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ArchAngel/harem night  作者: 鳥居なごむ
第一章
3/41

002

「もう二度とあの店に行けない」

「コンビニなんて星の数ほどあるじゃないですか?」


 黒縁眼鏡の似合う黒髪少女は、口を尖らせて反論してきた。

 こいつ……完全に開き直ってやがる。しかも俺ん家なのに寛ぎ方が半端ない。

 先輩男子と二人きりという状況に、もう少し緊張感を持ってほしいね。

 ちなみに俺の部屋は、六畳一間の洋室である。

 実家の二階にある一般的な部屋のため、事細かい描写は割愛させてもらおう。


「ちょっとは反省しろよな」

「だから何回も謝ってるじゃないですか?」


 悪びれる様子もなく後輩女子は不快感を吐露した。

 確かに帰り道で散々悪態を吐いた俺にも責任があるのかもしれない。しかし若い女性店員の前で「どんなジャンルのエロゲなんですか?」と質問してきた天音の罪は大きいだろう。人生の先輩として看過するわけにはいかなかった。


「なにはともあれ中身がわからないよう梱包してくれている発送業者さんの優しさを二度と無駄にするな。男子には互いの性癖に干渉しないという鉄の掟があるんだ。女子にも女子しか通用しない約束事みたいなものがあるだろ?」

「そういう理屈っぽい先輩は素敵です」


 眼鏡の奥にある瞳を輝かせながら、後輩はペットボトルの紅茶を口へ運ぶ。

 殺風景な男子高校生の部屋に姉妹以外の女子が入室した記憶はない。つまり本日は記念すべき出来事が発生したわけだが、ちっとも晴れやかな気分になれない原因はなんだろう? もちろん入室者が腐女子だからだ。


「気を取り直してエロゲでもプレイしましょう」

「ちょっと待て! いろいろと問題があるだろうが!」

「先輩の性癖が鬼畜系でも引いたりしませんから!」

「そういうことじゃない! 女子高生なんだから恥じらいを持てよな!」

「そんなものは薄い本を購入するときに捨てました!」


 真顔で即答された。最早この腐女子を止める手段は存在しない。

 許可を出すよりも先に黒髪少女は商品を開封し始めた。しばらくするとインターネットに表示されていたパッケージの実物が姿を見せる。


「鬼畜系とはまったく無縁な、ほのぼの系エロゲですね。初心者のエロゲ入門には適切かもしれませんが、どうしてこれを選択したのか理由がわかりません。この眼鏡っ娘が先輩の好みだったんですか?」


 天音の質問を受けて、俺は嫌な予感がしてきた。

 このアダルトゲームの存在を知られて最も不味いのは、家族ではなく、目の前にいる眼鏡の似合う後輩ではなかっただろうか?


「メインヒロインは地味な巨乳の眼鏡っ娘で……んんん……ボーイズラブに興味を持つオタクの後輩?」

「いや……あの……これはだな」

「どう考えても……私……ですよね?」


 言い逃れできるような状況ではなかった。

 あのコンビニを受け取り先に指定したときの俺を殴り倒したい。そもそも俺はどうして腐女子の巨乳眼鏡っ娘が登場するアダルトゲームを購入したんだよ!

 冷静に振り返れば、単純な話である。

 あまりに置かれた環境と酷似していたので、当初購入予定だったゲームを見送り、こちらをレジへ運んでしまったのだ。


「私のいる前で後輩の巨乳眼鏡っ娘にエッチなことをするなんて……先輩の性癖はマニアックなんて言葉じゃ済まされませんよ?」

「だから違うんだって!」

「ヒロインと設定の被る女子を自宅に連れ込み、しかし本人ではなく二次元の女子へ卑猥な行為を働き、それを見学させることに性的な興奮を覚える。私の知る限り歴代一位の変態さんですよ!」

「いくらなんでもマニアック過ぎるだろうが!」

  

 声を荒げている自分自身が情けない。

 天音は再びパッケージに視線を落として言葉を連ねる。


「確かに腐女子の巨乳眼鏡っ娘好きというだけで、一般には理解されない相当なマニアックさですからね」

「それも違う! 俺は眼鏡が好きなだけだ!」


 きょとんとした表情を浮かべる後輩だった。

 それまで騒がしかった室内に沈黙が訪れる。

 俺は間を持たせるためBLサンドを頬張り珈琲牛乳を飲む。


「先輩、眼鏡が好きなんですか?」

「まあな。年下でも巨乳でも腐女子でもなく、俺が惹かれた要素は眼鏡だけだ」


 眼鏡の似合う黒髪少女は頬を緩ませた。また良からぬ妄想をしているのかもしれないし、今回に限ってはそうじゃないのかもしれない。なんとなく肌で感じたのは、これまでにない雰囲気だった。


 これからアダルトゲーム的な展開が起こりそうな、少なくともお膳立ては整っているような気がした。あとは俺が勇気を振り絞れるかどうかだろう。


「天音」

「先輩」

「ヴァリュ○ュメント・ディス・ワールド!」


 謎の台詞と同時に部屋の扉が開いた。

 そこには着物姿で眼帯を装着した妹が立っている。中学生の頃からアニメの影響を受けるようになり、現在では好きなキャラクターのコスプレまでしていた。ここまでならよくある話なのかもしれないが、こいつの場合、好きな部位だけを取り入れたりするから性質が悪い。


「くっくっく、さすがは我が兄。ついに二次元のキャラクターを現界させる宝具を手に入れたのだな」

「んなわけあるか!」

「とうとう魔法使いになったわけじゃないの?」

「違う! あと十二年も猶予があるからな!」

「それじゃあ?」


 妹の視線が眼鏡の似合う後輩へ向けられる。

 小柄な女子二人がいるだけで、随分と部屋が華やぐものだな。


「後輩の天音香梨(あまねかおり)だ。あと入室前のノックを忘れるな」

「お邪魔してます。えーっと……こちらは?」

「妹の莉紗だ。見ての通りアニオタだから話は合うかもな」


 助け舟を求めてくる後輩に俺は妹を紹介する。

 しかしこの安易な発言が思わぬ緊張を生み出してしまう。

 妹と後輩が互いの領域を主張するように視線を交錯させていた。

 アニオタと腐女子って似たり寄ったりの存在じゃなかったのか? 


 気まずい。

 部屋に女子高生二人を連れ込むという、本来ならリア充万歳的な局面も、不穏な空気の漂う現状では楽しめない。敢えて例えるなら二股がバレて問い詰められている浮気男の心境だ。ともかくこの状況をなんとかしなければ、今度こそ本当に人生が詰む可能性を秘めている。


 ぐるぐると思考が巡り処理可能な許容量を超えたのだろう。

 ぷよぷよの連鎖時に発生する「ばよえ~ん」という呪文が脳内を駆け巡る。ちなみにこの呪文の効果は「感動させる」ことらしい。ところで敵が大連鎖を放つときに発せられる言葉は「ほふにゃーん」だっけ?


 くだらないことを考えていると頭が冴えてきた。


「ところで莉紗(りさ)、俺に用があるんじゃないのか?」

「お姉ちゃんからのメールまだ読んでないの?」

「姉貴からのメールは迷惑フォルダに振り分けているからな」

「お兄ちゃん酷い! 百回に一回くらいは大切なメールを送ってくるよ!」

「莉紗も大概酷いけどな」


 妹は取り出したスマートフォンの画面をこちらへ向ける。

 どうやら姉貴からのメール内容を表示させているらしい。


『親愛なる蓮と莉紗へ

 以前から話していたVRMMOサービスが七月二十五日から始まります。

 そこで豪華客船によるクルージング付きリゾートホテル宿泊券を用意しましたので、夏休みを利用して、旅行会社と提携したVR機初体験ツアーに参加してみてはいかがでしょうか?


 ホテルは人数ではなく一部屋で予約しているので、五名くらいまでなら快適に過ごせることでしょう。弟と妹のためにお姉ちゃん頑張っちゃったぞ♪


 PS

 もし参加しなかった場合は、以下の内容を実行致します。

 蓮⇒人生をプライスレス。

 莉紗⇒今後のコミケ、全額自己負担。

 以上』


「先輩、お姉さんだけ離れたところで暮らしているんですか?」

「いや、毎日ハイボールを飲みながらドラマの展開に愚痴ってるよ。でも新サービス開始に合わせて泊まり込みになるんだっけ?」

「そんなことよりツアーの参加はどうするの?」

「VRMMOなんて興味ないからな。夏休みくらい好きなことをさせてくれよ」


 神妙な面持ちの妹に俺は素っ気ない返事をする。


「これから腐女子の巨乳眼鏡っ娘を攻略するため忙しいんですよね?」

「天音、その発言から俺の好感度が上昇する要素が世界中を探しても見つからない」

「でもお兄ちゃん、参加しないと大変なことになるよ?」

「俺の人生は元々プライスレスみたいなものだからな」

「お姉ちゃん、二度と眼鏡をかけてくれないかも?」

「うぐ……それでも俺は脅しに屈するつもりはない」

「一人だと不安だよう」


 急に弱々しい声を出す莉紗だった。

 どうやらコミケ費用の全額負担を避けるべくツアーに参加したいらしい。


「姉貴の脅迫に屈するな。そもそも莉紗だってVRMMOに興味なんてないだろ? 十代の一日は大人になってからの一年より遥かに貴重なんだから大切にしろ」

「わーん……腐女子攻略に……えっぐ……時間を浪費しようとしている……お兄ちゃんに言われても……うう……説得力がないよ」

「しかも三次元じゃなく二次元というところが切ないよね」

「…………」


 なんかもう俺の人生完全にプライスレスだった。

 一見アダルトゲームに寛容な態度を取っているが、莉紗も天音も腹の中で俺を笑っているに違いない。そもそも普通にしていれば可愛い二人の女子高生が、俺の部屋で語っていること自体がおかしくないか?

 

 そこでふと別の考え方が脳裏を掠める。

 つまりここはVR技術によって創造された仮想現実の世界ではないだろうか?

 姉貴がVR技術を弟の俺で試したという可能性は無きにしも非ずだろう。もしそうならそろそろ妹と後輩が「眼鏡、好きなだけかけていいよ」と申し出てくるはずだ。

 素敵滅法なサプライズであり、究極の誕生日プレゼントだろう。

 

 しかし俺は葛藤を余儀なくされる。

 これまで普通に接してきた二人を欲望の対象にしていいのか?

 仮想現実の世界なら誰彼構わず眼鏡をかけたり外したりできるのか?

 俺の眼鏡に対する情熱は、そんなものじゃないだろう!


「先輩?」

「お兄ちゃん?」

「駄目だ! 俺は莉紗にも天音にも眼鏡をかけられない!」


 きっぱりと俺は宣言した。

 二人の女子高生が困惑している。どうやら仮想現実説は間違いだったらしい。

 まあ、わかっていたけどな。眼鏡かけ放題なんて夢物語だ。

 おずおずと眼鏡の似合う黒髪少女が切り出してくる。


「先輩、私も参加させてもらっていいですか?」

「あのね、香梨さんもクライシス社製のMMOをプレイしてるみたいなの」

「ん? 『も』ということは莉紗もプレイしてるのか?」

「お姉ちゃんが運営側なんだから当然でしょう? お兄ちゃんが薄情過ぎるんだよ」


 俺は本日購入したばかりのアダルトゲームを眺める。

 非常に心残りではあるが、こちらは日程を問わない。


「コミケのために無理して参加するわけじゃないんだな?」

「うん! だからお兄ちゃんも一緒に行こう?」


 眼帯を装着した着物姿の妹が身体を寄せてくる。

 昔は「お兄ちゃんの言うことは絶対!」と謎の奴隷宣言をしていた妹も、中学へ進学した辺りからアニメ優先になって、それまでべったりだった俺と一緒に遊ぶ機会も激減していったんだよな。


 こうやって頼られているうちが華かもしれない。

 俺はアダルトゲームのパッケージを裏向けに伏せる。眼鏡女子である宮下さんの過激なイラストが入り乱れていたので、大慌て(気持ち的には光の速さ超)で元に戻した。

 危ない危ない。

 というか眼鏡の似合う腐女子とあんな展開になるんだな。

 帰ってきたら即行で宮下さんを落とそう。

 しかし今考えるべきは保護者としての責任だ。


「わかったよ。ただし天音は事情を話して両親の許可を取れよ?」

「先輩?」

「お兄ちゃん?」

「俺も参加させてもらうよ。女子高生二人だけだと危険だからな」

「わーい!」


 妹と後輩の声が綺麗に重なる。

 三学期制を廃止した現在の高校は、前期と後期の二期制を採用している。

 これは大学で用いられていた方式で、一日の授業数は増えるが、夏と冬にある長期休暇が大きい。夏は八月と九月、冬は二月と三月、それぞれ二ヶ月も休める。有名大学を目指す受験生は時間を有効に使えるし、バイトや遊びに費やす学生からの評判も高かった。長い夏休みを妹と後輩のために過ごすのも悪くないだろう。

 そんなわけで俺たち三人は、ツアーへ参加することになった。



 ◇◇◇



「先輩、ちゃんと聞いてましたか?」

「VR機を故意に壊したら弁償させられるんだろ?」

「確かにそうですけど……操作方法とか大丈夫なんですか?」


 講習を終えて座敷へ戻る途中、天音が心配そうに声をかけてくる。

 参加者の七割が前作MMOを経験していることもあって、新作『ArchAngel/harem night』の説明が、その大半をVR機の取り扱いに終始していたからだろう。もちろん配布された小冊子に詳細が記載されているのだが、そんなものに目を通さないことを後輩はよく知っている。


「お兄ちゃん、香梨さんを困らせたら駄目なんだからね」

「はいはい。莉紗や天音の邪魔にならないよう楽しむことにするよ」


 座敷の片隅で妹と後輩が小冊子と睨めっこを開始する。一番重要らしい職業の選択を含めて、公開された情報を整理しているのだろう。俺は管理を任されたSDカードを鞄に収めて下船の準備を進めておく。


「大変お待たせ致しました。係員の案内に従って下船ください」


 しばらくして豪華客船が目的地に到着したらしい。

 混雑を避けるため下船の手順は事前に指示されていた。

 船内アナウンスに従って、前の乗客が階段を降りていく。


「お兄ちゃん、早く早く!」

「ほら先輩、可愛い妹さんが呼んでますよ」


 促されるまま俺は見知らぬ諸島へ舞い降りた。 

 避暑地として人気がある場所なのか、高層の宿泊施設が軒を連ねている。

 海しかないところを想像していたので、都市化している景色に圧倒されてしまう。


「ここからは徒歩みたいだね」

「お兄ちゃん、場所はわかる?」

「ああ――だから先に行っていいぞ」


 意図を理解した俺は妹と後輩を先に行かせる。

 走り出した二人との距離は、どんどんと引き離されていく。

 三人分の旅行用トランクを引きながら俺も歩き始める。

 このときはまだ予期せぬ未来を知る由もなかった。

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