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美羽と麗が楽しく猥談なんてしたりしないっ!

「ねぇ、この人って美鈴姉さんが言ってた麗ちゃんって人?」

「え、ええ。そうですけど、それがどうかしましたか?」


 放課後。部員が増えた美人部は解散し、私と麗と直弘と美羽で、瑠花の傷心を癒やすデートプランを考える為に、学校近くのファーストフード店に行く途中での会話だ。他の連中には帰ってもらい、美人部の部長と副部長で話を聞こうと思ったのだが、何故か美羽まで同伴してしまったのだ。別にいてもいなくても変わらないので、良いという部長である麗の意見で、美羽は会議に参加する事になった。

 辺りは夏が終わったからのか、それとも時間的な要因からなのか。定かではないが晴天を保っていた空は、今まさに夕暮れへと変化を遂げていた。所々の街頭には、ちらほらと電灯が光り出していた。

 私と麗を中心に歩き、麗の隣に直弘が不思議な顔で私達を眺めていた。恐らく、新たに加わった美羽の姿が小学校六年生にしか見えないという疑問が、魚の小骨のように喉に引っ掛かっているのだろう。

 美羽は麗の事をジロジロと、まるで珍獣でも眺めるかのように見ていた。


「……私の顔に何かついてるのか?」

「いやぁ――――何か、想像してたのと違うなって」

「……この際だから聞くが、どういう人物像を予想していたのだ?」

 

 麗が困った顔で美羽に聞くと、美羽は幼さが残る人差し指で顎をグリグリと回しながら、考えこむように空を眺めだす。「うーん」と唸りながら、美羽は必死に自分が思い描いていた麗の人物像を思い出していた。

 それから数秒経った後、頭の中にある豆電球が灯ったのか、美羽は無邪気な笑顔で麗の人物像を思い出したようだ。


「えっとね、あの美鈴姉さんが推す人物っていう事を考えてたら、外国人みたいに高身長でスタイル良くて――――」


 チラっと麗を見ると、不思議と彼女の身体に見えない剣が刺さっているのが分かった。これは結構なダメージですね!

 しかし、麗へとダメージを与えているとは知らずに美羽は続ける。


「髪の毛長くて、優しそうで、おしとやかで、それはもう――――大和撫子みたいな!」

「ほぅ……」


 見えない剣を何本か己に刺した麗は、全くもって無傷の表情で美羽を見返した。それはもう悟りを開いた大仏のような境地の顔だ。こんな麗は見た事がない。というか、怒ってるのかもしれないし、ダメージを受け過ぎて悟りを開いたのかもしれない。よく分からないけれど、平常心でない事は手に取るように分かった。

 そんな麗は、美羽の頭を撫でた。この行動は普段の麗を知る私や直弘にとっては衝撃以外の何物でもなかった。直弘なんて『あの部長が人の子の頭を撫でているだとぅ!?』とか思っているのだろう。顔を見ればすぐに分かった。

 そして、麗は三日月のようになった口を動かした。


「いくら、御姉様の血族とは言え、許さんぞ」

「ひぇ!?」

「お前、勘違いしているようだから言っておくがな、貴様が御姉様や美樹と血が繋がっている以前に、私の部下なのだ。そう――――つまりは私の手足。例え悪気がなくても、私にダメージを与えるという行為は許さん」

「ひぇぇぇ!?」

「という事で、私の愛の鞭を喰らうが良い」


 先ほどの悟りを開いた笑みとは真逆の笑み。それは私達の間では密かに悪魔の頬笑みとまで言われているスマイルだ。麗は微かに笑い声を囁き、鞄の中からある物を取り出す。

 一見、どこにでも売っているような百円均一のピコピコハンマーの柄。しかし、刀身は叩きに叩いた結果、ボロボロになった改名バシンバシンハンマー。柔道で中学の全国大会にまで出た正男をボコボコにした過去の名武器である。その柄をまるで魚を手掴みするかのように握りしめ、麗は思いっきりバシンバシンハンマーを振りかぶった。

 そして、ホームランでも打つかのようにバシンバシンハンマーを振う。


「ゴヘッ!?」

「あ」


 しかし、麗の狙いは美羽ではなく、直弘の顔面にホームランした。九回裏のツーアウト満塁だったなら良い終わり方だったのではなかろうか。

 見事に顔面に麗の攻撃を受けた直弘は、顔を真っ赤にさせながら尻もちを着いた。おかしいな、これ百円で売ってた筈のピコピコハンマーなのに、使えば使うほど威力が上がっているような気がするよ!

 私は慌てて直弘に近づき、しゃがんでハンカチを渡す。


「直弘さん大丈夫ですか?」

「う、うん……痛かったけど……まぁ大丈夫だよ」

 

 そう言いながらも、私のハンカチをなんの躊躇いもなく受け取り、自分の顔をまるで洗面所のタオルのようにハンカチを使って拭いていく。ハンカチを渡した私もだけど、このタイミングでハンカチって必要なかったね!

 ハンマーをスイングした麗は罰が悪そうに、私から視線を逸らしていた。というのも、この後私からの説教が始まると予測しているのだろう。その証拠に、肩が小刻みに震えているのが分かった。


「……麗?」

「ま、まぁ仕方ないじゃないか! わ、私は当てるつもりなどなかったんだぞ!」

「それでも謝ってください。麗は叩かれて嬉しいんですか?」


 私からの叱咤を受けた麗は、唇を尖らせ、まるで親に怒られた子供のように拗ね出した。本当にいつまで経ってもこういう所って変わらないんだろうなと私は思った。しかし、ここで私が折れてしまえば、彼女は一生このまま子供のまま生きていく事になるのだ。親友として私が一度ビシっと言ってやらなきゃダメだ!

 両腕を腰に置きながら、仁王立ちのように麗の前に立ちはだかり、麗の逃げようとする視線を囲んだ。目のやり場に困った麗は、観念したのか、私の瞳を直視しながら、モジモジと口を開いた。


「み、美樹に叩かれたら嬉しいっ」

「……ドMなのかドSなのかハッキリして欲しいですね」

「何を言っている! 私は美樹限定でドMだ! 今も叩かれると思ったら、ドキドキしてきた!」

 

 そんな麗を見ながら美羽と直弘は溜息を深く吐いていた。


 夕暮れと夜の境界線を尻目に、私達は学校近くのファーストフード店に入った。平日のこの時間は、普通に学生しかいないので店内は意外に空いていた。店員も客も学生であるせいか、笑い声などが絶えなかった。

 そんな空間にも、当初の麗はイライラしていたのだが、最近では慣れてきて平気といった様子だった。直弘は中学の時に、当時の幹達とよく溜まり場になっていた為、気にするも何も、これが普通だとか思っているに違いない。

 そして、美羽だが……。


「じゃあ、このハンバーガーのMセットをお願いします」

「え? えーっとハッピーセットでなくて、よろしいんですか?」

「責任者呼べ」


 子供だと間違われ、同じくらいの年齢のアルバイトと喧嘩を始めてしまった。といっても一方的に美羽がガミガミと文句をぶつけていただけだったが。それを宥めるのは珍しく麗だった。

 一応イライラが収まった様子の美羽を引きつれて、私達は近くの四人掛けテーブルに腰掛けた。ようやく、ここまで来れた気がして堪らなかった。というのも、美羽や麗が冷戦を繰り広げていたせいで、中々ファーストフード店にまで辿り着けなかったのだ。

 ソファ席に私と麗。そして向かい側に直弘と美羽が座り、私達の本題が始まった。


「えーっと僕的には、これから仲間になる瑠花先輩に媚を売るような事はしたくないんだけど……」

「そうは言っても、このデートは重要なんだぞ? 貴様のデートプラン次第では、これからの美人部の活動に支障を来す場合がある。例えば、貴様がデートを失敗させたせいで、大船 瑠花が美樹の事を好きになったら、どう責任を取るつもりだ!」

「大丈夫だよ! そんな時は、僕が美樹ちゃんの恋人に――――」


 笑って話す直弘に、麗と美羽が顔を近づけた。


「貴様。死にたいのか?」

「樹海って暗いらしいわよ?」


 直弘は笑って流した。


「でも、十中八九、僕に惚れさせる必要はないんでしょ?」

「んーまぁ、そうなるが、状況次第では貴様の技を使って欲しいな」

「っていうか、荒田君ってそういう異性を落とすテクでも持ってるの?」


 麗と美羽は、密かにメモを構えて直弘の話に、机を乗り出して聞いていた。


「うん、っていうか、必殺技みたいな?」

「へぇーカッコいいわね」

「貴様がそういうフレーズを使うとは思っていなかったな」

「まぁね」


 照れくさそうに後髪をいじりながら直弘は笑っていた。

 この話を私はただただ、ジュースを飲みながら聞いている事しかできなかった。


「じゃあ、やってみせてよ!」

「私も見たいな。貴様の必殺技というのを!」

「良いよ」


 そう言って直弘は、椅子から立ち上がって、何故か私だけを見つめ出した。どうやら私にその必殺技というのをやるらしい。っていうか、相手を落とすテクニックなのに、必ず殺していいのだろうか?

 一呼吸置いてから、直弘は動いた。


「僕、今日泊まるとこないから、良かったら一晩――――一緒にいて欲しいな!」


 空気が冷めるってこういう事を言うんだなって私は初めて思った。


「あ、あははは……。ま、まぁ私達には効かないみたいだなー」

「そ、そうだねー。麗ちゃんはちょっとアブノーマルだしねー」

「ふ、二人とも、落ちたフリしないと直弘さんが可哀相ですよ!」


 そう言うと、麗と美羽の二人が私を見つめた。いや、二人ともかなりの棒読みだったから、直弘が可哀相過ぎると思うんだけど!


「み、美樹。これ以上、荒田を惨めにさせるな!」

「そ、そうだよ! 虐めは良くないよ! お姉ちゃん!」

「え、な、何で私が直弘さんを虐めたみたいになってるんですか!」


 そう言うと、直弘が瞳を潤わせて私の事を直視してきた。

 これって私が悪いんでしょうか?


「……う、ううん! み、美樹ちゃんは悪くないよ! あ、僕ジュース飲み過ぎたから、トイレ行ってくる! あはははは!」


 そう言いながら、直弘はトイレに行き、三十分籠った。


 直弘が去った後の私達のテーブルでは、ガールズトークが開始していた。今日のお題っというか、直弘のデートプランも先ほど入念に聞いておいたし、彼がトイレに行ったきり戻ってこないしで、私達は乙女の会話を弾ませていた。

 だがしかし。


「いやー、あのキャラの名セリフは、『俺のイオスをお前のセイントエッグルームに届けてやる!』だな!」

「またまたー麗ちゃん、それを言うなら『私があなたのイオスを受け止めるわああああああああああ!』でしょ!」

「ははははっ! 中々分かっているではないか! しかるに私的にはイオスは男性のアレだと思うのだが!」

「さすがですね麗氏! 男性のアレに決まってるじゃないですか!」


 会話が深夜アニメの内容だというのは分かる。しかし、内容が何も知らない人が聞くと、ただの卑猥なアニメ話をしているようにしか聞こえない。早く止めさせたいんだけど、この二人もさっきこそ喧嘩していたが、私の姉である美鈴と同じように何故か二人はマッチングしてしまったようだった。私の家族と仲良くなる素質が麗にはあるらしい。

 そんな中、会話がうるさいせいか、誰かが止めに来た。


「相変わらず、下品な話してるわね。まな板おっぱいの黒樹ちゃん」


 その声で一瞬にして私達のテーブルは凍った気がした。というか、凍ってる。私が飲んでいたバニラシェイクが更に冷たくなった気がする。

 私は麗に喧嘩を売った人間の事を見つめる。金色のショートヘアーで形の良さそうな胸。そしてスタイルはモデルばりに良いし、肌も白いし、顔も悪くない。的確な表現をするならば、優香よりもやや劣っているような美人である。という事は必然的に私の魅力の、足元にも届いていないわけだけど。

 そんな彼女は麗を睨みながら、言った。


「黒樹。お前がそうやっているのも今のうちよ。必ず美人部はあたしが潰して見せるわ!」


 いきなり何を言うんだこの女は。私はすぐにそう思ったが、彼女の制服を見て驚愕した。それは同じ松丘総合高等学校の生徒だった。麗も同じように制服を確認したときに一瞬目を見開いていた。そして、僅かに深呼吸してから彼女の事を睨み返した。


「どうやって私の通ってる高校に転入してきたかは、この際置いといてやる。だがな、私の居場所を壊そうとするのなら、一生許さないぞ。白海 麗香ッ!」


 麗が力強く叫ぶように言うと、白海は麗の事を見下しながら、ファーストフード店を去った。


 そして、直弘の目が腫れていたのは別の話である。

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