003
眼鏡が魔術士の必須装備と認識されてからは、正直な話、生産スキル上げに伴う資金面での苦労はなくなった。NPC販売されない鉱石を求めて、鉱山へ通う日課に変化はないが、それまでのような強制労働感はない。
ここ最近の俺は心が充たされている。
眼鏡さえあれば、こっちのものだ。
攻略組が仲間と一緒に強敵と対峙している間、俺は眼鏡フレーム二ミリの調整に時間を割く。遊び優先組が楽しい時間を過ごしているとき、俺はレンズの研磨に神経を集中させていた。どんなに辛酸を舐めさせられても、完成した眼鏡を眺めれば癒される。
九月も残り十日となっていたが、未だに二人とは会えていない。
莉紗も天音も俺の存在を忘れてゲームを楽しんでいるのだろうか?
それならそれで構わない。涙で眼鏡を濡らすようなことになっていなければ、兄や先輩の存在なんて綺麗すっきり忘れていいさ。
慣例通りレビアの泉で願掛けを済ませてから鉱山へ向かう。
コークスに滞在すると決めてから、毎日、限度枚数まで硬貨を投げ入れている。
ちなみに一回の最大数は七枚だが、七時間毎にリセットされるため、一日二十一枚投入することが可能だ。妙な制限がかけられているため、一定額貯まるとストライキ解除とか、そういう副産物を期待してしまう。
「少年」
採掘作業中、思わぬ人物に声をかけられた。
顔は見たことがあるし、噂も聞いているが、直接会ったのは初である。
重厚な鎧に巨大な両手斧を装備した姿は鬼神そのものだった。
「えっと……なにか用ですか?」
「もちろんだ」
「…………」
「どうかしたのか?」
「こんな辺鄙なところまで……俺を訪ねてきたんですか?」
「以前ならともかく、今はこうするしかないだろう?」
皆に団長と呼ばれている大男は、肩をすくめながら口の端を上げる。一時期フォトグラフが掲示板を席巻していたので、その豪快な笑みを見間違えることはなかった。目の前にいる屈強な重戦士は――紛れもなく進撃の旅団のギルドマスターである。
「用件はなんですか?」
「随分と気が早いな。まあいいだろう。この子に似合う眼鏡を誂えてほしい」
団長の背後に隠れていた幼女が、恥ずかしそうにこちらを一瞥する。一瞬で顔を引っ込めてしまったので、印象を語るには、ちょっとばかり情報が足りないだろう。
「団長の娘さんですか?」
「いや、ただの迷子さ」
幼女の頭を撫でながら団長は話を続ける。
「兄二人と一緒にプレイしていたみたいなんだが、どうも八月の最終日に限って別行動だったらしい。しばらく心当たりの場所を転々と回ったんだが……結果はこの通りさ。一時は掲示板での呼びかけも考えたが、危険性を考慮すると諦めるしかなかった」
「兄妹で別々のギルドに所属していたんですか?」
「ギルドは目的と合致するところを選ぶものだからな。それに伴い参加条件を課しているギルドも存在する。なんにせよ通信手段として選んだりはしないさ」
言われてみれば、その通りだった。
それに掲示板の利用についても団長と同意見である。実際、その手の書き込みが一時期殺到していた。しかし大半はキャラクター名と掲示板利用名を使い分けており、正体を明かした結果、善意を装った詐欺に巻き込まれる事件が各地で多発したのである。
笑えない話だが、本当の話だった。
肉親と離れ離れになった幼女の話を聞くと、自分自身の不甲斐なさがやるせなくなってくる。なにか起こったときの連絡手段を事前に決めておけば、あるいはハンドルネームさえ聞いていれば、これほど打つ手なしの状況には陥らなかっただろう。
「気に病むな。ここは冒険の世界『ヴァルハラ』だ」
「…………」
「想定外の出来事も楽しめばいい」
「…………」
「ここは馬鹿が許される世界であろう?」
「その所為で妹や後輩を危険な目に遭わせたら保護者失格ですよ」
「だがここは現実とは違う。か弱き少女が巨大な魔物を返り討ちにできる世界だ」
確かにその通りかもしれない。しかしそう簡単には割り切れなかった。
「団長は仲間が危険な目に遭っても気にならないんですか?」
「もちろん心配はするさ。しかし後悔はしない。俺は仲間を信頼しているからな」
その言葉に俺は報われたような気がした。
まるで根拠なんてないのに、なんとかなりそうな、そんな気持ちにさせられる。
これが皆に団長と慕われる大男の、底知れぬカリスマ性なのだろうか?
鉱山からNPCギルドへ向かいながら会話に花を咲かせる。
用件が眼鏡の生産と判明してから、俺の警戒心は完全に消え去っていた。
眼鏡を求める冒険者に悪い奴はいないだろうからな。
「しかし治癒系に特化した魔術士もいるんですね。妹なんて攻撃魔術を使わせてもらえないと愚痴ってましたよ」
「冒険者なら当然の見解だ。それゆえに本来なら支援役は敬われなければならない。ところが現実は盾役や矛役を補助する脇役扱いだ」
「生産職も然りですよ。どんなに頑張っても主役にはなれません」
「ふむ。それでも尚生産職に甘んじている理由はなんだ?」
「俺には眼鏡を世界に広めるという使命がありますからね」
目的地へ到着した俺は、幼女の顔立ちを確かめた。
二つ括りの髪型が似合う、可愛らしい女の子である。
しっかり者のシェリルと異なり、保護欲を駆り立てる幼女だった。
緊張しているみたいなので、安心させるところから始める。
「名前を教えてもらっていい?」
「藤乃……だよ」
「ありがとう。ところで藤乃ちゃん、普段使ってる眼鏡、ちょっと大きくない?」
「えーっと……うん……ちょっと大きいかも」
「ほう。顔を見ただけでそんなことがわかるのか?」
「伊達に眼鏡好き歴が長いわけじゃないですからね」
仮想現実にある装備品の数々は、トレードによって大きさを変える。
これはMMO時代から当然に行われていたことらしいが、VRMMOだと、その物理学を無視した衝撃的な変化に度肝を抜かすらしい。子供服が一瞬でXLになるのだから、確かに慣れるには時間を要するだろう。
「藤乃ちゃん、三つ編みは嫌いだったりする?」
「そんなこと……ないんだよ?」
「だったら治癒系魔術士向けの眼鏡も生産できそうだ」
俺は彫金スキル60記念で修得した、最初の「特殊生産技術」を使用する。
素材を取り出して生産を開始――豪華なエフェクトが工具を包む。
これは特殊生産独特の演出で、いわゆる通常生産では発生しない。
団長と幼女が興味深そうに生産過程を眺めていた。
完成した紫縁眼鏡を幼女へ手渡す。我ながら素晴らしい仕事に惚れ惚れする。
【紫縁眼鏡】
――――――――――――――――――――――――――
三つ編みに似合うよう設計された透明度の高い紫縁眼鏡
徐々にMPが回復する
装備者が三つ編みの場合、その回復量が二倍になる
競売可能/譲渡可能/複数所持可能【R】
――――――――――――――――――――――――――
「すごい性能……本当に……もらえるの?」
「もちろんだよ。あとは三つ編みにすれば完璧だ」
「ほう。ここまで凄腕とは想定していなかったな」
鬼神の如き重戦士が腕を組んで唸る。
早速眼鏡を試着していた藤乃が、驚いたように「ぴったり」と呟く。
予想以上に透明度の高い紫縁眼鏡が似合っていた。
「サイズも合ってるみたいだな」
「ありがとう……お兄ちゃん」
「気にしなくていいよ。眼鏡が広がることは素晴らしいことだからね」
「俺からも礼を言わせてもらおう。感謝する」
喜ぶ眼鏡幼女の頭を撫でながら、団長はトレードウィンドウを開いた。
「代金を教えてくれ」
「褒めてもらえただけで結構ですよ。大抵の冒険者は気持ち悪がるだけですからね」
「俺は冒険の世界を全力で楽しんでいる。お前は眼鏡の生産に全力を尽くしている。目指すべき方向は違っても、互いへの尊重は失われない。なぜなら全力で頑張っている奴を笑うのは、いつも全力を尽くせない連中だからだ」
一拍置いて「そういうものであろう?」と口の端を上げる。
なんとなく団長を慕うギルドメンバーの気持ちがわかった。
眼前に立つ屈強な重戦士には、他人を安心させる力があった。それは誰もが追い求めて、しかし決して手の届かない、不思議な魅力と称えるしかない。
「報酬だ」
「これは一体……なんですか?」
「名称通り『鉱石<ダマスカス>』だろうな」
トレードウィンドウには奇妙な波紋を象る鉱石が乗せられていた。
競売の履歴にも掲載されていない一品である。
「見たこともない鉱石ですが?」
「それはそうだろう。だからこそ『ヴァルハラ』は楽しいのさ」
「どこで入手したかも秘密ですか?」
「進撃の旅団を知っているなら、その発言は実に愚問であろう?」
「それなら是非教えてください」
「ソロ専用のフィールドやダンジョンが存在することは知っているか?」
掲示板で見かけたことのある情報だった。
確かLv20制限から存在し、すでに五つ発見されている。
結構勘違いがあるみたいなので、レベル制限について説明しておこう。
例えばLv20制限のダンジョンへ突入する場合、Lv20以上のみ侵入可能という意味ではなく、Lv35でもLv20に制限されることを示唆している。ただでさえエリア内は単独行動しか許されないため、純粋なプレイヤースキルが問われる場所らしい。
「もちろん知っています」
「どういう場所と認識している?」
「様々な理由でパーティーを組み難い冒険者、あるいはソロ好きに用意された、言わば救済処置的な場所という感じですね」
「進撃の旅団も最初はそう考えていた。しかしメンバーの一人がLv30制限『鎮魂の森』で希少種の魔物を発見してな。そのドロップが『ガラハイム原木』だった」
「…………」
「知らないのか? アクマクの森で伐採可能な原木だ」
「噂なら聞いていました。ただ伐採できる確率があまりにも低過ぎて、つい最近まで偽情報と言われていた代物ですよね?」
「そこまで把握しているなら話は早い。俺もLv30制限『アルジャノン鉱山』に挑戦し、そこでこの『鉱石<ダマスカス>』を手に入れた」
掲示板にも流れてない新情報だった。
進撃の旅団らしくないというか、そもそも、どうして俺に話したのだろう?
「冗談ですよね? そんな情報を俺に教える理由がありません」
「ここでくだらない冗談は言わないさ」
そう告げると団長は快活に笑い飛ばした。
傍らの幼女が不思議そうな顔をしている。
「つまりソロ専用のフィールドやダンジョンは、パーティーを組めない者への救済ではなく、攻略を目的とした設計になっていたわけさ」
「ちょっと待ってください。まったく話を信じないわけじゃないですけど、どうやって『鎮魂の森』を攻略したんですか? あそこは不死系の魔物が多くて、狩場として成立しないなんて噂が?」
「それなら攻略者から聞いたほうが早いだろう」
団長は背後に隠れた藤乃を前方へ押し出す。
白と黒で彩られた外套を身に纏った女の子は、ちらちらとこちらへ視線を向けながら照れている。後ろめたいことは何一つ考えていないのだが、恥ずかしがる幼女に保護欲を超えた魅力を感じてしまう。ロリコンじゃない俺でこんな心境になるのだから、ロリコンに見つかったら大変なことになるだろうな。
「不死系の魔物は……治癒系魔術で……倒せるんだよ?」
「それで治癒系魔術特化の藤乃ちゃんが一番攻略に適していたわけか?」
「そうみたい……一緒に突入した二人は……途中で撤退しちゃった」
「ソロ専用のフィールドに複数人で突入したのか?」
「うん……そうだよ」
「占有権を独占できるわけじゃないからな。支援やトレードといった共闘関係は取れないが、一度に突入する人数に制限はかけられていない」
視線を向けると団長が解説してくれた。
確かに一つのエリアを一人で独占は、多人数同時参加の観点からすれば、いくらなんでも非効率過ぎるからな。しかしそれを聞いた俺は複雑な気分になった。
「ただ……それだとソロ専用の意味がありませんよね?」
「そうでもないさ。突入した人数に合わせて魔物の数が増えるからな」
んんん? それはそれで懸念材料である。
「見知らぬ先行者がいた場合、ちょっと問題になりませんか? あのとき誰かが突入して来なければ、ソロ専用エリアの希少種を倒せた的な?」
「心配は無用だ。突入者は座標で管理されているからな」
つまり一定の場所に三人が固まっていれば、その人数に合わせた魔物が湧き、離れていれば各地で単独扱いということだろう。個人の実力だけが試される適者生存の世界だ。生温い戦闘経験は役に立たず、攻略は強者の証明にもなる。
だからこそ解せない。
もし高級素材が入手できるなら、もっと注目されて然るべきだろう。
しかしソロ専用エリアの人気は、掲示板を見る限り微妙だった。
まるで心の声を見透かしたように団長は言葉を連ねる。
「トップギルドの連中が攻略に乗り出していないからさ。いくら高級素材が手に入ると言っても、それより高級品を落とす希少種がいれば、どちらを狙うかは言わずもがなだからな。敢えて情報を秘匿したもの、純粋なソロを守るためだ。大人数で押しかけられたら、気後れしてしまうだろう?」
あっさりと種明かしをされてしまう。
なるほど……そういう理由で情報公開を避けていたんだな。
適当に行動しているようでも、ちゃんと周りのことを考えている。
だからこそ多くの冒険者が進撃の旅団に注目するのだろう。
「用件は済んだ。そろそろ撤退するとしよう」
「ちょっと待ってください」
「ん?」
振り返る団長と幼女に俺は疑問を呈した。
「チグリスは本当に進撃の旅団を裏切ったんですか?」
「それを俺に聞いてどうする?」
「いや……だって……あなたが団長なんでしょう?」
「団長である俺が『裏切り者』と糾弾すれば、お前はそれを真実として受け止めるのか? 一度でも会ったことがあるなら、その瞳に映ったチグリスを見極めろ」
「…………」
「またどこかで会おう」
柔和な笑みが印象的だった。
団長は藤乃の手を引いて立ち去っていく。
俺はその背中にかける言葉を見つけられなかった。




