた。
「どうしたんですか?」
「あ、お前か……」
「お前とか言わないでください」
「ああ、悪い悪い……」
「元気ないですね?」
「そりゃあ、瑠花が肉食系だなんて言われたらな」
「ふふ。そうですか。じゃあ、雅紀さんも肉食系になってみたらどうですか?」
「……」
雅紀は一度考えこんでから、作業をする瑠花を見つめた。それからすぐに視線を逸らしてじっと瞼を閉じた。
「……分かった。やってみる」
「懸命な判断ですね」
「まぁな。仮にも俺は兄貴肌だったんだからな」
「じゃあ、後日に期待してますよ」
「任せとけ!」
それから雅紀は瑠花に声をかけて、先に帰った。それを見て、雅紀の内心を分かっていない麗は「先に帰りやがって……」などと文句を呟いていたが、優香や美羽辺りは気付いているのであろう、ニヤニヤしながら見送っていた。
久光と鷹詩にゴミ捨てを行かせて、私達は女四人になった。
「待ってる間に、ちょっと聞きたい事がある」
突然、麗が私達三人に声をかけた。
「はぁ」
「何よ」
「ふわぁぁぁ」
若干一名眠たそうに欠伸をした者がいたが、その辺は良いとしたのか、麗は腕組をしながら言った。
「今夜、皆は私の家に強制的に連行だ」
「「「はいっ!?」」」
何故か、麗の家に招かれる事になった。
バレンタインだったので短編書いてみました!
お時間がある方はどうぞ!
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