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牧が空気読めたりなんてしないっ!


「あ、あの……白海さんっ! わ、私達は……」


 清楚会のメンバーの一人が弁明しようとして、私と白海の間に放たれている火花を消そうとする。だが、振り上げた拳を降ろす事は叶わず、私は少女に目もくれずに、白海を睨み続ける。対して白海も私と同様の考えなのだろうか、目尻を吊り上げたまま、清楚会の部員には視線を移さない。

 そんな中で、遂に白海が言葉を発した。声質はまるで、この世にかつて存在していた中世ヨーロッパの魔女のようだった。


「谷中 美樹ィッ! 調子に乗るなよ! たかだか、見た目だけのヴィッチだろうが! お前もォ!」

「ビッチっていう言葉の意味は分かりませんが、調子に乗ってるか乗ってないかは、別として。私にはあなたのように哀れな人間ではありません。ちゃんとした仲間がここにいます」


 凛として私が白海に告げると、部員皆が私の元へと集結し、白海がいつ襲いかかってきてもいいように対応できる位置にまで移動した。決して私は彼を彼女達を軽く茶化した事ならあるかもしれない。けれど、白海のように脅したりはしない。皆の事を私は信用しているし、皆も私の事を信用してくれている。

 それは、これまでの美人部が教えてくれた事だ。白海の脅し何かに、私達の絆は絶対に破れない。そう断言できる。

 これ以上ないほど、ドス黒く染まった白海。最早名字が可哀相とも言いたくなってくる。私としては、もう、こんな自己中心的な人間を放っておく事などできなかった。


「哀れ……? あはははははッ! 臭っ! マジで獣臭がするよ、谷中 美樹ィ! 気持ち悪い匂いを振り撒かないでくれるかな!? あ、この高校の連中はアンタのその獣臭でおかしくなったのか!?」


 道化のように狂ったように笑う白海。彼女ほど恵まれていない人間はいないだろう。人の心が分からない。私も以前はそうだったけど、女となって、男としての過去は既に消えてしまいそうだけど、人の気持ちについては、よく考えるようになっていた。人の気持ちも知らないで、人を愛する事などできない。これは今は泣き雅史に教えてもらった事だ。

 半ば、この白海をどうしようかと考えていると、突然麗が動き出した。


「貴様ッ! 美樹を侮辱するのなら、これ以上は私は貴様が泣いて土下座して売春にかけられても許さんぞ!」


 麗の言葉にはツッコミどころが満載だけれども、それに続き、優香と美羽も動きだす。


「そうよ! アンタなんかよりも美樹ちゃんの方が百億倍良い匂いよッ! 獣臭って言ってるけど、アンタ、知らないうちに自分が獣臭発してるの分からないの!? あーこれだから、上っ面だけ良い奴なんて大っ嫌いなのよ!」

「全くもって、それ以上バカにするなら、許さないよ! 外国の友達に頼んで、マグロ漁船にでも行ってきてもらおうかな?」


 二人の迫力に後退り始める白海。その表情は苦悶が浮かび、まるで何かに怯えているようにも見えた。そのまま背後に下がり続ける白海は、美羽のマグロ漁船という言葉がそうとう効いたのか、目を見開きながら、冷や汗を垂らしている。

 美羽は味をしめたのだろうか、もう一度何か脅し文句を言おうとしていたのだが、私の手で美羽の小さな口を閉ざした。

 

「これ以上、私達にも、保育支援同好会の人にも手を出してみてください。必ず、あなたに報復しにいきますよ。正男さん達が」


 正男達はコクンっと首を縦に頷かせ、清楚会の少女達の背後へと回る。完全にボディーガードにしか見えない。

 下手なボディガードを雇うよりも、正男達を着けたほうが限りなく効果的だ。何しろ、正男は中学時代に全国大会に名をは知らしめている人間だし、拓夫は医者との強固なパイプを持っているので警察とも連携がとれる。直弘に至ってはお姉さんが警察官のお偉いさんであり、多少の不良ならば一蹴できるだけの力はある。

 相手が百人規模の不良でも、恐らく正男一人でも勝てるだろう。

 私は両腰に手を当て、白海に近づく。


「さぁ、今すぐ謝ってください。白海 麗香さん。麗に謝ってください」

「ご、ごめんなさ……い」

「声が小さいわッ! それに姿勢が変じゃないかしら? 何で立ったまま謝ってるのかしら? 謝る時は土下座だって相場が決まってる筈ですよね?」

「や、やめ……」

「土下座しないのなら、私のハイキックでもお見舞いしましょうか? 今度は本気で」

「ぐっ……」


 白海は悔しそうに顔を歪め、その場で土下座をしようとする。脚を屈ませて、膝を折り、両足ともそれを実行していく。白海が土下座したから、全てが終わるわけではない。こんなのまだ序の口である。

 どんな行動に出るか、分からない以上。とりあえず、こういう人間には一度トラウマを植え付けておく必要がある。

 私は、この時。姉に教わっていた術を披露していた。

 姉直伝・普段怒らない人が本気でキレたらかなり怖い。

 つまり、普段から温厚にしているデメリットが必要ではあるが、メリットの部分が大きいこの技。メリットは警戒していない相手からの突然の憤怒により、どういう風に警戒をしていいか分からない為、混乱してしまうのだ。

 そうして、その混乱が大きな恐怖だと勝手に勘違いし、怯え委縮してしまうのだ。結果的に言えば大成功を収めたわけだ。

 意識してやったわけではないのだけれど。

 

 皆が生唾を飲み込んで見守る中、白海は体勢を低くしていく。もう、この様子だと私の顔とか見れないんじゃないのかと思う

 何故か緊迫した雰囲気の中。何者かが美人部部室の扉を開いた。

 

 その人物がまず目に入れたのは土下座を実行しようとする白海の姿。それを見て、思わずその人は喉を詰まらせた。


「君たち、こういうのは良くないよ?」


 その人物は代永 牧。空気読めないイケメン男性教師である。牧は、土下座しようとしている白海の脇を掴み、そのまま身体を起こす。

 一方の白海は、牧が現れた事により、さらに混乱していると言った方が良さそうだ。だが、牧の顔をじーっと眺めている白海は徐々に落ち着きを取り戻し、自分が何をさせられそうになっていたのかを、ようやく実感する。

 私的には牧は完全にノープランだった。まさか、最悪のタイミングで部室に入ってくるとは思ってもみなかった。何せ、あと少しでトラウマを植え付ける事が可能だったのに、飛んだ邪魔をしてくれたものだ。

 私の中での牧の評価は大暴落である。元々低いから、これ以上は下がりそうにないかもしれないけれど。

 分からないように、さりげなく私が牧を睨みつけると、牧は慌てて白海を離して私の元へと駆け寄る。


「ごめんなさい! 僕のスウィートハニー! 見苦しい所をお見せしてしまって申し訳ない!」

「いいえ、別に見苦しくはなかったと思いますよ? ただ、完全に迷惑でしたけどね」

「ひぃ!? どうしてそんなに怒ってるんですか?」

「それは、代永先生が現れたからです。前といい、今回といい、代永先生はどれだけ人の邪魔をすれば気が済むのでしょうか」

「……ご、ごめんなさい」


 私が罵倒を続けると、いつの間にか白海は部室の入り口に立ち、ふらつきながらも、その手は扉をしっかりと握っていた。その瞳は今までのように怒りに満ち溢れたものではなく、また、私達には一切眼光は照らされていなかった。

 強いて言うのならば、私達は白海の視界には既に映っていなかったと思う。なぜなら、白海は顔を今まで怒りで赤くしていたのに、今は別の意味で赤くしていた。


「……代永……牧……」

「ん? 僕の事呼んだかい? 大変だったろう、なんせここには鬼のように怖い部長がいるからね。君も疲れてる筈だ」


 優しく接する牧。鬼のような部長というセリフに、隣にいる麗が反応して腕をピクっと動かしていた。これは完全に後で牧は怒られる。

 そうとは知らずに牧は優しく白海の頭を撫でた。


「大丈夫だ。そんなに怯えなくても、この部活の顧問は僕だ。何かあれば遠慮なく相談してくれ」


 あくまで善人な顔を通したいのか。牧は笑顔を振りまくが、白海は首を横に振って、確かな足取りを戻し、部室を出て行こうとする。そして、去り際に牧に頭を下げる。

 態度の豹変についていけない私達は、困惑したが、大体白海の目的が何なのかはハッキリしてきた。

 

「私は清楚会の代表ですので、この部活とは混じり合う事はありません。代永先生、ありがとうございます」

「で、でも、君、虐められてたんじゃないのか?」

「いえ、私は虐められていたのではありませんよ。御気になさらずに」

「そ、そうか」


 チラっと麗を見る牧。白海を虐めていたのは麗だと判断した模様。徐々に麗のフラストレーションが溜まっていくのが目に見えて分かる。そんな麗の怒りが飛び火しないように、正男達も麗の機嫌が受け取れるようになったのか、少しだけ距離を取っていた。

 白海は踵を返す寸前に、牧に最後の言葉を告げた。


「代永先生。先生は、清楚会の顧問になる準備をしておいてください。必ず、私がその悪女達が集う部活から救ってあげますから」


 それだけ告げて、白海は姿を消した。

 牧は首を傾げながら、何を言ってるんだろうという感じで意味が分かっていない様子だった。そんな牧に麗は、全力でバシンバシンハンマーを振う。

 部室に響く、壊れたピコピコハンマーの音。下手なハリセンよりも痛いんじゃないかなと思う。実際には結構痛いみたいで、正男達も結構実験台として活用されていたのを思い出した。

 麗は牧の胸倉を掴み、瞳を鋭くして叫んだ。


「貴様は本当に教師かッ! 私達の顧問なのかッ!」

「ひぃ!? な、何で、そんなに怒ってらっしゃるの……!?」

「当たり前じゃないの! 美樹ちゃんがもう少しで、あの女を倒す事ができたのに……アンタって本当に使えない教師ね! 免許剥奪よ!」

「ちょ、坂本さんまでどうしたんですか!?」


 うろたえる牧。仕方ないとも言えるが、牧は酷くタイミングが悪いところでやってきたと思う。その処分は麗に任せるとする。

 しかし、私は最後の言葉が気になっていた。白海が乗っ取った部活――保育支援同好会の少女たちには、正男達ボディーガードがいる。

 だとするのなら、次は一体どんな手を使って美人部を追い詰める気なのだろうか。

 白海という人間は、何を考えているのか分からないものだ。

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