001
結論から話せば、事態は芳しくない。
外部と連絡を取ることもできず、ゲームの世界に囚われたままだ。
とはいえ朗報もある。いや、むしろ唯一の救いと表現すべきかもしれない。
花火中にレベリングをしていた連中が、死亡後も復活したことから、生命に危険は及ばないことが判明したのだ。ログアウトは不可能でも、死の恐怖がないなら、ゲームは所詮ゲームである。
生命の安全が保障されたことで、現状を楽観視している冒険者も多い。
運営の不備でログアウトできないわけだから、合理的な理由で会社を休めると、この状況を喜ぶ大人もいるくらいだった。もちろん半分は強がりなのだろうが、塞ぎ込んでしまうより建設的である。
ともあれ現在は生命に危険が及ばない。
この認知が冒険者全体に広がったところ、一時的に混乱を見せていた掲示板も収束し、今では雑談の飛び交う通常営業となっている。
さてと。
鎮静してからの情報を整理してみよう。
①ログアウト不可能。
②ウィスパー機能停止。
③所属ギルド内の通信機能は有効。
前二つは個人で確認できるため、間違いなく事実だが、最後の一つはなんとも言えない。掲示板の説明によれば、通信網が特別なのでは? だから遠隔地のギルドメンバーとも話せるという始末だ。かなり曖昧で具体性に欠ける。しかし今はその不確かな情報に頼るしかなかった。
というのもギルドの仕組みが複雑なのだ。
例えばどこかのギルドに所属するには、実際にメンバーの誰かと会い、直接エンブレムをもらわなければならない。もちろん新規結成の場合も遠距離で処理することは不可能だ。つまり連絡手段を確保するために、直接一度、莉紗と天音に会わなければならない。上手く仲介してくれるギルドがあれば、合流地点を話し合うことは可能そうだが、ギルドの特性を考えれば期待薄だった。
理由は言わずもがなである。
大手でもない限りギルドメンバーは一緒に行動しているからだ。
俺、妹、後輩の三者にエンブレムを渡せるギルドは皆無だろう。というより仮に存在するとしても、どう探し出すのかよくわからない。掲示板による仲介依頼が機能しないことは、書き込まれている内容を読めば明白だった。
後々笑い話になるのかもしれないが、知識やレベルは莉紗や天音に劣っても、俺は保護者として二人を放っておけない。
悩んだ末に他力本願は諦めた。俺自身が二人を迎えに行けばいい。
俺は二人を捜す旅に出る。
そう決断を下してからは、悲観的な気持ちが消えた。
掲示板で情報収集を済ませ、着々と長旅の準備を整える。
コークスを旅立つ前に最後の手順を踏んでおく。
まず競売へ移動して『メコノプシス』を購入する。
これは鉱山都市の花束クエストで使うアイテムだ。
訪れた街で花束を購入し、対応の鍵を入手しておく。これが七都市巡りをするときの常識になっており、街へ到着して最初にすべきことにも推奨されている。
【青の鍵】S
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特殊な製法で生み出された鍵
鉱山都市コークスへの扉を開くことができる
競売不可/譲渡不可/複数所持不可
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これで準備は万端だろう。
掲示板で道順を模索していると、見覚えのある幼女と出会わした。
金色の髪に碧い瞳をした可愛らしい幼女――シェリルである。
「おいおい。こんな状況で一人は危険じゃないか?」
「そうだね。だから街の中で大人しくしている」
「それが賢明だな。ギルドの仲間が迎えにきてくれるんだろ?」
「うん」
それまで一緒にいるべきか悩んだが、俺自身も先を急ぐし、なにより余計なお世話は嫌だからな。他愛ない世間話を終えて、俺は幼女に別れを切り出す。
「じゃあ、またな」
「待って」
シェリルが拳法着の裾を掴む。
どうやらまだ話があるらしい。俺は足を止めて先を促した。
「どうした?」
「実は聞きたいことがあるんだよ」
「俺の知っていることなら、なんでも答えてやるぞ」
「これまで頻繁にウィスパー機能を使ってた?」
「いや、残念ながら使ってないな。たまに妹や後輩と連絡を取ってたくらいだよ」
「むう……本当に残念」
どうやらギルドに所属していると、ウィスパー機能は無用の長物らしい。
所属メンバー全員への伝達が主流になるため、個別にしか連絡できないウィスパー機能は、不便な上に誤爆の危険も孕んでいるからだ。メールで送信相手や返信相手を間違えた経験のある奴なら、これがどれくらい悲惨なことか理解してもらえるだろう。
「ただ昨日の夕方過ぎに妹から連絡があったみたいでさ。そのときにはもうウィスパー機能が使えなかったらしい。だからログアウト不可能とウィスパー機能停止は、別のタイミングで発生したかもしれないんだよな」
「どういうこと?」
「夕食のとき『どうして返信してくれないの?』みたいに指摘されたんだよ。そのときは俺の聞き逃しと判断したんだけど、同日の夜にはログアウト不可能になって、ウィスパー機能も使えなくなってただろ? だから不具合は花火大会で生じたわけじゃなくて、なにか別のきっかけで広がっているのかもしれない」
「…………」
幼女は完全に言葉を失っている。
もし不具合が段階的に世界を侵食していくなら、今は禁止行為となっている暴力も、いつまで保障されるかわかったものではない。いよいよ生命に危険が及ぶとなれば、この世界は大混乱に包まれるだろう。
「魔導書」
「ん?」
「もし八月の終わりが不具合の原因じゃないなら、進撃の旅団が魔導書で天使を召喚したからだと思う。時期的に考えてもそれくらいしかないよね?」
「ふむ。召喚した日時は?」
「三十一日の午前中」
まず夕方にはウィスパー機能が使えなくなって、午後十時過ぎにはログアウトも不可能になっていた。これをどう捉えればいいのだろうか? 天使バルムンクの召喚でウィスパー機能が使えなくなり、八月の終わりを迎えたことでログアウト不可能になった。
こういう二段構えの可能性も否定できない。
それに天使の召喚が機能停止の引き金になるなら、逸早く妹や後輩と合流しなければならないだろう。俺はシェリルに事情を伝えて先を急ごうとする。
「焦らないほうがいい」
「でもこのままじゃ安否もわからないだろ?」
「ちょっと待って。団長が皆の意見を纏めてる」
伝えられた内容を整理してみよう。
①段階的に不具合が広がる可能性は口外すべきではない。
②鉱山都市に留まったほうが早く合流できる可能性が高い。
③非常事態に備えてレベル上げとスキル上げは継続すべき。
俺の感想は次のようになる。
①掲示板に証言でも上がらない限り不安を煽るつもりはない。
②低レベルの俺が放浪の旅に出るより、妹や後輩が動いたほうが確実である。しかも俺の居場所がコークスと割れている以上、わざわざ行方不明になるより滞在が正解らしい。ぐうの音も出ないとはこのことである。
③これは指示がなくても自主的に行うつもりだった。
総合的に考えれば、選択肢は一つである。
我を通しても事態は改善しないからな。
「わかった。しばらくはここに滞在するよ」
「うん。それじゃあ、これを渡しておく」
「ん……なんだこれは?」
トレードウィンドウには二十万ジュエルが乗せられている。
途方もない大金だった。俺は驚嘆することしかできない。
「以前入手した『梟の瞳』の追加報酬」
「そんなに高性能な装備品だったのか?」
「金策限定だけどね」
「まあ……そうだろうな。そこそこの上昇率だったわけか?」
「というより『梟の瞳』のドロップ率が極悪みたい」
あくまで推測と前置きしたあとで、シェリルは効果についても語り始めた。
まず『梟の瞳』の「戦利品の発見率上昇」は、ドロップ抽選を二回行う効果があるらしい。そのためドロップ率が三割程度のアイテムなら、目に見えて当該アイテムのドロップが上昇する。逆にドロップ率が一割を切るようなアイテムでは、その恩恵を大して実感することができないらしい。
例えばの話。
サイコロを振り奇数を出せばドロップなら、二回挑戦すれば結構な確率で成功するだろう。しかし一を出した場合にドロップなら、二回挑戦しても確率的に結構厳しくなる。ドロップ率が一パーセントを切るようなアイテムだと、これはもう検証のしようもない数値になってくるわけだ。
「本当はギルドに勧誘したいんだけど……いろいろと問題もあって……今はちょっとおすすめできないんだよ。状況が改善したら仲間になることも考えてほしい」
「ありがとう。ともかく『混沌』には『秩序』を――の精神で頑張ってみるさ」
「わかった。私も頑張る」
シェリルと別れた俺は、その足で競売へ舞い戻る。
眼鏡の素材と自己消費用の鉱石類を購入する。前述の①と②が消極的な行動のため、積極的にこなせるのは③しかない。ギルドを訪れて眼鏡の量産に入る。思考を悪い方へ向かせないためにも、今はなにかに没頭していたいからな。
眼鏡を生産しているときだけは、すべての嫌なことを忘れられる。
もし莉紗や天音が鉱山都市を訪れたとき、俺は至高の眼鏡を用意して出迎えよう。
現実の世界へ戻るときは絶対に三人一緒だからな。




