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泥に沈む秒針5
これで1つ目の物語は幕を閉じました。
次回は閑話として、解説をする予定です。
骨董店の静寂が、何事もなかったかのように戻っていた。
兄が立っていた場所には、もう彼を構成していた熱も影も残っていない。ただ、そこには歯車が剥き出しになった、あの懐中時計だけが静かに転がっている。
店主は椅子から立ち上がり、床に落ちたそれをごく事務的に拾い上げた。
銀色の枠には、あの日と同じ、ひどく冷たい泥がべったりと付着している。
店主は清潔な白い布を取り出し、慈しむでもなく、かといって嫌悪するでもなく、ただ淡々とその泥を拭い去っていく。
布が泥を吸い取り、銀の輝きが戻るたび、裏蓋のない文字盤の奥に、ある光景が鮮明に浮かび上がった。
それは、埃の舞う中で一人立ち尽くす、助かった弟の後ろ姿。
「心の美しさは、時に身を滅ぼす」
店主は独り言ち、動かない針の奥に封じ込められた、止まったはずの「英雄」の鼓動を、耳元で静かに聴いた。
チリ、と一度だけ、金属が澄んだ音を立てる。
「弟にとって、彼は永遠に英雄であり続けるのだろう」
拭い終えた時計を、店主は棚へ整然と収めた。
そして、泥で汚れた布を迷わずゴミ箱へ捨てると、再び何事もなかったかのように、机の上の銀の部品へと向き直った。
路地裏を打つ雨の音だけが、再び店内に戻ってきた。




