第5話 成長の方法
【■在、種族■:■■グ■■■■ラ■の■■■は■2■です。■■■■まで■り──】
聞き覚えのある、無機質で酷く歪んで耳障りの悪い女の声が脳裏に響いた。
この世界に来る直前。意識が戻る寸前にも聞いたはずのこの声がいったい何なのか。全く聞き取れないこの言葉の意味は何なのか。
微睡んだ、寝てるのか目覚めているのか微妙なその中間では考えたところで思考が纏まるはずもなく。やがて、本格的に意識が上に引っ張れるような感覚と共に、夢を見た時のようにその言葉は霧散して消えてしまう。
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「──ンゴ……」
身を捩る。ざらりと、やけに肌触りの良い砂がくすぐったくて目が覚める。寝起きはバッチリ。やけに清々しく、ちょっと肌寒い。
──えーっと……。
ぼんやりとしている頭の準備を運動を兼ねて、眠る前のことを思い出す。
……そうだ。顎メダカくんとの戦闘を経て、何とか勝利を納めた俺は彼を自身の腹の中に収めて、その後は電源が落とされた機械のように深い眠りに入ってしまったんだ。辺りを見渡せば、もう随分と見慣れた殺風景な青色の景色が広がっている。
──……ん? 砂の上? 砂の中じゃなくて?
脳みその稼働が本格的に始まって、違和感に気が付く。
いつもならば身の安全を保つために、砂の中で目が覚めるのだが……今日は何故か砂の上で目が覚めた。下手すれば寝込みを襲われて、そのまま死んでてもおかしくはない状況に少し遅れて焦燥感が募ってくる。
──少しでも身体が砂の中から露出すれば気が付けてたんだけどなぁ……。
どうやら、今回の睡眠は本来ならば気が付けるはずの違和感に気づけないほど深いものだったらしい。それにしたって、砂の中の結構深い所まで入念に潜り込んでいたと言うのに、出てきてしまうとは──寝相が悪すぎではないだろうか。
到底、笑えない自分の間抜けさに辟易としているともう一つ違和感に気が付く。何かやけに身体が痒いと言うか……。身に纏った皮がベロリとズレているような──
「グゴ──!!?」
痒さに耐えきれず、右手で身体を搔くとべろりとやけに黄ばんだ薄皮(?)らしきものが剥けて愕然とする。
痛みや血が噴き出ることはなく。寧ろ、やけに気持ちよくて、べろりと薄皮が剥けた部分は張りがあった。一度剥けてしまえば元に戻すことはできない。あれよあれよと言う間に全身の薄皮が剥けて、傍らに自分の形をした抜け殻が鎮座する。
──えぇ……。
抜け殻などは輪郭などがハッキリしていて、やけにディティールが細かい。まるでもう一つ、自分の身体が増えたような錯覚さえ覚えた。……いや、まあ自分の身体からはがれたものだから、自分と全く同じ姿形をしているのは当然なのだが……。
──てか、身体の傷が治ってる……?
自分と瓜二つの抜け殻に意識が持ってかれて気が付くのが遅れたが、昨日の戦闘で追った擦り傷や打ち身の痣が綺麗に無くなっていた。それどころか、妙に力が溢れていてまるで自分の身体じゃないように軽やかだ。
「ンゴ……」
寝起きと同時に次々と沸き起こる疑問の数々。しかし、そんな疑問はまるで最初から脳裏に刻み付けられていたように一つの「納得」で以て解消されてしまう。
──そうか、これが成長か。
顎メダカくんの肉を喰らい、彼の血と肉は俺の糧となった。
傍らでゆらゆらと水の流れに揺れている抜け殻は文字通り、脱皮の抜け殻であり、俺は一つ生物として強くなり、成虫へと一歩進化したのだ。
身体も一回り大きくなり、口回りも昨日と比べるとちょっとだけ変化している。顎は少しだけ筋肉が発達したような感じがするし、獲物を捕食する為に牙も少しだけ長く、太く、そして鋭くなっているような気がする。
──もしかして、喰べた存在の特徴的な力が反映されている?
顎メダカくんの特徴的な部分と言えばその異様に発達した下顎だ。彼の命を取り込んでその力を受け継いだと考えるとしっくりきた。
──これは色々と検証する必要があるな。
調子は絶好調。成長して気が大きくなってもいるが、今一度驕りそうになる気持ちを諫める。方針は変わらない。基本は隠密で行動し、単独で行動するモンスターに狙いを絞る。
たかが魚一匹を倒して、食べただけ。俺はまだまだヒエラルキーの最下層に位置する雑魚幼虫なのだ。勝って兜の緒を締めよ、というやつだ。
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たかがモンスターを……それも他の個体よりも小さくて群れからハブられたボッチの魚を打倒して、食べた程度。然れど、侮ることなかれ。この傍から見れば最底辺同士のちっぽけな小競り合いが、俺にとってはかけがえのない飛躍の原動力となってくれた。
「キキ──ッ!!」
尾っぽを瞬く間に水に打ち付けて、凄まじい跳躍力を発揮するのは泥色をした一匹のエビだった。以前ならば到底、追いすがることが適わなかったバケモノ染みた機動力。けれど、今の俺は度重なる戦闘を経て、余裕とまではいかないが何とか追いすがることができていた。
「ンゴゴッ!!」
腹にため込んでいた水の半分を勢いよく噴射して直進。度重なる捕食による成長の影響か、今では以前の半分の水量で爆発的な推進力を生み出すことができるようになった。……なんなら、全力だとちょっと飛び過ぎて制御が効かないまである。
──何事も精進、精進……!!
一回のジェットで泥エビくんの側面まで肉薄。彼はそのことに驚いた様子で、慌ててもう一度尾っぽで水中を搔いて直角に右へと方向転換するがそれも対策済み。
「ンゴラッ!!」
器用に尻の角度を調整して、残っていたもう半分の水を噴出。再び泥エビくんへと肉薄すれば、その勢いのままに彼の頭に噛み付く。
「キ──!?」
泥エビくんは溜まらず奇声を上げて、身悶えした。激しく頭を振り回して、噛み付いた俺を振り払おうとするが簡単に離れてやる道理もない。今の強化された咬合力ならば、一度噛み付けば大抵の事じゃビクともしない。そのまま、力を強めて泥エビくんの頭を噛み砕く。
「キキ──」
短い断末魔。そこで彼は絶命した。どうせなのでそのままさっくりと泥エビくんの身体をバリバリと咀嚼していく。
──慣れちゃえば顎メダカくんよりも泥エビくんの方が狩りやすいな。
初めての狩りから、今日で体感一カ月ほどが経過した。
成長とさまざまな検証をする為、地道に勝率の高い相手を厳選して戦闘を熟していった結果……今日まで腹に収めた獲物の数は何と十二匹。これを多いと捉えるか、少ないと捉えるかは色々と意見が分かれそうなとこではあるが、俺としては順調も順調であった。
端的に言ってしまえば俺の水中ライフは激変した。
今まで自分よりデカい多くの危険生物に囲まれ、砂の中でびくびくと震えることしかできなかった生活。地道に外敵のいない草場を彷徨って、無心で飽き飽きとしていた水草を貪る生活。……そんな生活とはもうおさらば! 俺は実に野性的で荒々しい闘争の真っただ中に身を投じていた。
──喰った喰った。
自分よりも少し小さめな泥エビくんを全て平らげる。瞬間、腹の中心から伝播するように活力、はたまた熱のようなものが沸き上がった。
感覚的に、これじゃあまだ足りないなと思う。脱皮……成長するならもう少し捕食する必要がありそうだ。ちなみに、これまでにした脱皮の数は三回と少ない。どうやら、同じ獲物ばかり食べていると捕食で得られる力も弱くなるんだろう。
──安定はしてきているが……。
この一カ月間の検証でわかったことは他にもある。
Q. モンスターを喰えば強くなれるのは確定?
A. 確定。
Q. 捕食したモンスターの力は確定で自分に反映されるの?
A. されない。ちなむと、同じモンスターを捕食した場合も既に獲得した力は重複しない。
Q. 脱皮するとどうなるの?
A. デカくなる。だいたい、一回の脱皮で1.5倍くらいサイズアップしてる感覚。
Q. 手に入れた力は直ぐに使いこなせるの?
A. 無理。脱皮だけでも自分の身体の感覚が全く変わるので、手に入れた力を使いこなすのに練習は必須。
大まかな所で言うとこんなところだろうか。
つまり、俺は顎と脚力が異常に発達したデカいヤゴにクラスアップしたと言うことだ。それにより、少しずつ活動範囲を広げていき、今では砂場地帯のモンスターならば問題なく相手取れるようになった。
──そろそろステップアップか?
前述した通り、砂場地帯に多く生息している顎メダカや泥エビはもう敵ではない。もう一体、巻貝くんがいるが……あれはノータッチ。あれは挑んだところでメリットがなさすぎる。てか泡が怖すぎて近づけない。
──行ってみるか? 上に……。
成長した今の身体ならばいくら水深が深かろうとも水面まで上がることができるだろう。かなりの時間、この水中で過ごしてきたがまだわからないことだらけなのだ。
果たしてここは本当に湖であっているのか?
昼と夜の感覚が殆どないこの湖はいったいどこに存在しているのか?
地上にはいったいどんな光景が広がっているのか?
考えれば考えるほど興味が湧いて出てくる。
体力は十分。負傷や消耗もない。なら、本当に行ってみちゃおうかな。
「ンゴ」
軽い気持ちで考えてみたが、一度決心がついてしまうともう止められない。
腹の中に溜まっていた水を全て、一気に噴射。全力で水面へと向かって上昇する。「ブボッ」という間抜けな音と共に視界は一気に霞んで、目まぐるしく通り過ぎていく。たった一回の放屁ジェットでは推進力が足りない。再び放屁ジェット。
上昇。まだ水面は見えてこない。
放屁ジェットで三度上昇。まだまだ水面は見えてこない。
もう一度、「ブボッ」と間抜けな音を水中に響かせて上昇──
「ンゴォ……ンゴォ……ンゴォ……」
どれくらいそれを繰り返していたのか。気軽に始めるにしては水面まで異常な距離で、ようやく終わりが見えてきたころには息も絶え絶えだった。運が良かったのは、あれだけ大胆に移動しても全く他のモンスターに襲われなかったと言うこと。
とぷんと、音もなく水中から顔を外へと覗かせる。そこには、意外な光景が広がっていた。
──おお……!
所謂、洞窟だった。黒くてゴツゴツとした岩肌の壁に覆われた閉鎖空間。壁には疎らに緑色に発光する鉱石が埋め込まれていて意外と明るい。それでも、天井は相当な高さなのか見通すことができず、真っ暗だ。
やはり俺がいた場所は湖で間違いないらしい。洞窟にある大きな湖。ちょうど顔を出した地点が湖の真ん中よりだったのか、水際はかなり遠くに見える。意外と言うべきか、水上に浮かんでいるモンスターの姿は全く見受けられず、気味が悪いくらいに静かだ。
──探索は……どうすっかなぁ。
怪しすぎる状況に、このまま水面に居てもいいものかと思案する。これだけ大きな湖で水上に生物の気配がないのはおかしい。ならば、こんな奇妙な状況を作り出した理由が何かあるはずだ。
──……よし。今日のところはこのくらいに満足して、定期的に様子を見てみよう。
好奇心が無い訳ではないが、命を危険に晒すリスクを負う必要はない。ここは冷静に撤退の判断を下して、再び水中に戻ろうとして──少し先に何かが浮かんでいるのが見えた。
「……ンゴ?」
それはゆったりと優しい水の流れに任せて移動をしていて、ぽっこりと丸い腹を上に向けたようなシルエットだ。
もしかしてモンスターかと勘繰るが、どうにも違うらしい。本来ならば異変があれば即座に逃げるところなのだが、やけにその異物に目が離せなくて見入ってしまった。次第にはっきりとしてきたシルエットの正体は──
「ンガ──!?」
まさかの人であった。これには流石に驚き、奇怪な声も上がってしまう。更に驚くべきは、そのぷかぷかと浮いてる人に水中から接近する巨影が見えたことだ。
──……ッ!!
それを認めた瞬間、俺の身体は意識を失って浮いている人の方へと勝手に動き出した。
初めてのモンスター以外の生物。それも言葉の話せる人ときたら、この世界を深く知るまたとないチャンスだ。今度、またいつ水上に出られるかも、ましてや人と遭遇できるかもわからない。
ならば、少しの危険を承知で襲われそうになっているあの人間を助けるべきだと判断した。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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