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部員が増えたりなんてしないっ!

 翌日。

 世間では残暑だと騒いでいるのに、くっつくカップルのような女子二人。

 まったく見てるこっちが熱くなってくる。

 ……私達だ。


「美樹お姉ちゃんと一緒のクラスだと良いなぁー!」

「……美羽。もうちょっと離れてください。カップルに見えたらどうするんですか」

「いいじゃん! 女同士でカップルには見えないよ!」

「せ、正論ですね……」


 私の手を、まるで宝物のように握りしめる、同じ制服を着た幼女にしか見えない高校生が一人。それは私の従妹だ。

 あれは昨晩。

 何故、美羽が中谷家にいるのか父と母に問いただした時の事だ。


「何で美羽がいるんですか!」

「何でって言われても……お父さんが頼まれちゃったから……」

「仕方ないだろう。だって美羽がどうしても幹に会いたいって言うんだから……」

「そもそも私は美樹なんですけど」

「いいじゃない。麗ちゃんがいなくなって寂しいところだったんだから」

「いや、そもそも私は麗がいなくなっても寂しくないんですけど」

「それを言ったら麗ちゃんに失礼よ?」

「はぁ……」


 と、言うわけで母に逆らえずに、美羽の来訪を許してしまった。

 更に言うと、美羽は帰国子女であり、海外に住んでいる父の妹の子供だ。彼女は幼少期からずっと私と遊んでいて、仲が良かったらしい。らしいというのは記憶が綺麗サッパリないという事なわけだ。

 ちなみに、美羽は松丘総合高等学校の生徒――――つまり、私達と同級生になるらしく、今日から三年間通うらしい。卒業後、また海外に戻るとか言ってるけど、本当なのか分からない。

 それから、私が女子になったのだと説明したところ、姉と同じく興奮した様子で、一つ一つを舐めるように確かめられ、私は安心して眠る事すら阻まれた。

 よって睡眠不足なわけだけど、美羽のわけのわからない持論で、女同士でも大丈夫という名のもと私の手を繋いできた。一体、何が大丈夫なのか知りたいものだ。これでは完全に、親子としてしか見られないだろうし。さっきも近所のおばさんには親子に間違われたくらいだ。

 そんなわけで、今日から同じ学校の生徒なわけだけど。


「そ、そんなぁ!」


 がくっと肩を落としながら、落ち込む美羽。

 そこは職員室前だ。私と美羽の前では、眠そうに出席名簿を眺める綾子の姿。


「こればっかりは無理だ。私のクラスは定員でな」

「な、なんとかしてくださいよ! 婚期乗り遅れたオバサン!」

「だぁれがオバサンだ! まだまだ私はピチピチの二十代だボケっ! しかも綺麗な身体だ!」

「それって処女って事ですかね? ……ドン引き」

「おいコラッ! テメェええええええええええええ!」


 言いたいだけ言って逃げた美羽。今日から通う学校なのに、どこに教室があるのか分かってるのだろうか。若干の不安を抱えながらも、分からなければメールしてくるだろうと思い、私は杞憂であることを祈った。

 それから綾子は溜息を深く吐き、私に視線を戻した。


「……ま、美鈴達の血縁って言うのなら説明がつく奴だな」

「あ、あはははは……」

「で、谷中。お前は平気なのか?」


 極めて真剣な瞳の綾子。

 先ほど、私のクラスは定員であると説明したが、登校日である昨日から出席していない生徒は一人いた。その人物は、別にサボって学校に来ていないのではない。

 この世から姿を消しているのだ。

 夏休み中に、亡くなった私のかつての恋人。彼は重度の病気を患いながらも、私と最期の時を過ごし、そして私を残して逝った。彼が亡くなってから、もうすぐ一ヶ月が経とうとしていた。私的にはだいぶ治ったほうだと思っている。

 だが、綾子は気にしているのだろう。そういうところだけは教師だな、と私は不本意ながらも感心してしまった。


「……私は平気ですよ。杉本先生」

「フン、そうか。なら良い。谷中、この先彼よりも素敵な人は現れないかもしれない。けどな、ちゃんと前を向いて生きるんだぞ」

「……はい」

「そうすれば、必ず、私のようにならないで済むんだからな」


 綾子はフッと微笑んで、真剣な瞳を解いた。優しげな顔をした綾子は、それから眠たそうな顔を作らずに、出席名簿を片手に持ち、職員室を後にする。

 綾子自身もかつては愛した人がいた。それは料亭に行った時の事だ。そこには笑顔の綾子が映っており、幸せそうだった。その時の話は未だに聞いていないが、彼女にも何かしらの不幸が降りたに違いはなかった。でなければ、あそこまで説得味のある顔を綾子にはできないだろう。彼女もまた、素直な人間の一人なのだから。

 それにしても説得力がある。綾子のようにならないっというのは、モテないで婚期を乗り遅れるって事になる。それもまた私には納得のできる話であった。




 ◇




 放課後の部室。そこには、いつものメンバーである私達美人部と、その他二人の顔があった。それは夏に壮絶な戦い(?)を繰り広げた相手である大船 瑠花と、私の元恋人の兄である雅紀の姿だった。

 二人は私同様、雅史を亡くした事による峠を越え、スッキリ――――とまではいかないが、新たな道を踏み出そうとしていた。

 今日、ここに来るのは以前知らされていた事で、私達は身構える事なく二人の入室を受け入れた。


「……以前は迷惑をかけてしまって、ごめんなさい」

「俺からも謝ります」


 二人は私に向けて頭を下げた。葬式の時にも瑠花には頭を下げられたが、彼女を罵倒する事なく、私は彼女の謝罪を断った。瑠花もただ雅史の事が好きだっただけだし、何もかも悪くないと言ったら話が違うかもしれないけれど、それでも謝罪されるのは場違いだと私は感じた。だから、瑠花には謝って欲しくなかった。

 頭を下げた二人を皆、微笑ましく思い見守っている。


「別に謝る必要はない。私も美樹を別れさせたかったのは言うまでもないしな」

「……そうね、あのときも麗っちが一番楽しそうだったもんね」

「まぁな」


 腕組をしながら俯き笑う麗。あのときというのは、動物園デートで私と雅史を邪魔していた時のことだろう。麗は確かに嬉しそうに実行しているに違いなかった。だが、それも過去なので私としては、麗につっかかる事もない。

 全て終わった事。生ある者は、亡き者の代わりに生きなければならない。それが残された者の運命(さだめ)だろう。

 

「……それで、貴様らはただ、謝りに来たわけじゃなかろう?」

「良く分かってるわね。麗っち」


 麗と瑠花が睨みあうようにして、目を合わせ笑っていた。

 私達も大体の事は察していた。この数ヶ月間麗と付き合っていて、この笑顔が何かを企んでいると感じ取れる。

 

「あたしも、この部活に入って、一から美を磨いて新たな恋を始めるわ!」

「だろうな。顔を良く見れば分かる」

「さすが麗っちだね!」


 笑顔で握手を交わす麗と瑠花。

 その姿に惜しみない拍手が送られ、私の元へと瑠花がやってくる。


「今度、同じ人を好きになっても、正々堂々ちゃんと戦って、美樹っちを負かしてあげるわ!」

「望む所ですよ、先輩」


 私と瑠花も握手をする。そこにも皆が笑顔で拍手をしてくれた。それから雅紀も入部するという事になったのだが、そこには拍手は送られなかった。これは完全に、皆が雅紀を敵視しているという事なのだろう。

 皆が瑠花の入部を歓迎してる中、私と雅紀は隅っこの方で座り、皆の姿を眺めていた。


「……ところで、先輩とはどうなんですか?」

「先輩って瑠花との事か?」

「はい」

「ああ……」


 雅紀は少し残念そうに溜息を吐いて暗い顔をしてみせた。その表情を察するに、恐らく瑠花との距離は縮まってないのだろう。それを隠すように雅紀は、私と視線を合わせずに、窓の外を眺めている。

 そちらに視線を送ると、まだ気温が高い外では鳥達が気持ち良さそうに泳いでいた。


「フラれた」

「でしょうね」

「随分冷たいな。もうちょっと慰めてくれないのか? 俺はフラれた側なんだぞ?」

「ええ、というか、タイミングが悪かったんじゃないんですか?」

「そうとも言う……かなぁ……」


 雅紀の話では、葬式の後、悲しみに暮れる瑠花を慰めつつ、雅紀は誰もいない部屋で瑠花を抱きしめたのだと言う。しかし、瑠花は一人にしてほしいと言い、雅紀は何も言えずに瑠花を部屋から逃してしまったらしい。それからなんとなく雅紀は瑠花との距離が掴みづらかったらしいのだが、瑠花は何とも思ってないらしく、それがまた雅紀の恋心を抉っていたらしい。

 まったく瑠花の鈍さも雅史同様で、筋金入りだと思う。


「ま、気長に頑張るさ。言い方悪いかもしれないけど、危機感は消えたしな」

「そうですね。雅紀先輩も頑張ってくださいね」

「ああ、何とかしてみせるよ」


 イケメンフェイスで笑顔を作る雅紀。その笑顔はどことなく雅史に似ていて、少し涙がこぼれそうになったが、皆の前なので流さずに何も見なかった事にした。

 しかし、そんな話をしていた矢先、麗がとんでもない事を言いだした。


「瑠花。新たな一歩を踏み出すというのなら、新たに好きな男子を探せばいいのでは?」

「ふぅん、確かに一理あるわね」

「と、そこで我が部には、一応イケメンと騒がれている部員が既に五名存在している。私にとって邪魔なので、取っ払って欲しいので誰かとデートしてもらってもいいか?」

「「「「「え」」」」」


 雅紀が固まって、他の五名も固まる。いや、この部室にいる瑠花と麗以外の全員が固まっただろう。この発言は空気が凍った。

 多分、皆して(麗は何を言ってるのか分かってるのか!)と内心で叫んでいるのだろう。五人の顔を見れば手に取るように分かる。現に正男なんかは嘘を吐くのが下手なせいか、口端が引き攣っている。

 凍った空気の中、瑠花は恐る恐る人差し指を向けた。


「じゃ、じゃあ……この子とデート。してみたいかも」


 人差し指の先にいたのは、荒田 直弘。可愛い系代表のイケメンである。

 直弘は自分に人差し指を向けて、凄く驚いていた。というのも私的には納得のできる話だった。なんといっても、雅史も元々は可愛い系のような感じだったので、直弘と被るところがあるのだろう。だが、私は直弘とデートしたいとは思わないが。

 愛想笑いなのか、直弘は「あはははは」と軽く笑った。そして。


「良いよ」

「え!? 本当!?」


 凄く嬉しそうに喜ぶ瑠花。この笑顔が嘘であって欲しいと願ったのは私以外にはいないのだろうか。隣にいる雅紀の方から何やら邪悪なオーラを感じるし、これは少し荒れそうだった。

 そして、そんな微妙な空気の中。美人部部室の扉が開く。


「たのもー!」

 

 扉を開いたのは――――私の従妹である美羽だった。

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