私達が保育園で遊んだりなんてしないっ!
翌日。一日の授業が終了し、校舎には帰りの支度をする生徒達の姿が見受けられる。九月もまだ上旬だからか、暑さは依然として変わらず体力の消耗は少なくはなかった。そんな最中、私達美人部はこれから、とある場所に向かおうとしている。クラスメイトが私に挨拶をして帰る中、麗は私の机にまでやってきて皆が来るまでの暇つぶしをしていた。
『お姉ちゃん……ダメだよ……こんな所で……』
「ふふっ、何を言っている。こういう所でやるのがいいのではないか! さぁ見せてみよ! その欲望に染まった肉体を!」
「…………」
携帯ゲーム機で百合物のエロゲーを大絶賛プレイ中の麗。このゲームは恐らく久光が貸したものだろう。最近暇になったら久光からゲームを借りてやっていると報告を受けていたが、まさか放課後に大音量でゲームをするとは思っていなかった。
クラスメイトの女子は、近づき難い麗の趣味が実はエロゲーだと知っているので興味はなさそうだが、オタク系の男子は麗のやっているゲームに耳を澄まして何をやっているのか当てようとしていた。ちなみにゲーム画面を見せてくる麗は、恐らく私にプレイしてほしいのか、ずっと画面を私に向けてくる。いい加減、めんどくさいので止めて欲しいのだが、麗はグイグイディスプレイを見ろと強要してきた。
私はただ無言で本(今日は本格的ミステリー)を読んでいた。これは兄からオススメされたもので、珍しくラノベじゃないなと思い、貸してもらったのだ。
「あんた、学校でそんなものを大音量でやるものじゃないわよ」
「うるさい、牛女。携帯ゲーム機というのは好きな時にゲームをやれるから携帯ゲーム機というのだ。好きな時にゲームをして何が悪いのか教えてもらおうか?」
「げ、ゲームをすることに文句はないけど、ちょっと卑猥じゃない?」
現れたのは優香だ。もちろん、昨日の監視員モードとは違ってキチンと制服を着用している。優香もある種、人気を誇る女子である為か、教室に残っている男子生徒は細々と「優香たんキタ」などと呟いていた。まぁ、彼らからしたら、私でも優香でも付き合えればどっちでもいいのだろうが。私は断然拒否ですよ?
頬を赤くさせながら「卑猥」だと言った優香に対し、麗はムっとした顔を作り、頬を膨らませながら、ゲーム機を無理矢理優香に差し出した。
いきなりゲームを渡された優香は何が何だか、サッパリ分からずにとりあえずゲームのディスプレイを覗きこんだ。
「って、何よこれ! こんなの学校でやるものじゃないわ! 没収!」
「待てこの牛クソバカ女! 勝手に私の私物を盗るな!」
「いいえ! これは十八歳未満禁止ゲームよ! モザイクもかかってないじゃないの!」
「そこがいいんだろうが! 分かってないのは貴様だ! このクソバカ死に損ない牛女!」
「クソでもないしバカでもないし死に損ないでもないわ!」
睨み合う麗と優香。私の机の前で喧嘩をするのは自由だけど、ゲーム画面をこちらに向けないで欲しい。
チラっとゲーム画面を見ると「あっは~ん」というボイスが聞こえてきそうな程やらしい絵面だった。というのも、主人公(女)が短く黒い髪の毛で、相手をしているのは巨乳の桜色の長い髪をした美少女だ。麗はまさかここまでのクオリティーのゲームにまで手を出していたのか。私と麗にしか見えないこのゲーム。取り上げをするのは私のようだ。
「どちらにしろ、このゲームは私が預かります」
「へ? 何でだ美樹?」
「そうよ、あたしが預かるから良いのよ?」
「こんな誰かさんと誰かさんに似たゲームをアナタ達二人にさせるわけにはいきません!」
私は二人にビシっとゲームの画面を見せる。その様子を見た優香と麗は一度顔を合わせて、ニヤッと口端を上げながら私に近づいてくる。
「美樹はこれを見てオ○○ーでもするんだろ? まったく貸して欲しいのなら、素直にそう言えばいいのに。美樹はツンデレだな!」
「そもそも、美樹ちゃん。あたしはこんな黒髪の女主人公よりも、金髪巨乳女主人公の方が推すわよ! そしたら、多分美樹ちゃんも妄想しやすくなると思うわよ!」
私は絶句した。少なからず、この二人は私が取り上げる理由について、まったく気づいていない。っというか、この二人はむしろ推薦してくるとか、色々可笑しい。
とりあえず、このキャラを攻略するに至った経緯を麗に問いたださなくては。
「麗。何でこのキャラを攻略したんですか?」
「む? それは美樹に似て――――じゃなくて単純に好みだったからだ!」
「……じゃあ、これは何ですか?」
私はゲーム中での会話を早送りさせて、絶賛百合プレイ中の黒髪女主人公と楽しんでいる女の子の名前を言うシーンを見せた。
そこには、『美樹気持ち良いかい?』というセリフが書かれている。
それを見た麗は顔を真っ赤にさせて、すぐに私からゲームを奪い取った。
「そ、そそそそそそ、そそそれは! た、たまたま、みみ、みみみ、美樹という名前の女だっただけだ! 決して名前を私が決めたわけじゃない!」
「そうなんですかー。でも、そのわりに主人公の名前も『麗』ですね? これは何をしていたんですか?」
「――――。覚悟しよう。私も女だ。本当の事を言おう。妄想してまし――――」
「はい。没収です」
「ああ~私だけのエロい美樹がぁあああああああああ!」
そんなこんなで麗のゲームを没収する事により、事は収まった。それを眺めていたオタクの男達が「黒樹さんと谷中さん……見てみたかった」などと呟いていてた。そろそろ根絶やしにした方がいいかもしれないね!
ちなみに、本日の清楚会の様子を見に行くのは、私と麗と優香。そして従妹の美羽だ。美羽は私が麗のゲームを没収してから数分で現れた。他の男子部員や瑠花などには清楚会の偵察と伝えてある。その為、本日の美人部は四人だけで行う事になった。
わざわざ一緒に行くほど仲が良いわけでもなく、むしろ悪いので私達は清楚会の顧問のところまで行き、彼女達がいる場所を尋ねる。清楚会の顧問は、アメとムチのムチよりの人間の体育教師だった。彼に清楚会がどこにいるかを尋ねるとすんなりと教えてくれた。
そんなわけで、私達は四人で早速松丘保育園にまで足を運ぶ事になる。
◆
到着し、保育園に入ると皆が美樹の事を呆れて見ていた。
「わぁ~! これ、君が書いたの!? 凄いね! お姉さんにも何か書いてくれるかな?」
「うん、良いよ!」
「これは君が作ったのかな? 私にもできるかな?」
「できると思うよ! 一緒に作る?」
「ありがとう! あ、おままごとも! 皆でやりましょう!」
「お姉ちゃん、こっちでも遊ぼうよ!」
「うん! 待っててね!」
保育園に到着するなり、美樹は子供達の輪に先陣きって入って行った。なんというか、この光景はとても子供好きである事が伺える絵だった。いつもの笑顔が更に磨きがかかっているというか、さらに無邪気なものになっている気がした。
親が迎えに来るまでの間、保育士である職員の皆さんと一緒に子供の面倒をみる事になったのだが、私達は動けずにいた。
別の部屋では清楚会が先に到着して、遊んでいるのだという。しかし、私は子供が苦手なんだ。それは恐らく、未だに動いていない優香も美羽も同じだろう。
しかし。
「あははは! そこのお姉ちゃんってギャルなの?」
「違うわよ」
「でもギャルっておっぱい小さいんじゃないの?」
「そうとも言うわね」
「でも、お姉ちゃんはおっきいね!」
「ありがと、でもね、おっぱいが小さい人達がいる場所でそういう事を言うのは良くないわよ、ふふ」
「おい、牛女、こっちを見るな」
「優香ちゃん、あたしも一緒に見ないでくれるかな? あたしはまだ成長の余地あるから」
優香は男の子に連れ去られた。そして、二度と帰ってくるな。とか思いながら、美樹の方へと視線を移すと、これが違いだと言わんばかりに、美樹の元には男女問わずいろんな子供が集まっていた。そのうち絵本の読み聞かせが始まって、九割の子供が集められる。優香も美樹の元へと遊んでいた子供と一緒に行って、体育座りをしながら聞いていた。
完全に残された私と美羽。気がつくと美羽が誰かに引っ張られていた。
「ねぇーねぇー、何で絵本のお話聞かないのー?」
「何でって、あたしは大人だから」
「えー? でも、あたちと身長変わらないよね?」
「…………」
「嘘はいけないってパパとママが言ってたよ? だから、子供らしく皆で絵本聞こうよ」
「…………」
私は思った。美羽。君ほど可哀相な女の子はこの世に多くないだろう。やがて、子供が全員、美樹の絵本の元へと集まり、いつの間にか美羽も優香も聞き入っていた。約一名、かなり落ち込んでいるのか、邪悪なオーラが噴き出ていたが、気にするなと言われても無理なものなので、あえて私は何も言わずに美樹を眺めていた。
とても幸せそうに絵本を読む美樹。その姿に魅了されたのか、それとも絵本の話なのか。どちらかは知らないが、子供の瞳から涙がこぼれていた。その中で一番声を啜りあげて泣いていたのが優香だというのは、皆から一目瞭然だった。
かれこれ、時間が過ぎていく中。遂に私の元にも子供がやってきた。
「さっきから、何やってるの?」
「何って、私は君たちを監視してるんだよ」
「へぇーかんしかー。お姉ちゃんって『まな板』だよねー」
その瞬間、私の額の方で何かがキレる音がした。
「ほぅ……? 私をまな板呼ばわりするとは……。子供だから全然良いのだぞ? まな板なんて言われたとしても、私は全然平気だし、むしろまな板が可哀相というか、まな板に失礼というか、そもそも君はまな板という道具を知っているのか? まな板というのはな、人間が生きる上で絶対に必要なのだぞ? まな板を侮るな、そして、まな板に感謝しろ。でなければ、君も大きくなれないぞ? ま、私は別にまな板だなんて言われても全然気にしてないから、全然大丈夫だぞ」
「へぇー。僕は、お姉ちゃんのおっぱいがまな板だって言ったんだよ! でも、お姉ちゃんみたいなおっぱいの子が好きな人もいるんだね!」
「……ふふ。かもしれないな……」
美樹、優香、美羽が私の事を心配しながら見つめる。
大丈夫、大丈夫。私の顔がただの般若になってるだけだと思うから。
そんな中、このクラスの担当の保育士だろうか、その人が子供用の椅子をかき集め始めた。
「では、これから椅子取りゲームを始めます! お姉さん達も参加するから頑張ろうね!」
椅子取りゲームの開幕。
ここに子供に連れられた美樹や優香、美羽が一度集結する。
「麗……顔が般若みたいになってますけど大丈夫ですか?」
「……さすがに同情するわ。あんたも辛いのね……」
「あたしも麗ちゃんに成長の兆しを分けてあげたいけど、こればっかりは……」
私は空笑いした。
「大丈夫だ! 椅子取りゲームで暴言を吐いた子供を泣かせるまで私が勝つまでだ! 見てろよ! 子供ごときが私をバカにした罪を思い知らせてやる!」
高笑いした私に、私の武器である筈のバシンバシンハンマーを握った美樹に頭を叩かれた。




