001
「楽で高級そうな依頼ないっすかね?」
「俺は眼鏡の似合っている女子を褒め称えるクエストがしたい」
俺と乱華は神都イージスにあるギルド組合を訪れていた。
七都市には存在しない特殊な場所で、本来なら直接交渉すべきことを、NPCが仲介してくれるところだ。そのため部屋のコルクボードには、依頼内容と報酬の書かれた紙が、かなり乱雑に張り出されている。
最終的に顔を合わせる傭兵募集ならともかく、そうでない依頼なら、すべてNPCを介して匿名で行えてしまうのである。生産職の素材持ち逃げや依頼内容や報酬が異なるといった、人為的なトラブルを解消する手段として、本サービス開始から導入が決定した新システムらしい。
MMOの醍醐味を否定するシステムのため、運営側は最後まで導入を苦慮したそうだが、βテストの段階であまりにも被害報告が多く、弱者の泣き寝入りを助長させない目的で、本サービスに間に合わせという事情がある。
七都市では酒場を利用するらしいが、神都ではパーティーの募集も、ここギルド組合で実施されていた。各席に設置された端末で職業とレベルを入力すると、パーティー希望者一覧表に名前と情報が掲載される。
あとは声をかけられるまで待つか、積極的に声をかけるかのどちらかだ。
まあ、ここから先は完全に性格の問題である。
希望を出せばすぐ誘われる職業でも、構成を考えて仕切りたい人はいるし、不人気職業でも忍耐強く勧誘を待ち、決して仕切り役にならない人も多い。もちろん待機時間は自由なので、コルクボードから情報を拾ったり、金策をしている冒険者が大半だ。
七都市での一番人気は釣りらしいが、神都では情報収集が主みたいである。
乱華は借金返済のため傭兵募集の依頼を探しているし、俺は莉紗や天音に繋がる情報を求めて張り紙を調べていた。
「なあ、あそこにいるの乱華じゃね?」
「おお、本当だ。得意先の生産職と揉めて金策中じゃなかったのか?」
「どうせまた適当な男を引っかけたんだろ」
「あーあ。身持ちが堅そうなところが好きだったのにさ」
「あれだけ際どい格好をしといて、清純派を気取られても微妙だろ?」
「文句があるなら直接言えばいいじゃないっすか!」
我慢の限界に達したのか、忍装束の少女は声を荒げる。
ギルド組合内の空気が一瞬で張り詰めた。
暇を潰していた連中は、当然のように、この騒動に首を突っ込む。
決闘を促す無責任な手拍子が、あちらこちらから発生する。
「過激な衣装だけで人気を博してる奴が、あんまり調子に乗らないほうがいいぜ?」
「人気ランキングで名を馳せたのを、まさか実力と勘違いしちゃったりして?」
「だったら決闘で勝負を着けるっすよ!」
この啖呵で絡んでいた二人組の態度が豹変する。
悪ふざけという雰囲気が消えて、呆れた様子で顔を見合わせていた。
それから装備品に刻まれたギルドエンブレムを指し示す。
そこにはデザイン化された烏の紋様が刻み込まれている。
「おいおい……それは八咫烏を敵に回すということでいいんだな?」
「いい加減……可愛いだけで優遇されていた事実を受け入れろ」
「…………」
これには強気だった乱華も押し黙ってしまう。
本当に八咫烏のエンブレムだったのだろうか?
ともあれ成り行きに身を任せている場合ではないだろう。
俺は少女と二人組の合間に身体を捩じ込む。
しかし仲裁に入ろうとした瞬間、信じ難い罵声を聞いてしまった。
「そもそもその似合ってもいない眼鏡はなんだよ?」
「媚を売るためには手段を選ばないだけだろ」
「いい度胸だ。表に出ろ」
「なんだ、てめえは?」
「眼鏡の『め』の字も知らない奴に、眼鏡を侮辱される筋合いはない」
二人組は鬼の形相で詰め寄ってくる。
もし暴力が承認制でなければ、胸倉を掴まれていたかもしれない。
野次馬の囃し立ても、どんどん過激になる。
かなり物騒な煽り文句が、部屋の中を飛び交っていた。
「公共の場で不要な喧嘩は控えてもらおうか?」
群衆の中から姿の現した長身痩躯の女は、俺と乱華の顔を一瞥し、くだらない挑発に乗るなと目で訴えてくる。街着のような格好をしているため、装備品から職業は判然としない。ワインレッドの長髪が印象的な、凛とした面持ちの美女だった。
「おい、何様のつもりだ?」
「八咫烏のギルドメンバーを名乗るなら、私の顔くらい覚えておいたほうがいいぞ? それとも正装になれば思い出すのか?」
美女の言葉に野次馬の数名が反応する。
ざわざわと近場の奴に話しかける声が漏れ聞こえてきた。
「なあ……おい」
「だよな……あの髪は見間違いようがない」
「いやいや、あんな巨乳じゃないだろ?」
「こんな至近距離で見たことあるのかよ?」
「ない……かな」
「そもそも普段着を見たことすらないだろ?」
「そりゃまあ……決闘を遠巻きに観戦してるだけだからな」
「ひょっとして……あれがミルフィーユなのか?」
「だから髪色でわかるだろ?」
「実物を見たの初めてだわ」
ざわめきが連鎖していく。
観衆の興味は完全に美女の正体へ移行していた。
ばつの悪そうな顔をしていた二人組は、混乱に乗じてギルド組合を立ち去る。
これで一件落着にするのが、大人の対応になるのだろう。
「気を悪くしないでほしい。似たようなギルドエンブレムを作成して、八咫烏の名を悪用する連中がいるのだ。我々はギルド名を後ろ盾に横暴を働いたりしない」
「俺は別に……乱華も大丈夫だろ?」
「もちろん……大丈夫っすよ」
喧騒の中、黒い外套を纏った青年が歩み寄ってくる。
黒髪に黒縁眼鏡をかけた理知的な顔立ち、かなり身長が高いらしく、人混みの中でも頭一つ抜け出していた。やれやれという風に首を左右に振っている。
「揉め事に首を突っ込まない約束では?」
「仕方ないだろう? 八咫烏の名を悪用する輩は放っておけない」
「その正義感を控えるよう会議で決定したではありませんか?」
長身の青年は深い溜め息を漏らしていた。
美女は素知らぬ顔で受け流している。
いろいろと事情のありそうな様子だった。
ふと長身の青年は言葉の矛先を変える。
「ところで乱華さん、八咫烏に所属する話は考えてもらえましたか?」
「正式に辞退したじゃないっすか? どこのギルドにも所属するつもりはないっすよ」
「そうですか……それは残念です。触媒に困っていると聞いていたのですが、どうやら僕の勘違いだったみたいですね」
「まさか……あなたが生産職に根回しをしたんすか?」
「そんなことをするわけないじゃありませんか? そういう卑劣な行為はルナティックの専売特許ですからね。我々は純粋に組織の規模を拡大したいだけですよ」
忍装束の少女は真偽を計り兼ねる表情をしていた。
確かに黒縁眼鏡の青年は胡散臭い雰囲気を漂わせている。
しかし眼鏡の手入れは細かいところまで行き届いているんだよな。
そこを踏まえると根っからの悪者ではないのだろう。
険悪な雰囲気を嫌ったのか、美女が二人の仲裁に入った。
「小耳に挟んだ程度しか知らないが、生産職の横暴については、黒犬の無実を私が保証しておこう。こいつは人を苛立たせる天才だが、課されたルールを破ったりはしない」
「うう……わかったっすよ。今はその言葉を信じることにするっす」
「誤解も解けたことですし、そろそろ失礼しましょう」
「うむ。長居は混乱を招くだけだからな」
ワインレッドの髪を揺らせて、美女は群衆へ向けて歩き始める。
人混みが左右に裂けて、新たな道が開けていく。
まるで海の割るモーゼのような光景だった。
宿屋の一室。
あの場に残り難くなった俺は、乱華を連れて部屋に戻っていた。
円形闘技場で名を馳せている少女が、有名ギルドに誘われることは当然だろう。
ゆえに面識があることも不思議ではない。ただ……どうしても引っかかる。あのとき黒犬を詰問した乱華の態度は、まるで積年の恨みでもあるかのような、これまで見せたことのない辛辣さだった。
「あのさ……一つ聞いてもいいか?」
「なにっすか?」
「以前に八咫烏と揉めるような出来事でもあったのか?」
「特にないっすけど……どうしてっすか?」
「なんとなく――じゃないな。さっきの話を聞いている限り、ただの顔見知りには見えなかった。なにかあるなら教えてくれないか?」
「えっと……そうっすね。個人的にどうこうというわけじゃないんすよ」
「ん?」
「ミルフィーユさん――あの綺麗な人のことっす。実は前作では進撃の旅団に所属していたんすよ。緩過ぎるギルドの方針に合わなくて、結局途中で抜けちゃったんすけどね。だからその……変に意識してるところはあったかもしれないっす」
「いやいや、話が見えて来ないぞ?」
「だから効率派の八咫烏と緩い進撃の旅団は、前作から度々衝突することがあったんすよ。その影響を今作にも持ち込んでるかもしれないという意味っす」
「そうじゃなくてさ。トップギルドの抗争と乱華にどういう関係があるんだよ?」
「あれ、言わなかったっすか? あたし元進撃の旅団員っすよ」
初耳だった。
不意打ちもいいところである。
ということは、つまりあれだ。
以前に話していた大好きな人も元進撃の旅団員ということになる。
「どうかしたんすか?」
「いや、なんでもないよ」
「本当っすか? なにか聞きたそうな顔してるっすよ」
悪戯な笑みを向けてくる乱華だった。
どうやら見透かされているらしい。
それなら遠慮することもないだろう。
「えーっと……あのさ……以前に話してた大好きな人のことだよ。ひょっとしたらトップギルドへ移籍するために進撃の旅団を抜けたんじゃないのか?」
「それだけは絶対にないっす」
「随分と断定的だな」
「だって……その……団長にベタ惚れなんすよ」
ぱたりと乱華は顔を伏せた。口からは深い溜め息が零れ落ちる。
おいおい、それは天音の大好物的なあれなのか?
尻だけに知りたくもない禁断の恋というやつなのか?
「そういう人を好きになると……いろいろ大変なんだろうな」
「まあ……そうっすね」
「そうか……でもまあ……好きになったら仕方ないよな。それでどんな奴なんだ?」
「綺麗な顔立ちで……長い黒髪が素敵っす。でもなんて言うんすかね? そういう容姿とかはどうでもよくて、吸い込まれそうな魅力があるんすよ」
「ふーん。そこまで惚れられると男冥利に尽きるな」
「え?」
「え?」
おかしいな。
どこかに齟齬の生じるような会話があっただろうか?
俺は改めて確認しておく。
「団長に惚れている奴のことが好きなんだよな?」
「そうっすよ」
「つまり『アーッ!』な奴が好きなんだよな?」
「え?」
「え?」
きょとんとする忍装束の少女だった。
このままでは埒が明かない。もっと明確に切り込んでしまおう。
「名前を教えてもらってもいいか? ひょっとしたら旅団スレでフォトグラフを見たことがあるかもしれないからな」
「なんでそんなこと教えなきゃ駄目なんすか!」
「大事な部分の話が噛み合わないからだろ! このまま会話を終わらせたら、気持ち悪くて夜も寝られねえよ!」
「うう……その気持ちはわからなくもないっす」
「だったら教えてくれよ。他言するつもりはないし、この場限りで忘れてもいい」
「わかったっすよ。その代わり蓮の好きな人も教えてほしいっす」
「お……おう」
妙な流れになってしまった。
とはいえ後戻りできる状況でもない。
虎穴に入らずんば虎子を得ずというやつだ。
仕方なく俺は後輩女子の秘密を知ったときのエピソードを話した。
「切ない話っすね」
「まあ、今でも仲はいいんだけどな」
「なんか二人を捜す旅を応援したくなるっすよ」
「今までは応援してなかったのかよ」
「そういうわけじゃないんすけどね」
「ともかく次は乱華の番だぞ」
「そうっすね……あたしはチグリス姉様のことが好きなんすよ」
両手で顔を覆い隠して、少女は身悶えていた。
紡がれた言葉を咀嚼して、途切れた回線を繋げていく。
どうやら乱華は女の子が好きな女の子らしい。
格調高く表現するならば、忍装束の少女は百合だった。
齟齬の正体は、これだろう。
事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものである。




