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ArchAngel/harem night  作者: 鳥居なごむ
第四章
39/41

007

 水上都市ベネチスの移動は水路が中心だった。

 NPCの船頭が操作するゴンドラで街中を進んでいく。街全体の水路の数は百本を超えており、その長さは全体で約五十キロにも及ぶ。また日常の物資も街中を縦横に走る水路を通じて運ばれている。


 ベネチスという都市を形成する上で特に興味深いのは、地盤沈下に繋がるようなことは一切せず、どうやって飲料水を確保したのかという点が挙げられる。

 まず広場の中央を可能な限り広く正方形に掘る。その内側を粘土で固めて大量の砂で埋めてしまう。次に天井に穴の開いた箱を砂の中へ埋め込む。天井の穴から流れ込んだ雨水は、砂の層を通ることで濾過されて、粘土層を伝わり貯蓄されていく。浄水となった雨水は別に掘られた井戸を満たして汲み上げられるのを待つ。このように工夫された構造の井戸を持つことで、ベネチスの人々の生活は成り立っていたのである。


「蓮はそういうこと調べるの好きっすよね」

「好きってわけじゃないんだけどな。例えば美術館に絵画の鑑賞へ向かうとして、その絵画が誕生した歴史を知っているほうが、なにも知らないより感銘を受けられるだろ? だからなんとなく押さえておくみたいな感じだよ」

「あらそう。芸術なんて投機対象というのかしら……金持ちが意味不明な値段を設定して楽しむ道楽だと考えていたわ」

「落書きみたいなのが何億とかあるっすよね」

「そういうところも踏まえて知識があるとより楽しめるのさ」


 目的地へ到着したらしく、ゴンドラが停泊し始めた。

 俺たち三人が水上都市に滞在しているのは、蒼黒竜討伐の祝賀会に招かれたからである。もちろん八咫烏内では反省会も兼ねているはずだが、傭兵である乱華や飛び入りの俺やチグリスには関係ない。そんなわけで飲み食いと宿泊代を浮かせるべく、ベネチスで開催される祝賀会の誘いに乗ったのだ。


「以前なら貸切も可能だったのだが、疲労導入後はそうもいかないらしい。ともあれ現状なら手を出される心配もないし、見知らぬ連中と一緒になるよりは、ギルドで男女相部屋のほうがいいだろう?」

「もちろん構わないっすよ。ねえチグリス姉様?」

「予定していた宿に比べれば天と地ほど差があるからありがたいわ」

「それはよかった」


 女子陣の返事を聞いて、ミルフィーユは微笑む。

 わざわざ本人が出迎えたところから、こちらへの確かな感謝が伝わってくる。

 八咫烏が規律と秩序で統制されたギルドというのも真実味が帯びてきた。


「仕様が変更されてからは、宿の確保も大変だからな」

「疲労の概念は通常の生活にも影響するから厄介よね」

「だからこそ本日の祝賀会を骨休めに当ててほしい」


 特に指示されたわけでもないのだが、部屋に到着した俺は風呂の用意をする。

 疲労回復の意味もあるのだが、最大の目的は清潔感の維持だ。いわゆる仕様変更後の最新版『ヴァルハラ』では、以前のような適当な生活はできなくなっている。不潔にしていれば現実世界と同じく腐臭が漂い始めるからだ。

 部屋案内を終えた美女は簡単に使用上の注意を説明した。


「ここから西が大浴場、東は食堂となっている。大浴場は明け方の清掃時間以外は自由だが、食堂は朝昼晩と細かに時間設定されている。夕食は午後六時から九時までに注文を済ませなくてはならない。ちなみに祝賀会は午後七時から午後九時を予定している」


 新生ギルドが泊まる宿なんてのは、大部屋に寝台だけの粗末な場所が多い。要するに眠れればいいわけで、それ以外の設備は二の次だった。とはいえ生産職として貯蓄があるのだから、もっといい宿に泊まれるのかもしれないが、調子に乗ればすぐに底が尽きてしまうだろう。特に遠隔武器換装士という銭投げ職業を選んでしまった以上、贅沢を堪能する前に魔弾や矢弾に資金を回さなくてはならない。


「とりあえず風呂に入ってから食堂へ向かうよ。チグリスと乱華はどうする?」

「それなら午後七時に食堂で待ち合わせましょう」

「わかった。それじゃあ、七時に会おう」


 俺は施設専用の寝巻きを手に取り大浴場を目指した。途中で擦れ違った数名に会釈を返しておく。わざわざ一時参加の傭兵の顔を覚えていないのか、あるいは見知らぬ者からの挨拶に慣れているのか、特に不審がられることもなく目的地へ到着した。


「おお、ダンゲロスのギルドマスターじゃないか!」


 かなり広めの脱衣所で服を脱ぎ始めていると背後から声をかけられた。振り向くと豪快に破顔した中年男が軽く右手を上げる。八咫烏所属の機槍士ラドリックだ。重鎧を着ていないので筋肉隆々の肢体が露にされている。


「ご厄介になります」

「そういう堅苦しい挨拶は不要だ。ここでは運命共同体みたいなものだからな」


 言いながらラドリックは巨漢を纏う下着を脱ぎ捨てていく。俺もそれに倣って風呂の準備を進める。若干の不安と戸惑いはあったが、せっかくの機会なので、質問を投げかけることにした。脱衣所は貸し切り状態なので特に声を潜めることもないだろう。


「八咫烏は運営から提示された条件に乗るつもりですか?」

「気持ち的には乗りたくないさ。ただ現実問題として、それ以外の方法がない」

「それが八咫烏の総意ですか?」

「さあな。トップギルドも一枚岩じゃない」

「今後の展開次第というわけですね」

「しかしまあ」


 一瞬の溜めを置いてラドリックは語を連ねる。


「ミルフィーユが世間知らずのお嬢様じゃないとわかったし、教育係らしい黒犬の胡散臭さはともかく、大半の面子は現状の幹部構成に不満は抱いていないはずだ」

「へえ、あの二人は現実でも知り合いだったんですね」

「VRMMOは家族や友人と参加する連中が多いのさ。それにしても二人を以前から知っているような口振りだな。どこかで因縁でも付けられたのか?」

「いえ、八咫烏を名乗る連中に絡まれているところを助けてもらったんですよ」

「なるほど……その場に居合わせなくても情景が目に浮かぶ」


 ラドリックは額に手を当てて豪快に笑う。不意に内側から大浴場の扉が開いた。ワインレッドの髪を頭の上に結い上げた美女が不愉快そうな顔でこちらを見やる。


「陰口は感心しないな」

「盛大に褒めていたところさ」


 歓談する二人と裏腹に俺は全力で視線を逸らしていた。なぜならミルフィーユが生まれたままの姿で仁王立ちしているからである。ラドリックが疑問を呈していないので、ひょっとすると混浴なのかもしれないが、いきなり全裸の女体を目の当たりにしたら、性欲旺盛な思春期の男子は平常心を保てない。


「奥にいるのは蓮か?」


 ゆっくりと足音が近付いてくる。

 俺は片手で両目を覆い隠しながらもう片方の手をぶんぶんと左右に振った。


「わわわ、こっちに来るんじゃない!」

「失礼な奴だな。私は蓮に感謝の気持ちを伝えようとしているのだぞ?」

「だったらまず胸を隠してくれ!」

「宗教上の制約か?」

「違う! 道徳的な問題だ!」

「ふむ。見せろと言われたならともかく、隠せと言われて断る理由もない」


 しばらくしてミルフィーユは「もう大丈夫だ」と告げる。

 俺は中途半端に脱いでいた服を穿き直しながら美女を振り仰ぐ。


「ぐわっ!」


 それぞれの胸を左右の手で鷲掴みにして隠すという、ある意味で全裸よりも扇情的な格好になっていた。俺は即座に顔を逸らして文句を発する。


「腕を使って隠すとかあるだろ!」

「注文の多い奴だな。しかし蓮が望むなら無碍に断るつもりはない」

「なんでもいいから早く頼む!」

「わかった。できるだけ急ごう」


 なにやらラドリックに確認を取りながら胸を隠しているらしく、その過程で「立派」やら「粗末」という単語が飛び交っている。おそらく当人たちはまるで意識していないのだろうが、俺は股間に位置する棒状のなにかを想定してしまう。


「もう大丈夫だ」


 その声に釣られて俺はミルフィーユの方向へ視線を移した。綿織物(バスタオル)を身体に巻き付けた美女と視線が重なる。そういう便利な物があるなら最初から使えと突っ込みかけて、やはりそれはこちらの都合だなと言葉を飲み込む俺だった。


「取り乱して申し訳ありません」

「いや、私のほうに問題があるのだろう。外装とはいえ恥じらいを持つべきだった」

「そう言ってもらえると気が楽です」

「しかし蓮は細身の割に筋肉質だな」


 言いながらミルフィーユは俺の衣服に手をかけてくる。真剣な面持ちをしているが、やっていることは痴女だ。俺は下半身を死守しながら助け舟を求める。


「ラドリックさん、なんとかしてください!」

「俺に振られても困るな。それに見られて減るようなものじゃないだろ?」

「そういう問題じゃないでしょう! というか俺の場合は夢とか希望が減るんです!」


 すでに全裸のラドリックは大袈裟に肩を竦めるだけだった。

 ワインレッド髪の美女は不服そうに告げる。


「世の中には裸の付き合いという言葉があるだろう?」

「それは男同士限定の話です!」

「そういうものなのか?」

「男と女が裸で風呂に入ったら突き合いにしかなりませんよ!」

「むむ……その話を詳しく聞かせてもらうとしよう」

「すいませんでした! 全面的に俺が悪うございました!」


 そこには下劣な猥談を振った直後に最敬礼する俺がいた。おそらく妹や後輩が下ネタに寛容だった影響だろう。特に天音が盛り上がると会話の半分以上が腰から下ということもよくあったからな。


「ともかく続きは大浴場に移動してから話したらどうだ?」

「確かに全裸で話し合っていても疲労が取れないからな」

「…………」


 先行する全裸のラドリックと綿織物(バスタオル)で身体を包んだ美女を見送りながら、俺は気持ちを落ち着かせるため妄想の中でミルフィーユに様々な眼鏡をかけまくる。一番似合っているフレームを見極めてから脳裏に焼き付いた禁断の果実(おっぱい)をぷるんぷるんと優しく揺らしてみた。

 おお……本気で半端ないな。

 健全な男子ならこの妄想は不可抗力なのだろうと身勝手な結論を導き出しておく。

 それから俺は手拭いで股間を隠して大浴場へ足を向けた。

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