正男・拓夫・直弘が護衛なんてしないっ!
翌日。学校の休憩時間を利用して、正男と拓夫と直弘を呼び出した。昼食時なので屋上には先輩方も多く存在していて、皆ガールズトークに花を咲かせながら箸で弁当箱に入ってるオカズを頬張っていた。そこに現れたイケメン男子三人と学校一の美少女である私が現れたとなれば、例え先輩であっても、食べさせあっているカップルでも私達の方へと視線を移すのは無理もない。
食事をする手を止めたこの学校の生徒達が皆注目する中で、私はベンチに座り、他の三人が私の前に立つという格好になった。
清楚会についての詳しい用件をここで話すわけにはいかず、昨日の夜には各々メールで伝えておいた。彼らはその件について確認しにきただけに過ぎない。
風が涼しく吹かれる中。正男が口を開いた。
「ようするに、俺達があの人達を守るって事ですよね」
「ええ、そうです。って言っても物理的な嫌がらせはあまりしないと思うのですが、念のためです。彼女達をボディーガードするに至って、彼女達の指示を受ける必要はありません。あくまで、正男さん達には彼女達が攻撃されるのを防いで欲しいのです」
「……なんとなくわかっていたことですけど、でも、美樹さんはそれで問題が解決されると思ってるんですか?」
正男の胸中の中でモヤモヤしているのが広がっているのか、納得のいってない様子で私に疑問を投げる。正男自身も敵対している相手の護衛なんてするとは思っていなかったのだろう。だが、脳筋の正男はともかく。拓夫や鷹詩、久光あたりは頭が良いから、清楚会結成の裏にはこういった事があったのが分かっていた筈だ。
ここでの問題。それは清楚会と美人部のどちらかが廃部になるかという話だ。直接的な決闘のようなものはないが、生徒会は必ずどちらかを潰そうという意見を示している。もちろん、清楚会が本来の同好会である保育支援同好会に戻れば、活動内容が被る事はなく、この対決は海の藻屑と化すだろう。
それが私の狙いだが、相手は白海 麗香。私達美人部の部長である麗があれほどまでに挑発・警戒をする相手なのだ。きっと執念や嫉妬心がやたら強く、また今まで接してきた人間の中では最高峰に性格の悪い人間だ。
もしも、清楚会もとい保育支援同好会の少女達が護衛である正男達をつけた場合。それに対して白海は必ず何かしらの攻撃をしてくる。それは精神・物理的でもある可能性が高い。そうなれば必ず正男達はいずれ駆けつける事になる筈だ。
「正男さんには悪いかもしれませんが、必ずあなた達は皆さんを助けに行く筈です」
「そう……ですか……。でも、俺は美樹さんを――――」
自分の意見を押し通すように、私に詰め寄ってきた正男の頭に私は抑制するかのように手を置いた。
「分かっていますよ。正男さん」
「み、美樹さん……」
頭を優しく撫でる私に、まるで感動したかのように顔をあげる正男。それを見ていた拓夫は何やら納得がいかないらしく、頬を膨れさせながら正男の事を睨みつけている。拓夫の隣にいる直弘も羨ましそうに人差し指を咥えながら私と正男の行動に目を焼きつけている。
納得のいかない様子の拓夫は眼鏡をかけなおし、咳払いしてから口を開け始めた。
「……それで、具体的には俺達は誰の護衛をしたらいいんでしょうか」
「それは拓夫さん達の間で決めてもらっても良いですか?」
「いや、そういうわけにはいかないでしょう。こういった護衛には必ずリーダー格と思われる人間に正男を付けさせるべきです」
「何故、正男さん何ですか?」
「それは美樹殿も一目瞭然でしょうが、この中で喧嘩になれば一番強いのは正男です。狙われる可能性が高く、かつそういった物理的攻撃を受けるのなら正男が護衛をしたほうが安全でしょう」
真面目に答える拓夫に私は笑って見せた。拓夫はどうやら護衛には納得してくれたようだが、リーダー格とは別の人を守りたいのか。それとも喧嘩になっても勝てないという予想なのか。恐らくは後者ではあるが、拓夫も本気を出せば正男に負けず劣らずといった力がある。これは拓夫が自分自身の力を過信していない証拠でもある。まったく根がまじめ過ぎる。
私はベンチから立ち上がり、拓夫の唇に人差し指を触れさせる。そうする事によって、熱弁していた拓夫の口は閉じられ、顔が茹でタコのように真っ赤に染まり、湯気が立ち上がる。そんな様子を見ると、私のした行為によって若干――いやかなり緊張しているのが窺えた。
「なっ!?」
「拓夫さん。あなたの力も私は信じています。正男さんが強いのは確かにそうなのかもしれません。ですが、拓夫さんも武術には心得がある筈でしょう?」
「……な、なぜ、それを……」
人差し指を離した私に、驚いた目つきで拓夫はボソボソと呟いた。
当然、拓夫の話は以前久光や鷹詩から聞いている。私が昨日の食事の時にメールした相手は久光と鷹詩の二人。彼らに正男達に護衛は務まるか聞いたところ、正男はもちろん。拓夫も直弘も、優香が襲われていた時に「このままじゃダメだ」と思ったらしく、身体を鍛えたり柔道などに通っていたりしているのを聞いた。ちなみに久光と鷹詩は主に身体を動かす事に関しては、昔っからダメだったので期待していない。
そんなわけで、拓夫の力も直弘の力も信じている。更に言えば、直弘辺りは絶大な力を持っているわけだ。
なにしろ、直弘の姉は警察だ。
「直弘さん。何かマズイ事があれば、すぐにお姉さんに連絡できるようにしてくださいね」
「え!? 何でそんな事知ってるの!?」
「久光さんと鷹詩さん情報です」
「ま、参ったなぁ……」
直弘は嬉しそうに後頭部の髪の毛を弄り、嬉しそうだった。
こうして、私は全員に各々の護衛を頼み、清楚会のメンバーの完全保護に徹底させた。
だが、問題点が一つ浮上した。
「も、もし、護衛っていうか、白海さんを何とかする事に成功したら、そ、その……ご褒美とか出るんですか?」
恐る恐る、顔を赤くしながら尋ねてきた正男。
そう言われて見れば、ご褒美なるものを私は考えていなかった。確かに、護衛を頼むのだから、彼らに報酬を上げなければ務まらないだろう。それにモチベーションもキッチリ上がる筈だ。
私は顎に手を置いて、空を見上げる。
何故か、三人ともクイズミリ○ネアで解答を待っている挑戦者のように緊張した面持ちで、私の言葉を待っていた。
「では、私が何でも言う事を聞きましょう!」
その瞬間、三人の男達は目を見開き、口を拳一つが入りそうな程大きく空けた。
次に、三人は背伸びをしながら、闘志を瞳に焼きつけた。
「おっし! さっさと護衛しに行くか!」
「フン、正男には務まらん。俺が白海の尻尾を掴むに決まってるのだよ」
「まぁまぁ。二人共、僕の力には及ばないんだからさ!」
こうして正男、拓夫、直弘の三人は、清楚会に染められた保育支援同好会のメンバーを守り、白海の尻尾を掴んだ者がご褒美を与えられると言われ、モチベーションを上げた。
三人は校舎の中に戻る。その後姿を見ていると、そこにいる筈のない幹の姿が見えてきた。
(私は……もう、隣にいる事はできないんだ……。過去でも、未来でも)
秋の初めを告げる風が吹いた気がした。
◇
放課後。その日は麗から言われて、以前から準備をしていた日である。準備といっても正男や久光などに買いだしに出かけさせたり、小道具を買ってきてもらったりとかそんな事だ。
会場の飾りなどは全部、部長であり、この会に力を一番入れている麗が担当する事になっていた。
一先ず部室に到着した私が、扉を空けると、そこには麗が一人で脚立などを使って部室全体の飾り着けをする姿があった。
まだ昼過ぎだからか、外は明るい。
そんな中、麗の額にから零れる汗が僅かな日光に反射される。煌めく汗を流しながら、準備を的確に終わらせていく麗。そんな姿に、私は恥ずかしながら感動してしまった。
麗は基本的には良い子なのだ。いつもは悪口を吐いたり、思った事をすぐに口に出してしまう傾向があるけれど、誰よりも人の喜びそうな事を実行する力があり、想いがある。
私は作ったわけではなく、自然に零れた笑みのまま麗に近づいた。
「一人で準備ですか、部長さん」
「ん? 美樹か。いや、まぁ仕方ないだろう。皆は皆で学校という社会があるのだ。付き合いもあるだろうし、何も私は部活だけに青春と言う名の時間を注げと言っているわけではない。それに、一人でやるのも案外楽しいもんだぞ」
いつものような不貞腐れた顔ではなく、飛びっきりの笑顔を向けてくる麗。確かに麗はそこら辺の女子の中では可愛いと言われる部類の女の子だ。けれども、私はそれでもいいんじゃないかと思う。だって麗の今の笑顔は誰よりも輝いていたんだから。
少しだけ麗の顔をぼーっと眺めていると、恥ずかしそうに麗は視線を逸らした。それから、再び飾り付けを始める間に、私に聞いてきた。
「……美樹。二人きりだから言う」
「はい?」
極めて真面目な声。この声で話す麗は滅多にない。という事は本当に心の中の声を吐きだそうとしているのだろう。
私も真面目に聞こうと思った。
「……本気で私と付き合ってくれないか?」
視線を逸らしていた麗は、再び私の方に向いてきた。
眼光は私の双眸を貫いているし、頬も固まっている。そして、余裕のなさそうな表情は何よりも、覚悟を決めた顔だった。
呆気に取られた私だったが、キチンと返した方が良いだろうと思った。
「わ、私は――――」
「い、いやッ! まだ答えは出さなくていいッ! す、すまない。ちょっと私も焦ったようだ。でも、やっぱり私の決意は揺るがない。美樹を必ず幸せにして見せる。だから、心の片隅でも良いから、私の気持ちを――――」
麗は脚立から少しだけ降りて、私の頬に手を添えた。
「知っておいてください」
再びの笑顔。だけど余裕がない。
そんな笑顔を見せられながら、今の言葉を聞いたら胸がギューっと締めつけられる。麗は本当に本気で私の事を思ってくれているのだ。
私は……。
「…………はい」
何も言えずに、真面目な麗の言葉に対して俯く事しかできなかった。
私は最低だ。




