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ある速報          :約2500文字

作者: 雉白書屋
掲載日:2026/05/13

 朝。リビングで、歯ブラシをくわえたままテレビのニュースをぼんやり眺めていたおれは、画面に流れた速報のテロップに気づき、思わず前のめりになった。


『ただいま入ってきたニュースです。ニューデニムスのメンバー二人が活動を再開すると発表しました。これで五人全員が活動再開となり、グループとしての本格的な活動が期待されます。ニューデニムスは――』


 ……なんだこりゃ? 

 どうやら海外の五人組女性アイドルグループらしい。事務所とのトラブルで活動を休止していたらしいが、おれはその騒動自体、まったく知らなかった。興味もなければ、メンバーの顔の区別もつかない。そもそもこの手のグループはどれも似たり寄ったりに見える。

 まあ、知らないのはおれが悪いとしても、公共放送が外国のアイドルグループの活動再開をわざわざ速報で流すものなのか……おっと、もうこんな時間だ。

 おれはリモコンでテレビを消し、慌てて身支度を始めた。



 ◇ ◇ ◇



「ほんと、よかったあ……」

「ああ、安心した」

「マリー……」


 会社に着いた瞬間、空気の異様さに気づいた。

 オフィス全体がどこか浮ついている。普段はキーボードの音や真面目なトーンで話す声だけが響くフロアに、ざわめきが満ちていた。

 顔を緩ませて天井を仰いでいる者。スマホを胸に抱きしめて目を閉じている者。照れ笑いを浮かべながら目尻を拭っている者。中には、まるで躁状態のようにやたら興奮――


「先輩! 聞きました!? ニューデニムス活動再開っすよ! イエエイ! フォウ!」


 興奮した後輩が転びそうな勢いで駆け寄ってきた。目は爛々と輝き、頬は紅潮し、額には汗が浮かんでいる。まるで家からここまで全力で走ってきたかのようだ。


「あ、ああ、テレビでちょっと見たよ……」


「ほんっと、もうどうなることかと思いましたよ! 毎日不安で不安で、何回も何回もSNSをチェックして……でも、よかったあ……はあん……」


 後輩はぐんと肩を上げたかと思えば、ぐったりと落とし、恍惚とした顔でため息を漏らした。


「お、お前も好きなんだな。その、ニュージーンズ……」


「は? ニューデニムスですけど。は?」


「あ、ああ、もちろんわかってる。冗談だよ。はは、ははは……」


「つまんないっすよ」


 空気が一瞬で凍りつき、周囲から無数の視線がおれに集まった。知らないとはとても言えない雰囲気だ。

 それにしても、ここまで人気があるとは思わなかった。通勤中も人々がどこか浮足立っている気配があったので、まさかとは思っていたが……。

 おれはスマホを取り出し、試しに検索してみた。だが、表示された動画や画像を見ても、やはりピンと来なかった。どれも似たような顔立ちの若い女が、脚を出してやたら腰を振って踊っている――そんなよくあるグループの一つにしか見えなかった。そこまでの価値があるとは到底思えない。


「あっ、あっ、あああっ!」


「なんだよ……」


「速報、速報がっ!」


 後輩がスマホを見つめ、声を裏返した。――いや、後輩だけではない。全員だ。オフィス中の人間が動きを止め、同じようにスマホに視線を落としていた。

 何が起きたというのだ。おれもスマホに視線を落とし、ニュースアプリを開いた。

 すると画面上部に赤い帯で『速報』と、くっきり表示されていた。


「緊急来日……? なんだ、それだけか――」


「うおおおおお!」

「あああああ!」

「おおおおおん!」


 次の瞬間、オフィスは地鳴りのような歓声に包まれた。次々とその場に崩れ落ち、涙を流して両手を天へ掲げた。机に立てかけたスマホに向かって土下座をする者。床に額を擦りつけて震える者。なぜか延長コードで両手を縛り、椅子に乗せたスマホに号泣しながら手を向ける者。まるでそこに神でも降臨したかのような光景だった。

 その異様な熱狂の中で、おれだけが取り残されたように立ち尽くしていた。そうするほかなかった。  



 ◇ ◇ ◇



「はあ……うおっ」


 仕事を終え、改札を抜けて駅舎の外へ出た瞬間、おれは思わずたじろいだ。

 駅前は人で埋め尽くされていたのだ。まるで花火大会当日のように隙間なく人が詰め込まれ、肩と肩がぶつかり合い、押し合いへし合い、絶え間ないざわめきが波のようにうねっていた。熱気と人いきれが混ざり、空気はむっと重い。


「なんなんだいったい……あっ、そういえば」


 おれはポケットからスマホを取り出した。業務中もたびたび速報が流れ、そのたびにオフィスが揺れるように湧き上がっていたのだ。おれは呆れ果てて、無視していたが……。


『ニューデニムス 空港へ到着』

『ニューデニムスを乗せた飛行機が離陸』


 通知履歴にはそんな文字がずらりと並んでいた。上司までもが椅子から立ち上がり、歓喜していたが……なるほど。あの騒ぎの理由がようやく腑に落ちた。 


『ニューデニムス 日本に到着』

『ニューデニムス 車で移動』


 日本にやってきたわけか。それならあの熱狂ぶりも頷ける。いや、おれにはまったく理解できないが。

 ということは、この目の前の異様な人混みもあのグループ絡みか……?


『ニューデニムス ――町を通過』

『ニューデニムス ――を通過』

『ニューデニムス ――町を通過』

『ニューデニムス 電車で移動』


 一定の距離を進むごとに、逐一速報が更新されているらしい。しかし、ここまで騒ぐほどのものなのか。どうせ数年後にはまた別のグループが出てきて――ん、ちょっと待てよ。

 おれは画面に目を凝らした。表示されている町名に見覚えがあった。


『ニューデニムス ――駅に到着』


 速報が更新された。その瞬間、目の前の人々が一斉におれのほう――駅の出入り口へと顔を向けた。

 ざわめきが一瞬静まり返り、そして次の瞬間、背後からまるで怪獣の唸り声のようなどよめきが押し寄せてきた。

 今、おれの後ろにいるのか――。

 おれは靴底を鳴らして振り返った。


 その瞬間、思わず息を呑んだ。

 人波の向こう。無数のフラッシュが断続的に弾け、その白い閃光の中に細い影がいくつも揺れていた。歩くたびに浮かび上がる輪郭。手を振るような仕草。なびく髪。


 あれが、ニューデニムス……。

 確かにすごい。まるで作り物の人形――


 直後、悲鳴じみた歓声が爆発した。

 人々が一斉に前へと雪崩れ込み、おれは虫のように踏み潰された。

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