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ArchAngel/harem night  作者: 鳥居なごむ
第二章
21/41

010

 午後八時、神都イージス。

 真正面に世界遺産を連想させる巨大な神殿が見えていた。

 和気藹々な雰囲気の鉱山都市に比べて、神都の街並みは厳かな様相を呈している。

 道を行き交う冒険者も上級職が多く、コークスの街しか知らない俺は、その場違いな空気に飲み込まれていた。立ち尽くす俺に乱華は小首を傾げてくる。


「どうかしたんすか? 競売ならこっちっすよ」

「おお、そうだったな」


 多くの人が集まれば、そこに市場が生まれる。

 これは仮想現実の世界でも変わりなく、神都イージスの広場周辺には、様々な職人たちの露店が軒を連ねていた。重厚な両手剣から宝玉が装飾された杖、鋼鉄の鎧から高級そうな外套、豊富な料理の数々となんでも揃っている。


 中には中間素材を専門に販売している露店もあって、乱華の説明によれば、狩りで得たドロップ品を自己生産しているらしい。そのため毛皮をなめし革に加工する革細工や、なんでも屋に近い錬金術が有利ということだ。


 案内された神都の競売所は、鉱山都市のそれと一緒だった。

 わかりやすさを優先したのだろうが、本当にコークスの競売と瓜二つである。

 うーん……ちょっと興醒めだな。多少の特色は演出してほしかった。

 これでは景観を楽しむことができないからな。

 しかし残念がっていても仕方がないので、中央の巨大な機械で検索をかけていく。

 出品されている数種類の触媒を購入して、俺は傍らに立つ忍装束の少女へ手渡した。


「うわ! 全種類一ダースもあるじゃないっすか!」


 驚いた表情から察するに、予想より多かったのだろう。

 ちなみに触媒は革袋に収納されており、その中に九十九個封入されているため、忍術一回の使用で一つ触媒を消費しても、一ダースあればそこそこ持つのである。


「多いなら問題ないだろ?」

「いや、なんか悪いっすよ。ほかに手伝えることはないんすか?」

「気にするな。これもなにかの縁ということでいいじゃないか?」

「絶対に駄目っす! あたしの気が済まないっすよ!」


 その後しばらく押し問答になり、ある提案で妥協することにした。

 初の長旅で精神的に疲れていたし、早く宿を確保しておきたかったからな。


「それじゃあ、上級職取得後の注意点とか教えてもらっていいか? あまりに基本的なことは掲示板に情報が上がって来ないからな」

「了解っす。適当に寛げそうな場所に移動するっすか?」

「宿を取るからそこで頼めるか? あと講義中は眼鏡のままで頼む」

「…………」

「黙るなよ」


 まったく……随分と貞操観念の強い奴だ。

 しかしまあ、それくらいで丁度いいのかもしれないけどな。

 幻想的な神都イージスの景観を楽しむ余裕もなく、俺は乱華を連れてNPCが営む宿屋を目指した。やがて彫刻の施された白い建物が見えてくる。簡易な宿泊手続きを済ませて部屋へ向かう。


「なにから話せばいいっすか?」

「そうだな。とりあえず上級職を取得した直後、例えばLv1になるならともかく、引き継いだ場合の話を聞きたい。慣れない職業ですぐパーティーを組んだりするのか?」

「さすがに野良パーティーはないかもしれないっすね。神殿の中に試練の間があるんすよ。そこで新職業の特技や特性を試せるようになってるっす」

「ふむ。それなら安心して換装士になれるな」

「神都を拠点にレベリングするつもりっすか?」

「Lv20なら周辺に適正な狩場も多いだろ?」

「まあ確かに……そうっすね」


 夜遅くまで基礎的なことを教えてもらう。それから忍装束の少女と別れた。

 宿屋に設置された時計は午前零時を過ぎている。

 俺は寝台に大の字で転がり瞳を閉じた。

 VRMMOの世界でも睡眠欲だけはどうしようもない。

 上級職の取得や神都の探索は明日にしよう。



 翌朝、とりあえず神殿へ直行する。

 豪奢な神殿は外装だけでなく内装にも気合が入っていた。

 建造物に多少の知識があれば、再現率に感心するんだろうな。

 神官風NPCの情報を基に神の間へ足を運ぶ。そこは真っ白な空間だった。

 ゲームマスターと出会ったような部屋の最奥に、この神殿で最も格の高い人物が待ち構えている。奥へ進むと聖母のような女性が優しく微笑みかけてきた。


「あなたは資格を有しているようですね」


 RENは【換装士】の職業を修得しました。

 RENは【盗賊】の職業を修得しました。


 表示された画面に二つの職業が追加される。

 基本的に「士」で終わらない職業は、上級職を持たない完結職業である。

 もちろん例外も結構あって、聖騎士や召喚士は、「士」で終わるが完結職だ。

 ちなみに盗賊は金策に優れた職業らしく、廃城やダンジョンの罠を解除したり、鍵がなくても宝箱の解錠が行えるため、金策ギルドでは重宝されているそうだ。


「現在の職業のレベルを上級職へ引き継ぎますか?」

「換装士に引き継がせてください」

「本当によろしいですか?」

「はい」


 二度の確認作業を終えると、俺は淡い光に包まれていた。

 まるで羊水に身を委ねる胎児のような――実際にそんな記憶はないわけだが――本能的な安心感が精神を落ち着かせてくれる。そして俺は全裸で立ち尽くしていた。俗にいう生まれたままの姿――つまり一糸纏わぬ真っ裸状態である。


「なんじゃこりゃーっ!」


 叫んだところで事態は変わらない。

 ともかく冷静に考えよう。まずは全裸にされた理由からだ。

 装備を解かれたことは、それほど疑問ではない。布製品を好む拳闘士に比べて、換装士は別製品を好むのだろう。しかもLv20くらいになると、全職業共通の装備も少ない。つまり俺の手持ちに装備可能な防具がなかっただけである。


 しかし全裸になることはおかしい。

 大事な部分を露出しないための、ボクサーパンツ姿が、いわゆるデフォルト装備だからだ。ちなみに女性はスポーツタイプのブラとショーツがデフォルトらしい。ところが今の俺は全裸で仁王立ちしている。


 聖母の前で破廉恥に仁王立ちしている。

 ある意味で漢だが、基本ただの変態だ。

 そしてこの光景を見た百人中百人が後者を選択するだろう。

 要約すると誰かに発見される前に、ここから脱出しなければならない。


「善は急げだな」


 長居は無用と判断した俺は、宿屋へ避難することにした。

 眼鏡や首飾りなど一部装備品は身に着けられるが、下半身が丸出しである以上、おそらく中途半端に変態性を高めるだけだろう。それなら潔く全裸で挑戦してやる。俺は潜入任務にダンボールを欠かさない工作員よろしく作戦を決行した。


 あるときは木々と一体化し、あるときは花壇の一部と化す。

 持てる神経をすべて注ぎ込んだ結果、誰にも見つかることなく、俺は宿屋まで帰還することができた。もちろんNPCである宿主は、客が全裸でも顔色一つ変えない。


 部屋の扉を開けようとした途端、どういうわけか内側へ扉が開く。

 中には乱華の姿があった。俺の顔を見つけて「あ」と表情を綻ばせる。

 どうやら俺に用事があって訪ねてきたらしい。無駄足にさせなくてよかった。


「どうかしたのか?」

「えっと……あのっすね」


 なにかを言おうとした少女の顔が強張る。

 ゆっくりと視線を下へ落とし、やがて小さな口が絶叫を象った。


「きゃああああああああああああああああああああっ!」

「落ち着け! 一体どうした!」

「なんで全裸なんすか! さっさと服を着るっすよ!」


 手で顔を覆い隠しながら乱華は叫ぶ。

 俺は少女に背中を向けて反論する。


「これには深い訳があるんだ!」

「訳はいいから服を着るっす!」

「それはできない!」

「なんでっすか! 変態! 早く着るっす!」

「換装士Lv20用の装備がないんだよ!」

「それでも全裸はおかしいっすよ!」

「俺にも理由はわからないんだ! ひょっとしたら魔導書の影響かもしれない!」

「んんん……魔導書の影響なんすか?」

「任意で戦闘や接触ができるようになっただろ? 全裸もその一環というわけだ!」

「…………」

「とりあえず換装士用の装備を競売で購入してきてくれないか?」

「…………」


 返事をもらうより先に俺はトレードウィンドウを開いた。

 適当な金額を突っ込んでトレードを完了させる。


「頼む。もしよくわからないなら全職業共通装備でも構わない」

「…………」

「残金で触媒を購入してもいいから!」

「わかったっす。競売に行ってくるっすよ」


 ようやく乱華は依頼を引き受けてくれる。

 肯定してからの動きは迅速だった。颯爽と部屋を出て階段を下りていく。



 宿屋の一室。

 俺は用意された軽鎧を着込む。

 誰に購入してもらっても、ぴったりと身体に合う。

 これは本当にありがたいシステムだよな。

 現実で似たようなことをすれば酷い目に遭うだろう。

 一通り装備し終えると換装士らしい格好になっていた。


「助かったよ」

「…………」


 明らかに乱華の様子がおかしい。視線を合わせてもくれない。

 俺の全裸がそこまで衝撃的だったのだろうか?


「非常事態とはいえ……悪かったな」

「いやいや……それはいいんすよ」

「だったら顔を上げてくれないか?」

「……わかったっす……」


 少女は伏せていた視線を上げる。

 なにかを言い出そうとして、途中で言葉に詰まるみたいな、そんな行動を繰り返していた。気まずくなるような質問をするつもりだったのだろうか?


「言いたいことがあるなら、遠慮せず吐き出してくれ」

「えっと……あの……どうして他人に二十万ジュエルも渡せるんすか?」

「それは装備品の代理購入を頼んだからだろ? 別に危機感がないわけじゃないぞ。見知らぬ冒険者に二十万ジュエルをトレードしたわけじゃないんだからさ」

「持ち逃げの可能性とか……まったく考えないんすか?」

「同情を誘うような話をして金品を騙し取る詐欺師だったのか!」

「いや……あの……そういうことじゃないんすけどね。ぶっちゃけ……あたしの所持金は五万を切ってるんすよ。ぽんと二十万も手渡せるなんて……ちょっと気になるじゃないっすか……そのなんて言えばいいんすかね」


 どうやら俺の所持金ないし財政状況を知りたかったらしい。

 確かに聞き難い質問で、躊躇した理由もわかる。しかし他者の所持金を強奪する方法はないし、わざわざ嘘を吐いてまで隠す必要はないだろう。


「俺の銭闘力は五百三十万だ」

「なっ!」


 絶句するのも無理はないだろう。

 レベリング中心の冒険職なら、所持金は十五万前後が平均だし、金策優先の生産職でも五十万、その辺りで基本頭打ちしている。運良くレアドロップに恵まれた冒険者でさえ、所持金の総額は百万に達しているかどうかだろう。


 幸先よくレアドロップに恵まれて、その資金を糧に、生産職としての地位を確立した。つまり俺の所持金総額五百三十万ジュエルは、幸運と生産職を併せた、いわゆるハイブリッドと称して差し支えない。


「金があるところに金は集まる。経済の基本を体感したような気分だったよ」

「ああもう! 不躾は承知でお願いしてもいいっすか?」

「お……おう。なんだよ?」

「えっとっすね……ジュエルを都合してもらえないっすか? もちろん期限内に利子を付けて返すつもりっす。もらるんじゃなくて、借りるんすからね」


 ずっと悩み考えていたことを、吐き出したという印象を受ける。

 恥も外聞もなく本音を伝えてくれたのだ。

 昨日出会ったばかりの俺に金銭を無心するのはどうかと思うが、それだけ切羽詰まっていたのだろうし、なにより二十万ジュエルを持ち逃げしなかったことは信頼に値する。ゆえに無茶な高額でなければ貸与を拒むつもりはなかった。

 しかし理由は聞いておきたい。それくらいなら罰は当たらないだろう。


「まずは使途を教えてくれ。それと『ヴァルハラ』には借金制度がない。金額によっては前払いで保障してもらうぞ」

「ジュエル以外の返済を求めるつもりなら諦めるっすよ」


 毅然とした態度を取る少女だった。

 本当に貞操観念が強いな。

 だからこそ余計に隠していることを聞き出したくなる。


「そうか……それならこの話は聞かなかったことにしよう」

「ちょっと待ってほしいっす……その……条件だけでも先に教えてもらえるっすか?」

「ジュエル以外の返済は嫌なんだろ?」

「そうなんすけど……ああもう!」


 忍装束の少女が地団太を踏む。

 それに合わせて尻尾みたいな三つ編みの後ろ髪が揺れていた。

 意地悪はこれくらいにしておこう。

 俺は昨日と違う眼鏡を取り出して差し伸べる。


「条件は眼鏡をかけることだ」

「いや……あの……そんなことでいいんすか?」

「この世界には眼鏡成分が足りないからな」

「本当に眼鏡を……かけるだけなんすか?」

「そうだ。その代わり俺好みの眼鏡を飽きるまでかけさせてもらうぞ」

「なぜか眼鏡をかけることが……すごく卑猥な行為に聞こえてくるっす」


 がくぶると乱華は身を震わせていた。

 にやけ面を整えて、俺は疑問を呈する。


「それで借金の使途は?」

「忍術の購入資金っす。競売価格で三十万くらいするんすよ」

「返済の目処は?」

「忍者の傭兵募集は結構あるっすから、忍術さえ揃えば、定期的に返済していけるはずっす。ちょっと考え方が甘いっすかね?」

「いや、そんなことはないよ。円形闘技場での実績も充分だからな」

「それじゃあ?」

「うむ。返済計画があるなら断る理由がないからな」

「本当に貸してもらえるんすか?」

「完済まで眼鏡くノ一でよければな」


 ぱあっと乱華の表情が明るくなった。

 俺はその笑顔に早く眼鏡をかけたい衝動に駆られた。

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