新学期を迎えたりなんてしないっ!
九月。まだまだ熱い季節に変わりはないけれど、徐々に気温が低下する。蝉の鳴き声は八月と比べるとだいぶ大人しくなり、湿気すらも最近では微妙に減ったと思えるほど、夏の能力は静かに減速を開始していた。
だが、学生達の夏休み(高校生)は終わったのだ。まだまだ長袖を着るのは無理そうである。
そんな私――――谷中 美樹は、一学期。沢山の波に巻き込まれた。というのも、現在通っている松丘総合高等学校への入学は、男子としてではなく女子として入学する事になった。まずはこれが一番の大きな出来事だ。今となっては女性として生きていく事に納得いくけど、高校入学前は大変だった。姉である美鈴に、女子とは何たるかを一から百まで説明され、それはもう地獄だった。そのおかげもあってか、今は都内で一番美しい一般人としてランクインしているらしい。ホント、それどこで調べてるのか教えて欲しいわ。
それから、麗という胸と性格以外は可愛い女の子に、ナンパされて部活を発足。しかし、そこにかつての親友が全員入って大変だった。しかも、課外活動では優香に胸を揉まれるし。あの恨みはまだ返せていない気もする。
綾子と拓夫にも頭を抱え込まされた。彼らの美人部を廃部へと追い込もうとする執念と言ったら考えものだった。結局綾子と拓夫の親戚でお見合いを開く事になったけれど、全然上手くいかなかった。
テストは思い出深い。何しろ私の元彼である雅史と一緒に勉強していたのだから。あの日々は今となっては、輝かしかった。彼は重度の病気で他界してしまったが、今となってはその傷も癒えてきたと思う。
私は良い彼氏を持って幸せだったと思う。
「む? 美樹、何を考えているのだ?」
「いえ、今までの事を思い出していただけです」
「そうか。では、話の続きをしようか」
黒髪のショート。黒樹 麗。この部活の部長であると共に、現在の私の親友。ルックスは胸以外悪くない。猫目の顔立ちは男性諸君には萌えると思うし、そんな顔で甘えられたら、世の男性はイチコロだろう。だが、残念。彼女は無自覚のドSです。
放課後の美人部には、いつものメンバーが集結している。
金髪の巨乳ツインテールの坂本 優香。
オールバックでワイルド系イケメンの田村 正男。
大人しそうで尚且つ優しそうなドM系イケメンの野村 鷹詩。
可愛げがあって、大人の女性が好きそうな猫系イケメンの荒田 直弘。
眼鏡をかけ、それが彼自身のインテリジェンスを感じさせる、頭脳明晰系イケメンの井草 拓夫。
パソコンなどが得意そうなオタク系イケメンの近藤 久光。
彼らは各々ノートを取り出して、黒板に書かれている事とは別に、ペンを走らせていた。しかし、黒板に書かれた『水着コンテストについて』を熱く語っている麗の言葉は誰もメモしていなかった。多分、皆勉強しているのだろう。それは私も同じだから分かる。
「……麗様。熱く語るのは分かりますけど、勉強しなくて大丈夫ッすか?」
「何を言う。私が学年上位なのは知っているだろう? というか貴様らも順位は高くなかったか?」
「え、ええまぁ……」
鷹詩が苦笑いを作り、麗を見つめる。私達は勉強という名のもと、麗の自慢話から逃げていた。というのも、今から二時間くらい前に集まった私達に、未だ嬉しさ止まぬ麗は、水着コンテストについての勝利の余韻をたっぷりと流し込んできたわけだ。さすがにウンザリしてきた私も、聞くフリをしようかなと思っていたら、携帯に皆から、『勉強してるフリしよう!』と送られてきたので、勉強を開始した。
しかし、効果はなく、むしろ、麗は自分の話が皆面白いと思ってメモしているのだと勘違いしだした。それからの麗はまるで早口言葉を練習するかのように、饒舌に話出すのだった。
最初は、私が熱を出して会場にいなかった事を語っていたので、面白いなと思って聞いていたが、段々と飽きてきた。それからの二時間は長い。おかげでお尻が痛い。
ようやく空気に感づいたのか、麗は鷹詩の胸倉を掴んだ。
「貴様……ッ! 私の話を聞いてるフリをしていたのか!」
「は、はいっ!」
「良い覚悟だなッ!」
胸倉を掴まれた鷹詩は目が輝いていた。というのも彼は可愛い女子限定でドMらしい。都合が実に良いと私は思う。中学時代はそうではなかったんだが……。
そんな鷹詩を掴む麗の顔は、相変わらず嬉々として楽しそうだった。以前、「私はドMだ!」とか言ってたけど、そんなの完全な嘘だ。この顔を見れば自覚するのだろうが、誰も写真を構える勇気などないだろう。
鷹詩が殴られようとしているのだが、誰も反応しない。それは皆が皆、鷹詩が喜んでいるのを知っているからである。優香や私なら邪魔しても文句を言われないが、正男達が邪魔した場合の鷹詩は、かなり怒る。なので、誰も止めないのだろう。いや、そもそも止めたくもないのかもしれない。いずれにせよ、これが美人部の風景である事に変わりはない。
「さぁ罰を受けよ! この愚犬がッ!」
「は、はいっ! 麗様!」
「光剣ッ! エクスカリバアアアアアアアアアアアアアアッ!」
凄まじい勢いで襲いかかる麗の、白い足。
鷹詩の頬に麗の美しい脚が減り込み、その勢いで鷹詩は椅子から身体が浮き、床に顔面から落ちた。さすがに痛かったんじゃないかと思う。
皆驚いて立ち上がり、口を一斉に開いた。多分、鷹詩が心配なのだろう。
『剣じゃなくて足じゃんッ!』
一斉にツッコミを入れた美人部。
この時、私だけが鷹詩の事を気にかけていた……。
皆が麗を見つめる中、麗は顎に手を置いて考え込むようにして、口を開く。
「……いやな、最近不意打ちというのが流行っているらしくてな。今のだと私が光る剣を出すと思うだろう? そこで空かさず蹴りという、敵の予測を裏切る行動に出れば相手の虚を突けるのだ。どうだ?」
「いや、部長さんの敵ってどこにいるんですか」
正男が半目で麗をじーっと見つめている。多分、呆れているのだろう。麗は時々中二病が入るときがあるのだ。というのも、彼女は一人暮らしで暇な事が多く、主な時間の消費が深夜アニメらしい。それに加えてゲームもする為、基本的にオタクと仲良くなりやすい。
最近仲良くなったのは、私の姉である美鈴。それに満とも何だかんだ言って仲が良い。彼女の交友関係はいつの間にか広がっている。
麗は正男を睨みつけた。そして、拳を固め、正男に突き刺す。
「貴様も敵だァアアアアアアアッ!」
空を切る麗の華奢な拳。しかし、それは正男の腹へと届かない。
麗の拳を遮るのは、厚くまたゴツゴツとした岩のような手――――正男の片手だった。
「……フフッ柔道の全国大会に出た俺に、麗さんのクマさんパンチは効かないですよ」
「なッ!? き、貴様……まさか!?」
驚く麗は、すぐに拳を収めた。それから恥ずかしそうにスカートを隠す。
「きょ、今日の私のパンツがクマさんだと良く分かったな!? さては私のスカートの中を……」
「の、覗いてませんよ! お、俺は美樹さんのパンツの方が見た――――いっ!?」
パンツ覗きのレッテルを張られまいと否定する正男の股間には、麗の足。
つまり、否定している間に正男の防御不可エリアは攻撃されてしまっていたのだ。麗の見えない程に素早い足蹴りに正男は、撃沈する。
「ま、まさか……クマさんパンツもフェイクッ!?」
「フンっ。私がクマさんパンツなど履くものか」
「さ、さすが部長さんっす……」
「当たり前だろ? 私はノーパン派だッ!」
偉そうに公言する麗に、皆固まった。そして約一名。本気で引いていた。
「……な、何でパンツ履いてないのよ……」
「このクソ熱い中、パンツなど履いてる方が可笑しい。第一、パンツを見られるのが恥ずかしいのなら、パンツなど履かない方がマシなのだ」
「ちょ、ちょっと美樹ちゃん! この貧乳チビがパンツ履いていないって言ってるんだけど!」
麗を非難する優香は、そのまま私の元へと駆けより、私のスカートの中を覗いた。まさか拒否する時間を与えずに、パンツを見る優香の速度はさすがと言わざるを得ない。初対面で胸を揉まれた時は勘弁してほしかったものだ。
私がスカートを隠すも、既に手遅れのようで優香は、ウィンクしながら舌をちょびっと出して「テヘぺろっ」とだけ言ってきた。
「ゆ、優香も覗くのは、どうかと思いますよッ!」
「良いの良いの! 美樹ちゃんは中々エロティックな下着を履いてるようですからね!」
その瞬間。
美人部には、雷が落ちたかのような衝撃が走る。
全員の顔が硬直し、私のスカートに視線が集まる。
「み、美樹さんの……ゴクリっ」
「こっち見ないでくださいっ!」
「そう言われても無理だなぁ……。美樹の下着を覗――――もとい、下着を脱がすまでは!」
「麗はどこの変態さんですか!」
「美樹限定の変態さんだ!」
「威張らないでください!」
胸を張りながら、威張る麗。もう、本当にこの百合変態どうにかしていただきたい。私的には、この美人部問題児が多すぎる気がする。
どうしても教えない私に、麗はそっぽを向いた。
「くっ……美樹の下着を想像してたら……」
「……何ですか」
睨みつけるように、麗を直視するが、麗は恥ずかしそうに、顔を朱色に染めて未だに視線を逸らしている。
「むずむずしてきた」
「早くトイレに行ってください!」
◇
「ただいま……」
「あ、おかえり美樹たん」
ちょうど姉も帰って来たのか、自宅には一家全員が集合していた。私は疲れが極限にまで達していた。あれから麗もそれ以外のメンバーも私のスカートを覗こうとして、それを阻止するのに時間を使った。優香がエロいなどと言うもんだから、皆がまるでシマウマを見つけたライオンのように襲いかかってきた。私は餌じゃないっての。
リビングに辿り着くと、相変わらずテレビを見ながらビールを喉に流し込む父に、台所にて作業をする母。そして、ソファに転がりながら、妹の前で妹ギャルゲーをプレイ中の兄。そして、女子力を振り撒くように美しい姉。
いつもの光景。なんだけど、今日は少し違った。
「あれ?」
リビングには見慣れない鞄。サイズが大きめなのは、何でなのだろうか。さては麗がついに居候しにきたのだろうか。私は飽きれるように姉を見つめた。
「ん? それ、あたし知らないよ?」
「え、麗のじゃないですか?」
「麗ちゃんは夏休みの間だけだよ。今は荷物全部持って帰ってるよ?」
「じゃあ一体……」
不思議に思いながらも、私はとりあえず制服を着替える為に、自室に行く。二階に辿り着いてから、自分の部屋の扉を開ける。
暗い部屋だった自分の部屋の電気を点けた。
「み・き・に・いちゃあああああああああああああああああん!」
その声に私は少なからず驚いた。
薄氷色の長い髪の毛。そして、身長が小学六年生と変わらないくらいの小ささ。無邪気な笑顔。その存在は私に何の躊躇いも見せずに、抱きついてきた。
彼女は父方の従妹の中谷 美羽だ。こう見えて、私と同じ高校一年生だ。
「……って、あれ? 幹兄ちゃんじゃない……。っても、もしかして、幹兄ちゃんのか、か、かかかかかかかかかかかかかかか彼女!? 嘘、嘘、嘘。いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「ちょ、落ち着いてください? 美羽ちゃん!」
「いやいやいや! そんな嘘よ! 幹兄ちゃんは、美羽だけのザビエルだったのに……!」
(何でザビエルやねん……)
叫ぶ美羽。そこに集まる中谷一家。
従妹の美羽が加わり、私達の物語は再び動き出す。




