005
鉱山都市、レビアの泉、時刻は夜だ。
手には装飾の施された分厚い本が残されている。
ほとんど不意打ちの状態で、俺は魔導書を手にしていた。
ぐるぐると思考は乱れたままである。なんにせよ場所は変えるべきだろう。
事態を飲み込めないまま、全速力で安宿に駆け込む。
MMOにおいて宿屋の概念は微妙な扱いだが、VRMMOでは違う意味合いで重宝されていた。いわゆるパーソナルスペースであり、他者に侵害されることがないからだ。所持金にゆとりの出てきた冒険者が、倉庫として利用することもあるらしい。
NPC店主の案内に従い、宿泊の手続きを完了させる。
受け取った鍵番号、二○二号室へ向かう。
煉瓦造りの外観とは裏腹に、内装は機能美に溢れている。
魔導書を卓の上に置いて、俺は寝台に腰を下ろした。
深呼吸して気持ちを落ち着かせる。
改めて魔導書を見やり、俺は生唾を飲み込む。
随分と厄介な代物を手に入れてしまった。
これが機能停止を生み出すかもしれないのである。
そう考えるとレアアイテムゲットを素直に喜ぶことができない。
俺は震える手で掲示板の情報を掻き集めた。
ヴァルハラ攻略スレ★127
355:まどか
汽船の航海ルート増えてない?
デルトナ諸島なんてあったっけ?
356:ハルク
やっぱり一ヶ月周期で変化していくのか?
357:快楽亭錯乱坊
断定はできないけど、その可能性は高そうだね。
358:燐
フダラク岬の門が解放されたぞ。
あのNPC門番が二人立ってるところな。
そこでレベリングしていた俺が言うんだから間違いない。
359:MOON
できれば場所と信憑性を書き込んでください。
解放確定:◎ 噂や伝聞:△ 解放なし:×
360:アザラク
ベスタブルグ原野の洞窟:×
かなり期待してたんだが、まだ解放されてなかった。
361:英霊
神楽大樹の遺跡:△
裏が取れたら改めて報告するよ。
362:ZEEK
フダラク岬:◎
重複だが信憑性を高める意味で書き込み。
363:まどか
デルトナ諸島:◎
水上都市ベネチスからの航海ルートに追加されてる。
364:MOON
重複大歓迎!
知り得た情報をどんどん書き込んでください。
365:八宝
鉱山都市の汽船:◎
遊覧船のルートが三種類になった。
ルートによって釣れる獲物が変わるらしい。
366:快楽亭錯乱坊
いろいろな新エリアが解放されてるね。
他スレでも報告されているから、どこかで整理したほうがいいかも。
あちらこちらのスレで新エリアの解放が噂されていた。
どうやら魔導書を入手した時点で変化が生じるらしい。
しばらく各スレを静観していたが、それらしい不具合報告はなかった。
これだけエリア解放が報告される中、不具合だけ放置されることはないだろう。
つまりこの第二の魔導書は、新エリア解放のみで、機能停止は起こしていない。
ほっと胸を撫で下ろしながら、俺は卓上の魔導書に手を伸ばした。
七つの大罪「傲慢」を撃ち落とす天使――アリアを召喚するための魔導書である。
魔導書取得で生じる現象は、もう始まっているのだから、悩んでいても仕方がない。
俺は神々しい魔導書を丁寧に開いた。妙な浮遊感が身体全体を包む。
刹那――安宿の一室に水色の魔方陣が出現する。
幾何学的な紋様が幻想的な光を放っていた。
魔導書の頁が自動的に捲れていく。その度に水色の光が濃淡を演出する。
やがて魔方陣の上に煙幕が発生して、その中から金髪の天使が姿を現した。
「残念、アリアちゃんでした」
エプロンドレス姿の少女は、棒読みで自己紹介をした。
やや外ハネの髪は肩にかからない長さで切り揃えられている。
端正な顔立ちで、胸は大きく、身長は平均的だ。
しかし莉紗や天音を見慣れている所為か、小柄で華奢という印象は受けなかった。
やけに露出の多いエプロンドレスで、二の腕や太股が白日のもとに晒されている。
しかも黒色のアームウォームとニーソックス装備なのが、開発者の変態性を物語っているような気がしてならない。
俺は忠実の天使アリアを正面から見据える。
特筆すべきは二種類のヘッドフォンだろう。
耳に装着した白色のヘッドフォンと、首にかけた黒色のヘッドフォンである。
天使アリア専用装備らしく、その性能は計り知れない。
【ヘッドフォンW】EX
――――――――――――――――――――――――――
白色のヘッドフォン 天使アリア専用装備
徐々にタクティカルポイントが上昇する
黒色のヘッドフォンを首にかけている場合のみ効果発動
競売不可/譲渡不可/複数所持不可
――――――――――――――――――――――――――
【ヘッドフォンB】EX
――――――――――――――――――――――――――
黒色のヘッドフォン 天使アリア専用装備
遠隔攻撃を必中にする
白色のヘッドフォンを首にかけている場合のみ効果発動
競売不可/譲渡不可/複数所持不可
――――――――――――――――――――――――――
「マスター」
不意に金髪の少女に呼びかけられた。
鞄から取り出したフリップに、なにやら真剣に書き込んでいる。
そこには女の子らしい丸文字で『どうかしましたか?』と綴られていた。
「なんでもない。ちょっと驚いていただけだ」
『わかりました。私の格好を見て欲情してしまったのですね』
「全然わかってないじゃねえか!」
『脱げということでしょうか?』
「違うわ!」
まったく会話が噛み合わねえ……しかし諦めるわけにもいかないからな。
俺は身振り手振りを加えながら説明する。頑なに無口無表情キャラを演じる妹と、ジェスチャーだけで会話を成立させた、俺のパントマイムスキルを舐めるなよ。
「ヘッドフォンを取ることはできないのか?」
『ヒントをください』
「いやいやいや、仕種を見ればわかるだろ!」
荒ぶる俺にアリアは閃いたような顔を浮かべた。
にっこりと微笑みながらフリップを構える。
『わかりました! 荒ぶる若者ですね!』
「…………」
『どうしたんですか?』
「なんでもない」
金髪の少女は不思議そうに小首を傾げていた。
どうやらヘッドフォンを取る気はないらしい。
まあ、すぐに打ち解けられなくても仕方がないだろう。
じっくり時間をかけて天使の扱い方を学べばいい。
「とりあえず今日は魔導書に戻ってもらえないか?」
魔導書を示しながら俺はアリアに帰還を依頼する。
意図を察したのか金髪少女は返事をしない。
しかも頑なにヘッドフォンを取らないからな。
なんという名ばかり忠実の天使だよ。
はあ……溜め息ばかり吐いてしまう。
会話もろくにできない天使と、この先上手くやっていけるのか?
いやいや、諦めたらそこで終わりだ。突然の出来事に動揺しているだけで、明日になれば、名案が浮かぶかもしれないからな。
「安心しろ。もう召喚しないとか言わないからさ」
またしても返事がない。
ほう……いい度胸じゃないか?
そっちがその気なら、こっちにも考えがある。
交渉が通じないなら、実力行使あるのみだ。
俺は迅速に魔導書の裏表紙を閉じた。
召喚を維持するには、いくつか条件がある。
例えば召喚にランプを用いた場合、使役中は火を絶やしてはならない。
それを魔導書に置き換えれば、本を閉じてはならないことになる。
つまり本さえ閉じれば召喚を維持できなくなるわけだ。
ところがである。
魔導書を閉じてもアリアが帰還する気配はない。
再び開いて閉じても結果は変わらなかった。
天使は通常の召喚とは別扱いなのだろうか?
室内に沈黙が訪れる。俺は再び魔導書を卓の上に置いた。
「アリア」
『わかりました。私の格好を見て欲情してしまったのですね』
「フリップを使い回すな! しかも一番駄目な奴じゃねえか!」
『マスター、落ち着いてください』
「…………」
本当に先が思いやられる。
まさかレビアの泉で魔導書が手に入るとは考えてもいなかったからな。
意図しなくとも深い溜め息が零れ落ちた。
しかしまあ、不具合が拡大しなかったことはありがたい。
妹と後輩に出会うまでは余計な機能停止を増やしたくないからな。
REN:拳闘士Lv16
【右手】 クロー(左右共通装備)
【左手】 クロー(左右共通装備)
【頭】 鉢巻
【首】 猛獣の首飾り
【耳】
【胴】 柔術着
【両手】 深紅の籠手
【指】
【背】
【腰】 白帯
【両脚】 柔術式腰衣
【両足】 柔術式脛当
生産スキル
【彫金】68 【鍛冶】41 【裁縫】0 【錬金術】35 【革細工】0
【木工細工】25 【硝子細工】32 【調理】0 【釣り】26
アリア:弓銃士Lv∞
【右手】
【左手】
【頭】 ヘッドフォンW
【首】 ヘッドフォンB
【耳】
【胴】 エプロンドレス
【両手】 黒のアームウォーム
【指】
【背】
【腰】
【両脚】 黒のニーソックス
【両足】 ブーツ




