表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ArchAngel/harem night  作者: 鳥居なごむ
第二章
15/41

004

 九月の最終日。

 俺は汽船の上で魔物と対峙していた。甲板に引き上げた巨大な蟹である。

 深緑色の甲羅が日光を浴びて鈍く輝いていた。素早さに難のある魔物だが、その攻撃力は決して侮れない。赤色の名前にはビッグシザーと表記されている。

 繰り出された鋏を紙一重で回避し、俺はクローを装備した拳を叩き込む。

 この攻撃によりタクティカルポイントが規定値を超える。


「うぉおおおおおおおおおおっ!」


 すぐさま拳闘系二段攻撃<ダブルインパクト>を放つ。

 左右の拳が連続で標的に命中し、派手なエフェクトを発生させた。

 蟹の上部に表示されたHPバーが完全に尽きる。深緑色の鋏が甲板に落ち、やがて巨躯が霧散していく。俺は加算経験値とドロップアイテムを確認しながら座り込む。


 Lv10以降はタクティカルポイント消費による大技、あるいは職業専用の特技や特性も増えて、戦闘に様々なバリエーションが盛り込まれていた。戦術と呼べるような工夫はないにしても、単調な殴り合いから解放されたことは喜ばしい。


 しかしそんな興奮もあまり長くは続かなかった。

 なぜならLv14を超えた辺りから、ソロの限界を感じ始めたのである。

 ドロップアイテムを総取りできるため、多少の金策にはなるかもしれないが、ここまで経験値取得効率が悪いと、レベリングと金策を分けたほうがいい。


「そろそろ次の魔物を引き上げても構わないかね?」

「頼みます」

「了解」


 爺さんは一本釣り用の竿で巨大な蟹を引き上げた。

 俺は特技<指笛>を使用して魔物の注意を集める。

 これは音を鳴らすことで標的の敵対心を上昇させるアビリティだ。

 釣り主に向かっていた蟹が俺へと方向転換する。とりあえず深緑色の甲羅に鉄拳を叩き込む。屈指の防御力を誇る蟹は、拳闘士向けの魔物ではない。しかしこの狩場を選択した理由には、効率よりも優先したい事情があった。



 ◇◇◇



 いつ頃からだろう?

 ツベルン鉱山の吸血蝙蝠では、経験値を得られなくなった。

 従来のRPGなら最弱の敵を倒し続けても、やがて最高レベルへ到達するのに対し、MMO‐RPGでは適正レベルが存在する。初心者向けの狩場を熟練冒険者に荒らさせないための配慮だが、ソロプレイヤー最大の鬼門であることは言うまでもないだろう。


 鉱山で経験値を得られないなら、街周辺の魔物からも得られない。

 つまり街を離れて適正な狩場へ向かう必要があるわけだ。

 しかしそうなると妹や後輩と行き違う可能性も出てくる。


 今はできるだけコークスの街を離れたくない。

 そんな話を爺さんにしたところ、汽船での戦闘を提案されたのだ。

 一時間程度の遊覧を経て、コークスの港へ戻ってくる。最近の俺は鉱山や港に通い詰めているので、莉紗や天音が来訪した場合、誰か一人くらい居場所を伝えてくれるだろう。仮に楽観的な思考をなしにしても、一時間置きに街へ戻れることは大きい。

 こういう流れから汽船に乗り込むことになったのである。



 ヴァルハラ雑談スレ★117


 181:天宮

  これって?


【紫縁眼鏡】

 ――――――――――――――――――――――――――

 三つ編みに似合うよう設計された透明度の高い紫縁眼鏡

 徐々にMPが回復する

 装備者が三つ編みの場合、回復量が二倍になる

 競売可能/譲渡可能/複数所持可能【R】

 ――――――――――――――――――――――――――


 182:エルム

  >>181

  競売チェックしてるけど、そんな装備品ないんだが?


 183:ラムザ

  >>182

  最後に生産者の印が刻まれてるから、競売に出すと普通の『紫縁眼鏡』になる。

  

【紫縁眼鏡】

 ――――――――――――――――――――――――――

 透明度の高い紫縁眼鏡

 徐々にMPが回復する

 競売可能/譲渡可能/複数所持可能

 ――――――――――――――――――――――――――


 184:エルム

  >>183

  サンクス!

  特注品とか初めて見たわ。


  >>181

  露店販売で見かけたということ?


 185:天宮

  >>184

  いや、装備してる魔術士を見た。やっぱり知らないのが普通だよね。

  最初見かけたとき、びっくりしたもん。


 186:快楽亭錯乱坊

  最初の「特殊生産技術」はスキル60到達で伝授してもらえるみたい。

  そのうち職人スレとかで示し合って、特定の場所で露店販売とかあるかもね。


 187:ぽっけ

  >>181

  これ三つ編みじゃないと効果上がらないんだよね?


 188:ラムザ

  >>187

  もちろん。

  それが特注品の魅力でもあるからな。

  全体の底上げより一点突破させたほうがいい。


 189:メケメケ

  >>188

  その一点突破の矛先が三つ編み……生産者の目的がわからない。

  とはいえ条件を絞ることで回復量は二倍だからな。

  無視できる強化幅ではないね。


 190:快楽亭錯乱坊

  >>189

  その辺は生産者に直接聞くしかないだろうね。

  本人もいろいろ模索してる最中なんじゃないか?


 191:天宮

  >>190

  かな。

  付与された結果だけを見れば、容姿による制限はありだね。


 192:ORU

  >>181

  ちょっと三つ編みにしてくるわ。

  おっさんは効果なしとか言われないよな?


 193:QSC

  >>192

  やめろwwwww

  全俺を敵に回すぞ!


 194:村正

  俺の中で生産者の評価が右肩上がりだ。

  三つ編みの女性に眼鏡をかけさせようとする執念が生半可ではない。


 195:みらけった

  >>194

  基本に忠実なところは好感を持てるね。


 196:ZOC

  RENは有名ギルド所属でもないのにジュエル持ってるよな。


 197:ビームス

  >>196

  そこまでの苦労は誰も知らないからな。

  眼鏡職人になるまでは、大変だったんじゃないか?


 198:ラムザ

  >>197

  眼鏡職人というか彫金師だけどね。

  まあ、実質眼鏡しか生産してないんだけどさw


 199:リック

  >>196

  確かに謎の多い人物だよね。

  やはり一流の生産職はトップギルドに所属してるもの?


 200:ZOC

  >>199

  というかギルド資金でメンバーの何人かを生産職に特化させる感じだな。

  あるいは優秀な生産職に資金提供して、その見返りに特殊生産を格安で依頼する。

  冒険職にしろ生産職しろ、個人じゃ限界があるからな。


 201:ビームス

  >>200

  それを聞くとRENは異例だよな。

  採掘と釣りだけで資金調達が賄えるとは考え難い。


 202:天宮

  特注品を装備してた女の子、進撃の旅団所属だったかも。

  ひょっとしてRENと繋がりあるのかな?


 203:ラムザ

  >>202

  うーん、どうだろう?

  進撃の旅団が金策の一環として生産職を育てるかな?


 204:快楽亭錯乱坊

  >>202

  ギルドとして生産職を支援することはなさそう。 

  所属メンバーが個人的に生産スキルを上げることはあるだろうけどね。

 

 205:LANCER

  ギルド方針があってないようなところが進撃の旅団の魅力だからな。

  冒険を有利に進めるためだけの工作はしなさそう。



 ◇◇◇



 遊覧船でのレベリングを切り上げて競売所へ向かう。

 振り込まれていた金額で眼鏡の素材を購入する。

 ギルドで眼鏡を生産し、それを出品する流れだ。

 やるべきことはやるが、どうも乗り気になれない。

 おそらく行き詰っているのは、単純なレベル上げだけではない。

 最も大きな要因は莉紗や天音と会えていないことだろう。

 待機することが正解とわかっていても、なにもしないことに罪悪感を覚えてしまう。


 しかしそれだけではない。むしろ罪悪感は言い訳かもしれなかった。

 なぜなら俺自身が彫金師として、冒険を欲し始めていたからだ。

 新たな「特殊生産技術」を修得したいし、まだ見ぬ素材で新しい眼鏡を生産したい。特にソロ専用のフィールドやダンジョンの情報を聞いてからは、いつまでもコークスに引き籠もっていることに疑問を感じていた。もやもやとした気持ちを抱えているから、なにをやっても中途半端になってしまう。


「はあ……どうしたものかな」


 溜め息を漏らしながら眼鏡の出品を済ませる。

 それから競売所を出て広場へ向かう。

 いくらログアウト不可能とはいえ、二十四時間活動できるわけではない。

 本体の睡眠中はキャラクターを動かせないからだ。そのため大半の生産職は露店を開いた状態で放置する。これには大きな理由が二つあって、一つは競売の出品に制限があること、もう一つは俗にいうひけらかしだ。


 売るつもりのない商品を超高額で並べて自慢する。

 もちろん本来の目的は別のところにあり、自身の売り込みを兼ねているのが普通だ。

 そのため生産職より冒険職によるひけらかしのほうが圧倒的に多い。

 特にトップギルドへ移籍する場合、値踏みさせることは重要だからだ。

 即戦力と期待されて引き抜かれるのと、頼み込んで所属を許可されたのとでは、同じ新参者でも扱いに大きな差が生じる。これは現実世界でもよくある話だろう。


 道中でレビアの泉に硬貨を投げ入れておく。

 毎日最大枚数投下することが習慣になっていた。

 もちろん副産物を期待しての行為だが、一度身に付いた習慣は、そう簡単に変えられないのも事実だろう。これまでと異なることをしたら、よくない事が起こるんじゃないか? まるでジンクスのような感覚に陥ってしまっているのだ。

 何枚目かの硬貨を投下した瞬間、不意に背後から声が聞こえてくる。

 詩を奏でるような不思議な響きだった。


 七つの大罪は七つの美徳で滅せよ!

 アルテミスの弓が「傲慢」を撃ち落とすだろう。


【忠実の魔導書(グリモア)】SSS

 ――――――――――――――――――――――――――

 天使アリアを召喚するための魔導書

 アルテミスの弓が「傲慢」を撃ち落とす

 競売不可/譲渡可能/複数所持不可

 ――――――――――――――――――――――――――


 急いで振り向いてみたが、声の主は姿を消していた。

 いつもと変わらない観光名所が目の前に広がっている。

 しかし俺の手には装飾の施された分厚い本が残されている。

 ぐるぐると思考が回り変な汗が出てきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ