006
翌日。
噂の真相は簡単に確かめることができた。
ツベルン鉱山のストライキが終了し、坑道内はNPCで溢れ返っている。
もちろん変化はそれだけでなく、奥へと進む道も切り開かれていた。
攻略組が探索したところ、適正Lv20からの狩場らしい。
亜人トロールが多数確認されており、絡まれた場合の対処が大事だそうだ。
採掘場所が拡張されたことは嬉しいが、どうやら今のレベルでは無謀そうである。
そんなわけで本日も遊覧船に乗り込む俺だった。
「このルートは遊覧船で洞窟を抜けるらしい」
「面白そうですね」
「楽しむのは一向に構わないが、そろそろデスペナルティが痛いぞ」
汽船から海へ糸を垂らしながら、爺さんは柔和な笑みを浮かべる。
ちなみにデスペナルティとは、死亡時に失う経験値のことだ。
レベルが上がるに連れて増加し、最大量に達するまで止まらない。
冒険を促しておきながら、それを妨げる、矛盾した仕組みなのである。
これも通常のRPGには存在しない、MMO‐RPG独特の仕様だろう。
「どれくらい減少するんですか?」
「うーん……損失補填に二時間はかかるかもしれないな」
「そんなに減るんですか?」
「パーティーならともかく、ソロは効率が悪いからね」
「迂闊に死ねませんね」
「その通りだよ。ところで……あのお嬢さんは誰なんだい?」
爺さんはエプロンドレス姿の金髪少女へ視線を向ける。
当の本人は汽船が物珍しいのか、甲板の上を好き勝手に歩いていた。
魔導書に戻る気配がなかったので、そのまま連れてきたのである。
おかげで昨日は露店を開けなかったし、せっかく魔導書を手に入れたのだが、今のところ明確な損失しか出ていない。
本当に忠実が聞いて呆れるよ。
「実はですね。相談したいことがあるんです」
「随分と改まってどうした?」
驚きを隠さない爺さんに、俺は真剣な表情を向ける。
「それだけ重要な話なんです」
「わかった。真剣に聞かせてもらおう」
ヴァルハラ攻略スレ★127
124:抜刀斎
取得条件:レビアの泉に規定回数硬貨を投入する。
容姿や性格が契約者に依存という説は否定された。
装備品については後述を参考にしてください。
【忠実の魔導書】SSS
――――――――――――――――――――――――――
天使アリアを召喚するための魔導書
アルテミスの弓が「傲慢」を撃ち落とす
競売不可/譲渡可能/複数所持不可
――――――――――――――――――――――――――
爺さんに魔導書の情報公開を相談していたら、俺の話を要約した上に書き込みまでしてくれた。容姿や性格が契約者に依存という説の否定には、給仕服より花魁が好きだからと説明している。眼鏡関連の話題を連発すると、契約者が特定されるとのことだ。
契約者は眼鏡好きでコークスに滞在している。
この情報から彫金師RENの名前が出ても不思議ではない。孫娘にプレゼントした眼鏡一つの恩で、ここまで世話を焼いてくれるのだから、爺さんのお人好し度も相当なレベルだろう。しかし本人の考えは随分と別の場所にあった。
「この世界は年寄りに優しい」
曰く孫娘やギルドの仲間と対等に世界を駆け回ることができてしまう。
日々の生活を送るだけで精一杯だった身体が、まるで全盛期の活力を取り戻したように躍動する。そしてそれは精神さえも若返らせてくれたらしい。しかしあるとき気付いてしまう。ここは仮想空間で現実の世界ではない。
残酷な事実に直面してしまう。そこから目を背けては駄目だ。
しかし願わくば、この世界を現実にしたい。
相反する気持ちが爺さんを悩ませていたという。
「怖いんだよ」
「この世界が終わってしまうことがですか?」
「そうではない」
「それじゃあ一体?」
「世界を終わらせようとする人々を妨害してしまうことだよ」
爺さんは残酷な言葉を紡いだ。すぐさま苦笑を浮かべて語を連ねる。
だから力を持つべきではない。若者の未来を阻んではならないからね。
レベリングに参加しなくなったのは、そういう事情を鑑みてのことらしい。
「師匠は大丈夫ですよ」
「まあ、そうでありたいね」
釣りをしながら緩やかな時間を楽しむ。
何度もルートを変えて、遊覧船を満喫していた。
特に洞窟を抜けるときの光景は、あまりに幻想的で言葉にできない。
どれくらい経った頃だろう。
甲板から海を眺めていたアリアが、ぽんと俺の肩を叩いて注目を集める。
常時ヘッドフォンを装備しているため、金髪少女とは筆談が基本になっていた。
専用のフリップまで用意されており、視線を向けると素早く反応してくれる。
『レベリングは中止ですか?』
「いや、そういうわけじゃないよ」
身振り手振りを加えながら否定の意を示した。
アリアはフリップに新たな文章を書き込む。
『それでは次の魔物を釣り上げてください』
「うーん」
『もっと胸を揺らしながら頼めということですか?』
「違うわ!」
相変わらず会話が噛み合わない。
突っ込みを受けた天使は、愛らしく小首を傾げている。
爺さんは愉快そうに笑うだけだった。
何度かの戦闘を経て、わかったことがある。
アリアの特徴と得られる経験値についてだ。
ソロと大きく異なる点が二つあって、そのどちらも天使特有のものだろう。
まずアリアの戦闘は狙撃手のそれである。
つまり『ヘッドフォンW』でタクティカルポイントを上昇させ、遠隔攻撃を必中にする『ヘッドフォンB』で敵を狙い撃つ。放たれた不可避の矢弾は、確実に標的を仕留める。遠隔攻撃の中でも屈指の破壊力を持つ、単発七倍撃<ゲート・オブ・ヘブン>は、本来なら命中率に難のある大技だが、その弱点を無効にしてしまうわけだ。
ちなみに初期状態からアルテミスの弓を持っているわけではないらしく、今装備している武器は、競売で購入した『アサルトブレスト』というクエスト報酬の銃である。
次は経験値の話である。
アリアを召喚している場合、取得経験値が七割減少する。
つまり基準値が三百なら、取得は九十という計算だ。
理由は天使を利用した効率的なレベリングの排除だろう。
確かにゲームバランスを崩壊させ兼ねないからな。
しかし不都合なことばかりではない。
殲滅速度は倍以上になるし、なにより安全面が段違いだ。
要は臨機応変に使い分けることで、アリアの有用性を充分に引き出せる。
「上を目指すなら生産職も戦闘を避けられないんですよね」
「ふむ。やりたい職業はないのかね?」
「それが悩みの種なんですよ」
俺は溜め息を吐きながら項垂れる。
なんとなく拳闘士を上げてきたが、正直、このままでいいかはわからない。
というより冒険職について無頓着過ぎたのだろう。
「特に予定がないなら換装士はどうかね?」
「換装士?」
「戦況に合わせて武器や防具を変化させる職業だよ。装備品を自作できる鍛冶師や彫金師に向いているらしい。眼鏡以外を生産できないわけじゃないだろう?」
「師匠は天才ですか!」
括りは彫金師なのだから、確かに眼鏡以外も生産できる。
これは完全な盲点だった。換装士なら拳闘士より活躍の場を増やせるかもしれない。
しかし問題がないわけでもなかった。
「ただ……蕎麦屋がカレーを出すみたいなことになりませんか?」
「どういう意味かね?」
「近所にあったんですよ。たまたま客に出したカレーの評判が良かったのか、蕎麦屋なのにカレーが美味い的な扱いをされてる店が! 本来の蕎麦で勝負できなくなったら、蕎麦屋である必然性がありませんよね!」
「ほかの装飾品に手を出して眼鏡を疎かにしたくないと?」
「もちろんです!」
「君なら大丈夫だよ」
爺さんは穏やかに微笑む。
根拠のない言葉が俺を安心させてくれる。
海風がアリアの金髪を撫でていく。穏やかな休日の風景だった。
「ところで件の換装士って、すぐに変更できる職業なんですか?」
「いや、まずは前衛職の一つをLv20以上にしなければならない」
初期に選択できない上級職というものがあって、例えば「重戦士Lv30+魔術士Lv20」のような、特定の条件を充たすことで上級職になれるのだ。ちなみに「重戦士Lv30+魔術士Lv20」の場合は「聖騎士」の承認が受けられる。
「上級職ですか……またLv1からなんですよね?」
「ふむ。君は本当に『ヴァルハラ』のことを知らないようだな」
「違うんですか?」
「上級職の扱いは複雑なんだよ」
曰く「ジョブチェンジ」と「クラスチェンジ」は別物らしい。
ジョブチェンジは文字通り職業を変えることだが、クラスチェンジとなる上級職への昇格は、それまで上げてきた職業のレベルを引き継ぐことができる。もちろん利点ばかりではなく、引き継いだ場合、その職歴は白紙に戻る仕組みだ。
つまり重戦士Lv30と魔術士Lv20で聖騎士になった場合。
①聖騎士Lv30 重戦士Lv1 魔術士Lv20
②聖騎士Lv20 重戦士Lv30 魔術士Lv1
③聖騎士Lv1 重戦士Lv30 魔術士Lv20
このような三つのパターンが考えられるわけだ。
ゲームの延命を考える運営側からすれば、おそらく③一択なので、なにかしらの理由で参加者に配慮したのだろう。一番可能性が高いとされている案は、不人気な職業を避けられた結果、上級職にも影響を及ぼすことである。要するに特定職業のレベリングをしたくないから、その上級職に当たる○○○は諦める的な発想だ。
レベルを引き継げるようにしておけば、興味を持てない職業のレベリングも、どうにか折り合いがつけられるのだろう。まあ、わかるようなわからないような話である。
「ということは拳闘士Lv20から換装士Lv20になれるわけですね?」
「そうだ。ただし上級職を取得するには、神都イージスでの承認が必要だ。一度承認された職業は、基本職と同様、街中なら自由に変更できる」
「うーん。そろそろコークスを離れる時期なのかもしれませんね」
ログアウト不可能になってから一ヶ月、依然として進展らしい情報は出ていない。
この状況を改善するにはどうすればいいのか?
現実世界ではどのような対処が取られているのか?
どうすれば仮想世界から脱出することができるのだろうか?
なにも判明していない。むしろ皆が積極的に知ろうとしない節さえある。
第一この状況が故意なのか事故なのかさえ不明なのだ。
もしなんらかの目的があるなら、さっさと教えてくれないだろうか?
指針を示されないことには、こちらは手の打ちようがない。
起こっている事態を知らないまま、ただ囚われの身は辛いものがある。
首を左右に振って思考を切り替えた。悪い方向へ考えても事態は好転しないからな。
ともかく莉紗や天音と再会したい。俺の願いは、これに尽きる。
旅をすることで得られる情報もあるかもしれない。
それに今の俺には心強い味方もいる。
視線を移すと金髪少女は小さく首を傾げた。
「まずは拳闘士Lv20まで上げます。それから神都イージスを目指してみます」
「そうかい。健闘を祈ってるよ」
俺の決意表明を聞いて、爺さんは柔和に微笑む。
覚悟を決めた数日後、世界が大きく変わる。
第三の魔導書が発見されたのだ。




