美人部が臨戦態勢をとったりなんてしないっ!
「映画、面白かったね。直弘君」
「やっぱりハリウッドは違いますね。先輩ずっと映画に見入ってましたもんね!」
昼過ぎの映画館を出てきた直弘と瑠花。二人は映画の内容を交わしながら、スクリーンから出てきた。その様子を優香と美羽は眺めている。
ちなみに優香と美羽は大混雑中の映画館に入る事は叶わず、ずっと映画のチケットを販売している所を彷徨っていた。優香と美羽はデートをしてない筈なのに、チケットをあらかじめ買っていない優香に美羽は文句を吐き続けている。
そうこう二時間以上ウロウロしている間に、目的の二人が現れ優香と美羽はようやく、何もすることがない状況を打開する事になった。
「何で今日に限って映画なんか見てるのよ」
「事前にデートプランを教えてもらってないの?」
「そんなの知らないわよ!」
今回のデートプランは美樹と麗は知っている。ついでに言うと美羽も知っていた筈なんだが、優香には知らされていなかったようだ。と言う事は、基本的に優香は麗に信頼されてないんじゃないかと美羽は心の片隅で感じている。まだ松丘総合高等学校に転校してきて日が浅いけど、美羽にはなんとなく麗と優香が喧嘩しているところを想像できてしまった。
直弘と瑠花が腕を組みながら、どこかへと向かおうとした所に直弘の元へと電話がかかる。
「はい、荒田です。はい、はい。えー!? わかりました」
何やら驚いた様子で電話をする直弘。その隣にいる瑠花も不安そうに直弘の事を見つめていた。何か重要な事でもあったのだろうか。もし美人部に何かしらの事があったら嫌だったので、優香は携帯のディスプレイを開くと、麗からの着信が何件も入っていた。タダごとではないみたいだと優香は察する。
ちなみに、優香の電話帳に麗は「ペチャパイ」と称されている。それをチラッと視界に入れた美羽が、優香の胸を見て軽く舌打ちをしていた。
電話を終えた直弘と瑠花はデートが終了だと言わんばかりに、映画館を駆け出してどこかへと向かう。これから松丘総合高等学校に行く筈だ。
優香と美羽も同じく映画館を出ようとした時に、誰かにぶつかってしまった。
「キャっ!」
「あ、ごめん」
優香とぶつかった人は、男性のようだ。
差し出された手を握って立ち上がると、その人物は雅紀だった。
「あれ? 何で雅紀先輩が?」
「え、えーっと。あれだ。俺も映画を一人で見に来る事くらいあるんだよ」
「でも、この人さっきから映画館を私達みたいに彷徨っていたけど」
「……」
美羽がニコニコしながら、雅紀が映画館で優香と同じように直弘と瑠花を監視していた疑惑が現れる。雅紀は気まずそうな顔を作りだしてから、観念したように笑った。どうやら、目的は優香と美羽と同じだったようだ。
それから、優香は雅紀に美人部に良からぬ事が発生してると説明し、雅紀も一緒に高校へと向かう事になった。
◆
「とりあえず、麗? あの人は誰なんですか?」
蕣と白海が帰った後の美人部部室には、麗や正男と拓夫が黙りこみながら各々の定められた席に座っていた。その様子を一回見てから、私は溜息を深く吐く。
だが、誰も口を開こうとしなかった。それを見かねた綾子が私の右肩に手を添え、首を横に振る。まるで、この話は触れてはいけないと綾子が語っているようだった。しかし、暗い空気のまま黙っていては何も解決しない。
「あれはな、美樹には前、話したと思うが、私をかつて虐めていた首謀者なんだ。それまで壮絶な虐めが続いてな。確か事の発端が名前が似てるからだとか意味の分からない理由だったな。白海の虐めは徐々にエスカレートしていって、私の友人までも奪い去って行ったんだ」
「麗……」
当時を思い出し、悲しそうに瞼を閉じながら語る麗。その声は震えているのがすぐに分かり、麗にとっては辛い出来事だったんだなと思った。腕も小刻みに震わせているほど、トラウマなのだろう。
私は麗に同情するように、彼女の話をただ黙って聞いた。
「最期は悲惨だった。修学旅行のときにな、私にナンパをしてきた人がいたのだ。その人が白海の好みだったのかは知らないが、気にくわなかったのだろう。生徒指導で最悪の評判を連ねる先公を連れてきてな……。私の初めてを奪おうとしたのだ」
「…………」
処女を奪う生徒指導も最悪だが、そこで私は白海という生徒の人間的底辺さを感じた。よくもまぁそれだけの事をしても警察に捕まってないなと感心するくらいだ。というか、麗の話は誰かに聞いた事があるような……。多分、気のせいか。
私は白海に対する怒りが沸々と上がってくる。大切な、私の親友を戒めた人間として純粋に許せなくなっていた。
「その時は、そのナンパしてきた人に助けてもらってな。それからの高校生活では、生徒指導の先公が捕まった事によって、白海達も派手な事はできなくなってか虐めは消え去ったのだがな……」
そこで、正男が机を両手で激しくバンッ! と叩いた。びくっとしながら、全員が正男へと視線を向ける。顔には血管が浮き出て、今にも怒りが爆発しそうだった。
「ソイツは許せない……ッ! 俺はそういう曲がった事が大っ嫌いだ! 拓夫」
「熱くなるな正男。お前のそういう所は好きだが、冷静になって状況を考えろ。前に見たいに熱くなり過ぎて、殴っていい相手じゃないんだぞ」
「た、確かにそうだけどよ……」
振り上げた拳を、椅子に座りがながら冷静な拓夫に降ろされる。正男はどこへやっていいのか分からない怒りを消し飛ばす方法など知らず、ただ椅子に座るだけになった。
拓夫と正男の会話が終わると、カタカタというパソコンのキーボードを叩く音が響いた。そちらの方へと視線を送ると、久光と鷹詩が何やら難しい顔をしながら、ノートパソコンの画面を眺めていた。顎に手を置く久光と、マウスでサイトを調べるかのように何かを見つめ続ける鷹詩。
「……清楚会って言ってたよな鷹詩」
「ああ。だけど、まだ生徒会の学内部活記録書には記されてないな。っていう事は新設かもしれないな」
二人が難しい顔をしながら、お互いにパソコンを壁にして話す。この二人は何か有力な情報がないかと調べているのだろう。
一生懸命になって調べる二人の姿に、飛び出しそうになった拓夫と正男の姿を見て、私は軽く笑った。
「ふふ」
「美樹さんどうかしたんですか?」
「いえ、正男さんも普段は大人しいのに、見た目通り、そういう熱い所があるんですね」
「え、ええ……まぁ、なんというか……」
「私は嫌いじゃありませんよ?」
正男は「フっ」と軽く笑うと、顔が真っ赤になって腕組をしながら煙を出していた。あまりの単純さが正男の取り柄かもしれないが、今のは少々単純すぎじゃないだろうか?
「それに、拓夫さんも変わりましたね」
「俺は何も変わってなどいませんよ」
「そうですか? 少なくとも、私の記憶では拓夫さんと関わりを持ったのは、拓夫さんが美人部を潰そうとした時からですよね? その拓夫さんは今、美人部を潰させないと思って行動してくれてますからね」
「……ま、まぁそうですね……」
拓夫も顔を真っ赤にさせながら、視線を逸らした。
そして、麗が立ち上がった。
「何にしても、まずは清楚会というのが、どこにあるのかを調べなければいけないな。今、ここにいない部員共を集め、清楚会と美人部の全面戦争を起こすぞ!」
『はい』
それから麗は一度部室から出て、誰かに電話をしたようだった。
帰ってくると「使えない牛女だ」と呟いていたので、誰に電話をかけていたのかすぐに判明する。私はただ何も言わずに麗を半目で見つめながら呆れていた。
とりあえずの作業を終えた久光、鷹詩も交え、私達は黒板の文字を消した。今日の活動内容は大きく変更する事になる。何より、今回は美人部の廃部がかかっているのだ。
「杉本、清楚会がどこにあるか知っているか?」
「ああ、とりあえずは五階にあると話は出ている。つまり、この校舎にある筈だ」
「わかった。皆、全員揃い次第清楚会に殴り込みに行くぞ!」
こうして、本日の活動は清楚会に殴り込みに行く事になった。約二名ほど本当に人を殴りそうな人物がいるが気にしたら負けだろう。
それから数時間後に、優香と美羽と雅紀。その後にデートをしていた筈の直弘と瑠花。今、ここに美人部の副担任を欠く全員が集まった。
「部長なんだから、シャキっとしなさいよねペチャパイ」
「ふん、冗談は存在だけにしろ、牛女」
「麗ちゃん、あたしも負けないよ! その清楚会とかいう連中は許せないからね」
「期待してるぞ、美羽」
優香と麗はいつも通りに、仲良くなったばかりの美羽と麗も軽く挨拶を交わす。
「それよりも雅紀先輩には誰も電話かけてない筈ですけど?」
「……たまたま坂本さん達と会っただけだ」
「優香と? ……へぇ」
私はニヤニヤしながら雅紀を見つめた。優香にたまたま出会ったという事は、直弘と瑠花のデートが気になって後を付けていたのだろう。恐らく、この場で一番イケメンの雅紀は恋愛にはそうとう奥手だからか、そういったストーカーまがいな事も平気でしてしまうんだろう。
というか、やっぱりデートには納得いってなかったのかと私は思った。
「それよりも、ここを廃部にしようとしてる奴がいるんだろ? 俺も全力で協力するよ。なんせ、俺はここの部員だしな」
「当然ですよ、雅紀先輩っ」
麗に瑠花が近づく。
「あたしと麗ちゃん。それに今回は美樹ちゃんも一緒よ。あたし達にできない事はないわ! その清楚なんたらとかいう連中を叩きのめすわよ!」
「ああ、期待してるぞ。大船先輩」
こうして、私達は女子部員五名に男子部員六名のプラス顧問一人の総勢十二名で学校の廊下を、まるで医師の回診の如く歩き始める。
もちろん、先頭を歩くのは部長である黒樹 麗。そして、その後には副部長である私――谷中 美樹。その隣は坂本 優香。後には元親友達。
これから私達は、麗の事を虐めた最悪で最低な人間と激突しに行くのであった。