蕣がチョロインだったりなんてしないっ!
突然の生徒会長、朝霞 蕣の訪問に驚いたのに、彼女はさらなる地雷を落とした。それはこの数ヶ月間、麗と私で作り上げた美人部の廃部。生徒会長自らの言葉を突きつけられ、麗は固まるがすぐに動きだした。
「どういう事だ。私が貴様にどれほど奉仕したか忘れたのか? 朝霞生徒会長」
「これは、決定事項だ。生徒会に美人部が本来の活動をしてないとの報告があってな。それで、私は白海さんに貴様らの行動をチェックしてもらっていたのだ」
蕣は凛としながら麗に告げる。しかし、その態度に更に麗は憤りを感じたのか、徐々にクール&ビューティな顔が鬼のように怒りが滲み出し始める。数ヶ月間共に過ごしてきたけど、麗のここまで怒った顔を私は知らない。
ようやく我に返った正男と拓夫が、麗の背後に寄り添い生徒会長を麗と同じく睨みつけた。
「どういう事ですか、生徒会長」
「俺も納得いかない。美人部の活動は、部員同士でどうあれば美人とみなされるかというのが内容の筈だ」
二人のイケメンが蕣の前に現れる。正男と拓夫は身長が高いせいか、女子の中でも高身長の蕣が小さく見えてきた。正男は拳を握り締めながら、震わせている。恐らく、この状況を招いた犯人が誰なのか分かっているのだろう。白海を強く睨みつけている。この正男の鋭い瞳と言ったら、当時の体育会系の雰囲気が現れていた。正直、喧嘩ならば私達親友の中では一番強かったくらいだ。更にいえば、男限定ではあるが短気だった筈。しかし、私と出会って今は随分と大人しくなったものだ。
その隣に位置する拓夫は、眼鏡の位置を修正して白海を睨みつける。拓夫の性格は堅物だ。その為、曲がった事が大っ嫌いである。その性格が発動してなのか、頭の良い拓夫は首謀者である白海を正男と同じく睨みつけていた。
「……黒樹」
「何だ、生徒会長。私が貸した恩を仇で返そうと言うのか?」
「……この人達が部員の田村と井草か?」
「そうだ。貴様が廃部だとか言うから、怒っているんだぞ。もしかしたら、貴様の事を嫌いになるかもしれないな」
麗が嫌みったらしく言うと、蕣は身体をクネクネさせながら溜息を深く吐いた。
「あ、あの……田村君に井草君」
「何ですか?」
「何か用か?」
「あなた達、私のドストライクなの! 田村君は野生感溢れる体育会系って雰囲気が出てて好みなの!」
「はぁ」
「井草君! あなたのその知性感溢れるその雰囲気も好きよ! 将来医者にでもなるのかしら?」
「ああ」
蕣は双眸を両手で当てながら、大きく仰け反った。まるで感動したかのような姿の蕣。この生徒会長大丈夫だろうか? っという思いが私の中で不安が溜まっていく。そんな中、麗が腕組をしながら白海から視線を逸らして、瞳を閉じ鼻で「ふん」っと一息吐いた。
「何よ、黒樹」
「もしかしてのもしかすると、貴様。この二人のファンだろう?」
「ギクッ」
蕣は身体を小さく跳ねさせて、正男と拓夫から視線を逸らして、目が泳ぐ。かねがね噂は知っていたが、本当に正男と拓夫にファンがいるとは思っていなかった。っていう事は直弘や鷹詩、久光にもファンがいるのだろうか。小さな疑問が頭を過るが、とりあえずはこの状況を片してしまった方がいいだろうと私は思った。
しかし、私の出番はない。麗が邪悪に満ちた微笑みのまま、口を開いた。
「まさか生徒会長が、そのような浮ついた気持ちではないよな?」
「そ、そそそ、そんなことないわ!」
「ほぅ? 折角私がコイツらとのデートを許可しようと思ったが、そんな事ないのなら、別にいいか」
「ちょ、ちょっと待ってよ! そんなに黒樹が言うのなら、私だってデートしてあげても構わないわよ!」
「ほぅ、だが、ファンじゃないのなら、ファンの子とのデートを優先させてあげなければ可哀相だからな~」
「い、いいんじゃない? そ、そもそも、私生徒会長だから、田村君達が健全な休日を行ってるか観察する義務があると思うわ!」
「生徒の監視までするのか、生徒会長。だが、田村達を怒らせたとファンが知ったらどうなるか……」
「ぐ……」
そこで蕣は口を閉じ、わなわなと腕を震わせながら、覚悟を決めたのか。麗に向かって人差し指を向けた。
「わ、分かった! 美人部の廃部発言は撤回する! その代わり、私と田村君か井草君はデートする事! それでいい?」
蕣は権利を行使して、私情まで挟み出した。顔を真っ赤にさせながらも、余程正男達が好きなのだろう、途轍もないくらい嬉しそうに口端がピクピクと上がりそうになるのを堪えていた。
その発言を聞いて、麗はニヤリと悪役っぽく笑った。それが交渉成立の合図だったのか、蕣も一息吐いて安心したようだ。
「ちょっと待ってください! 部長さん、俺と生徒会長がデートするんですか!?」
「うるさいゴリラ男。美人部の為だと思えば軽いものだろう。それに美人部が廃部となれば、貴様と美樹との接点はなくなり、日常で会話などできず無様な高校生活を送る事になるのだ。さぁ、選べ。生徒会長と我慢して、一日だけデートして、これからも美樹と接点を設けるか、それともここで廃部になって高校生活で美樹と話せなくなり、美樹に存在を忘れられてしまう日々」
「そんなの、当然前者に決まってます!」
「いいぞ、ゴリラ。私の中では貴様の株が上がったぞ」
「ど、どれくらいですかね?」
「ゴリラに毛が生えたくらい」
「全然変わってませんね!」
正男の怒りはどこへ行ったのか。私はこの単純な正男に感心しながらも、残念でもあるなと思った。
「俺はデートなどしないぞ。休日は基本的に勉強で忙しいしな」
「じゃあ、退部だ」
「……前言撤回だ。喜んで会長とのデートをさせてもらいます」
「眼鏡も物分かりが良くなってきたな。私は嬉しいぞ」
「ありがたき幸せ」
なんだかおかしな空気になってしまった。
麗に跪く拓夫と正男。美人部の廃部宣言をしたのにも関わらずゲームに夢中の鷹詩と久光。腕を組みながら偉そうに踏ん反り返っている麗。そして、正男と拓夫のイケメン両方とのデートが確定した事に大喜びの生徒会長蕣。
この異様な空気に、私だけが取り残されていた。
「冗談じゃないわ。生徒会長。アンタもしっかりしなさいよ」
「……いや、そう言われても、こんなイケメン二人とのデートだけは譲れない!」
「それはそうだけど……ってそうじゃなくて、ちゃんと仕事しなさいよ!」
機嫌が悪く生徒会長を咎める白海。こちらも麗と同じく腕を組みながらイライラしている様子だった。そう、本当の敵は白海なのである。文句を言いだした白海に対し、麗は皆が聞こえるような音量で舌打ちをした。
その音が響き、白海は麗を睨みつける。
「この部活は廃部になるべきよ。だって、部活動として水着イベントになんて参加してるんだから!」
「あ? 何をふざけた事を言っているんだ、このクソ女は」
麗にとって黒歴史としか言いようのない水着コンテスト。白海は麗の掘ってはいけない場所を抉ってしまったのだ。しかし、白海はそんな麗の明らかに機嫌の悪さに動揺する事なく、目を細める。
そして、白海は制服の胸ポケットから、何枚かの写真を取り出した。
「これ、どう説明つけるの? 合宿と称して遊んでるだけじゃない。しかも、部員にエロい水着とか着させようとして。部長として最低ね」
その写真は、麗が何故かムーンサルトをしている写真と、私がエロい水着を着ている所を激写させられたものだ。私は恥ずかしくなり、顔を隠して白海を睨みつける。
肝心の麗だが、黒歴史がこうして証拠となって残っている事にショックを受けたのか、目を泳がせてかなり動揺していた。
「こ、この写真は……ッ!?」
「確か、美人部って美を磨く部活なのよね? でも、これってただ遊んでるようにしか見えないわね?」
「くっ! 白海ッ!」
麗の我慢が限界なのか、白海の胸倉を掴み壁へと押し込む。
「貴様ァッ! 一体美人部を廃部にして何がしたいんだ!」
「何って、仕返しよ。忘れたとは言わせないわよ」
「いつまでもネチネチとッ! あれは貴様の愚かさが悪いのだろうが!」
「うるさいわね! アタシをここまで底辺にまで追い込んだのは誰だと思ってるのよ!」
両者一歩も譲らずの展開。さっきまで惚けていた蕣も、慌てて二人を止めようとするが、一発触発の雰囲気を匂わせる二人に近づけずにいた。私もこのままでは、殴り合いの喧嘩になると思い、止めようとするが二人の間には最早私ですら入れそうな隙はない。この二人に何があったのか私には分からないが、そうとうな事が遭ったには違いなかった。
そして、どちらからともなく、片手を掲げビンタをしようとする。
お互いを睨みつけた麗と白海の平手は、お互いの頬に炸裂――――――――しなかった。
「何をやってるんだ。ここは美人部の部室だ。喧嘩なら余所でやれ」
麗と白海の腕を止めたのは、綾子だった。いつもの男癖が悪そうな綾子ではなく、今の綾子は真面目な一人の熱血教師のように逞しかった。二人の少女は綾子の腕から、手を離す。
「お前らな、良い年して何やってるんだ」
「もとはと言えば、貴様が原因だ。クソ顧問」
「何とでも言え。とりあえず朝霞、どうして生徒会長のお前がここにいる」
こうして、事の発端を蕣が綾子に説明していく。蕣の話に首を縦に振る綾子は、蕣の話を聞いて納得した。
「分かった。とりあえず、私が悪いな。水着コンテストについては謝る。済まない」
「い、いいんですよ、先生」
素直に謝る綾子。その姿はいつもの綾子を知っている私達は驚いた。普通に教師らしい態度には、皆が感動させられている。
しかし、白海が蕣と綾子の間を割って入り、ニコっと笑った。
「ですが、廃部は逃れませんよ」
「今謝っただろう? 私が原因なんだ。黒樹は関係ない」
「その件はもういいです。ですが、やっぱり美人部には廃部になってもらいます」
白海の言葉に、美人部全員が息を詰めた。
「アタシ達、清楚会と活動内容が似てるので、潰れてもらいたいのです」
「なんだと? おい、朝霞。そんな物承諾したのか?」
「え、ええ。本当にまともな部活だったので……」
口ごもる蕣に、綾子は盛大に溜息を吐いて、麗に期待の眼差しを向ける。それを受けて麗は、この展開をなんとなく分かっていたのか、首を縦に一度振ってから、極めて真剣な顔で蕣の目前にまで歩み、口を開いた。
「ならば、その清楚会とやらを拝見しようじゃないか。それからでも答えは遅くない筈だ」
麗の言葉に蕣は頷いた。
「黒樹一年生。では、清楚会と美人部。どちらかを残すか、私が審議しよう。それで文句はないか?」
「ああ」
「分かった。審議の日取りは決まってから連絡する」
こうして、麗率いる美人部と白海率いる清楚会はぶつかり合う事になった。
そして、私から一言。
(今回、私。一言も喋ってないんですけど……)




