011
午後一番で神殿に再訪した。
神殿の中には多数の部屋が存在する。それぞれ違う儀式を執行するためのものだ。
神官風NPCの案内に従い今度は試練の間へ足を踏み入れる。
だだっ広い正方形の空間が眼前に広がっていた。
というよりも、それ以外には、なにも存在しない。
まるで巨大な監獄のような場所だった。
前方から黒い影がこちらへ歩み寄ってくる。
互いの距離が詰まると、影の正体が判明した。
「……俺……」
漆黒で統一された装備品が、陽炎のように揺らめいている。
俺の外装を流用したような少年は、部屋の中央まで進むと立ち止まった。
よくある設定なのだろうが、正直、あまりいい気分にはなれない。
俺は意識を戦闘用のそれに切り替えた。
たった一人の見届け人さえいない。誰にも知られることのない孤独な決闘だ。
試練の間では冒険者に先制攻撃の権利が与えられている。
初撃を放った直後に百八十秒のカウントダウンが開始する仕組みだ。
力技の拳闘士とは異なり、換装士には下準備がある。
俺は特技<換装>を使用した。瞬間的にクローが点滅し、その姿を鋼の双剣に変える。
手持ちの装備品や素材を組み合わせ、一時的に武器や防具を生み出す特技だ。
一定の時間が経過すると元に戻るため、レア装備やレア素材を惜しみなく使える。
ここまで聞くとまるで夢のような特技だが、もちろん難点もあり、好き放題に換装を繰り返せるわけではない。許容量を超える換装は過負荷状態を引き起こすからだ。こうなると機能回復まで戦力外になるため、押すときと引くときは、戦況を見極めながら判断しなければならない。
俺は換装した鋼の双剣を構える。
体勢を沈めた状態から一気に飛び出し、地面擦れ擦れを滑空するように突き進む。
棒立ちの影に下方から連続攻撃を放つ。
右の剣先を突き出した瞬間、影は覚醒したように動き始める。
初撃は腹部を捉えることができたが、第二撃は短剣で弾き返されてしまう。
可能なら決めておきたかったが、所詮これは挨拶代わりの先制攻撃だ。
後方へ避難した影は、特技<換装>を使用する。
一瞬で短刀が立派な一振りへと変化した。影は長刀の柄を顔の右へ持ち上げて八双に構える。どの方向から攻められても反応可能な反面、素人目にも明らかな正面の隙の広さが弱点の構えだ。しかし無防備な正面も「誘いの隙」でしかないのだろう。
改めて俺は影と対峙する。
標的のHPバーは数ミリ削れているだけだった。
これまで意識して来なかったが、VRMMOにおける戦闘の、違和感の正体を垣間見た気がする。例えば現実世界の場合、攻撃を受けて負傷すれば、その分だけ不利になる。しかし仮想現実では、怪我という概念がない。つまり可視化された生命残量が尽きない限り、瀕死でも無傷と変わらない能力を発揮する。
今度は影が先に動いた。
一気に距離を詰めると、長刀を振り下ろしてくる。
俺は両手の剣を交差させて重い一撃を防ぐ。激しい剣圧に耐えていると、左脇腹に強い衝撃を受けた。吹き飛ばされた身体を一回転させて立ち上がる。左脇腹に受けた衝撃の正体は、右足で放たれた蹴撃だった。
「なるほど……ね」
吸血蝙蝠や蟹ばかり倒していた俺にとって、複数の通常攻撃手段を持つ敵は初めてだった。武器に神経を集中させれば、別判定の攻撃が飛んでくる。
これは想像以上に厄介だった。
攻撃の出所がわからないため、どうしても守勢に回ってしまう。
結局、防戦一方のまま時間切れを迎えて排出される。
勢い任せに何度か突入してみたが、もちろん戦績結果は向上しない。
俺は腕を組んで思考を巡らせた。
このまま試練の間に突っ込んでも、似たような敗戦を量産するだけだろう。
そこで掲示板の情報を利用することにした。
膨大な量を読み解くうちに冷静さを取り戻せるだろう。
それにPvP関連のスレを読み漁れば、影撃破方法のヒントが見つかるかもしれない。あまり期待していなかったものの、いくつかの情報を拾うことができた。
①試練の間の影はHPが多くて時間内に倒せない。
②あくまで新職業の試運転用に設計されている。
③ゆえに倒しても意味がない。
こんな論調で語られている。
そしてその論法が是とされていた。
つまり影討伐を目論む書き込みは、馬鹿にされるか黙殺されている。
一度こういう流れになってしまうと、正確な情報さえ捻じ曲げられてしまう。
「参ったな」
俺は掲示板を閉じて嘆息を漏らした。
とりあえず影の特徴や使用する特技の傾向を整理してみよう。
まず凶悪な特殊技や強烈な一発は持ち合わせていない。そのためこちらが下手を打たない限り、HPを削られて排出される心配はなかった。ただ圧倒的に持ち時間が足りないため、影のHPを削り切ることができないのだ。
攻略の糸口が見つからないまま、無為な挑戦を繰り返してしまう。
あれから複数回の突入を試みたが、案の定、得られる結果は変わらなかった。
とにかく火力が足りない。この一言に尽きた。
果たして換装士に瞬間火力なんてあるのだろうか?
攻撃特化の装備を模索していると、思わぬところから案が降りてきた。
ワンデイアビリティ「換装の極意」の再使用可能時間である。前日の「極限流七星覇王拳」使用から、今まさに二十四時間が経過しようとしていた。
ちなみにワンデイアビリティ「換装の極意」は、効果時間中、過負荷状態に陥らない効果を持っている。つまり効果時間の五分間は、無制限に換装が行えるのだ。局面を引っ繰り返すような特技ではないが、比較的長い効果時間を有効活用すれば、足りていない火力を補えるかもしれない。
ワンデイアビリティの再使用可能を確認してから、俺は再戦を果たすべく試練の間へ足を踏み入れた。影が所定の位置まで歩み出てくる。
戦闘時間は最大でも百八十秒なので、開幕から「換装の極意」を使う。
カウントダウンが始まる初撃の前に、換装に換装を重ねて装備品を強化する。
半ば意地になって挑戦しているが、非生産的なことをしているんだろうな。
莉紗や天音が聞いたら、卒倒するかもしれない。
【パンデミックナイフ】EX
――――――――――――――――――――――――――
死を感染させる危険な小刀
DMG:21 Delay:120
ラピスの硝子玉を消費して複数回攻撃
競売不可/譲渡不可/複数所持不可
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【孤独死寸前のアリエット】EX
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生涯誰にも愛されることのなかったアリエットの指輪
単独で倒した魔物の数を攻撃力に上乗せする
増加攻撃力に応じてHPが徐々に減少する
競売不可/譲渡不可/複数所持不可
――――――――――――――――――――――――――
【ラピスの硝子玉】
――――――――――――――――――――――――――
非常に希少価値の高い硝子玉
競売可能/譲渡可能/複数所持可能
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ちなみに『ラピスの硝子玉』は事前に用意した消耗品である。
ワンデイアビリティの効果時間が、残り三分に差しかかる直前、俺は換装を終えて影へ突っ込む。極悪な組み合わせが脅威の連続技を繰り出す。消耗品である『ラピスの硝子玉』がどんどん目減りしていく。マジックポイント(MP)ならぬマネーパワー(MP)を用いたゴリ押しである。
初撃から十五回連続攻撃を叩き込むと、タクティカルポイントが規定値に達する。
瞬時に<換装>を使用して、漆黒の巨大な両手鎌を握る。
間髪入れず重複数回攻撃<ナイトメア>を放つ。
これは攻撃を外すまで、最大五連撃となる技だ。
一発目を外すと目も当てられない結果になるが、しっかりと命中を確保し、全段命中を成せば凶悪なダメージを与えられる。
黒煙を纏った両手鎌が影を切り裂く。
五連撃を達成し、影のHPを削る。
それでも大勢を決するようなダメージは与えられていない。
影は双剣を<換装>して反撃に転じる。
防御に回れば時間切れは避けられない。
俺は両手鎌を小刀に持ち替えて応戦する。
誰もいない真っ白な空間に、甲高い金属音が響いていく。
加速する剣戟の応酬は、止まることを知らない。
双方のHPバーが見る見る削れていく。与えダメージはこちらが上でも、HPの総量に差があり過ぎる。このまま乱打戦が続ければ、先に力尽きるのは俺だろう。
考えろ。
全能力を解放したことを無駄にするな。
この一戦に勝ち切ることだけを意識するんだ。
神経を研ぎ澄ますと、自然と攻撃が加速する。
再使用可能な特技を駆使し、<換装>した小刀を両手に持つ。
複数回攻撃武器『パンデミックナイフ』を二刀流にしたことで、ほとんどの通常攻撃が一回のディレイで放てる最大数七回に到達する。
タクティカルポイント消費スキルも、一発のダメージより速度を優先した。
曲刀系四連突撃<フラッシュブレード>と、加速した攻撃が、すぐさまTPを規定値まで引き上げてくれる。間断なく放たれる技が、影のHPを削っていく。もちろん標的も反撃してくるので、俺のHPも危険水域に突入していた。
時間切れなんて結果は、誰も望んでいないだろう。
俺は無我夢中で高速の剣技を叩き込む。
たった百八十秒が無限の時間にも感じられる。
どれくらい経ったのだろう。
繰り出した渾身の一撃が、影の胸部に突き刺さる。
僅かに残っていたHPバーが完全に消失する。
時間にすれば三分の激闘だったが、俺は歓声を上げる余裕すらなかった。
その場に座り込んで、上がった息を整える。
勝利の余韻に浸っているわけではなく、ただただ呆然と、霧散していく影の姿を見つめていた。そこでふと違和感を覚える。消えいく影の中から戦利品が現れたのだ。
【影王の長外套】S
――――――――――――――――――――――――――
陽炎のような揺らめきを放つ長外套
魔物に発見されなくなる
競売不可/譲渡不可/複数所持不可
――――――――――――――――――――――――――
「試運転用じゃなかったのかよ」
ぽつりと俺は呟きを漏らしていた。
報酬は達成感だけでもよかったのである。
しかしまあ、ありがたいことだ。
結構な資金を失うことになったが、これで体面は保つことができるからな。
REN:換装士Lv20
【右手】 クロー(左右共通装備)
【左手】 クロー(左右共通装備)
【頭】 レザーバンダナ
【首】 猛獣の首飾り
【耳】
【胴】 軽鎧
【両手】 バトルグローブ
【指】
【背】 影王の長外套
【腰】 レザーベルト
【両脚】 レザートラウザ
【両足】 レザーブーツ
生産スキル
【彫金】76 【鍛冶】45 【裁縫】0 【錬金術】38 【革細工】0
【木工細工】30 【硝子細工】35 【調理】0 【釣り】28
アリア:弓銃士Lv∞
【右手】 アサルトブレスト
【左手】
【頭】 ヘッドフォンW
【首】 ヘッドフォンB
【耳】
【胴】 エプロンドレス
【両手】 黒のアームウォーム
【指】
【背】
【腰】
【両脚】 黒のニーソックス
【両足】 ブーツ




