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クロとぼく

作者: 岸本 源之助
掲載日:2026/02/28

『クロとぼく』絵本版


挿絵(By みてみん)


 ぼくが、めを さましたとき──

 そこに、くろいねこが いました。


 つやつやのけなみ。まんまるのひとみ。

 まっくろで、でも、どこかやさしい。


 ねこは なにもいわずに、ぼくのむねに すりよってきて、ちいさなあたまで ぼくのほっぺを すりすりしてきました。


 そのとき──ぼくのこころが、ふっと あたたかく なったのです。


挿絵(By みてみん)


 それから、くろいねこは まいにち やってきました。


「……きみ、なまえは?」


「クロ。ぼくのなまえはクロだよ。きみのなまえは?」


「ぼく?ぼくは……あれ?」


「ゆっくりでいいんだよ。さあ、ぼくをなでて」


 クロは、いつもぼくのよこで しずかに よりそっていました。


 そして、ぼくがクロをなでるたびに、こころのなかのモヤモヤが すこしずつ とけていきました。


挿絵(By みてみん)


 あるひ、ぼくは ききました。


「クロ、どうしてぼくのところにきてくれるの?」


 クロは、ちいさなこえで いいました。


「ぼくは【おもい】をあつめるねこなんだ。


 そして、そのおもいを とどけにいく。


 ぼくをなでると、きみのなかに そのおもいが はいっていくんだよ」


「だれのおもいなの?」


「それは……まだないしょだよ」


挿絵(By みてみん)


 そのひから、ぼくは まいにち クロを なでました。


 ふわふわで、あたたかくて、どこか なつかしい においがした。


 なでるたび、こころがぽかぽかして、からだもすこしずつうごくようになりました。


 でも──あるひ、クロのからだが、すけているのにきづきました。


「クロ、だいじょうぶ?」


 クロは、にこっとわらっていいました。


「だいじょうぶ。おもいを たくさんはこんだから──もうすぐ、きみは なまえ をおもいだすよ」


挿絵(By みてみん)


 そのよる、ぼくは ふしぎなゆめをみました。


 ガラスのむこうに、ないているふたりのひと。


 つかれたかお。でも、まなざしはまっすぐだった。


 しってる。なつかしいかお。



 おとうさんと、おかあさん──



 ふたりは、ベッドにねているぼくのてを、そっとなでていた。


 ……ぼくのてを、まいにち。


 そして、わかった。


 ぼくがクロをなでていたんじゃない。


 クロをとおして、ふたりのてが、ぼくをなでてくれていたんだ。


挿絵(By みてみん)


 あさ。


 クロがぼくのとなりで、やさしく いいました。


「ねぇ、ぼく、もうすぐきえちゃうんだ」

「でも、それはわるいことじゃないよ」

「だって、きみのなかに、ちゃんと【おもい】がとどいたから」


 ぼくは、そっとクロをだきしめました。


「……ぼくのなまえ、ゲンノスケっていうんだ。おとうさんとおかあさんが、つけてくれた」


 クロはうれしそうに、のどをゴロゴロならしました。


「やっと、おもいだしてくれたね」


挿絵(By みてみん)


 そのしゅんかん、すべてが ひかりに つつまれました。


 あたたかくて、やわらかくて、なみだが でそうになった。


 クロのからだが、ぼくのむねにふれて とけていく。


 でも、それは きえるんじゃなくて、とけこむかんじ。


「ずっと、いっしょだよ」


 そのこえをさいごに、クロのすがたは、そっときえていきました。


挿絵(By みてみん)


 めをひらいたとき、ほんとうのびょうしつにいました。


 となりには、おとうさんとおかあさんがいて、ぼくのてを、つよく、でもやさしく にぎってくれて いました。


「ゲンノスケ……! めを、さましたのね!」


 ぼくは、ちいさくうなずいて、こたえました。


「ずっと……なでてくれて、ありがとう。ちゃんと、とどいてたよ」


挿絵(By みてみん)


 それからなんにちかたって、ぼくはすこしずつ、げんきをとりもどしていきました。


 あるひ、びょういんの そとで、ちいさなこねこ にであいました。


 まっくろで、まんまるな ひとみ。

 どこか、なつかしいめ。


「……クロ?」


 こねこは、「にゃあ」とこたえて、ぼくのあしもとにすりよってきました。


「このこ……うちでかってもいい?」


 おとうさんとおかあさんは、やさしくうなずきました。


 そして、そのひから──

 ぼくたちは、もういちど【いっしょ】になりました。


 なでるたび、おもいがつたわる。

 きっととどくと、しっているから。


挿絵(By みてみん)




『クロと僕』短編版



 目を覚ました瞬間、そこに黒い猫がいた。


 光を吸い込むような漆黒の毛並み。まんまるの大きな瞳は、どこか懐かしく優しい光を宿していた。


 猫は、なにも言わない。ただ静かにこちらへ歩み寄ると、ベッドに跳び乗り、そっと胸元に頬を寄せた。


 その瞬間、僕の中のどこかが、ふっと温かくなるのを感じた。


 乾ききっていた心臓が、少しだけ軽くなった気がした。


 その黒猫は、それから毎日、病室に現れるようになった。


 ほかの誰にも見えていないようだった。


 でも僕には、はっきり見えた。ふわふわの毛並みも、優しく寄り添うぬくもりも。


「……君の名前は?」


「クロ。ぼくのなまえはクロだよ。君の名前は?」


「僕?僕は……あれ?」


「ゆっくりでいいんだよ。さあ、ぼくを撫でて」


 クロはそう答えて、僕の横にちょこんと座った。


 撫でるたびに、胸の奥のモヤモヤがすっと溶けていく。まるで、見えない糸がほぐされていくよう。




 ある日、僕は尋ねた。


「クロは、なんで僕のところに来てくれるの?」


 クロは小さく首をかしげてから、ぽつりと答えた。


「ぼくは、想いを集める猫なんだ。そして、その想いを、ちゃんと届ける役目がある」


「誰の想い?」


 クロは少しだけ黙ってから、いたずらっぽく笑った。


「それは……まだ内緒だよ」


 その声は、どこか切なくて、でもあたたかかった。




 その日から、僕は毎日クロを撫でた。


 指先に触れる毛並みは、まるで朝の光を含んだ雲のようにやわらかく、ほのかにあたたかい。


 どこか懐かしい匂いがして、それは記憶の奥をそっと撫でる風のようでもあった。


 撫でるたび、胸の奥に小さな灯がともる。ぽかぽかと、凍えていた場所がほどけていく。


 動かなかったはずの身体も、少しずつ、ほんの少しずつ、言うことを聞きはじめた。


 クロは何も急かさなかった。ただそこにいて、静かに僕を見上げていた。


 けれど──ある日、気づいた。


 窓辺の光に透けて、クロの輪郭が淡く揺らいでいる。抱き上げたはずの重みが、どこか軽い。


「クロ、大丈夫?」


 声は思ったよりも震えていた。


 クロは、いつものように目を細め、にこりと笑った。


「だいじょうぶ。想いを、たくさんは運んだから──もうすぐ、君は【なまえ】を思い出すよ」


 その言葉は、風のようにやわらかく、けれど確かに胸の奥へ落ちた。




 その夜、夢を見た。


 ガラス越しに、僕を見つめる二人。


 疲れきった顔。赤く腫れた目。それでも、手は止まらない。


 僕の手を、何度も、何度も撫でている。


 懐かしい。あたたかい。


 ──お父さん。

 ──お母さん。


 ずっと、撫でてくれていたんだ。


 クロを通して──。




 朝。病室の光が淡く差し込む中で、クロが隣に座っていた。


「ねえ、もうすぐぼく、消えちゃうんだ」


 その声は、どこまでも穏やかだった。


「でも、それは悲しいことじゃないよ。君の中に、想いがちゃんと届いたから」


 僕はそっとクロを抱きしめた。小さな体が、腕の中で微かに震えていた。


「……僕の名前、思い出したよ。ゲンノスケっていうんだ」


 クロは喉を鳴らし、うれしそうに言った。


「やっと、思い出してくれたね」


 その瞬間、世界が光に包まれた。


 まぶしくて、あたたかくて、なぜか涙が止まらなかった。


 クロの体が、僕の胸に溶け込むように消えていく。けれど、それは「消える」のではなく、「還る」ようだった。


「ずっと、一緒だよ」


 最後のその声は、優しく心に染み渡った。


 目を覚ますと、そこは本当の病室だった。


 僕の両手を、お父さんとお母さんがしっかりと握っていた。


 涙を流しながら、何度も名前を呼んでくれる。


「ゲンノスケ……! やっと目を覚ましてくれたのね!」


 僕は、小さくうなずいて、そっと言った。


「ずっと……撫でてくれて、ありがとう。ちゃんと届いてたよ」




 数日後、少しずつ体力が戻ってきた頃。


 病院の庭で、僕は一匹の子猫に出会った。


 漆黒の毛並み。まんまるの瞳。どこか、懐かしい目。


「……クロ?」


 その子猫は「にゃあ」と小さく鳴いて、僕の足元にすり寄ってきた。


「この子……うちで飼ってもいい?」


 お父さんもお母さんも、やさしくうなずいてくれた。


 その日から、僕たちはまた、「いっしょ」になった。


 撫でるたび、思いが伝わる。


 きっと届くと、知っているから。




愛猫の思い出と共に。


短いながら、読んでくださった方々、本当にありがとうございます。


短編について、最初は難しい言葉で書いていたのですが、この作品については感情の温度が大切だと思い、このような表現に収まりました。


喪失や、想い、この拙い文章が、皆様方に少しでも寄り添えていたならば幸いです。

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