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第4話 初めての狩り

 明らかにヤバそうなバケモノ揃いの推定:湖(広大)であるが、そこに生息するモンスターたちの間でも確かなヒエラルキーが存在し、全てのモンスターが規格外という訳ではない。


 弱肉強食。強者がいれば弱者がいるわけで、ちょっと弱者の割合が少ないことに目を瞑ればまだヤゴな俺でも付け入る隙はある。


 ヤゴとして意識が覚醒してから約数週間。この間、俺はひたすら隠れて、草食って、惰眠を貪っていたわけではなく。いつか奴らへ挑むための敵情視察はその都度都度、無理がない範囲で行っていたのだ。俺ってばちょーえらい。


 現在、俺が主戦場としている水中の奥底──砂場地帯でよく見かけるモンスターは全部で三体。


 一体目が泥色をしたエビ──泥エビくんである。サイズとしては巨大蟹や泥鰌と比べるとだいぶ小さい部類であるが、このエビは脚力と言うか跳躍力が半端じゃない。一足で水中を揺るがすほどの衝撃を生み出し、まるで瞬間移動したかのような距離をビュンビュン飛び回る。サイズ感としては俺と大して変わらず、狙いどころではあるのだが、前述した移動速度と瞬発力で全然捕捉できない。


 二体目が緑と紫の水玉模様が特徴的な巻貝くん。こいつはそこら辺に転がっている巨岩──前世で言うところのトラック並みの大きさ──で、とても堅牢そうなごつごつとした貝殻の表面は堅牢そうだ。しかし、この巻貝くんの一番危険な所は貝殻の表面にぽつぽつと空いている穴から謎の紫色をした泡を吐き出しているところだ。触れば一瞬で毒に侵されそうなその泡は外敵から身を守るための警戒網であり、やすやすと近づくことができない。


 三体目が下顎が異常に発達したメダカみたいな魚くんだ。こいつは前述した二体と比べると比較的普通で、サイズも泥エビくんと大差ない。注意する点としてはその異様に発達した下顎で草だろうが岩だろうが何でも噛み砕くこと。後、こいつらは基本的に群れで行動する生き物らしく。ちょっかいを掛けるとほとんどの確率で集団リンチされる。


 そんな、個性豊かな隣人たちの中で今回、俺が狩りのターゲットにしたのは……


 ──お、いたいた……。


 ひらひらと星のように煌めく砂を尾ひれで微弱に巻き上げる一匹の顎メダカくんだ。


 何故、こいつなのかは……まぁ、言わなくてもお察しいただけるだろう。今挙げた三体の中でこいつが一番まともで普通。まだ「放屁ジェット」くらいしかできない俺でもやり合えそうな相手だからだ。


 今しがた頭上を通過した顎メダカくんを敷き詰められた砂の隙間から凝視する。説明した通り、このモンスターは群れで行動して基本的に孤立することはない。だが、それも絶対という訳ではなく。今のように単独でこの水底を泳いでいる個体もいた。確率はかなり低いが……。


 ──体感二日。ようやくだぜぇ……。


「肉を喰いたい」と言う思いから、獲物を定め、なるべく勝てる可能性が高い条件が訪れるのを砂の中で待ち望んでからそれなりに時間がかかった。執念にも近い耐久の末に訪れた絶好の好機に身震いすら覚える。


「……」


 それでも、すぐには襲い掛からず、グッと堪えて様子を窺う。


 他のモンスターと比べて普通、勝てそうな相手と言っても生まれたてほやほや、まだ一度も戦闘経験のない俺からすれば余裕で格上、強者には違いない。既に事前の敵情視察で顎メダカくんの行動パターンや戦闘を何度か観察して、脳内シミュレーションだってバッチリしているが油断はしない。


 じりじりと砂を巻き上げないように細心の注意を払って、顎メダカくんを尾行する。どうしてこの顎メダカくんは一匹で行動しているのか? 群れに馴染めずに疎外されたのか。それとも一匹で行動しても問題ないくらいに強いのか。その理由は勘繰ったところでわからない。ただ、今まで観察してきた個体と比べれば、その顎メダカくんは身体が小さく、やせ細っているように見えた。


 ゆらゆらと滑るように泳いでいた顎メダカ君が不意にその動きを止めた。それにつられてこちらも動きを止めて様子を窺えば……ヤツは青々と生い茂った水草の周りをウロチョロし始めて、そのうち食事に入った。


 ──……今だッ!!


 動きを完全に止めて、「食事」と言う無防備極まりない明らかな隙を見逃す道理はない。俺は音を立てず、ぬらりときめ細やかな砂の中から這い出て、事前に腹にため込んでいた水を勢いよく噴射する。


「ブボッ」と間抜けな空気の抜ける音がしたのと同時に、押さえつけていたバネが勢いよく解き放たれたかのように推進。距離は目算十メートル。放屁の音はギリギリ届かず、軽々と顎メダカの左側面に肉薄した。


「──ッ!?」


 呑気に水草を食んでいた顎メダカくんはそのつぶらな瞳を驚愕の色に染めて、口に入っていた草を勢いよく吐き出した。奇襲は見事に成功。完全に相手の虚を突いて、俺はその推進力のままに顎メダカくんに頭から突進した。


 ──完璧だ!


 硬く、そして骨ばった顎メダカくんの横っ腹にめり込んでほくそ笑む。推進力はそこで全ての力を吐き出して、ぐらっと敵をよろめかせる程度に収まる。瞬間、肛門から水を勢いよく吸い込んで、ケツを地面に向けながら再び放屁ジェットを繰り出して距離を取った。


 顎メダカくんとの戦闘で注意するべき点は、前述した通りその異様に発達した下顎から繰り出される噛み砕き攻撃だ。一回でも噛み付かれてしまえば俺の柔肌ボディはぐちゃぐちゃにされてしまうことだろう。対するお相手さんの耐久力は今しがたの突進で確信したが、そこまで硬くはない。これならヒット&アウェイで実直に攻め込んでいけば倒せる。


 ──ま、そりゃ怒りますわなッ!


 顎メダカくんの頭上へと飛び上がり、見下ろせば混乱から勝機を取り戻した奴さんが身を捩ってこちらに猛進してくる。


 砂塵を巻き上げて追いすがってくる顎メダカくんの勢いは凄まじい。流石は魚、水中での身のこなしはお手の物だ。ガチガチと下顎を打ち鳴らして威嚇してくる様は実に恐ろしい。


 放屁ジェットがなければ俺は水中での機動力が皆無。その放屁ジェットは瞬発性は抜群で、一回の距離もそれなりに長いが急停止や急カーブが難しいので少しでも飛びどころを誤れば致命的だ。これまた絶妙な戦力バランスである。


「──!!」


「ンゴ──ッ!!」


 華麗な泳ぎで瞬く間に肉薄してきた顎メダカくんはその勢いのままにこちらに噛み付こうとしてくる。それを再び放屁ジェットを右に噴射して回避。透かさず水を再充填する。


 一度回避されたぐらいで顎メダカくんが諦める筈もなく。すぐさま急旋回して肉薄してきた。それに反射してこっちもすぐに放屁ジェット回避行動を取ってしまえば、すぐにヤツは軌道修正をして追いすがってくるだろう。


 ──忍耐力が大事ですなぁ!!


 だから、ギリギリまで攻撃を引き付ける。


 あと二メートル。(ヒレ)の一搔きで攻撃が確実に当たるタイミングまで引き付けて、顎メダカくんが鰭を動かす予備動作に入った瞬間に放屁ジェットで突進。


「──ッ!?」


 放屁ジェットによる急カーブは不可能だが、ゆるやかなカーブ軌道を描くことは不可能ではない。噛み付きをすれ違いざま、ギリギリのところで回避できる軌道を描いて回避に成功。逆にこちらはすれ違った瞬間に、尾っぽの方をヤツの脳天をはたく。


 ──よし! 軽くしか叩けなかったけど不意の頭打ちは驚いただろ!!


 再びぐらりと身を捩らせて、怯んだ様子を見せる顎メダカくんに俺はここが攻め時だと瞬時に判断する。


 今日の勝負までに、放屁ジェットの使い方もかなり慣れてきていた。既に腹の水は充填済み。身体をその場でくるりと翻して、視界の先に怯んだ顎メダカくんを捉える。狙うは魚に共通した急所──(エラ)だ。


「ンゴラッ!!」


 三度の放屁ジェット。今度は一直線に顎メダカくんの喉元を目掛けて肉薄する。よろめく顎メダカくんは頭を振って正気を正そうとするが、その前にこっちがヤツの元へと到達した。今度は突進による体当たりではなく──顎メダカくんの十八番である噛み付き攻撃を鰓元に見舞う。


「ビ──ッッッ!!?」


 隙間を縫うようにして鰓に顔面を突っ込んで牙を突き立てる。瞬間、奇怪な顎メダカくんの悲鳴が響いた。じたばたと身を捩って暴れ、顎メダカ君はこちらを引きはがそうとするが絶対に離れるものかと深く噛み付く。


 ──これで終わらせるッ!!


 俺の貧弱な顎では一度の噛み付きくらいでヤツを絶命させられるはずもない。だから何度も何度も牙を突き立て、噛んで噛みまくる。


 ぐちゃぐちゃと肉を噛む弾力と突き破られた鰓からとめどなく鮮血が噴き出る。それを顔面に思い切り喰らって、視界は赤一色に染まるが気にはしない。


 バタバタと暴れたヤツのくねった体や尾ひれが身体を打ち付ける。何発か良いのを横っ腹と手足に喰らって激痛が走る。思わず叫んで噛む力が弱まりそうになるが、咄嗟に歯を喰いしばって逆に反撃した。


 どれだけそうしていたのか。時間の経過など考える暇もなく、必死に肉片と血を掻き分けて顎メダカくんの身体を食い破っていると、不意に先ほどまで必死にもがいていたヤツの動きが急停止する。


「ン、ンゴ……?」


 念には念を入れて、動きが止まった後も顎メダカくんはピクリとも動かない。そこまで確認して、俺はようやく思い至る。


 ──か、勝った……?


 鰓の隙間に突っ込んだ顔を引っこ抜いて、ぐったりと水中に浮かぶ顎メダカくんを改めて見る。先ほどまで激昂に燃えていた瞳は薄く濁り始めて、噛み付いた鰓からはだくだくと出ていた血が引き始めていた。


 死んでいる。これを死んでいると言わず、何と表現するのか。


 喜びは……あんまりない。いや、嬉しくないわけではないのだが、イマイチ実感がわかない。さっきまで死に物狂いだったし、意外と呆気なく力尽きたなと言うか……。もっと興奮して、雄たけびを上げるくらいのことはするかと思っていたが、思考は酷く冷静だ。


 そんな、どこか他人行儀な思考はすぐさま次にするべき行動を脳裏に示す。


 ──……とりあえず、獲物を砂場に運ぶか。


 殺して終わりではない。俺は食べるために顎メダカくんを殺したのだ。ならばこのまま呆けているわけにもいかない。


 血の匂いに釣られて漁夫の利を狙う輩がいないとも言い切れない。この場で狩った獲物を食べ始めるのなんてのは愚の骨頂だ。呑気に水草を食べていた顎メダカくんの二の舞になってしまう。


 ──それだけは勘弁だな。


 俺は周囲を警戒しながらも顎メダカくんを引きずって、安寧の砂場まで戻ることにした。


 ・

 ・

 ・


 羽毛布団のように柔らかく、優しく包み込んでくれる砂場の中へと魚の死体と一緒に潜り込む。幸いと言うべきか、その道中に狩った獲物を横取りしようとする不届き物は現れなかった。


 ──つ、疲れた……。


 戻る道中で次第に感覚が現実に追いついてきて、遅れて様々な感情が湧き出てきた。


 初めて戦闘で勝利を納められた嬉しさや、時間にして十数分の戦闘で思ったよりも疲労感を感じていたり、最後の必死の噛み付きで喰らった反撃が当然の如く響いて全身が痛いだとか……一番は砂場に潜り込んだ瞬間に押し寄せた安堵であった。


 安心しきって、涙が出そうなほどだったがグッと堪えて俺は顎メダカくんだった死体を見つめる。


「……」


 今すぐ眠りに着こうと思えば爆睡できるほどに疲れてはいるが、それと同時に今までに感じたことのない食欲が身体の奥底から湧き出てきた。


 戦ったことへの思いや、殺して食べることの罪悪感など、様々な感情が湧き出て心内で言葉を紡ごうとも考えたが、その前に身体は勝手に目の前の死体に齧り付いていた。


「──ッ!!」


 骨ばった体の中で唯一肉付きのよさそうな腹に齧り付いた瞬間、電撃が駆け抜けたような衝撃が全身を襲う。


 勢いのままに肉を喰い千切り、咀嚼していく。久方ぶりに食べた肉は前世と比べるとまともな調理もなく、素材まんまの状態であったが格別の美味さであった。口の中に広がるほのかな油や肉の甘味は全身に染み渡り、細胞が喝采を上げて震え上がるようだ。


 ──ありがとう。


 一心不乱に肉を貪る中、脳裏には感謝の言葉が溢れて、一度引っ込めたはずの涙が気が付けば溢れ出ていた。


 肉、眼玉、心臓、内臓、骨までも余すことなく。全て殺した自分のモノだと噛み砕いて、嚥下する。気が付けば、自分と同じくらいの大きさがあった肉の塊は忽然と消え去り、その代わりに今まで一向に満たされることのなかった食欲が初めて満たされた。


 ──あぁ、なるほどな……。


 得も言えぬ満足感と全能感。まるで顎メダカくんの力の根源まで食い尽くしたような、身体の奥底からみなぎる力を知覚して──本能的に理解する。


 どうやら、この世界はモンスターを喰らうことで力を蓄え、生物として成長し、強くなっていくのだと。

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