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第8話

 もぐもぐ、バリバリ、もぐもぐ、バリバリ。一人と一匹で奏でる二重奏。凪いでいるでっかい水たまりを眺めての食事はなかなか乙なモノで、時たまザバーンと白波立てて泥鰌くんが水面を跳躍(ライズ)しなければ実に心穏やかだ。


 隣にちょこんと座って蟹の身を食べているエルフ娘はどんな思いでこの状況を受け入れているのか。全く微動だにしない表情からは何も読み取れない。


 もしかして、この世界に住むヒトにとって、目の前でモンスターが近くで飛び跳ねることなど日常茶飯事なのだろうか。なんとも穏やかじゃない世界だ。……いや、人類に害を成すモンスターがいる時点で穏やかな世界観なんて求めはいけないか。


 ──美味しいですかいお嬢さん?


「ンゴゴ?」


 一匹で勝手に納得して、咀嚼音以外に無音なのが耐えられなくて話しかけてしまう。反射的にしてしまうものだから前世の名残は根深い。声を掛けてみたところで、言葉は通じないと言うのに──


「■■■■」


 そう思っていたのだが、どういう訳かエルフ娘はまるでこちらの言いたいことを理解しているみたいに、こくこくと可愛らしく頷いて微妙に口角を上げる。やっぱり、喋っている言葉は理解できないけれど。


 ──不思議な子だなぁ。


 吊り橋効果かそれとも敵意は無いと伝わっているお陰か絶妙な所であるが、彼女に何となく懐かれているような気もした。……いや、可愛がられてる? なんか、食べてる間も手持ち無沙汰なほうの手で頭を撫でてくるし。


 だが、こちらとしては何となくでも言葉が通じるのは好都合であった。何せ、言葉が通じずとも簡単な「Yes」or「No」程度で答えられる範囲であれば意思の疎通ができるのだ。


 ──ここには一人で来たの?


「ンゴォ?」


「■■」(肯定)


 ──俺みたいなモンスターでも君の喋ってる言葉を覚えられるかなぁ?


「ンゴンゴンゴォ?」


「……■■」(ちょっと考えてから首肯)


 ……いや、これもう完全にこの子、こっちの思考ごと読み取れてね? 何かそういう特殊な能力もちじゃなね?


 あまりのレスポンスの良さにそう思えてならない。可能性を一つ上げるとすれば、他人とのコミュニケーションに飢えていた俺が勝手にそう解釈しているだけかもしれないが……そういう感じでもない。


 なんとも珍妙な光景。早急にこちらの世界の言語を覚えなければと、また新しい目標が地味に増える。


 ──これからどうするの?


「ンゴゴ?」


「■■■■■■」


 やはり微塵も理解できる気配のない言語をゆっくりと、聞き取りやすいように喋ったエルフ娘は水面の先──はるか遠くに見える陸地を指さした。理解できなかったが、理解できた。そんな矛盾が自身の中に駆け巡りながら俺はむくりと立ち上がる。


 つまり少女は何かしらの理由でこの洞窟に来ており、いつまでもこんな湖のど真ん中で油を売っている場合ではない……のだと思う。この岩場から陸地までは前述した通りかなりの距離だ。流石に彼女が自力で泳いでたどり着くのは難しいだろう。その前に、また巨大蟹のようにモンスターに襲われるのがオチだ。


 ──この洞窟の出口を探してるの?


「ンゴンゴ?」


「■■■■」(否定)


 ──じゃあ出口は知ってる?


「ンゴゴォ?」


「■■■■」(これも否定)


 ふむ。試しに質問(?)してみたがエルフ娘からそれらしい情報は得られない。けれど、こんなところで見捨てるわけにもいかない。いつまでもこの湖にいるのも「空を飛ぶ」と言う目的を達成できない。ならば、これはいい機会だ。


 ──よければ一緒に出口を探さない?


「ンゴンゴンゴォ?」


「ッ! ■■■■! ■■■■■■■、■■■■■■■! ■■■■■■■──」


 一応、身振り手振りを交えながらそんな提案をしてみる。すると彼女は何やらいきなり饒舌に喋り始めた。その反応的に、どうやらこの子はこの推定:洞窟から出るつもりがないらしい。このエルフ娘にはエルフ娘なりの目的があるらしい。


 それならついでにその目的とやらを出口を探すついでに手伝おう。


 ──まぁ、いいか。とりあえず、陸まで行こう。


「ンゴォ」


 そうして俺は入水する。ぷかぷかと水面に浮かんでエルフ娘に背中を差し出す。流石に彼女を泳がせるわけにもいかないし、俺が運んでった方が安全だ。


「■■■■──」


 彼女はやはり何かを言っていたが、そのうち諦めたように背中にしっかりと乗ってくれた。それを確認して、俺は彼女が吹っ飛ばない程度に放屁ジェットで陸地まで出発する。


 いざ行かん、初めての冒険!


 ・

 ・

 ・


 どうやら、俺が思っていた以上にこの洞窟は広く、そして多種多様で凶悪なモンスターが跳梁跋扈していた。


 ──こりゃあ出口を探すのに苦労しそうだ……。


 覆いかぶさるようにしてそそり立つ岩壁は独特な緊張感と鬱屈感を演出している。天井の方は薄暗いが、淡く光る鉱石らしきものがところどころ露出していて真っ暗という訳ではない。


 それに、通路の中央には分断するように水路が通っていて、光がキラキラと反射すると意外と明るい。ここまで来た感じ、あの湖を中心に洞窟内にいくつか支流が流れてるみたいだ。


 ──別に陸地を移動できないわけじゃないけど、やっぱ水路の方が移動しやすい。


 何より、水があった方が何かと便利だ。特にモンスターと遭遇したときなんかは。


「……」


 陸地に着くと少女は自分の足で歩く意思を見せて、今は水路を挟んで右側の道を歩いている。腹ごしらえをしたお陰か、その足取りは軽く、溺れて憔悴しきっていたとは思えない。


 そんな彼女があの湖に浮かんでいた理由やこの洞窟に来た目的はなんなのか? 一見、迷いなく道を歩き進む彼女は何かを探しているようだがそれは一体何なのだろう。分からないことだらけであるが、とりあえず行き当たりばったりな冒険だし、勝手に手伝うと決めたので付いて行く。


 ──どうも、一人にしておけないんだよなぁ……。


 エルフ娘からすると余計なお世話かと思われるかもしれないが、そう思わずにはいられない。だって彼女、いっそ清々しいほどに警戒心が無いのだ。


 洞窟の探索を始めてからまだ直接的なモンスターとの接敵はないが、気配はビシビシと感じるし、なんならそこら中から奇妙で奇怪な獣やらなんやらの鳴き声が聞こえてくる。彼女はそれに動じることもなくズンズンと先を進むのだ。


 それはまるで別にモンスターに見つかってもいいと思っているような。ともすれば死にたがっているようにも思えて、不安感を掻き立てられる。


「キキャキャキャキャ──!!」


 なんて勝手に考えていると不意に頭上から甲高い金切り声が響いた。


「「ッ!!」」


 反射的に視線を上げるとそこには薄暗闇を突き破るようにバタバタと鈍色の翼をはためかせる蝙蝠のようなモンスターがこっちに接近していた。


 数は全部で三体。油断していたわけではないが、色々な気配や音が混ざり合って近づいていくことに気が付けなかった。


「■■■……」


 突然のことにエルフ娘は上を見上げて何かを呟いている。無防備もいい所で、寧ろ「自分を狙ってください」と言っているようなものだ。


「キキャキャキャキャッ!!」


 蝙蝠たちは完全にエルフ娘に狙いを定めたようで、迷いなく上から滑るように飛び堕ちてくる。下卑た笑みとギラリと口元から覗く小さな牙。好き勝手に蹂躙されるのを許容するはずもない。


 水を腹の中に吸い込み、すぐさまピストンの要領で思い切り噴射。「ブボッ」と間抜けな音を立てながら跳躍して、エルフ娘の頭上へと躍り出た蝙蝠たちを横一直線、まとめて轢く。


「ンゴラッ!!」


「キキャッ!?」


 使用した水の割合としては三割だったが威力は十分。蝙蝠たちはまさか串刺しにされた団子のように、まとめて弾き飛ばされるとは思わなかったのか混乱と苦悶の声を上げる。


 ──まだまだッ!!


 俺は再び二割ほどの水を使用して再加速。そのまま蝙蝠たちを岩壁に叩きつけた。声を上げることすら忘れて昏倒する蝙蝠たちのうち、一番手前にいた蝙蝠の首元に喰らいついて首ごと噛み千切る。


「──ッッッ!!?」


 巨大蟹の頑強な甲殻を思えばまるで綿を食むような柔らかさだ。……味の方はイマイチであるが、これで一匹は絶命した。


 ──残り、二つッ。


 続けざまに残りの蝙蝠も噛み千切ろうとするが、寸でのところで背後から彼女の声がした。


「■■■■■■ッ!!」


「ッンゴ!!」


 何を言っているかはさっぱりだが、何か異常な力の発露を感じて俺は咄嗟にその場から飛び退く。すると、その直後にエルフ娘からサッカーボール大の火炎の球が二つ放たれた。


 火球は淀むことなく真っすぐに悶える蝙蝠たちへと奔り、激突する。触れた瞬間、火球は爆ぜるようにその勢いを増して、瞬く間に蝙蝠たちを丸焦げにした。そのなんとも鮮烈な光景と、久方ぶりに感じる炎の身を焦がす熱に感嘆した。


 ──ワォ……。


 異世界ファンタジーと言えばお決まりの超常現象。今までは全くそれを体験できる気配を感じられなかったが、どうやらこの世界のソレ──魔法は存在しているらしい。


 ──と言うか、魔法使えたのね。……いや、魔法と言えばエルフの専売特許か?


 依然として、メラメラ燃え盛る炎から視線を逸らして、隣に並び立ったエルフ娘を見遣る。


 その表情は先ほどまで呆然と目の前の出来事を傍観している無気力なモノではなく。どこか、残念そうな雰囲気を孕ませて、燃える蝙蝠たちを眺めていた。


 ──どういう感情?


 どうにも情緒の流れや目的、掴みどころのない彼女に謎が深まる。


 そうして、俺たちは蝙蝠たちが燃え尽きるのを見守って、再び何処へ繋がっているとも知れぬ道を進む。


 やはり、彼女の真意を知る為にも言語の習得は最優先。そう強く思わせる出来事であった。

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