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ArchAngel/harem night  作者: 鳥居なごむ
第一章
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004

 この世界は七という数字に大きな拘りがあって、冒険者は七つの街から初期位置を自由に選択できる。

 これはソロ乱獲が基本の低レベル帯において、狩場が混雑する事態を避けるための配慮だが、極めたい冒険職や生産職が決定している場合には、その職種に向いた街を最初の拠点に選ぶことで、進行を有利に運べることも大きな利点だろう。

 

 例えば宝石や鉱物を扱う鍛冶師や彫金師なら、低レベルで訪れられる鉱山の有無はかなり重要だし、漁師を目指すなら近場に海や川がなければ話にならない。これは革や骨あるいは糸や木材を使用する生産職についても同様だ。


 冒険職の中で顕著なのは、間違いなく魔術士だろう。

 というのも魔術はレベル上昇による自動習得ではなく、対応した魔術書を使用することで覚えられるからだ。前衛職が入手困難な武器や防具で他者との差別化を図るように、魔術士も使える魔術の種類で自己表現の機会を与えられたわけだが、魔術士を扱う妹は初期位置が限定されることを危惧していた。


 曰く魔術書の販売をしていない街から始めてしまうと、入手先が競売に限られるため、転売屋の利益を上乗せされた価格で購入するしかないらしい。場所を選ばない拳闘士や重戦士が羨ましいとも零していたな。


「ところで先輩はどこから始める予定なんですか?」

「俺はコークスかな。街の中から直接鉱山へ行けるんだよ」

「それじゃあ、お兄ちゃんと会えるのはレベルが上がってからだね」


 レクチャーの内容を再生しながら歩を進める。

 初期位置に選択したのはコークスという鉱山都市だ。

 山の斜面に建設されているため、異常に階段が多く、独特な景観を生み出している。建造物の大半は赤や黄などの原色系で塗装されており、明るい街並みは、この地に舞い降りたばかりの冒険者で混雑していた。


 NPCの露店で埋め尽くされた商業区画を抜けて、俺はNPCで形成された生産者ギルドを訪れる。魔物を倒す冒険職の単純なレベル上げと異なり、生産職のスキル上げには、素材を示したレシピを知らなければならない。


「素人は鉱石の製錬や精錬が基本だね」

「まずは近場の鉱山で鉱石を集めることだな」

「今のお前さんに教えてやれることは何一つない」

「採掘に必要な『つるはし』ならギルドで販売してるぜ」


 NPCから得られた情報を整理する。

①各スキルは生産を繰り返すことで上昇する。

②レシピは現在のスキルで作成可能なものを無作為に教えてくれる。

③スキル上昇に生産の成否は関係ない。ただし失敗すると素材ロストの可能性あり。


「彫金師になりたいのか? ここの窯や工具は好きに使っていいから練習してみろよ」


 爽やかな笑みを浮かべたNPC職人が気前よく鉱石を譲ってくれる。俺は促されるままトレードウィンドウを開いて『鉱石<銅>』×三個を窯へ放り込む。派手なエフェクトが起こり生産が始める。どうやら初の生産は無事に成功したらしく、しばらくすると『カッパーインゴット』が完成した。


「簡単だろ? 完成品は記念にやるよ」

 

 職人と別れた俺はギルド内にある売店を覗く。

 各種鉱石類の中に『つるはし』を発見した。値札には三十ジュエルと書かれている。所持金は初期状態の百ジュエルなので三本買える計算だ。躊躇なく三本の『つるはし』を購入した俺は、街中から直接鉱山へ繋がる区画に向かう。


 道中で数名の参加者と遭遇したが、この時点で街中を探索しているようでは、おそらくMMO‐RPG初心者だろう。廃人と呼ばれるようなコアプレイヤーたちは、ほかの参加者と一線を画すべく、効率のいい狩場を模索している頃だからな。


「そんな装備で大丈夫か?」


 鉱山の前でそう声をかけられた俺は、そこで初めて、自身の格好を確認することになった。所詮はNPCの発言なので、どんなレア装備でも、台詞は変わらないだろう。しかし俺の装備は想像以上に酷かった。


 REN:拳闘士Lv1

【右手】

【左手】

【頭】

【首】

【耳】

【胴】  冒険者の服

【両手】

【指】

【背】

【腰】  

【両脚】 冒険者の腰衣

【両足】 冒険者の靴


 というか俺、拳闘士だったのな。

 おそらく初期設定の職業をそのまま選択したのだろう。曖昧な記憶から拳闘士の情報を引き出してみる。確か己の拳だけで魔物を殴り倒す「接近物理アタッカー(ダメージディーラー)」だったような? 要するに攻撃向け職業の一つだ。


 MMO‐RPGの世界では、職業それぞれに役割がある。

 というより向き不向きと称したほうが正しいかもしれない。

 数ある職業も結局のところ、盾役、矛役、支援役の三種類に大別される。そして低レベル帯におけるソロプレイでは、脳筋系の矛役が強いとされているのだった。


 ふむ。悪くはないな。

 VR技術で現実の姿が綺麗に再現されているが、ここは仮想空間であり、すべての行動結果はステータスに依存している。つまり見た目は弱々しい俺の拳も、STRの高い拳闘士である以上、ボブサップ級の豪腕ということだ。


「問題ない」

「それなら好きにするさ」


 ツベルン鉱山は随分と荒れ果てていた。

 薄暗い坑道内を照らす裸電球は、今にも消えそうに点滅している。廃鉱しているわけではないらしく、労働者が賃金の値上げを要求して、大規模なストライキの最中らしい。そんなことを坑道内に配置されたNPCが愚痴っていた。


 資材の放置された広間を抜けて奥へ進んでいく。

 薄暗い鉱山の探索も不安はない。完全に恐怖心より好奇心が勝っていた。

 不意に固定表示されていた横線が幅を縮める。これは生命の残量を可視化したHPバーと呼ばれる代物で、黄色の横線が完全に尽きたとき、RENというキャラクターは死を迎えることになるのだ。


 後方を確認してHPが削られた原因を発見する。

 闇に乗じて距離を詰めてきたらしい吸血蝙蝠だ。一度絡まれたら倒すか逃げるしかない。俺は拳を構えて臨戦態勢を取った。それまで白色で表示されていた吸血蝙蝠の名前が赤色に変化する。


「はっ!」


 気合とともに繰り出された左右の拳が魔物を捉える。低レベル帯の戦闘は極めて単調だ。がしがしと互いのHPを削り合う。やがて力尽きたらしい吸血蝙蝠が、小さな悲鳴を上げて地面へ落下する。


 経験値とドロップアイテムを残して魔物は霧散していく。

 こちらのHPバーを確認すると三割くらい削られていた。HP回復のために、その場へ座り込む。ほかに回復手段を持たない序盤は、戦闘後の基本姿勢がこれになるらしい。


 さらに数匹の蝙蝠を倒したあと、ようやく採掘ポイントに到着した。

 ほかに誰もいないので、独占的に採掘作業を進める。もちろん『なにも見つからなかった』もある中、『鉱石<銅>』×五、『鉱石<鉄>』×一、『鉱石<銀>』×一、と発見したところで『つるはし』が壊れた。

 二本目を使い『鉱石<銅>』を掘り出すと、今度は採掘ポイントが消失してしまう。

 これが最初に受けた仮想現実の洗礼である。一定の量を掘り進めると急に採掘できなくなるのだ。この場合、別のポイントを発見するしか手立てはない。


 幾度かの戦闘を経て新たに出現した採掘ポイントを探し当てる。

 ひたすら『つるはし』を使用して掘り進めていく。三本すべてが壊れたときには、すでに二時間半が過ぎていた。一度街へ戻り戦利品の売却と『つるはし』の追加購入をする。地味な作業しかやっていないのに、どんなゲームより心を躍らされていた。


 時刻は午前零時を過ぎている。

 これから再び鉱山へ向かうには、ちょっとばかり時間が心許ない。

 ウィンドウを開いてログアウトを選択する。

 バイザーを上げて上体を起こした。相当神経を使うのか身体が妙に重い。


「莉紗、天音、まだログイン中か?」


 返事がないので寝ることにした。

 朝食は午前六時から午前九時までになっている。

 中途半端な夜更かしで、朝飯抜きは嫌だからな。



「お兄ちゃん……『蝙蝠の翼』を全部店売りしたの?」

「なにか問題でもあるのか? おかげで新しい『つるはし』が五本も買えたぞ」

「情報交換用の掲示板くらい見たほうがいいよ」


 朝食時、こんな感じで妹に説教された。

 なにやら別都市のクエストで必要らしく、競売に出せば一つ百ジュエルで捌けるらしい。店売りだと十五ジュエルにしかならないので、その損失は計算するまでもなく破格だろう。

 ほかにも『蝙蝠の牙』や『蝙蝠の血液』を店売りしたが、これらは使い道が判明していないため、わざわざ競売に出しても手数料が無駄になるだけらしい。


「先輩、コークスの街なら毛皮が必要なクエスト多くありませんか?」

「すぐに鉱山へ向かったから、よくわかってないんだよな」

「とりあえず余っている毛皮を宅配しておくので、競売を覗くときにでも受け取っておいてください」

「悪いな。俺も『蝙蝠の翼』を入手したら送るよ」

「私の都市では使えませんし、競売に流すのが得策ですよ? 一定の需要が終わると今みたいに捌けなくなりますからね」


 莉紗も天音も非常に厳しい意見を返してくる。

 MMO‐RPG経験者からすると、俺の安易な行動が不愉快なのだろう。

 心做しか二人の視線が昨日よりも冷たくなっている。しかしそんな懸念を眼鏡の似合う黒髪少女が払拭してくれた。


「その代わり眼鏡が完成したら最初にプレゼントしてくださいよ?」

「任せておけ! うっかり使命を忘れるところだったぜ!」


 そんなわけで午前中は鉱山に籠もる。

 吸血蝙蝠を蹴散らしながら採掘作業に取り組む。

 前日に購入した『つるはし』をすべて使い切る。各種鉱石の数も集まってきたので、ギルドで生産を済ませ、その足で競売所へ向かうことにした。


「魔術書は一日で落ち着いたな」

「仕入れの倍額で売れた昨日が異常なだけだろ? 二割増しの今でも充分に高い」

「毛皮の値上がりが止まらんな。誰だよ足元を見られた値段で購入してる馬鹿は?」

「金策スレの情報が確かなら蜂狩りがおすすめらしいね」

「蜂蜜が調理師に売れて巣の破片は錬金術師に売れる」

「それならコークスを選んだのも間違いじゃないな」

「取り合いでレベル上げには向かないけどね」


 広い建物内は競売の利用者で混雑していた。

 前作からの仲間も多いのだろう。あちらこちらで情報交換が行われている。

 出品や落札は専用端末で管理されているらしく、利用者は競売所の中央に設置された巨大な機械をターゲットし、それぞれ有益な取引情報の収集に勤しんでいた。


 俺は奥にある受付で天音からの宅配物を受け取る。

 綺麗なNPCのお姉さんが「またのご利用をお待ちしています」と微笑む。

 まずは掲示板の情報を参考に毛皮クエストを回る。天音曰く「クエストは知名度を上げる唯一の手段」であり、この知名度により新たに受けられるクエストが増えるらしい。もちろん報酬の優れたクエストほど、高い知名度を求められる仕組みだ。


 ちなみに今回のクエスト巡りで得られた報酬は、総額五百五十ジュエルと、低レベル帯で重宝するアイテムや装備品だった。


 しばらくは鉱山と彫金ギルドの往復を継続するしかないため、とりあえずその資金を元手に『つるはし』を大量購入する。それと拳闘士用の装備も少しだけ整えた。これは戦闘時間短縮の効果を狙ったものだが、実際問題、ちゃんとした装備の連中が羨ましかったのである。NPC武器屋と競売を天秤にかけていたところ、先行組のお下がりを安価で落札できたことも大きい。


 REN:拳闘士Lv3

【右手】 ナックル(左右共通装備)

【左手】 ナックル(左右共通装備)

【頭】

【首】  猛獣の首飾り

【耳】

【胴】  拳法着

【両手】 手甲

【指】

【背】

【腰】  白帯

【両脚】 腰衣

【両足】 脛当


 特にクエスト報酬の装備は、NPC販売品と比べて、破格の性能を有している。


【猛獣の首飾り】

 ――――――――――――――――――――――――――

 猛獣の牙があしらわれた装飾品

 攻+3

 競売可能/譲渡可能/複数所持可能

 ――――――――――――――――――――――――――

【白帯】

 ――――――――――――――――――――――――――

 門下生が最初に巻くことになる帯

 STR+2

 競売可能/譲渡可能/複数所持可能

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